徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「サウルの息子」―人間の尊厳を突き崩す不条理―

2016-02-27 12:00:00 | 映画


 カンヌ国際映画祭では、グランプリに輝いた作品だ。
 力感あふれるこの映画の表現は、実に衝撃的だ。
 ユダヤ人の絶滅収容所での出来事を、息詰まるような緊迫感で描き出している。
 まだ30代のネメシュ・ラースロー監督による、初長編デビューのハンガリー映画である。

 娯楽映画ではない。
 これまでのこの種の作品とは異なって、新しい視点から撮られた、新鋭監督の実録にもとづくホロコースト映画だ。
 再現される史実はともかく、想像を呼び覚ます演出と構成に唸らされる。
 主人公の視点でカメラは動いていく・・・。








第二次世界大戦中の1944年10月、アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所・・・。

サウル(ルーリグ・ゲーザ)はハンガリー系のユダヤ人で、ソンダーコマンドとして働いている。
ソンダーコマンドとは、ナチスが選抜した欧州各地から送られてくる、同胞であるユダヤ人のガス室への誘導や遺体処理にあたる特別労務班員のことだ。
彼らは、そこで生き延びるためには、人間としての感情を押し殺すしかすべはない。

そんな中で、ある日サウルは、ガス室で生き残った息子とおぼしき少年を発見する。
少年はサウルの目のまえで殺されてしまうのだが、サウルは何とユダヤ教の教義にのっとって手厚く埋葬したいと願い、収容所内を奔走する。
ユダヤ教では、火葬は死者が復活できないと禁じられているのだ。
折から、収容者が武装して反乱を起こし、その混乱に乗じてサウルは少年の遺体を抱いて脱走をはかるのだったが・・・。

アウシュヴィッツで、収容者たちの武装蜂起というのは事実だそうで、いま民族的にも宗教的にも、それらの不寛容が戦争やテロの火を掻き立てている。
民族の絶滅政策に、必死に抵抗する人々の物語は、実にリアルでスリリングである。
この映画は事件の全体像を描くことより、画面に映る視界を主人公の直近に捉えている。
閉鎖的な収容所の状況と、そこで起きている不条理な惨劇・・・。

全体の状況などはよくわからない。
しかし、観ている方は主人公と一緒に、つまり移動するカメラとともに行動するような感覚にずっと引きずられていく。
それは、手持ちカメラがサウルに密着しているからだ。
この演出は、かなり独善的、独走的だ。気にすれば気になる。
そして主人公の横顔、後姿がやたらと多い。
収容所内での、遺体処理や背景はぼやけている。
説明描写やセリフもない。
全容は解らない。

主人公サウルの恐怖と絶望が入り交じった目が印象的で、観客も単なる傍観者たり得ない。
ソンダーコマンド自身も収容者だから、いずれは処刑されるので、それまではナチスの命令で働らかされる。
そこに、虚しい自己矛盾と罪悪感が生まれる。
どっちに転んでも、待っているのは「死」でしかないという絶望の世界だ。
自身もハンガリー系ユダヤ人だという、ネメシュ・ラースロー監督ハンガリー映画「サウルの息子」は、サウルと一緒に地獄を体験する作品で、極限状態に置かれながらも、最後まで人間の尊厳を貫き通そうとしたひとりのユダヤ人の二日間を描いている。
こんな話は誰だって好まない。希望の持てない、暗い物語である。
しかし、そこから目をそらそうとそらすまいと、現実にあったことは確かだ。
      [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回はアメリカ映画「キャロル」を取り上げます。


映画「無頼漢 渇いた罪」―逃れることのできない愛の行方―

2016-02-23 15:00:00 | 映画


 逃れられない愛というものがあるのだろうか。
 「キリマンジャロ」(2007年)オ・スンウク監督のこの韓国映画は、ハードボイルドタッチのメロドラマだ。

 殺人事件の容疑者である恋人を待ち続ける女性と、その事件を追う刑事の許されざる愛の行方を、ちょっぴり官能的に描いた作品だ。
 とくに新鮮味のあるストーリーではないが、激しいアクションともどもそこそこ楽しませてくれる。












殺人課の刑事チョン・ジェゴン(キム・ナムギル)は、殺人事件の容疑者パク・ジュンギル(パク・ソンウン)を追っていた。

容疑者は、バーで働いている恋人キム・ヘギョン(チョン・ドヨン)と必ず連絡をとると見たジェゴンは、ジュンギルの元刑務所仲間だと偽って、フロアマネージャーとしてヘギョンの働く店に潜入し、彼女を監視する。

しかし彼女のそばで過ごすうちに、ジェゴンは奇妙な罪悪感にとらわれ、容疑者逮捕の信念すら揺らぎ始めるのだった。
これまで仕事一筋だったジェゴンは、ヘギョンに対して抱く自分の感情に当惑する。
一方ヘギョンは、恋人ジュンギルが戻ってくるのを待ち続けるのだが、いつも近くにいてくれるジェゴンにいつしか心を開き始めるのだったが・・・。

潜入捜査官と逃亡犯の情婦が、お互いに隠し持つ思いをおもてには見せずに、それぞれが葛藤の中に身を置いている。
ヘギョンは、ジェゴンが自分の恋人を追う刑事だとは知らないでいる。
ヘギョンは、捜査のために近づいてくるジェゴンに惹かれはじめ、ジェゴンは、殺人犯の恋人である女に激しく引き付けられるのを感じている。
どちらもが簡単に手に入るわけではない。

ほの暗い夜のシーンに寂寥感が漂い、それでもときに映像は粗削りだがシャープな側面を見せる。
とある朝の場面、テーブルを挟んで向き合い、ヘギョンの作った朝食を食べるジェゴンのシーンは、この作品中で、救いをもたらすような、唯一微笑ましく感じられるシーンではないか。
だがそれさえも、男にとって、いや女にとって虚飾だったということか。
お互いの心のうちはどうであったか。

カンヌ国際映画祭では「シークレット・サンシャイン」(2008年)で、韓国女優としては初めて主演女優賞受賞したチョン・ドヨンは、「ハウスメイド」(2012年)日本ではなじみだし、今やカンヌの女王とさえ呼ばれている。
この映画では、ちょっぴり官能的な女性を演じる彼女に対して、潜入捜査官として彼女に近づく冷徹な刑事役のキム・ナムギルは、「パイレーツ」(2015年)や人気TVドラマ「赤と黒」(2011年)で主演を務め、一方追われる容疑者には「皇帝のために」(2015年)などで人気のパク・ソンウンと役者がそろっていて、彼らがそれぞれ対峙する場面は大いなる見どころである。
韓国映画「無頼漢 渇いた罪」は、哀歓を漂わせたメロドラマだ。
ラストシーンも、予想通りだ。(?!)
     [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
次回はハンガリー映画「サウルの息子」を取り上げます。


映画「独裁者と小さな孫」―平和への渾身の願いと未来への希望―

2016-02-22 16:00:00 | 映画


 秀作とされる「カンダハール」(2001年)イラン人監督、モフセン・マフマルバフが、独裁者の転落を現代風の寓話で描いた一作である。
 マフマルバフ監督は、幾度も自身が暗殺の危機に見舞われ、欧州に亡命し、現在はロンドンとパリを拠点に活動している。

 ・・・独裁政権が崩壊し、無慈悲な独裁者は初めて民衆の苦しみを知った。
 復讐の連鎖を断ち切り、真の平和を求めるテーマを、リアリティある演出で作り上げた。
 独裁政権の崩壊と、その後の状況を綴って興味深い。











夜のイルミネーションの煌びやかな、架空の国の首都・・・。
大統領(ミシャ・ゴミアシュウィリ)が、幼い孫(ダチ・オルウェラシュウィリ)と宮殿から下界の夜景を見下ろしている。
そこで彼は、孫に権力とは何かを示そうとして、いまいる部屋以外の外界のすべての電灯を消すように命じる。
その途端に下界は真っ暗となる。
点燈しろと言えば、電灯が一斉につく。
彼は孫にこの遊びを体験させる。
そのうちに、首都は闇のままとなり、やがてどこかで銃声が聞こえ、何かが爆発する音が・・・。
クーデターが勃発したのだ。

大統領は、孫とともに逃亡する羽目になる。
国民からの搾取、政権維持のために処刑を繰り返してきた大統領は、みすぼらしい服やギターを庶民から奪って、羊飼いや旅芸人に扮装して、孫は死体からはぎ取った赤いスカーフで女の子のように見せかけ、流転の逃避行を続けることになった。
ひたすら国境を目指して・・・。

この長い逃亡生活で、自ら支配していた国の現実を大統領は理解していく。
しかしやがて、否応もなく暴力の連鎖に呑み込まれていく。
人々の悲劇を見るたびに、純真な孫の発する質問に窮しながら、圧政を敷いてきた国の底深さを思い知らされる。
それは、独裁政権と復讐と蛮行が繰り返される、その後の血で染められた世界だ。
そしてさらに、新たな復讐と血の歴史が生み出され、多くの難民が生み出される。

革命運兵士が普通の女性を凌辱したり、その時をなすすべもなくただ凝視するだけの人心の荒廃・・・、これは現代のおとぎ話である。
大統領もただの人に過ぎない。
解放されて、故郷に帰る政治犯たちと遭遇するシーンがある。
拷問で足をつぶされて歩けない者を、そうさせてしまった張本人の大統領が背負ってやる。
この皮肉な風刺といい、妻が待っているはずの家にたどりついた兵士の男が出会う悲劇も、どこかほかの映画でも見たようなシーンだが、とても衝撃的だ。

大統領がついに民衆と兵士に捕えられるラストは、現実的な残酷さを描いて、観ている側は身を切られるようだ。
小さな孫の純真な瞳に希望が託されるのだが、この子供の賢さが何とも可愛らしい。
ジョージアとイギリス・ドイツ・フランス合作映画「独裁者と小さな孫」は、非情と残酷の中に、それを実に巧みなユーモアで包んだ複雑な味付けには頭が下がる。
実際に暗殺の危機を乗り越えてきたマフマルバフ監督の、風刺の効いた批判精神が溢れており、そこに強烈なメッセージが込められている。。
どこの国でも起こりうる話で、緊迫感のある演出にも好感が持てるし、観客の心にすり寄ってくるような撮りかたも悪くない。
人間愛とスリルと冒険と希望を詰め込んだ、瑞々しい作品だ。
      [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回は韓国映画「無頼漢 渇いた罪」を取り上げます。


映画「尚衣院 サンイウォン」―絢爛豪華な美の対決と王室を揺るがす運命の行方―

2016-02-15 04:00:00 | 映画


 朝鮮王朝時代の、王室の衣装を手がける尚衣院(サンイウォン)を舞台に描かれる、これまた珍しい韓国映画だ。
 イ・ウォンソク監督は、デビュー作「男子取扱説明書」ではひねりのきいたユーモアと発想で高い評価を得たが、この新作では、スタイリッシュなモダンセンスと時代劇を見事に融合させた演出に注目だ。

 煌びやかな、朝鮮王室の衣装を専門とする部署「尚衣院」は、“宮殿の宝石箱”と呼ばれ、王室はもちろん宮殿外の庶民の服装にも影響を与えたといわれる。
 この作品では、新旧デザイナーの究極の美をかけた対決、そこに生まれる禁断の愛と嫉妬が、豪華な大作を盛り上げる。









尚衣院を取り仕切るドルソク(ハン・ソッキュ)は、その功績が認められ、6ヶ月後には両班になることが約束されていた。
ドルソクは幼少期に宮殿に連れてこられ、早くから服作りの職人になることを夢見ていた。
彼は様々な苦難の末に、ようやく尚衣院のトップに上りつめようとしていた。

そんなある日、王(ユ・ヨンソク)の衣装を誤って燃やしてしまった王妃(パク・シネ)は、巷で天才仕立て師として話題を集めていたゴンジン(コ・ス)の存在を知って、王宮入りを命じる。
王妃の美しさにい心を奪われたゴンジンは、生まれながらの美的センスと才能を存分に発揮し、たちまち王宮で活躍するようになる。

王妃に対して無関心だった王は、美しい衣装をまとった彼女に惹きつけられると同時に、嫉妬に駆り立てられていくのだった。
規律と伝統を重く見るドルソクは、ゴンジンが生み出す革新的なデザインが王宮内外で評判となり、次第に危機感を抱くようになる。
そして、彼は密かにゴンジンを陥れようと企てるのだったが・・・。

イ・ビョンハクの脚本の力もあって、作品はよくまとまっており面白く描かれている。
朝鮮王朝時代は、人々は国の定める規定通りの服を着る掟があった。
この時代、階級制度が厳しく、そんな中で美しく革新的なデザインを追求した一人の天才を登場させ、彼の想像が具体化されたのが、劇中に登場する見事に仕立てられた衣服の数々だ。
勿論、綿密な時代考証は欠かせなかった。

この作品には、エキストラを含めると300名以上の出演者がいて、それぞれの衣装を作るために50名のスタッフを擁し、ほぼ半年かけて豪華な100着以上の服が作られたそうだ。
王妃の衣装はとくに類を見ないほどの、複雑で巧みな技が施されている。
時代劇のかつらも大体は5キロだそうだが、この作品では20キロ近くもあったといわれる。
作品の軸となるのは新旧二人のデザイナーで、これは李氏朝鮮版デザイナーのバトルといったところだろう。

ドルソクの前に現れたゴンジンは、彼にとって驚異であっただろうし、大量生産される官服に辟易していた官吏たちは、ゴンジンの作った官服に満足し、尚衣院と王宮の人間模様は、王と王妃、そしてドルソクら官僚が抱える嫉妬やコンプレックス、悲しみや野心が交錯し、様々な感情が共存しあってドラマは深みを増している。

李氏王朝第21代国王、英祖時代(イ・サンの時代)のファッションを念頭に置いた衣装デザインだが、この時代劇にはイ・ウォンソク監督らしい現代風のテイストも盛り込まれており、まずは美しい王朝絵巻に目を奪われる。
とくに、劇中宴のシーンの衣装は、韓国映画史上最も美しいといわれる。
美しいものを楽しむのは気分のいいことだ。
イ・ウォンソク監督韓国映画「尚衣院 サンイウォン」は、ちょっとした新感覚の時代劇として楽しめる作品だ。。
     [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
次回はフランス、イギリス他合作映画「独裁者と小さな孫」を取り上げます。


映画「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」―年輪を重ねた夫婦の愛すべき選択とは―

2016-02-10 12:00:00 | 映画


 イギリスリチャード・ロンクレイン監督は、40年暮らした部屋を売ろうとする物語を、分別ある大人の誇りと喜びの中に、小粋に描き出した。
 都会的な小品だが、軽やかなタッチでちょっぴり複雑な味わいもあって、楽しく観ることができる。

 この作品、結構な人気で、上映館は平日でも定員オーバーで、補助椅子が用意されるほどのにぎやかさだった。
 アメリカジル・シメントのロングセラー小説の映画化とあって、どことなく心温まるヒューマンタッチがバカ受けみたいだ。
 長年連れ添った夫婦の細やかな愛の形を描いていて、興味深い作品ではある。









ニューヨーク、ブルックリン・・・。
ニューヨークでも屈指の高級住宅地の、5階建て共同住宅の最上階に、画家のアレックス(モーガン・フリーマンと元教師のルース(ダイアン・キートン)は、40年も暮らしてきた。
眺めのいいアトリエもあり、屋上には小さいながら家庭菜園もある。
エレベーターのないのが玉に傷で、高齢のアレックスには階段の上り下りは辛い。
でもここは近年人気の地で、売りに出せば売れるところだ。
不動産業をしている姪のリリー(シンシア・ニクソン)の手を借りて、このアパートを売りに出し、新居を探す決心をした。

物件の内覧会を開くと、ニューヨ-クらしい多種多様の客が集まってきて、市場は闘いだと言ってはばからないリリーは、入札者を競わせ価格を億単位までどんどん吊り上げていった。

ルースたちは、マンハッタンで見つけた転居先の物件が気に入って、小切手を持って売主を訪ねた。
そこは、ブルックリンの高級化とは反対に、物権価格が安くなっているところだ。
それなのに、若い売主は売値に不満げで話が一向に進まず、交渉はまとまらない。
そのことで、二人はとことん嫌気がさしてしまって・・・。


初顔合わせとなる名優(モーガン・フリーマンダイアン・キートン)が、長年連れ添った夫婦を演じて息の合ったところを見せている。
回想シーンも交えて、熟年夫婦が歩いてきた道を振り返りながら、映画は時代の移り変わりを描き出している。
そこで浮き彫りにされるのは、現代のニューヨークに生きる人たちの多彩な人間模様やテロ騒動の不穏な雰囲気だ。
部屋を買いたいという人は多勢押し寄せるが、今度は自分たちの転居先が見つからない。
住んでいる家は売れば億単位だが、ふと隣りを見ればアメリカの格差社会も見えてくる。
夫婦はよき時代を生きているので、次第に現実主義の世代に違和感を抱く。

手ごろだと思っていた物件にアヤがついて、要するに世間がもてはやす対象も人も、相手があり、お金があればそれで足りるのか。
自分たちにとってもっと大切なもの、譲れないものは何か。
一見何気ない情景の中で、周囲に目を向ければ、誰でも同じ価値観を持っているわけではなし、自分たちの生き様、これからの生き方をふと見つめなおすのだ。
不動産にまつわるヒューマンドラマ、アメリカ映画「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」は、さりげないタッチで人生の機微に触れつつ、ちょっぴりコミカルな大人のドラマになっている。
上質な笑いを込めた、名優たちの演じるドラマも悪くはないのだが、映画館から人が溢れるほどの人気ともなるとどうも・・・。
右にも左にも、ゴホンゴホンと咳をしている人もいたりして、インフルエンザが気になってこちらは急いで退散した次第で・・・。(笑)
      [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点
次回は韓国映画「尚衣院 サンイウォン」を取り上げます。


映画「メモリーズ 追憶の剣」―武侠の世界に描かれる悲しくも美しい愛と復讐の物語―

2016-02-05 18:00:01 | 映画


 韓国高麗末期の時代を背景に繰り広げられる、激しいアクション史劇である。
 そうはいっても、壮大なスケールで描かれる、時代や国を超えて、普遍的に愛される「愛の物語」に変わりはない。

 パク・フンシク監督は、剣の先から伝わる感情表現にこだわり、作品全編をスタントマンなしで撮影した。
 それ故、優雅なアクションと美しい映像の一挙手一投足は、目を見張る緊迫感を漂わせている。
 高麗時代は詳細な資料に乏しく、典型的な歴史劇にはならず、重いテーマを扱いながら、古代ギリシャの叙事詩のような、しかし叙情的で悲劇かも知れないが、映画としては美しい仕上がりを見せている。








高麗末期、剣術の腕次第で誰でも王になれた時代・・・。

同士でありともに死を誓い合った三人の剣士、ドッキ(イ・ビョンホン)、ソルラン(チョン・ドヨン)、ブンチョンは世を変えるべく、最強と謳われた3本の剣により反乱を起こそうとしていた。
しかしドッキの裏切りで、ブンチョンが命を落とし計画は失敗し、ソルランはブンチョンの子ホンイ(キム・ゴウウンとともに姿を消した。

18年後、ドッキはユベクと名を変え国内で権力のある男となっていた。
その命を狙う者や、貧しい生まれを侮辱した者は殺された。
ある日、武術大会で、ソルランにそっくりな剣さばきの少女を見つけたユベクは、彼女を追う。
一方、ソルランはウォルソと名乗り、ブンチョンの娘ホンイの母親代わりとなっていた。
目が不自由になって、ユベクの裏切り以来、世間に背を向けて生きてきたが、ホンイが武術大会に出場しユベクと会ったことを知ったウォルソは、「あなたの両親を殺したのは私とユベク、今度会う時はあなたと私のどちらかが死ぬ」と、18年間隠してきた秘密を打ち明け、ホンイを家から追い出してしまうのだった。

ホンイは、育ての親ウォルソの突然の告白に戸惑う。
行くあてを失い酒に酔ったホンイを、武術大会で出会ったユル(ジュノ)が見かねて家に連れて帰る。
そこで初めて、ホンイが女性だと知って彼は動揺する。
ユベクには忠誠を誓ったユルだったが、ホンイに恋心が芽生え、放っておけなくなる。
親の敵であるユベクを倒すため宮廷に向かうホンイに、彼女の実力ではユベクを倒すことはできないと必死に止めようとする。
しかし、そんなことに耳を貸そうとしないホンイはユベクの剣を受け、致命傷を負う。
死の渕からホンイを助けたウォルソは、ホンイを師匠に預け、過去の決着をつけようと剣を手にユベクのもとへ向かった・・・。

混乱の時代に翻弄され、愛する人と戦わざるを得ない剣士たちの運命が描かれる。
前半の説明、描写がやや描き足りないきらいはあるが、ユベクの欲望の剣、正義を守るウォルソの剣、復讐を誓うホンイの剣、ユルの野心の剣と、四者四様の剣が火花を散らして交錯するシーンは、とにかく圧巻だ。
豪快なワイヤーアクションまで使った剣術、二転三転する人間関係、スピーディーなドラマの展開に息をもつかせない。
見せ場たっぷりのドラマだ。
主要な人物、ドッキはユベクに、ソルランはウォルクに、それぞれ名を変えて18年後のドラマが展開する時、観ている方は錯覚してしまいそうだ。

主役のイ・ビョンホンは、「王になった男」(2012年)以来4年ぶりの時代劇出演で、かなり力の入った熱演が見ものだ。
本来、時代劇は衣装やメイクのこだわりなどに、あまり気乗りのしないといわれるイ・ビョンホンも、よく作品を選んでいるようで、今回のシェクスピア悲劇のような「深く激しい愛を描いた作品」には心惹かれ、出演を決めたと語っている。

ドラマの終盤では、敵同士のはずの二人の驚くべき関係が明かされ、物語が一変し、ここから大きな見せ場となって、それぞれの剣に秘められた真実が明かされていく。

何しろスタントなしのアクションのため、俳優陣は半年以上にわたる厳しいトレーニングを余儀なくされ、本番でも結構怪我が絶えなかったという。
アクションをしながらの感情表現はかなり難しく、よく監督の演出に応え、リアルでスピード感のあるいい作品が生まれた。
素晴しい映像美も必見だ。
パク・フンシク監督韓国映画「メモリーズ 追憶の剣」は、重厚な抒情性に彩られた娯楽映画として、十分楽しめる波乱万丈の物語だ。
この映画、圧倒的に女性客が多かった(9割以上)のには驚きました。
いやまったく・・・。
       [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回はアメリカ映画「ニューヨーク  眺めのいい部屋売ります」を取りあげます。