中学生の娘は、父親をつかまえて言った。
「お父さん、お父さん」
「何だ」
「学校でね、また大臣が漢字を読み間違えたって言う話があってね・・・」
「ああ」
「麻生総理大臣は、あんなことでずいぶん有名になってしまったけど・・・」
「そうだな。情けない話だ」
「そしたら、今度は文部科学大臣ですって!」
娘は息巻いていた。
「あの、塩谷か」
「そうそう、そんな名前の大臣よ」
「その大臣が、“類まれな”って言うのを、“るいまれな”って言ったという、あの話だろう」
「うん。それも、文化功労賞の顕彰式とかいう大事な挨拶の場でよ」
「やっちゃったんだな。しかし、教育行政のトップまで、字が読めないとはね・・・」
「一体どうなっちゃうのかしらね」
「全くだ。この国の将来が本当に心配だ」
「・・・でしょ?」
「だって、“類まれな”なんて、小学校卒業までに覚えるレベルだそうよ。私だってもちろん知ってる」
「そうだろうなあ」
それから、娘はさらに続けた。
「聞いた話では、大臣になったときの会見の席でも、原稿を読み間違えたそうよ」
「何て・・・?」
「“卑近な”と言うのを、“ひっきんな”と読んだらしいわ」
「そんな話、お前学校で聞いてくるのか」
「だって、こういうこと良く知ってる人がいるの」
「へえ、そうか。大人顔負けだな」
「大臣て、頭の良い人がなるんでしょ?」
「うん、まあ・・・。頭が悪くちゃなれないな」
「頭は、良いにこしたことはないわね」
そんな娘に、父親は優しく笑いかけると、
「・・・お前も、絵文字のメールばかりやっていないで、たまには本も読め」
「読んでます!そういうお父さんこそ、今でも、通勤電車でマンガ雑誌読んでるんでしょ?」
「まあ、たまにだけどな」
「あら、そう。あれって、いい大人があまりよく見えないんだなあ」
「そうかも知れんな」
「マンガを読んでいけないとは思わないけど、ああいうの私はいやだな」
「そうか」
父親は、そう言ってうなずいた。
父親は、あらたまって娘に言った。
「毎日の新聞は、出来るだけ読むことだ。日本人が日本語を読めないなんて、情けない話だからね」
「分かっているわよ。そんなことあたりまえでしょ。それなのに、総理大臣が新聞を読まないなんてどういうこと?」
「本当だ。自慢できることではない」
「ねえ、総理大臣だって、お子様いらっしゃるんでしょう」
「・・・」
「今度の騒ぎで、きっと、職場でも肩身が狭い思いをしているはずよ」
「そうだな」
言いながら、父親は娘の顔をじっと見た。
娘が言った。
「大臣になる人には、国語のテストをしたらいいのよ」
「その通りだ」と言って、これには父親も笑った。
「で・・・、お父さんは、ちゃんと隅から隅まで新聞読んでいるの?」
「大体だな。読んでいるさ、新聞だって、書物だって」
「いつ読んでるの?」
「いつって、人の見ていないところでだって、読書は出来るさ」
「・・・」
「そうだ。この間、『源氏物語』を読み終えたばかりだ」
そう言ってしまってから、父親は一瞬しまったというような顔をした。
娘は少し驚いて、父親を見つめて、
「本当に・・・?」
「ああ」
「全部?原文で読んだの?」
「いやいや・・・」
「ああ、口語訳ね。で、誰の訳なの?」
「その・・・」
「え?どうしたの。誰の訳で読んだの?それにしてもすごいわね。ねえ、誰の訳よ?」
「いやぁ、その・・・」
「その・・・?」
「マンガで読んだんだ」
「・・・!」