たまにはぼそっと

ふと思いついたことをボソッと書いてみます。

門原神明神社のスギ

2021-10-04 18:51:28 | 巨樹、巨木
久しぶりの巨木巡りです。



かなり以前に、この杉を訪問しています。



このブログには記事が無いのでだいぶ前ですね。



樹高 36m
目通り幹囲 6.6m

樹齢はおいらが見るところかなりのものでしょう。400~600年かな?

ただし、合体木の可能性もあります。そうするともう少し若いかな?



鳥居は少し小さめです



ここを通り越して、国道156に出ようと思っていたのですけど、どうも通行止めのようなので

引き返しました・・・

最初ここを訪れた時、すごい山奥の印象があったけど、今回はそんな気がしない・・・

山奥に慣れたのだろうか?



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丹後半島のレイライン その 26 乎止与命

2021-10-04 17:53:42 | レイライン
さて、今までいろいろとレイラインを参考にして書いてきました。

その中でと言うより、サタヒコ全般に言える事は,誰かが、彼の存在を消そうとしているのじゃないかと思うのです。

名前もたくさんあります。朝廷別王などと言う名前は、後に誰かがつけた名前でしょう。

彼の子である、「迦邇米雷王」=神大根王は、父親である彦坐王の子になっています。

乎止与命にしても、「先代旧事本紀」や、「勘注系図」では、丹波の家系に組み込まれている。


妻の「丹波能阿治佐波毘売」も「アメノウズメ」とは分からないです。

古事記、日本書紀以前の段階でなにかの力が働いて、「サタヒコ」を歴史から消そうとしているように見えるのです。

おそらく、倭姫を伊勢に連れて行く頃には、サタヒコは日本で一番の権力者でしょう。

なのにそれを消そうとするとは、どういう力なのだろう?時代は?

おいらにはわかりません。

仁徳天皇陵の時代はまだ、サタヒコを祖先として敬っています。(仁徳天皇は、4世紀末から5世紀前半)

国譲りもでたらめなストーリーですし、大国主(サホヒコ)の出雲に行く方向も反対です。

少し前にも書きましたけど、八咫鏡を倭姫が伊勢の内宮に収めた話も、あり得るわけがない。


                PS  ありえました・・・へへ


垂仁天皇がいる奈良をサホヒコとサタヒコが出雲、岡山、四国、淡路島、熊野、と近江、美濃、尾張

で、囲んでしまって手も足も出なくなってしまった。

それが、「天岩戸神話」なのだと思います。

八咫鏡については、あるストーリを思いついたところです。

この後それについて考えてみたいと思います。







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