イナゴの甘辛煮完成/まだいたイナゴ
生垣の刈り込みの仕事で一日市場に行く。昼食をそそくさと済ませて田圃のあぜ道を歩いてみると、何とまだイナゴがいた。捕まえてビニール袋に入れ、2~3日脱糞させる。その極限下で交尾している奴がいるのには驚いた。
極限下で交尾・・
9月のイナゴはすばしっこく、稲の中に逃げるので捕まえるのは容易でないが、10月になると動きが鈍くなる。
飛び跳ねても2~3回で力尽きて動かなくなるので捕まえやすく、それも昼間の暖かい時間帯だけで、3時過ぎて陽が陰ると1回跳んで蹲るか、動きもしなくなる。動いてくれないと逆に見つけにくいが、よくよく見ると草むらの中にじっとしている奴がいて簡単に拾える。・・が、面白みもなくなる。
ぐらぐらの湯につけると真っ赤になる
子どもの頃、イナゴ捕りは仕事の1つで、一升瓶を持って田圃に行き、片っ端から捕まえては瓶に入れて持ち帰って鶏のエサにした。瓶の口を押さえていた親指を離すと、イナゴが1尾づつ出てきてピョンと地面に飛降りる。すると目ざとくそれを見つけた鶏達が先を争って駆け寄り啄む。それが面白くてよくイナゴ捕りに行った。
入念に空煎り
ある年,高校のグランドのバックネット裏に大量のイナゴが発生したことがあった。それを捕まえてかき揚げをつくり、翌日学校に持参して級友諸氏に『えび天』だと称してふるまったことがある。
バレないように翅と後肢の下半分を入念に取り除き、自分は本物のえび天を持って行ってそれを見せてから配ったので諸氏は疑わずに食べたが、誰一人『???』と言う者がいなかった。
つまらなくなって『実はイナゴだ』と自ら暴露したが『何となくおかしいと思った』と言う程度の反応で、怒った奴はいなかったからまんざらではなかったのだろう・・。
高校の先輩には、ネコを殺してすき焼きをつくり、生物の先生にふるまって自分達は牛肉のすき焼きを持ってきて食ったと言うツワモノいたから、イナゴのかき揚げなどは可愛い部類に入る。
低温でじっくりと
今年もイナゴの甘辛煮をつくったが、昨年はあれほどうまく行ったのに今年はイマイチだった。
モサモサして口の中に羽が残らないようカリッと仕上げるのがコツで、そのためには入念に空煎りする必要がある。
一度目は早くカリカリにしようと高温で煎って焦げ臭くなったので、2度目は低温で時間をかけて空煎りし、そこまではうまく行った。
が、砂糖と醤油を絡めた時、イナゴ(の翅)が水分を吸いこんだ段階でカリカリがモサモサに戻ることが分かった。そこでまた冷温で時間をかけてねっとりと甘辛くなるまで煎って最後に水アメで照りをだし完成。それでも去年の出来には遠く及ばなかった。
去年はどうしてあんなにうまく行ったのかさっぱり思い出せないが、出来立ての時はモサモサしても時間が経って冷えるとカリッとして来て意外と好評だった。それでもモサモサが気になる場合は羽を毟るしかあるまいと思う。
信州ではイナゴの甘辛煮をスーパーで売っている。イナゴを食べると言う風習(?)は地方によって異なり、全く食べたことがないと言う人も多いが、自分は子どもの頃から広島の片田舎で食べていたので何とも思わない。
イナゴが食べられるのならバッタも食べられる筈であるが、わが借家の周りでいっぱい跳ねまわっているバッタを捕まえてイナゴの代わりに食べようとは思わない。それはそういう伝統がないからに外ならず、そこに日本人(農民)とイナゴとの長くて深い関係性がある。
本来は憎っくき敵であるイナゴを人々は稲の子と書き、何故か親しみを込めて語る。そして農事の傍らイナゴを追うことを楽しみとし、それを食す。それこそが伝統的な食文化であることの証拠であろう。
今回はご縁があり、私も木偶さんお手製のイナゴをいただき、
ありがとうございました。こんなふうに作られたのだと
よくわかりました。茹でると赤くなるなんて不思議ですね~。
想像していませんでした。
昔の人にとっては貴重な蛋白源,カルシウム源だったのでしょう。
大好きです
おいしそう
仕上がりもきれいですね
11月だと言うのに温かいのでまだイナゴが捕れ、もう1回,甘辛煮が作れそうです。こんなことは初めてです。