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音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

ブラームス交響曲第2番/ヨッフム&BPO

2006年05月16日 23時54分06秒 | ブラームス
 こちらは第2番。先日のヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲第2番と併せ、中期ブラームスらしいムードが横溢した代表的傑作です。「孤独だが自由だ」というのか、ブラームスのモットーだったという話をどっかで読んだことがありますが、この時期の作品はまさにそういう気分を一番色濃く体現している作品群といえるかもしれません。この曲は先行した第1番と趣が180%異なる、構築的というよりは散文的、暗い情熱というよりは安寧な幸福感のようなものが出ている仕上がりで、その意味でもブラームスが一番幸福だった時期を情感をストレートに反映しているのかもしれませんね。

 そうした曲なので、思い切り旋律を歌い、角を丸めた流麗でクールな解釈でもって演奏しても、この曲はとても楽しめるのですが(バルビローリやカラヤンあたりがその最右翼かも)、このヨッフムの演奏は、もう少し重厚で野暮ったい、随所に現れる情熱的な部分なども臆面もなく深刻な表情を見せるいかにも無骨なドイツ流の演奏といえます。この曲の一番、暗い....といっては語弊がありますが、深刻な表情を見せる第2楽章などはまさにその典型。また最終楽章の熱狂もそのホットさという意味ではなかなかのものです。ともあれ、51年という録音を考えれば、こういうの高カロリーな解釈というのは、ある意味この時代ではごくごく普通な音だったともいえるのかもしれませんが。

 前述の通り、録音は51年で、全集の中では一番古いものとなります。54年や56年の録音の他の曲に比べ極端に劣る訳ではありませんが、さすがにオーディオ的にはこのあたりが限界かなという音質です。ちなみにこれは現在のリマスタリング技術でかなり改善されているところも、多分な大なはず。仮に十数年前にこれがCD化されていたら、とてもこうした鮮明さ、高い音圧の音にはならなかったはずですから、現代の技術は偉大です。
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ブラームス交響曲第1番/ヨッフム&BPO

2006年05月15日 23時25分25秒 | ブラームス
 ヨッフムのブラームス交響曲全集といえば、80年代にロンドン・フィルと収録したものがありすが、こちらはもっと壮年期、50年代中盤頃のモノラル期にグラムフォンに完成させた全集です。ヨッフムというと、私は「ドイツの伝統を堅持する最後の巨匠」みたいな感じで、晩年の頃EMIでの活躍していたことくらいしか知りませんが、去年の今頃のちょいとレビュウしたベートーベン全集といい、その後のブルックナー全集といい、モノラル晩期~ステレオ初期の頃は、グラムフォンというドイツ保守本流の牙城みたいなところで、こういう大きな企画を任されていたところをみると、既にこの時期から正統派ドイツ指揮者として確保たる地位があったんですね。

 さて、この全集ですが、例によって2枚組で序曲等はなしのコンパクト・サイズ、ディスク1には1番と3番が収録されていますが、今夜は1番の方を聴いてみましたが、これがなんとも素晴らしい演奏。覇気や推進力は十分だし、フルトヴェングラーもかくやと思わせるような、燃え上がるような情熱で、この曲をホットに指揮しています。この曲は古くからベートーベンの意思を受け継いだ交響曲第10番みたいな形容をされることが、ありますが、この演奏などまさにそうしたコンセプト(ワーグナー的スケールで再現したベートーベンというか)で押し切ったものといえるかもしれません。

 第1楽章の冒頭は遅めのテンポで悲劇的ムードに充ち満ちており、主部が始まってからは一転してぐいぐいと煽るようにテンションが上がっていく主情的な演奏に終始。弦はそそり立つ壁の如し、金管の咆哮はパワフルそのもので、いかにもフルトヴェングラー時代の残滓が濃厚に感じられるベルリンの漆黒ともいえる重厚なアンサンブルが、これまたいかにも「往年のドイツ物」の雰囲気を濃厚に感じさせて素晴らしい。ただ、まぁ、中間2楽章では、近年の演奏でクローズアップされることの多い、ブラームスのある意味女性的ともいえる感傷だとかは希薄で、野暮ったいドイツ流の表情で押し通しています。

 最終楽章も意味深な導入から霧が晴れるようなコラールの旋律が登場するまでは、やはり緩急を思い切ってつけた主情的な展開、その後の凱旋のような部分はまさにベートーベン的な男性的なスケール感と推進力で押しまくった演奏で進んでいきます。いやあ、なとんもはや凄い演奏です。しかし、これでステレオ録音だったらさぞや聴き映えがしたろうに、モノラル録音なのがちと残念。もっともリマスターで音圧上げているせいか、それほど聴いていてプアな感じがしないのは幸いですが...。
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FFXI <戦72,ナ62,暗40,忍37, 白25,黒25, 狩24, シ24, モ10 >

2006年05月14日 23時59分15秒 | GAME
 更に続く戦士レベル上げ。経験値的には地獄としかいいようがない、Lv70から71までが34,000で、次が36,000とカンストまでほぼ2,000づつ上がっていく。50代の頃は1万ちょいでレベルが上がっていたのを考えると、このレベル帯はその3~4倍となる訳で、いきなりげんなりとした気分になりがちだ。そうか、ベテランさん達はこうした膨大な経験値をてっとり早く獲得するために、移動狩りだの詩赤釣りだのといった、効率主義になっていくのだろうな、なんとなく分かる気がする。

 ともあれLv70を超えると、前述のようなスタイルには至らずとも、狩の速度が異常に早い。狩り場はどうであれ大抵は連戦につぐ連戦状態、2,3時間やって1万なり2万なり稼いだら、さっさと解散みたいなドライな雰囲気が強くなっているのも特徴かもしれない。また、ジョブは侍、暗黒、竜騎士、狩人といったジョブをあまりみかけなないような気がする。まぁ、これは 某巨大掲示板で広まった先入観も含めた不遇さの宿命なのかもしれないが、見ていてちょっと哀しくなったりする。侍なんて、連携を縦横に仕切っていく様がカッコ良くて一緒にやるの好きだったんだけどなぁ。

 そんな訳でこの週末を中心にレベルを2つ上げて72に到達。狩り場はカダーバの浮沼のインブ&トンボ狩りが中心。とにかくここは経験値が沢山はいるし、戦いがエキサイティングなので、個人的にはビビキーなどより、こっちの方が好きになってしまった。ついでにいうと、先ほど、ワープ出来る場所を一カ所増やして、5カ所中2カ所可能となった。新エリアで獲得した戦績で交換した地図もそろって、少しはアトルガンも馴染んできたかな....といったところか。
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ブラームス ヴァイオリン協奏曲/ボーレン,マルトゥレット&Berliner Symphoniker

2006年05月13日 11時27分16秒 | ブラームス
 同じブリリアントの協奏曲全集の最後のディスク。ここにはヴァイオリン協奏曲とヴァイオリンとチェロのための協奏曲が収録されています。このところ頻繁に聴いているのは前者の方。私はソロ・ヴァイオリンというのがどうも苦手で、ヴァイオリン・ソナタとかヴァイオリン協奏曲というとあまり積極的に触手が伸びななかったりするのですが(弦楽合奏というのは出す気なのですが....)、ベルクとブラームスだけは別格という感じで、大昔、それなりに聴き込んだことがあり、今回久々に聴いてところ....といった感じでしょうか。

 この曲は昨日の交響曲第2番とピアノ協奏曲第2番のほぼ間に作曲されたということで、満ち足りた幸福感とそこはかとない哀愁みたいなものが絶妙にプレンドした、いかにも壮年期のブラームス作品という気がします。第1楽章の冒頭はピアノ協奏曲第2番のそれと並ぶ魅印象的な楽想で、非常に通俗的な形容をすると、花が咲き乱れる西洋の壮麗なお城かなにかの映像にぴたりとマッチするような音楽です。ただ、まぁ、ピアノ協奏曲の方もそうなんですが、曲そのものは協奏曲なので、そうしたムードは開幕だけで、やがて闘争めいた部分も暗示しつつ、次第に丁々発止な展開になだれ込んではいく訳ですが。

 この演奏では、ヴァイオリンがBorika Van Den Boorenという人でやはり無名な人で、オケはピアノ協奏曲と同じマルトゥレット指揮によるベルリン響となっています。Borikaっていう名前からして女流でしょうか。ネットで調べてみるとアムステルダム・コンセルトヘボウの第一ヴァイオリンにこの名前がありますから、同楽団のメンバーなのかもしれませんが、詳細は不明です。ちなみに女流という先入観が聴いたせいかどうかはわかりませんが、演奏は端正だがちょいとスリムなブラームスという感じ、オケは例によってなかなか重厚です。
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ブラームス ピアノ協奏曲第2番/レヒナー,マルトゥレット&Berliner Symphoniker

2006年05月12日 15時38分27秒 | ブラームス
 3月くらいからブラームスのピアノ協奏曲第1番を集中的に聴いていたことは、ここでも度々書きましたけれど、ちょいと前くらいから第2番の方もぼちぼち聴きはじめてます。演奏は手近なところでブリリアントのブラームス協奏曲全集の中の一枚、レヒナーのピアノ、マルトゥレット指揮によるベルリン響のもので....。第1番の時、いろいろな演奏を買いあさったおかげで、こちらの第2番の演奏も成り行き上けっこう集めましたけれど、名演、快演の多い同曲なのに、どうしてこの無名の演奏を頻繁に聴いているかといえば、やはり第1番の演奏が良かったから....ということに尽きます。

 第1番のところでも書きましたけれど、彼女のピアノはテクニック的に非常にすぐれているだけでなく、弾力感に富んだとてもカラフルな音色を持っているのが魅力です。またロック風にいうとノリがジャストそのもの。テクニカルで細かいパッセージも弾き飛ばすということなく、曲のリズムときっちりと縦割りが揃っているあたり(まるでMIDIみたいに-笑)、いかにも今風なクリーンさがあって、このあたりもまた魅力だったのです。この第2番の方は曲の性格からいっても、第1番以上に彼女にマッチしていて、彼女の伸びやかピアノを満喫できます。派手なところはありませんが、細部を押さえた端正で演奏からそこはかとないブラームス的な情感湧き上がるあたり、なかなか結構な名演です。

 ところでこの第2番ですが、第一楽章の冒頭はブラームスの全作品中、もっとも魅力的な部分なんじゃないですかね。ホルンの出だしからしっとりとビアノが絡むあたりの流れは、その憧れに満ちたムードといい、牧歌的田園的な風景を想起させる広がりといい、協奏曲ではなく、交響詩みたいな形でこの世界に10分は浸っていたいと思わせます。
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ブラームス交響曲全集/マッケラス&スコッティッシュCO

2006年05月11日 23時04分23秒 | ブラームス
 こちらはチャールズ・マッケラスがスコティッシュ室内管というあまりメジャーとはいえないオケを振って97年頃に完成させた全集。ただし、2枚組ではなく3枚組で大学祝典序曲やハイドン変奏曲が収録されている他、めずらしい第1番第2楽章の初期稿と思われるヴァージョンなども入っています(そのかわり何故か悲劇的序曲が入っていません)。また、初演当時の演奏スタイル再現ということ話題になったアルバムでもあり、どの曲も低めのピッチにヴァイオリンは両翼配置、リピートの励行などがされていて、聴いていると「おやっ」と思うことしきりの演奏といえます。

 聴いてみると驚くのが、従来のオケに比べて弦の少なさからくるよるオーケストラ・バランスの違いでしょうか。なにしろこのところマーキュリー・リヴィング・プレゼンスによるドラティの演奏ばかり聴いていましたから、比較的遠くのポイントからホールトーンを丸ごと収めたようなテラークの録音とは、そもそも会社のよる録音ポリシーの違いも大きいともいえますが、いずれにしても弦がリスナーに向かって壁のようにそそり立つようなバランスではなく、うっすらとベールのように木管を包みこんでいるような感じで、ちょっと聴くと実在感が乏しい録音なのですが、反面、なるほど初演の頃はこの程度の規模で、割と低カロリーに演奏していたんだなと感心する部分もあります。

 そういうコンセプトを反映しているのか、演奏そのものも非常に早めのテンポでフットワークも軽く進むブラームスという感じ。ただ、このところ良く聴いているドラティあたりのストレートさシャープさに比べると、リズムの切れやフレーズの歌い方といった点でも、ある意味中庸の極致という感じで、角がなくすーすー流れていくのはいいけれど、もうちょっととっかかりみたいな欲しいと思わないでもないです。ある意味で古典派的なスタイルでもって再現されたブラームスといったところなんでしょうね。
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ブラームス交響曲全集/ドラティ&LSO,ミネアポリスSO

2006年05月10日 13時34分33秒 | ブラームス
 最近、頻繁に聴くアルバム。ブラームスは交響曲を4曲しか書かず、そのいずれもがロマン派としては控えめな規模な作品だったので、ふたつの序曲とハイドン変奏曲を除けばCD2枚に収まってしまうことが多く、比較的に簡単にブラームスの残した交響曲の全貌を俯瞰することができる訳ですが、これはそうしたスタイルによるドラティ指揮による2枚組。オケは2番のみ当時の手兵だったミネアポリス響で、残りはロンドン響となっています。

 演奏はドラティらしい、早めテンポとシャープなリズムをベースにしたドライな語り口で演奏したもので、10年前くらいだったか、購入した当時、一聴してあまりにブラームス的な情感が希薄な演奏に感じてしまい、早々とお蔵入りしていたものですが、久しぶりに聴いてみたところ、まぁ、当初の印象は似たようなものでしたが、何度か繰り返して聴いていると、聴いているこちらの慣れもあるのか、「おっ、なにげにいいじゃん、この演奏」という感じで、楽しめるようになってきました。

 ブラームスという人の音楽は表向き古典的なたたずまいの中に、いわく名状しがたいロマン派的な情感のような渦巻いて、そのあたりを思い切りクローズアップして、それはもう完璧なロマン派の音楽として演奏したりもできる訳ですが(例えば晩年のワルター等)、ここではむしろ古典的なスタイルはきっちり守り、そこからふんわり香り立つロマン派的な情感をそこはかとなく楽しむみたいな演奏となっている感じがしました。第4番第1楽章の「すすり泣き」のあっさり感など、当初「こりゃねぇだろ」みたいに思いましたが、これはこれでありかななどと思ってきました。

 録音は57年~63年で、ステレオ初期のものですが、マーキュリー・リヴィング・プレゼンスによる録音ですから、最新録音もかくやと思わせる驚異的な定位感と、各楽器の輪郭がくっきりとくまどりされたかのような鮮明さがあります。演奏は今の感覚からすると少々緩いところも散見しますが(特にミネアポリス響の2番)、ブラームスであればそれも許されるかも。
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FFXI <戦70,ナ62,暗40,忍37, 白25,黒25, 狩24, シ24, モ10 >

2006年05月09日 23時50分24秒 | GAME
 GWを利用して戦士をガツガツと上げた勢いにのって本日Lv70に到達。狩り場はビビキの他、怨念洞のトカゲ、クフタルの虎など定番のところも回ったが、最近はアトルガンエリアを使って狩りをすることが多くて、一昨日はゼオルム火山で芋虫を、昨夜は船に乗ってナシュモ経由でカダーバの浮沼(うきぬ)でインブを狩ったりもした。新しいエリアは空いているので、狩り放題という感じで、むしろ主たる経験値はこっち稼がせてもらったという感じ。

 前者は詩人が釣りに行いく高レベル特有のパターンで、リンクじょうとうw、とてあたりを次から次へ殴っていく乱獲スタイルで、めまぐるしいほどに連戦を続けたが、しまいにはそれでも飽きたらず、パーティーごと移動して殴りかかる移動スタイルに変化していった。後者は新モンスのインブ狩りで、WSや魔法の打ち消しがいやらしいものの、HPがあまりないのでかまわずなぐり続けるパターンでこれまた連戦。1体あたり経験値が250とか350とかいうおいし過ぎる経験値をもらって、あっという間にLv68と69をくぐり抜けたといったところ。

 それにしてもインブ狩りのパーティーでは新ジョブの青魔道士とコルセアが一緒だったのだが、揃ってLv70だったのは恐れ入った。アトルガンが出てからまだ2週間強だというのに、もうこんなにレベルを上げている人がいるとはある意味驚異。本人たちもサーバー1番手を自負している風だったけれど、とにかく新しいジョブを完璧に使いこなしている風だったし、新エリアもばっちり頭に入っているようで、こういう人達に寄生して沢山の経験値を稼げたのは、平日の昼間にプレイした故の僥倖というべきか。

 さて、Lv70といえば限界クエストのオーラス、有名なマート戦待ったなしの状態である。中にはLv67あたりで早々とクリアしてしまう強者もいるようだけど、私はこういう時は必ずパニくり、ミスを連打するヘタレなので(笑)、本日、必勝を期して最高レベルでの挑戦とあいなった。一応、ネットで戦略を調べてみたところ、つまるところ、オポオポネックレス+昏睡薬、イカロスウィング等を使ってTPをドーピングし、アビ全開の状態で短期間にWS(レイジングクラッシュ)を2回撃って、ひとり連携するあたりがキモらしい。ただ、それを冒頭からやるか、マートがマイティを使ってきた時にとどめをさすようにやるかは、どうもひとそれぞれのようだ。

 私の場合、途中でやるのはどうもミスりそうで不安があったので、開幕からアビ全開+ひとり連携をすることにした。結果的には冒頭にブチかましたひとり連携だけで、あっけなくマート撃沈(彼からは2回ヒットを受けただけマートがマイティ発動するも時既に遅し....という感じ)。ディフェンダーや大量に用意したハイポやエクスポーション、ペルコシスオレなどは使っている暇もない程に、あっけない勝利となった。あとでログを見てみると、日頃の戦闘では見たこともない1361などというヒットポイントが出ているけれど、このあたりが大きかったのだろう。案の定、昏睡薬を4個でTP100でなく、1ダース使ってTP300にしたのが効を呈したようだ。

 という訳で、限界5も無事クリア、そろそろカンストが見えてきた....かな?。
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BOB JAMES / Playin` Hooky

2006年05月08日 10時01分03秒 | JAZZ-Fusion
 ボブ・ジェームスの新作です。前作はピアノ・トリオでしたが、今回はいつものフォーマットに戻ってのアルバムです。このところ彼の作品は、フォープレイも含めて、かなりアコピを重視したプレイだった訳ですが、そのあたりも一区切りついたと判断したのでしょう。

 今回の作品でまず気がつくのは、まるでCTIやCBS時代に戻ったかのようなフェンダー・ローズのプレイが随所に聴かれること、冒頭の曲などこれまた実に久しぶりのクラシック・アダプテイション(ショパンの「別れの曲」、これがセンスいいんだよなぁ)をやらかしている点です。要するにけっこう先祖帰りしているということなのですが、これが近年のハイテク打ち込み指向と非常にうまくブレンドされていて、とても気持ちよい仕上がりになっています。

 前々作あたりだと、「この曲はアシッド・ジャズ、こっちはアンビエント、んでこれはいつもの黄金路線」って感じで、どことなく総花的なバラツキ(バラティに富んでいるともいえる訳ですが....)が感じられたりもした訳ですが、今回はそれらがボブ・ジエームスの個性のもとに統一、再編されてきているようで、アルバム全体がとてもスムースに進行して気持ち良いです(ちょっとサラサラしすぎているキライもあるが....)。

 ボブ・ジェームスの「さりげなさ」もここまできたか!と思わす作品ですね。ホント、リラックスできます。ちなみに最後の曲でのチャック・ローブのギターのさりげなさもなんとも良いです。この人最近はどんな活動してるんだろ???。(97/11/16)
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DREAM THEATER/Images and Words

2006年05月07日 12時36分22秒 | ROCK-POP
 92年の第2作。音楽面はもちろんですが、ジャケ等も現在のドリシア路線を明確に決定した作品ともいえます。非常にソリッドでテクニカルでありながら、割とポップなメロディアス指向もあって、王道ロックのミクスチャー的な混沌もある....といった感じでしょうかね。

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1. Pull Me Under - (8:11)
 中期ラッシュを思わせるエスニックなサウンドからゆったりと始まり、やがてヘビーなサウンドへと発展。前作のスピーディーの上にもスピーディーを重ねたような展開と比べると、一聴してゆとりを感じさせる。もちろん、前作ラインの超高速パートもふんだんに出てくるワケだが、曲の文脈の中で無理なく統一されてきたというところだろうか。"Pull Me Under"のコーラスも印象的だし、全体として音楽の洗練度がぐっと増しているのがまずもって成長を伺わせる。ただ、この唐突なエンディングはちと....。

2. Another Day - (4:22)
 一作目でも聴けた哀愁路線。こちらは前作のように結局はいつものメタル・パターンに収束してしまったアレンジに比べると、より単体としてバラード・ナンバーとしてまとまっている。ある意味で産業ロック的なポップさ(サックスを模したシンセがいかにもいかにも-笑)、大仰さだが、ドリシアというのはこういう面を確実に持っているバンドなのだろう。非常によくまとまっているし、ドリシアらしさは全くスポイルされていないのはさすがといえようか。

3. Take the Time - (8:21)
 こちらは1作目路線の「変拍子+メタル・リフ」的な要素で構成された作品。非常に凝ったリズムがふんだんに登場し、ドリシアのテクニカルさを満喫させるが、やはり1作目と比べると、展開があれほどに唐突でなく、かなりこなれてきている。中間部ではかなり目まぐるしい展開になるが、あくまでも大きな流れが寸断されていないあたり、かなり腕をあげたな....という印象。

4. Surrounded - (5:28)
 ヴァースはかなりポップでメロディック、しかもアコスティックである。前作ラインからすると、かなりポップになったなと思わせるし、ヴォーカルもシャウトでなく地で歌っているのもオヤって感じ。もちろん、本編が始まってしまえば、ソリッドなサウンドになるのだが、それでもかなりポップだ。つまり、これまた産業ロック的な作品というワケだ。ラボリエのヴォーカルはこういう作品に意外な適性を発揮しているし、ムーアのキーボードもツボを心得たものだ。

5. Metropolis - Part I(9:30)
 思わせぶりなシンフォニックなイントロからして、いかにも大作の雰囲気がただよう。前半はギターの変拍子リフ主体で進み、ダークな色彩で進む。ヴォーカルはなんとなくナレーションのようである。で、例によって、込み入った展開となる中間部は、その先の読めない展開がいかにもドリシアであり、その多彩さは前作を超えているともいえよう。そのピークでテーマが回帰するワケだが、その呼吸はなかなかいい。このあたりも前作のぎこちなさを克服したともいえる。

6. Under a Glass Moon - (7:02)
 アップ・テンポで進むメタル風の作品。そういえば、このアルバムではこういう作品はここまであんまし出てこなかった。ただ、ラボリエのヴォーカルのせいなのか、それでもなおポップな趣があるのは妙である。それにしても、このアルバムでのペトルーシは、前作での「俺が、俺が」的な露出ぶりとは、別人の感がある。さてはあれはプロデューサーの意向だったのか。とはいえ、この曲ではふんだんにソロとってます。
 
7. Wait for Sleep - (2:31)
 きらめくようなシンセ&ピアノ・サウンドにのってファンタスティックといってもいいようなサウンドが展開される。間奏曲風な作品。どうもこれはムーアのセンスらしい。いろいろ研究している人のようだが、基本的にはポップな人なんだろう。クインシー・ジョーンズなんかも好きに違いない。

8. Learning to Live - (11:30)
 アルバム中最長の大作。やや低回気味だが雄大な序盤、メタルっぽいリフ&コーラスが登場する中盤、そしてギターやキーボード・ソロをメインとして、さまざまな仕掛けが登場する中間部後半と、このあたりはドリシアのメルクマールといえる展開だが、なかなかドラマチックに盛り上がる趣向で前作ラスト同様、アルバムの締めくくりにふさわしい趣である。(99/11)

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DREAM THEATER/When Dream And Day Unite

2006年05月06日 12時13分49秒 | ROCK-POP
 99年頃書いたものですが、どこに出したのか不明。当時はこんな感じでアルバム収録曲全部の上っ面をなでるみたいな文章をあたりかまわず書いてました。ちなみにドリシアは当ブログの守備範囲ぎりぎりバンドです....というか、もう超えちゃった?(笑)。

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1. A Fortune in Lies
 いかにもメタル風なギターのイントロだが、リズムがころころと変わり、キーボードはスペイシーで立体的な感じなのが普通ヘビメタとは一線を画する手法といえる。そのままアップ・テンポでヴォーカル・パートに突入にするが、基本となるテーマを繰り返しつつ、変拍子とひっかけと目まぐるしく場面転換が起こるあたりもなかなかテクニカル。タイコはもろにモーリス・パート風だし、中盤のギターはイングヴェイとかあの手のパターンで、ともあれすごいテクニックとしかいいようがないが、ここまでくるともはや侘びと寂とかとは無縁、スポーツ的としかいいようがあるまい。快感ではあるが。

2.Status Seeker
 アメリカン・ハード・ポップ風に明るいイントロ、ちょっとブリティッシュの香りもあるが、あっという間に精力的なリフにかわり、すぐさまコーラス主体のヴォーカル・パートへと快調に進む。イントロに象徴されるように、やや哀愁を感じさせるポップなムードが全体を覆っている。

3.The Ytse Jam
 ラッシュの「YYZ」を思わせるインスト作品。1と同様、激しい場面転換、そして超絶メタル・ギターが縦横に走る。こういう曲を聴くと、ドリシアというバンドは5人編成でありながら、ベーシックなところはギター・トリオから発想しているんだなと思わせる。途中キーボード・ソロなどもあるが、基本的にはこのアルバム、ギター・トリオ+2って感じなのではないか。ともあれ、非常に精力的で、若さで押し切ったようなところが、この曲のいいところでもあり、食い足りないところでもあろう。

4.The Killing Hand
 アコスティック・ギターのイントロから、一転してヘビーでシンフォニックなサウンドへといかにも大作の風情を漂わせている。さて、切々と歌い上げるハイ・トーンなヴォーカルはチャーリー・ドミニシだが、やはりラッシュのゲディー・リーを思い起こさせなくもない。ともかく前半は彼のヴォーカルを中心にジワジワと盛り上がり、中間部に入るとアップ・テンポなリズムがかわり、例によって激しい場面転換と早弾きのソロが入り交じってドリシアらしい展開となる。そのピークで冒頭の雰囲気が回帰するというのは、お約束のパターンだが、もう少しドラマチックに盛り上げておいてもよかった。ただし、その後、もう一山あるんだけど。


5.Light Fuse and Get Away
 変拍子絡みのメタル的リフがおもしろい。またブレイクをビシッと決めていく呼吸はラッシュを思わせる。で、2分半近くインストでひっぱっておいて、ヴォーカルが出てくるのは、やけにドラマチックな段取りだが、あたかもABCDE....と繰り返しなしでずんずん進んでいく(本当はそうでもないのだろうが)のもそれ的だ。後半はキーボードが主導してスペイシーな展開となるが、結局ハイライトはジョン・ペトルーシのギターになってしまう。やっぱ、このバンド、ラッシュ流のトリオだわ。

6.Afterlife
 こちらは割とストレートなメタル・ナンバーといえるかもしれない。ソリッドなギター・サウンドにうっすらとキーボードの白玉が重なり、そこにハイトーンのヴォーカルがのっかって、そこはかとない哀愁を感じさせるあたり、ちょいと「グレイス・アンダー・プレッシャー」の頃のラッシュに影響でも受けたかな?って感じ。後半は例によってギター・ソロ+キーボードのユニゾンでもう一山。

7.The Ones who Helped to Set the Sun
 前曲からSEでカットインして始まる。いきなりアブストラクトでアシッドな空間が演出され、それがキーボードを主体としたミステリアスなサウンドに発展。このあたりは錯綜した雰囲気で進むが、ツーバスのリズムがなだれ込んで来ると、変拍子リフとアップテンポが交錯するいかにもドリシアらしい展開となる。それにしても、この怖いもの知らずでなんでもやってしまうこの勢いはやはり「若さ」としかいいようがない。もっとも大昔のロックって、みんなこんなだったのだが....。

8.Only a Matter of Time
 イントロは珍しくキーボードが主体の作品で、本編はどちらかといえば哀愁路線の仕上がり。キーボードがアクティビティを発揮しているおかげで、サウンドはアルバム中でも随一といっていいくらい厚く。曲調の切迫感もあいまってラストにふさわしい高揚感が展開でアルバムラストを壮麗に締めくくる。(99/11)

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ブラームスだらけ

2006年05月05日 23時43分31秒 | ブラームス
 新しいノート・パソコンの物色もかねて上京したついでにけっこう大量のCDを購入してきてしまった。今回は3月にピアノ協奏曲の第1番の魅力を再発見したのを機会に、最近、頻繁に聴いているブラームス特集。ブラームスといえば、バーナード・ハーマンと伊福部昭と並ぶ、個人的には3大作曲家なのだけど、こうして頻繁にブラームスを聴くのは実に久しぶり。ほら、ブラームスって無骨なくせ、妙にべたべたと感傷的で、形式やちまちまとしたところにこだわったりするところがあるもんで(もちろん、そこがいいんですげどね)、年がら年中聴こうという気にはどうしてもならないもんで、このブラームス熱は実に久しぶりだし、僥倖という訳なのであります。

 で、ここ2週間くらいはもうほとんど聴き飽きていたはずの交響曲4つをドラティのマーキュリーに残した古い録音だの、マッケラスがオリジナル楽器で演奏したテラークの全集なんかを聴いていたんですけど、4つともジョージ・セルとクリーブランドの演奏を久しぶりに聴いてみたくなって、こんなもん廉価盤で何度も発売されているし、お茶の水の中古ユニオンあたりにいけば、ごろごろあるだろうくらいに思って赴いた訳ですが、これが見事になかった(笑)。そのかわりに、同じ棚にあったブラームスの交響曲全集を....ボールト、マゼール、クレンペラー、デイビス、アーノンクールの5種類も購入してしまいました。ついでにクライバーの4番、レーゼルの変奏曲集、フィードラー時代のボストンポップスによるガーシュウィン集、ゼルキンとアバドのモーツァルトのピアノ協奏曲第27番なんかも、あぁ。

 パソコンの物色に赴いた秋葉では、ナクソスのブラームスのクラリネット・トリオ、ハイドン・ヴァリエーション(四手版、これ聴きたかった)と日本作曲家選集シリーズ3枚(黛、早坂、大木)とこれまた少なからずの枚数を購入。「おい、おまえ何しにきたんだ、パソコン見に来たのか、CD買いにきたのか」というノリでした。(再び)あぁ。
 ちなみにパソコンですが、メーカー品の他、マウス・コンピューターとかDosパラのハウス・ブランドのノート・パソコンなんかもみてきたんだけど、こういうのも最近のはけっこういいですね。昔のようにチープな感じじゃなくそこそこ質感もあるし、なにしろハイスペックなのに安いのが、魅力的。買っちまうかなと思ったんだけど、とりあえず、CDがかさばり過ぎたもんで(大笑いしかない)、自宅で再度検討ってことで....。
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FFXI <戦68,ナ62,暗40,忍37, 白25,黒25, 狩24, シ24, モ10 >

2006年05月04日 23時12分16秒 | GAME
 ここ数日、ゴールデン・ウィーク中ということもあってゲーム内も人が多いのか、アトルガンが入ったせいでむしろレベル上げ人口は少ないのか、よくわからないところもあるのだれど、とにかく良く誘われて5月に入ってからは、レベル上げ三昧の日々が続いている。ひとつパーティーが終わって球も出していないうちに、次にお誘いが入り....なんていう状況なのである。しかも、どういう巡り合わせなのか、やたら稼げるPtばりに拾われたせいで、ここ3日くらいは、ほとんど一日ひとつづつのペースでレベルが上がってしまうという、うれしい異常事態になっていて、現在早くもLv68でこのペースでいったらゴールデン・ウィーク中にはLv70に乗ってしまうのではという勢いだ。

 ちなみに狩り場はひたすらビビキー湾だ。ここはテレポメア+チョコボで、インスニいらずで狩り場で到着できるロケーションなところが幸いしてか、とにかくここをチョイスするリーダーが多い(とくに外人はそう)。ここ4日くらいでビビキー以外ではボヤーダの奥に一回いったきり、あとはひたすら鳥、ゴブリン、キリン島を殴りまくって、ジュノへ帰還。そうすると今度は外人さんからお呼びがかかって、テレポ屋を頼んでテレポメア、再びチョコポでビビキーに到着、またして鳥、ゴブリン、キリン島を殴りまくるという繰り返しなのである。レベルも上がったが、さすがこれの繰り返しも連日繰り返しているとつらくなってもきた。明日あたりは怨念洞とかテリガン岬とかに連れて行ってくれるパーティーに拾われないものだろうか。まぁ、稼げればなんでもいいんですけどね(笑)。
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臨終間近か、愛機VAIO PCG-FX99(NotePC)

2006年05月03日 23時48分21秒 | PC+AUDIO
 私が自宅、常時使っているパソコンである、ソニーのVAIO PCG-FX99というノート・パソコンなのだが、これがそろそろ逝ってしまいそうな状況になってきた。今回はいよいよキーボードがいかれたらしく、いくつかの文字が打鍵しても表示されなくなってしまったのだ。昨日、ちょいとキーボードの部分に水をかけてしまったのだが、それが原因かもしれない。いずれにしても、電源投入時にディスプレイがやたら暗かったりするし、最近はCPUがやたら加熱して、システムごと極端にレスポンスが悪くなったりするのも日常化してきたので、そろそろ寿命かもしれない。

 今、ちょっとメーラーを見てみたら、2001年の4月か一番古い受信記録だったので(それまでMacを使っていた)、このパソコンは都合5年くらい使ったことになる。こらちの手荒な扱いが災いして何度か修理したものの、それ以外は特に問題なかったから、5年というのは、私が購入したいくたのパソコンの中でもおそらく一番寿命の長いパソコンだったことになろう(この5年間でノートパソコン用にCPUが劇的に進化しなかったという事情も無視できないが....)。某所ではよくソニー・タイマーとかいって揶揄されたりもするが、使った印象としては、アダプターの断線やらなんやらがやたら多かったMacなどに比べれば、よほどしっかりとした丈夫な代物だったのではないか(笑)。

 ともあれ、キーボードが使えなくては実質的にパソコンは使い物にならない(この文章は代替機として出してきたモバイル用のノートLOOX T70Fを使っている)。これをさらに修理して使うという手もあるが、5年も使えばいい加減元はとった気がするし、これに数万円かけてメンテするというのは、ちと考え込んでしまうところはある。となると、新しいパソコンの購入ということになるが、うーむ、GW中ということもあるし、この二、三日中に秋葉にでも繰り出して、ノートパソコンでも眺めてくるか。
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ブラームス セレナード第2番/ケルテス&LSO

2006年05月02日 09時56分28秒 | ブラームス
 セレナードの第2番です。一番が普通のオーケストラによる管弦楽だったのに比べると、こちらはヴァイオリン抜きの管弦楽で構成されているのが特徴です。おそらく第1番をフルオーケストラで書いてみたから、今度はヴァイオリン抜きの小さなオケでどのくらい表現できるか、トライしてみよう....みたいな狙いとあったと思われますし、万事渋好みのブラームスの特徴が出たともいえるでしょう。モノの本を読んでみると、こういうのは当時の流行でもあったらしいので、ひょっとするとこの曲にはブラームスなりの「気取り方」が含まれていたのかもしれません。構成は全5楽章、演奏時間はおよそ30分弱ですから、全6楽章で50分近い演奏時間を要する1番とは、編成だけでなく楽曲の規模という点でも明らかにコンパクトになっていることがわかります。

 第1楽章は開放的な中に一抹の侘びしさのようなスパイスになっている楽章で、丁度交響曲第1番の第3楽章なんかに近い感じ。ヴァイオリンがない分、旋律面では木管群がけっこう活躍する訳ですが、このあたりの渋い色調はいかにもブラームスで、もうこの時期からできあがったいたんだなぁと思わせます。第2楽章は2分半の短いスケルツォですが、スケルツォらしい諧謔味はあんまりなくて、どちらかといえばメヌエット的なのどかな感じや牧歌性があるのが特徴でしょうか。ブラームスって人は交響曲や管弦楽曲というフォーマットではスケルツォらしいスケルツォは残さなかった人ですが(ピアノ協奏曲第2番の第2楽章くらいですかね....)、これもその例外ではなかったようです。
 第3楽章はアダージョですが、テーマでは弦のせわしない動きのせいで、あまり緩徐楽章にきこえません。その後、木管だけになるとようやくアダージョっぽい音楽になりますが、この起伏はまるでメヌエットかスケルツォのトリオのように聴こえたりします。

 第4楽章は非常なだらかな起伏をもったメヌエットで、第1楽章でもそうでしたが、牧歌調の音楽をベースに一抹の翳りみたいな雰囲気ってのはブラームス独特の世界ですね。ちなみに第2,3,4楽章をひとくくりにすると、大きな複合三部形式をもった舞曲みたいな感じになりそうな気もします。第5楽章はブラームスとしては、ちょっと古典期のフィナーレを意識したんでしょうか。かなり明るく喜ばしいムードに満ちたロンドで、テーマは農民舞曲風な素朴なものです。このテーマに挟まれたパートでは弦の動きと木管の絡みが錯綜しつつけっこうダイナミックに進んでいきます。
 という訳で、このセレナード第2番、1番に比べるといろいろな意味でブラームスらしい音楽といえると思います。イギリス人あたりが喜びそうなプロムナード・コンサート風な、リラックスした音楽ともいえそうです。
コメント (2)
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