ライナーにも書いてあるけれど、アルバム1曲目の「ループ」という曲は、同時期にスタートしたキース・ジャレットのスタンダーズをけっこう意識していると思う。憂いを含んだ旋律をちょいとラブソディックな感じで、徐々に熱くなっていくかのように進行させ、熟したあたりでベースにバトンタッチってあたり、意識しているというより、「オレ達はスタンダーズみたいにだってなれる」ってことを証明したがっているような演奏だと思うんだよなぁ。
まっ、そんな訳でこのアルバムの1曲目は、「ザ・トリオ」としてはちょいと毛色の違った楽しさを味合わせてくれるんだけど、続く3曲のスタンダードはチック・コリア流の解釈によるスタンダーズで、「キースがスタンダードをああ処理するなら、うちはこうだ」的な感じおもしろい(まっ、そんなに意識はしてないと思いますが)。チック・コリアらしい敏捷さや、明晰なタッチ等で、ソロはもちろんだけど、「アイ・ヒア・ア・ラプソディ」のヴィトゥスのソロの裏で軽く合いの手のように入れるフレーズなんか、いかにも彼らしくてゴキゲンです。「サマーナイト」から「夜も昼も」へ移行するメドレーも、やや沈んだトーンの前者と明るいオプティミズム全開ってな感じ後者が、いい意味で対照的に配列されていて流れとして変化に富んでいるがおもしろい。
それにしても、いつも思うんだけど、この人のテーマの解釈って、なんていうかトリックスター的な軽やかさがあるというか、いたずらっぽく微笑んで、曲をねじ伏せてるみたいなところがいいよね。センスもいいし。
とはいえ、このアルバムでおもしろいのはここまでかな。まっ、譲って5曲目のスクリャービンの「前奏曲第2番」まで(チックにはちと荷が重いのではないか、コレ-笑)....あとのヘインズとビトゥウスのソロは、ちょっと付き合いきれんという感じ。前作にあたる2枚組もフリー・インプロのディスクの方でも割とそういうところがあったけど、このトリオって、各人の自意識が過剰過ぎるのか(笑)、時に単なる練習用フレーズの公開練習みたいな感じになっちゃうのが、つまらない。まっ、会場にいれば、これはこれで盛り上がるのかもしれないんだろうけど。
まっ、そんな訳でこのアルバムの1曲目は、「ザ・トリオ」としてはちょいと毛色の違った楽しさを味合わせてくれるんだけど、続く3曲のスタンダードはチック・コリア流の解釈によるスタンダーズで、「キースがスタンダードをああ処理するなら、うちはこうだ」的な感じおもしろい(まっ、そんなに意識はしてないと思いますが)。チック・コリアらしい敏捷さや、明晰なタッチ等で、ソロはもちろんだけど、「アイ・ヒア・ア・ラプソディ」のヴィトゥスのソロの裏で軽く合いの手のように入れるフレーズなんか、いかにも彼らしくてゴキゲンです。「サマーナイト」から「夜も昼も」へ移行するメドレーも、やや沈んだトーンの前者と明るいオプティミズム全開ってな感じ後者が、いい意味で対照的に配列されていて流れとして変化に富んでいるがおもしろい。
それにしても、いつも思うんだけど、この人のテーマの解釈って、なんていうかトリックスター的な軽やかさがあるというか、いたずらっぽく微笑んで、曲をねじ伏せてるみたいなところがいいよね。センスもいいし。
とはいえ、このアルバムでおもしろいのはここまでかな。まっ、譲って5曲目のスクリャービンの「前奏曲第2番」まで(チックにはちと荷が重いのではないか、コレ-笑)....あとのヘインズとビトゥウスのソロは、ちょっと付き合いきれんという感じ。前作にあたる2枚組もフリー・インプロのディスクの方でも割とそういうところがあったけど、このトリオって、各人の自意識が過剰過ぎるのか(笑)、時に単なる練習用フレーズの公開練習みたいな感じになっちゃうのが、つまらない。まっ、会場にいれば、これはこれで盛り上がるのかもしれないんだろうけど。
非常に興味深い記事を掲載されていますね。
これから記事を拝読させていただきます。
このCDの一曲目スタンダーズみたいだと思ったんですが、そういう事情があったんですね。
好きな演奏でしたのでもう一度聞きなおして見たいと思います。