大村憲司、渡辺香津美、森園勝敏、山岸潤史の四人が2曲かづつを持ち寄りって制作された1977年という時代ならではの一種のオムニバス。当時はこうしたワークショップ物というのが海外でブームのようになっていたこともあって、きっと本作はその日本版といった感じで企画されたのだろう。4人が共演しているのは最後の曲だけではあるのだが、この豪華なメンツがひとつのアルバムで聴けるのはやはり豪華である。
1977年といえばフュージョン最盛期、時にそのブームを牽引したギタリスト達は大人気だったし、ジャズ・シーンは盛り上がっていた。ここに参加した4人の音楽的思惑はそれぞれだろうが、各人ともその後に展開する活動に備えて「不穏な?動き」を見せていた時期でもあっただけに、フュージョン的な様式美に加え、やはりあの時代ならではのホットな勢いが伝わる。
私のお目当てとしては、当然今の流れで森園のギター。この時期はちょうどプリズムに加入する直前くらいの時期だと思うのだけれど、音楽的にはプリズムとその後のレイドバックした音楽の調度中間くらいに当たるスタイルだと思う。「デイ・ドリーム」はアルバム冒頭を飾るに相応しい珍しく非常にポップな装いの作品。「アウト・オブ・ブルー」はブラス・セクションを従えての収録だが、これなどプリズム以降の森園のソロ作品の音楽を予告していたような仕上がりだ。
大村憲司の作品には、「レフト・ハンデッド・ウーマン」は、アール・クルーばりのアコギもフィーチャーしたリゾート・フュージョン風の作品。大村のパートには、この時期ならではというべきか、作本龍一が入っていて、彼の弾くソリーナの冷たい響きがいかにもこの77年という時代を感じさせる。「男が女を愛する時」ではゴスペル風な作品で大村はちょっとケニー・バレルを思わせるアーシーさを出している。坂本も当時得意だったリチャード・ティー風なエレピを披露。
渡辺香津美のパートは「ネプチュア」と「ジェントル・アフタヌーン」の2曲。これらは多分、私が聴いたもっとも渡辺のもっとも古い演奏になるのかもしれない(私が彼を知ったのはYMOやKYLYNなので)。この時点で渡辺は非常に優等生然として、4人の中では誰よりも正統派のジャズ・ギターを披露している。緻密なアレンジ、周到なフレーズの組み立て方などもうこの時期から完全に出来上がっているのはさすがというべきだろう。もっともその後に展開させることになる、脱ジャンル的な尖ったところはまだあまりない。
山岸潤史の2曲のうち「モーニン・ブライト」は、フュージョンといっても、スポーティーさやポップさが売りのそれではなく、どちらかというとCTI的な大人のムードで仕上げている(ちなみにこの曲と森園の「アウト・オブ・ブルー」にも入っているブラス隊は、その後のスペクトラムとなる)。2曲目の「グルーヴィン」なファンキー・スタイルで前曲とは対照的にかなり饒舌なギターワークを披露している。ちなみにこの曲のコーラスは山下達郎がコーラスだ。
という訳で、まさに四人四様のギターが楽しめてアルバムなのだが、やはり77年という年はそうした熱狂状態にあったのか、フュージョンというキーワードが共通項だったのか、4人共ある程度似通ったフレーズもみられたりするのは興味深い。したがって前半の4曲は、どれもけっこう秀逸な出来で、それぞれの個性か出ていて楽しく聴けるのだが、後半にさしかかると、判で押したように均一な曲やスタイルをとってしまっているところがあり、それぞれのギタリストの個性が埋没しがちなところを感じないでもない。
ちなみに4人が一同に会するのはラストの「アイム・イン・ユー」で(もちろんP.フランプトン作のあの曲)、アレンジは渡辺が担当、4人が短いソロをリレーしていく構成で楽しい仕上がりになっている。どうせなら、この手の共演がもう一曲くらい入っていてもよかったという気もした。
1977年といえばフュージョン最盛期、時にそのブームを牽引したギタリスト達は大人気だったし、ジャズ・シーンは盛り上がっていた。ここに参加した4人の音楽的思惑はそれぞれだろうが、各人ともその後に展開する活動に備えて「不穏な?動き」を見せていた時期でもあっただけに、フュージョン的な様式美に加え、やはりあの時代ならではのホットな勢いが伝わる。
私のお目当てとしては、当然今の流れで森園のギター。この時期はちょうどプリズムに加入する直前くらいの時期だと思うのだけれど、音楽的にはプリズムとその後のレイドバックした音楽の調度中間くらいに当たるスタイルだと思う。「デイ・ドリーム」はアルバム冒頭を飾るに相応しい珍しく非常にポップな装いの作品。「アウト・オブ・ブルー」はブラス・セクションを従えての収録だが、これなどプリズム以降の森園のソロ作品の音楽を予告していたような仕上がりだ。
大村憲司の作品には、「レフト・ハンデッド・ウーマン」は、アール・クルーばりのアコギもフィーチャーしたリゾート・フュージョン風の作品。大村のパートには、この時期ならではというべきか、作本龍一が入っていて、彼の弾くソリーナの冷たい響きがいかにもこの77年という時代を感じさせる。「男が女を愛する時」ではゴスペル風な作品で大村はちょっとケニー・バレルを思わせるアーシーさを出している。坂本も当時得意だったリチャード・ティー風なエレピを披露。
渡辺香津美のパートは「ネプチュア」と「ジェントル・アフタヌーン」の2曲。これらは多分、私が聴いたもっとも渡辺のもっとも古い演奏になるのかもしれない(私が彼を知ったのはYMOやKYLYNなので)。この時点で渡辺は非常に優等生然として、4人の中では誰よりも正統派のジャズ・ギターを披露している。緻密なアレンジ、周到なフレーズの組み立て方などもうこの時期から完全に出来上がっているのはさすがというべきだろう。もっともその後に展開させることになる、脱ジャンル的な尖ったところはまだあまりない。
山岸潤史の2曲のうち「モーニン・ブライト」は、フュージョンといっても、スポーティーさやポップさが売りのそれではなく、どちらかというとCTI的な大人のムードで仕上げている(ちなみにこの曲と森園の「アウト・オブ・ブルー」にも入っているブラス隊は、その後のスペクトラムとなる)。2曲目の「グルーヴィン」なファンキー・スタイルで前曲とは対照的にかなり饒舌なギターワークを披露している。ちなみにこの曲のコーラスは山下達郎がコーラスだ。
という訳で、まさに四人四様のギターが楽しめてアルバムなのだが、やはり77年という年はそうした熱狂状態にあったのか、フュージョンというキーワードが共通項だったのか、4人共ある程度似通ったフレーズもみられたりするのは興味深い。したがって前半の4曲は、どれもけっこう秀逸な出来で、それぞれの個性か出ていて楽しく聴けるのだが、後半にさしかかると、判で押したように均一な曲やスタイルをとってしまっているところがあり、それぞれのギタリストの個性が埋没しがちなところを感じないでもない。
ちなみに4人が一同に会するのはラストの「アイム・イン・ユー」で(もちろんP.フランプトン作のあの曲)、アレンジは渡辺が担当、4人が短いソロをリレーしていく構成で楽しい仕上がりになっている。どうせなら、この手の共演がもう一曲くらい入っていてもよかったという気もした。
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