透明タペストリー

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「黒い海」

2023-03-10 | A 読書日記

 
『黒い海』伊澤理江(講談社2022年)

 読後の感想は一言、「不条理」。

平成20年(2008年)6月23日、第58寿和(すわ)丸は犬吠埼東方沖350km付近で荒天をしのぐために午前9時ころからパラ泊(*1 パラシュート・アンカーによる漂泊)を始めていた。乗組員は20人。

午後1時10分ごろ、船体が強い衝撃を続けて2度受ける。直後に右に大きく傾いた船体はその後深海の底へ沈んでいった・・・。生存者3人、犠牲者17人。


事故調査報告書はネット上に公開されている。

事故から3年近く経って運輸安全委員会から出された「船舶事故調査報告書」は生存者3人や僚船の乗組員たちの証言とは大きく食い違う内容で、波による転覆・沈没の可能性を示した結論だった。漁具などの積載方法に問題があり、転覆しやすい状態だったという報告も事実と異なっており、生存者や漁業関係者にとって受け入れがたいものだった。


なぜ乗組員の証言は無視されたのか・・・。流失した油が少量であれば、船底損傷の可能性は想定し得ない。多量であれば船底損傷が疑われる。漁船から油が大量に流出して海が真っ黒になり、泳ぐことが出来ないほどだったという証言を生存者がしているのに、報告書には約15~23ℓと推定され、と記されている。2度の衝撃音。**「あの音、あれは絶対、波なんかじゃない」**(88頁)

偶然、この事故を知った著者は真相を追い始める。

潜水艦が衝突して船底を損傷したのではないか・・・。著者は多くの資料に当たり、多くの関係者や専門家を訪ね歩く。中には証言を拒む関係者も。国に調査資料の開示請求をするも、届くのは不開示通知ばかり。

一体なぜ事実が歪められたのか・・・。

**世界のどこかに真実を知っている人間はいるはずだ。
    事故の事実を残す文書も存在するだろう。
 (中略)
    取材の道のりは長いが、望みは捨てていない**(298頁)

著者・伊澤理江さんはウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程を修了し、イギリスの新聞社、PR会社を経てフリーのジャーナリストになった方(巻末のプロフィールによる)。

伊澤理江さんの真相に迫ろうとする気概に拍手。


*1 パラ泊について本文に次のような説明がある。**船首側の海中で落下傘を広げ、水の抵抗を使って船首を風上に向ける。横波を受けにくくなるため船体は安定し、安全性が高くなる。**(9頁)




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