透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「絶景鉄道 地図の旅」を読む

2024-06-29 | A 読書日記


 上高地線の下新駅の駅舎で開かれる古書店『本の駅・下新文庫』で買い求めていた『絶景鉄道  地図の旅』今尾恵介(集英社新書2014年)を読んだ。

この本の著者・今尾恵介さんは地図研究家で地図を眺めていると風景がかなり現実に近く想像できるという。例えば次のように。**たとえば和歌山県の地形図なら、狭い等高線間隔の中に果樹園の記号が規則正しく配置されていれば、急斜面をびっしり埋め尽くしたミカン山であり、そこを二センチおきに等高線を跨いでいく鉄道の記号があれば、二〇パーミルの急勾配を走る列車の姿も思い浮かぶ。いや、和歌山県だと場所によっては梅干しの梅と採るための梅林(同じ果樹園の記号)かもしれないが。**(8頁)

そんな今尾さんが25,000分の1の地形図でイメージする鉄道のある風景。ただ地図が好き、鉄道が好きというだけの私は本書のマニアックな世界にはなかなか入り込めなかったが、興味深い記述もあった。


立場川橋梁(撤去することが決まっている) 2012年9月撮影 

本書は富士見町にある立場川橋梁についても触れている。この橋梁はボルチモア・トラス(平行弦分格トラス)だという説明がある。平行弦トラスは、上の写真で分かる通り、上下の弦(横方向の部材)が直線で平行のトラスのこと。ここまでは知っていた。

で、分格トラスって何? 調べてみた。格点とは部材と部材の結合点のことで、節点とも言う。なるほど、分格って格点をいくつかに分けたトラスという意味なのか。

ボルチモア・トラスは載荷弦(立場川橋梁では上弦で、ここに列車の荷重がかかる)側に副材を配置して斜材の歪みを防ぐという説明がある。なるほど。 記載されている内容を正しく理解すればまた新たな興味が湧く。

また、本書は余部橋梁についても触れている。**この余部橋梁は長さ310.6メートル、高さは最大で41メートルに及ぶ大きな橋で、日本では珍しいトレッスル橋の最大の橋として知られていた。トレッスル橋とは複数の高い櫓(トレッスル)の間に橋桁を渡す形式で、幅広く深い谷に架けられることが多かった。**(142頁)

この橋梁(鉄橋)は『途中下車の味』宮脇俊三(新潮文庫)にも出てくる。** 道が右に急カーブすると、山間(やまあい)にわずかな平地が広がり、前方に余部鉄橋が全容を現した。火の見櫓のような橋脚が11基、ずらりと並んでいる。**(23頁) 


旧余部鉄橋 ウィキペディアより

宮脇さんはこの橋脚を火の見櫓に喩えた。今尾さんも高い櫓(トレッスル)と書いている。ウィキペディアにtrestleとは末広がりに組まれた橋脚垂直要素(縦材)と出ている。なるほど。ここで注意すべきは末広がりという条件。

本書の構成は次の通り。
第一章 地形図で探す「鉄道の絶景」
第二章 過酷な道程を進む鉄道
第三章 時代に左右された鉄道
第四章 不思議な鉄道、その理由
第五章 鉄道が語る日本の歴史

私は地図がもっと大きければよかったなとか、車窓の風景写真がもっと掲載されていればよかったなと思ったが、マニアな人たちにはこれで充分というか、これでなければいけないと思うのだろう。


 


「箱男」を読む

2024-06-29 | A 読書日記

 安部公房の代表作の一つ『箱男』が映画化され、8月に公開されるという。是非観たい。どのような映像表現がされているのだろう・・・。映画を観る前に読んでおこうと、残りの他の作品に先んじて『箱男』(新潮文庫1982年10月25日発行、1998年5月15日31刷)を読んだ。


『箱男』を箱本(などという言葉はないと思うが)、箱入りの単行本で読んだのは1977年だった。その後、文庫本で1998年、2009年に読み、2021年にも読んでいる。

やはり安部公房の代表作である『砂の女』は要するに人間が存在すること、とはどういうことなのかという問いかけだった。既に書いたけれど、これは安部公房がずっと問い続けたテーマだった。『箱男』のテーマも『砂の女』とそう差異はないのではないか、と思う。箱をかぶることで自己を消し去るという、実験的行為。他者との違いは何に因るのか、他者と入れ替わるということは可能なのか・・・。

読んでいて、贋箱男なのか本物の箱男なのか混乱してくる。注意深く読み進めればそんなこともないのだろうが、どうもいけない。注意力も記憶力も読解力も低下している。いや、安部公房はテーマに沿って意図的に読者を混乱させようとしていたのかもしれない。

今のSNS上の人間って、ダンボール箱をかぶって、のぞき窓から人を観察する箱男と同じではないか。自分が誰であるかを明らかにしないで、即ち自己を消し去って、SNS上に情報を発信し、SNS上の情報を受信する人間と箱男は重なる。

『箱男』は表向きエロティックな小説である。このことを示す箇所の引用はさける。2021年2月に読んだ時の感想を次のように書いている。**単なる覗き趣味のおっさんの物語じゃないか、などという感想を持ってしまった。いや、そんなはずはない・・・。やはり僕の脳ミソはかなり劣化している。**

自己の存在を規定するものは何か、それを手放すとどうなる・・・。安部公房が読者に問うているテーマは今日的だ。そして難しい・・・。


手元にある安部公房の作品リスト

新潮文庫23冊 (文庫発行順 戯曲作品は手元にない。2024年3月以降に再読した作品を赤色表示する。*印の5作品は絶版)

今年(2024年)中に読み終えるという計画でスタートした安部公房作品再読。6月28日現在12冊読了。残り11冊。7月以降、月に2冊のペースで読了できる。 

※『(霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集』を買い求めたのでリストに追加した(2024.06.29)。


『他人の顔』1968年12月
『壁』1969年5月
『けものたちは故郷をめざす』1970年5月
『飢餓同盟』1970年9月
『第四間氷期』1970年11月

『水中都市・デンドロカカリヤ』1973年7月
『無関係な死・時の壁』1974年5月
『R62号の発明・鉛の卵』1974年8月
『石の眼』1975年1月*
『終りし道の標べに』1975年8月*

『人間そっくり』1976年4月
『夢の逃亡』1977年10月*
『燃えつきた地図』1980年1月
『砂の女』1981年2月
『箱男』1982年10月

『密会』1983年5月
『笑う月』1984年7月
『カーブの向う・ユープケッチャ』1988年12月*
『方舟さくら丸』1990年10月
『死に急ぐ鯨たち』1991年1月*

『カンガルー・ノート』1995年2月
『飛ぶ男』2024年3月
『(霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集』2024年4月