『マンボウ家族航海記』北 杜夫(実業之日本社文庫2011年)
■ 北 杜夫の作品は文庫本、単行本でかなり読んだが『マンボウ家族航海記』は読んでいなかった。
既に何回も書いたが、数年前に文庫本の大半、1,100冊、新書、単行本を加えると1,700冊を古書店(この「マンボウ家族航海記」を買い求めた古書店)に引き取ってもらった。だが、夏目漱石と安部公房の本と共に北 杜夫の本は残した。
『マンボウ家族航海記』はしばらく積読状態だったが、数日前から読んでいて、昨夜(6日)読み終えた。奥付で発行年月日を確認すると2011年10月15日 初版第一刷発行となっている。北さんが亡くなったのは同年の10月24日。生前に発行された最後の本であろう。
この本を読み終えてあれこれ考えた。
北さんは確か40歳のころ躁うつ病を発症。チャップリンのような喜劇映画をつくりたいと、その資金稼ぎのために株取引を始めて大損して、自己破産状態に陥っていた。この本にも「株騒動あれこれ」というタイトルのその一からその十二まで株取引の様子を詳細に書いている。奥さんとの騒動も。
2015年7月に信州大学で北さんの娘さんの斎藤由香さん(*1)の講演があり、聴講したが(過去ログ)、その時奥さんも来ておられた。とても上品な感じの美しい方だった。
北さんがこの本に書いていることを引用したい。**私は必至になって資金を稼ぐため、エッセイなどを書きなぐったが、それはあまりに急いで書いたため、くだらぬものとなった。(中略)先輩友人からもずいぶんと忠告されもした。**(103頁)
**かつてソウ病のときに出鱈目に書きなぐった小説やエッセイや対談がひどいものであったので、むかしは少しは人気もあった私もすっかり読者から見放されているようだった。**(109頁)
北さんは自覚していたのだ。このエッセイ集について感想を書くのは控えたい。ただ、家族愛を感じるとだけ書いておきたい。
『夜と霧の隅で』『幽霊』『木精』『どくとるマンボウ青春記』『楡家の人びと』・・・。すばらしい作品を残した北さんには感謝しかない。
ぼくはトーマス・マンの長編小説『魔の山』(上下2巻で1200頁超にもなる大作 *2)を1994年の10月から11月にかけて読んだ。北さんがこの作家を敬愛していたという理由から。ぼくが北さんのファンでなかったら、読むことはなかっただろう。
『北杜夫の世界』新評社(1979年)に収録されているなだいなだの「『幽霊』から『楡家』まで」という論考に、**彼が、真に作家を志向したのは、トーマス・マンにめぐりあった時からである。このトーマス・マンに対する傾倒のしかたは、異常というほかない。**(156頁)とある。
ごく初期の作品を再読しようと思う。
*1 エッセイスト 『マンボウ家族航海記』の解説を書いている。
*2 『魔の山』(岩波文庫1988年10月17日 改版第1刷発行(上下巻共))の訳者の望月市恵は北さんの旧制松本高校時代の恩師。卒業後も交流が続いたという。『北杜夫の世界』には望月さんの『松本高等学校時代の北杜夫君』というエッセイも収録されている。