透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

精密とは適応限界をわきまえていること

2022-04-22 | A 読書日記



 **物理学者が太いチョークを使うのは少しもさしつかえない。物理学が精密科学であるというのは、細い鉛筆を使うことではなくて、使った鉛筆の太さを最後まで忘れずにいることなのである。** 

ぼくはこの言葉をずっと覚えていて、時々使うことがあった。だが、どこに書かれていたのか覚えていなかった。昨日、自室の書棚から当たりをつけて取り出した『時間・空間・物質』小野健一(三省堂選書1977年)の「はじめに」にこの言葉が載っていた。この本を読んだのは今から43年前、1979年の1月だったことが巻末に記したメモから分かる。

この本にはA、B、C、Dの「はじめに」がある。上掲の言葉が載っているのはBの「精密ということ」(4頁)。ここで著者の小野氏は物理学は精密科学であるとし、続けて**精密とは一口で言うと適用限界を心得ていることであって、有効数字の桁数の多いことではない。**(3頁)と述べ、次のような具体的な例を挙げている。

少し長くなるが引用したい。**実験値をグラフの上にプロットした結果が散ってしまって、あまりきれいに一つの曲線の上に乗ってくれなかったとしよう。物理学者ならば目分量で大体の傾向をにらんでなめらかな曲線を一本引くであろう。あるいは、鉛筆の代わりに太いチョークを使って、どの実験値も曲線の上に乗るように太い線を引くであろう。**(3頁)

著者はこんなやり方に対して反応のしかたに二つのタイプがあるようだ、という。ひとつは測定値をそのままぎざぎざの線で結ぶべきだ、と反対するタイプ。もうひとつははじめのデータが散っていて、それを太いチョークで結んだことを忘れて少数点以下何桁でも計算するタイプ。後者は技術者に多いと指摘している。

精密とは適応限界をわきまえていること。この言葉を改めて肝に銘じたい。