切れた鎖 田中慎弥 新潮社
今年、川端康成賞と三島由紀夫賞を同時に受賞したことで一躍文壇に名を轟かせた。たまたま6月4日の朝日の夕刊の「夢も希望もないから」というエッセイを読んで、面白いなと感じた。彼は高校を卒業して以降、就職も進学もアルバイトもせずただ無為に時間を過ごしてきたらしい。ただ読書と文章を書くことは続け、33歳で新潮文学賞を受け、今38歳である。「夢も希望もないから、苦労するのがいやだから小説を書いています。おすすめ出来る生き方ではありません、働くなり勉強するなりした方がいいと思います、という程度しか言えない」と書いているが、これはすごい。これを実存的生き方と言わずして何と言おうか。どこかの知事みたいに予算削減が未来を拓くと言って弱者、文化を切り捨てる所業を実行するのにくらべたらよほど上品な生き方である。すごい。爪のアカを煎じて飲ませたい。
中味は「不意の償い」「蛹」「切れた鎖」の三篇からなっている。川端的私小説の要素と三島的構成美がないまぜになっているという評価なのかなと思う。どれも家族の絆がテーマになっている。それに土着の人間のどろどろした感じもある。土着性といえば車谷長吉にかなう者はいない。播州のにおいが文章から漂っている。田中氏のは表現的にはイメージの飛翔が随所に見られて、結構面白く読めた。次作を期待しましょう。