読書日記

いろいろな本のレビュー

武田氏滅亡 平山優 角川選書

2017-06-10 09:28:37 | Weblog
 本書は、武田信玄が元亀四年(1573)に亡くなってから九年後の天正十年(1582)に子の武田勝頼が織田信長・徳川家康に滅ぼされるまでの勝頼の事跡を時系列に従って述べたもの。750ページの大部の書だが、歴史小説のようで、一気に読み終えた。著者の平山氏は2016年放送のNHK大河ドラマ「真田丸」の時代交渉を担当されたとあるが、たまたま勝頼が味方に裏切られ自決する回を見て、なかなか迫力があるなあと感動した記憶がある。あの感じが本書に横溢していて、広汎な資料の援用と相俟って、タイプとしては選書以上、専門書以下という位置づけになるかと思う。
 信玄は武田家の大黒柱であったので、その死はたちまち武田家の危機をもたらす危険性があった。それゆえ信玄は自分の死を3年間秘匿せよと遺言していたが、隠密が暗躍する時代、到底隠しおおせるものではなく、跡継ぎの勝頼は周辺の大名と神経戦を戦わざるを得なくなった。著者は勝頼を決して暗愚なリーダーとして描いておらず、困難な状況の中でよく頑張った有能な武将として描いている。それにしても、勝頼没後の織田信長の武田氏残党に対する過酷な処置は眼を覆いたくなる。ここまでやるかという感じなのだ。信玄の菩提寺の臨済宗・恵林寺を焼き討ちにして僧侶たちを殺戮するなど悪魔の所行というべきものだ。戦国時代とはそのように殺伐としたものだったということが、よくわかる話である。
 本書を読むと、この時代の武将は敵と戦うに当たって誰と同盟を結ぶか、どうやって味方に引き込むか等々、権謀術数の世界であったことがわかる。どれだけの手紙を書いたかと思われるほどの量である。生き残りのためのなりふり構わぬ行動は、疑心暗鬼を生み、人間の性善説を覆すものだ。武将達もいつまでこんなことをやらなきゃいけないんだろうと思ったことだろう。
 勝頼周辺の武将のエピソードも沢山出てきて面白い。たとえば、信玄のライバルだった上杉謙信の死後、跡目争いで上杉景虎と上杉景勝が争った「御館の乱」は跡目相続の祖形を描いていて一般性を持つ。また徳川家康の息子の徳川信康が正室五徳(信長息女)と不和になり、五徳の怒りが爆発し、父信長に十二ヵ条に及ぶ夫の不行跡を手紙に書き連ねて訴えた件。信長は家康に信康を切腹させよと命じた。因みに信康生母の築山殿が武田家に内通しているという疑いで、築山殿にも死を命じた。家康は信長に逆らえず信康と築山殿を殺した。忍従とはこのことかという例である。このようにこの時期にはいろんな人間ドラマが現れる。著者はそれを丁寧に拾い上げて好個の読み物に仕上げている。

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