読書日記

いろいろな本のレビュー

土の記(上・下) 髙村 薫 新潮社

2017-05-11 11:20:17 | Weblog
 奈良県の大宇陀で農業を営む上谷伊佐夫の生活を描いたもの。農家の男の生活を描いて小説としてどう展開するのか、退屈な日常を切り取って読まされても感動しないのになあと思って読み進めたが、なかなか面白い小説だった。ストーリーテラーの面目躍如という感じだった。田舎の風俗も正確に画かれていて、著者自身田舎出身ではないかと思わせるぐらいのレベルだ。
 伊佐夫は昭代という妻がいたが、昭代は十年前に交通事故で他界している。伊佐夫は実は養子で、東京出身。早川電器(シャープ)の奈良工場に務めていて、職場の人の紹介で上谷家の長女昭代と結婚した。上谷家は大宇陀宮奥の裕福な土地持ちで、祖母ヤエ、母シズエと代々養子をとって家を守ってきた。昭代は明朗快活な女性で、田舎には稀な発展家として描かれる。久代という妹がいるが、奈良女子大の英文科を出た後、他家に嫁いでいる。
 妻の昭代はミニバイクに乗っていて、山崎某の運転するダンプカーと衝突して亡くなったのだが、その死は伊佐夫にとっても不可解で、ダンプカーとぶつかる必然性に疑問を感じている。山崎某はたまたま飲酒運転だったことで、彼に非があるという事で一件落着したが、山崎某は自分に非はないないと最後まで主張していた。
 伊佐夫は昭代が無くなったあと、農作業に従事しながら、亡き妻との在りし日の生活を回想する。陽子という一人娘がおり、県立高校から慶應大学を出て、結婚してその後離婚、娘がおり、子連れで再婚してアメリカ・イギリスを転々としている。母昭代の血を受け継いで、活発に活動している。
 昭代は田舎の名士の娘で美人であった、その点、東京出身の伊佐夫にとっても退屈しない伴侶であったが、その発展家の通弊も併せ持っていた。即ち浮気の資質を持っていたことであった。伊佐夫は昭代との生活の中でそれを疑う事がたびたびあったが、誰とどのようにという細部までは掴んでいない。小説もそこはぼやかしている。田舎の農家という土を相手に生きる、一見素朴で善良と見える人間の中に都市生活者に劣らぬどろどろした情念がこの夫婦にはあったのだろう。妻の不貞を疑って、それを究明する前に妻は他界した。小説の最後で伊佐夫は、昭代の死は自殺であったのではないかという想像をする。すると自己の不可解さとダンプの運転手の証言が腑に落ちる。これは謎のまま話は終わるが、伊佐夫・昭代の田舎での夫婦生活が読者のイマジネーションを喚起して、小説自体が大変厚みのあるものになっている。 
 昭代の死後、妹・久代がなにくれと世話をする様子が、在りし日の昭代を彷彿とさせて興味深い。妻の死に疑念を抱きながら都会出身の伊佐夫は黙々と農作業に従事して作物の育成に専念する。修行僧のように。
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