読書日記

いろいろな本のレビュー

一週間 井上ひさし 新潮社

2010-08-11 13:39:07 | Weblog
 井上ひさしの遺作。シベリア抑留をテーマにしたもので、戦後補償を受けられぬシベリア抑留者に対するレクイエムになっているが、書いた本人がガンで亡くなってしまったことは返す返すも残念だ。昭和21年早春、満州の黒河で極東赤軍の捕虜になった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に移送される。その後日本兵の捕虜向けに発行された日本新聞の編集所に派遣される。そこで脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるように命じられる。入江は破天荒な人間で、日本兵にはないキャラクターを与えられている。小松は入江から若き日のレーニンの手紙を手に入れる。その手紙とは友人に宛てたもので、レーニンは自分の出自に関して、父はカムイルクという少数民族の出身で、母方にはユダヤ人やドイツ人の血が流れているということ。さらに少数民族の幸せをいつも念頭に置いて政治闘争を行なう活動家になることを誓うというものである。ソビエト共産党の指導者がこれではちと都合が悪かろうということで、赤軍幹部はこの手紙を取り返そうとあの手この手で入江を脅す。テンやワンやの一週間が過ぎて行くという構成だ。
 この中で井上は関東軍の幹部がスターリンに捕虜の強制労働を是認する文書を送ったことや、ソ連の捕虜に対する民主化運動の推進、すなわち民主化したものから帰国させるという方針が日本兵の疑心暗鬼を生みお互い足の引っ張り合いをして人間性を喪っていったこと。さらに軍幹部が国際的な捕虜条約を兵士に教育していなかったため、日本軍は死の軍隊になっていたことなどを批判的に織り込みながらユーモアで味付けした、読んで面白い小説に仕上げている。欧米では勝率50%を切る作戦は実行に移さないらしいが、日本軍は玉砕という勝率0%の作戦を平然とやってのけた。人命軽視の軍隊だった.この思想が敵軍捕虜に対する残虐行為となったことは痛恨の極みである。この井上氏の遺作がシベリア抑留者に対する理解の一助になればと願うものである。

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