応仁の乱は日本史の中でも有名な大乱で、京都を中心に11年間も続いたが、そのメカニズムを詳しく論じた書物は無かったと言ってよい。本書はその期待にこたえるもので、発売4カ月で11万部のベストセラーになっている。本書の特徴は第一章の大和地方の豪族の争いが京都の乱と密接な関係があるという記述である。大和(奈良)は守護が置かれず、代わって興福寺がその役割を担っていた。それだけでもこの寺の権力の大きさが分かる。当時、興福寺には100を超す院家や坊舎があったと考えられているが、摂関家の子弟が入室する一乗院と大乗院(共に塔頭の一つ)は、その中でも別格の存在であった。いわゆる「門跡」である。興福寺においては一乗院と大乗院が「門跡」であり、「両門跡(両門)」と称した。こうして興福寺の僧侶は、出自によって明確に区別されるようになり、摂関家出身者は「貴種」と呼ばれ、スピード出世で門主になり、門跡の莫大な財産を相続する権利を得ることができる。その利権をめぐって一乗院と大乗院の間で抗争が勃発し、鎌倉幕府の介入で沈静化することがあった。本書はその門跡であった経覚の「経覚私要鈔」と尋尊の「大乗院寺社雑事記」という日記を使って、彼らの周辺の僧侶・貴族・武士・民衆の姿を描き出そうとしている。
大和は吉野を有している関係で、南朝方に与する豪族が多かった。高市郡の越智氏、宇智郡の二見・牧野・野原・越智氏など。一方、幕府方として有名なのが添下郡筒井郷を本拠地とする筒井氏である。これらの豪族がたびたびいさかいを起こし、そのたびに興福寺が幕府の力をかりて仲裁に回ることが多かった。本書は大和の紛争とそれを鎮めようとする興福寺や幕府の将軍の行動が事細かく描かれており、よく調べているなあという感じがする。応仁の乱は畠山氏の相続問題が原因で幕府も巻き込むことになったのだが、畠山氏は大和問題にも一貫して関わっており、出兵に際して将軍義教は畠山満家ではなく満家の嫡男の持国を大将に指名した。大和派兵に否定的だった満家に任せたら盗伐が進捗しないと考えたのであろう。派兵をめぐって親と子が将軍の采配によって軋轢が生じていたことが分かる。
畠山氏の内紛によって応仁の乱は始まったのだが、東軍(幕府軍)は足利義政(兄)、足利義視(弟)、畠山政長、細川勝元、斯波義敏、京極持清、武田信賢、西軍は畠山義就、山名宗全、斯波義廉、大内政弘、一色義道、土岐成頼、朝倉孝景、日野勝美光・富子兄妹など。なかでも将軍義政は元は西軍の畠山義就を支持していたが途中で東軍についた。彼の優柔不断ぶりが面白可笑しく描かれている。これら大人数の登場人物を快刀乱麻よろしく描き分けているところが本書がベストセラーになった理由の一つと考える。とにかく読んでいて面白い。
本書の前書きで著者は、東洋史家の内藤湖南の講演での「大体今日の日本を知るために日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要は殆ど有りませ、応仁の乱以後の歴史を知って居ったらそれで沢山です」を引いている。著者は「これは応仁の乱が旧体制を徹底的に破壊したからこそ新時代が切り開かれた、即ちこの乱によって戦国時代が到来し、世の中が乱れたことは、平民にとっては成り上がるチャンスであり、歓迎すべきことだという意味である」と解説している。
確かに大和の豪族の争いと守護大名の幕府との確執等々、プレ戦国時代というのはあたっている。その怒涛の時代に生きた群像を丹念に画いて、小説のように読ませる呉座氏の力量は大したものだ。応仁の乱を描くことは日本の歴史を描くことになるという内藤湖南のメッセージを実現させたものと言える。
大和は吉野を有している関係で、南朝方に与する豪族が多かった。高市郡の越智氏、宇智郡の二見・牧野・野原・越智氏など。一方、幕府方として有名なのが添下郡筒井郷を本拠地とする筒井氏である。これらの豪族がたびたびいさかいを起こし、そのたびに興福寺が幕府の力をかりて仲裁に回ることが多かった。本書は大和の紛争とそれを鎮めようとする興福寺や幕府の将軍の行動が事細かく描かれており、よく調べているなあという感じがする。応仁の乱は畠山氏の相続問題が原因で幕府も巻き込むことになったのだが、畠山氏は大和問題にも一貫して関わっており、出兵に際して将軍義教は畠山満家ではなく満家の嫡男の持国を大将に指名した。大和派兵に否定的だった満家に任せたら盗伐が進捗しないと考えたのであろう。派兵をめぐって親と子が将軍の采配によって軋轢が生じていたことが分かる。
畠山氏の内紛によって応仁の乱は始まったのだが、東軍(幕府軍)は足利義政(兄)、足利義視(弟)、畠山政長、細川勝元、斯波義敏、京極持清、武田信賢、西軍は畠山義就、山名宗全、斯波義廉、大内政弘、一色義道、土岐成頼、朝倉孝景、日野勝美光・富子兄妹など。なかでも将軍義政は元は西軍の畠山義就を支持していたが途中で東軍についた。彼の優柔不断ぶりが面白可笑しく描かれている。これら大人数の登場人物を快刀乱麻よろしく描き分けているところが本書がベストセラーになった理由の一つと考える。とにかく読んでいて面白い。
本書の前書きで著者は、東洋史家の内藤湖南の講演での「大体今日の日本を知るために日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要は殆ど有りませ、応仁の乱以後の歴史を知って居ったらそれで沢山です」を引いている。著者は「これは応仁の乱が旧体制を徹底的に破壊したからこそ新時代が切り開かれた、即ちこの乱によって戦国時代が到来し、世の中が乱れたことは、平民にとっては成り上がるチャンスであり、歓迎すべきことだという意味である」と解説している。
確かに大和の豪族の争いと守護大名の幕府との確執等々、プレ戦国時代というのはあたっている。その怒涛の時代に生きた群像を丹念に画いて、小説のように読ませる呉座氏の力量は大したものだ。応仁の乱を描くことは日本の歴史を描くことになるという内藤湖南のメッセージを実現させたものと言える。