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読書日記

いろいろな本のレビュー

あの胸が岬のように遠かった 永田和宏 新潮文庫

2024-12-04 11:00:01 | Weblog
 永田和宏氏は歌人・細胞生物学者。京都大学再生医科学研究所教授、京都産業大学教授を歴任。歌人としても有名で、現在朝日歌壇選者として毎週彼の選んだ読者の短歌を読むことができる。昭和12年生まれで現在77歳。団塊の世代である。本書は妻で歌人の河野裕子(かわのゆうこ)との馴れ初めから結婚までを永田氏本人の自伝を絡めて書いている。河野裕子氏は著者によると2010年8月12日乳がんのため亡くなった。発病してから10年の闘病生活があったとある。本書は彼女の死後、妻が遺した日記と手紙を時系列にそって構成し、二人の愛の実相を赤裸々に描いている。普通は公開を憚るものだが、著者にとっては書かずにはいられないほどの青春記だったのだろう。一読して二人の情念の激しさに圧倒された。

 二人の出会いは大学時代の短歌会においてであった。著者は京大生、河野氏は京都女子生であった。お互い惹かれあうところがあり、交際が始まる。その詳細は手紙と添えられた短歌に詳しい。精神的に求め合う側面と肉体的に結ばれたいという欲望が交錯する。形而上と形而下の葛藤だ。その表象がタイトルの「あの胸が岬のように遠かった」である。これは著者の作品「あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまで俺の少年」から取ったものだ。意味は「女性の胸は、若い男性にとって手の届かない憧れである。『岬のように遠』いのである。それに手を伸ばせない自らの少年性の口惜しさを嘆く歌である。なんとうぶな二人であったかと、こうして書きつつ、わが子を励まし、応援するような気分にもなってくる」と自註がある。この時期河野には別に好意を抱いている男性がいたようで、このことについての苦悩が手紙に表明されている。それを受け取った著者のショックも尋常ではない。最後は二人は結婚することになるのだが、青春の悩みオンパレードという感じで、恋愛小説のような感じで読んでしまった。

 「あの胸が岬のように遠かった」の一年のち、「なぜかそれまで頑なに拒んでいた彼女が胸を開いた。初めて触れた乳房」となった時の河野の歌。「ブラウスの中まで明かるき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり」が素晴らしい。なんか与謝野晶子の歌のようで、才能を感じさせる。著者の解説は「若い少女のブラウスの中に、透き通ってくる初夏の光が明るい。(中略)無垢ゆえに何ら臆することのない大胆さと、誇らしささえ感じられる歌である」で、的確な批評である。恋する二人は結婚を前提として付き合うが、著者の大学院進学問題などがあって生活の基盤をどうするかという課題に直面する。河野は25歳までに結婚したいと言うし(因みに彼女は著者の一級上)、その中での妊娠中絶事件。それを克服して結ばれた二人。一読して二人は人生を深堀りしたという感想を持った。さすが歌人だけあって二人とも感情の量が多い。特に河野の激情は抑制が効かなくなると、関係の破壊に通ずる危うさを持っているだけに、著者は忍耐と寛容の精神で対応したのだと思う。恋人同士の日々のやり取りを手紙で文章化して、あるいは歌にして表現することはそれだけでドラマティック(誇張表現)になるという側面はあるものの、一瞬一瞬を誠実に生きた証がこの本にはあって、感動した。

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