読書日記

いろいろな本のレビュー

ノモンハン戦争 田中克彦 岩波新書

2010-01-30 11:00:51 | Weblog
 ノモンハン戦争は日本では「ノモンハン事件」、ソ連では「ハルハ河の勝利」と呼んでいるが、モンゴル人だけは「ハルハ河の戦争」と呼んでいる。1939(昭和14)年夏、当時の満州国とモンゴル人民共和国とが接する国境付近で、国境地帯の領土の帰属をめぐって、5月11日から9月15日までの4か月間、日本・満州国軍とソビエト・モンゴル人民共和国連合軍との間で戦われたものであった。戦争と言わず「事件」と言う理由は双方の間に宣戦布告なしに、非公式に戦われたからである。従来この戦争は軍事研究が主で、モンゴル民族がどう関わったかを明らかにしたものは日本にはなかった。今回初めてその研究が上梓されたのは喜ばしい限り。田中氏は戦闘的言語学者で民族問題には早くから発言していた。少数・弱小民族に対する大国の帝国主義的弾圧に批判の目を向けてきた人だ。
 私もこの本を読むまで、モンゴル人がこの戦争に関わっていた実相を全く知らなかった。どちらかというと大平原でソ連軍の前に貧相な戦車で無謀な戦いを挑んだ日本陸軍のアホさ加減を批判する文章ばかり読んでいたというか、それ以外のものは無かったように思われる。その代表が故司馬遼太郎で、自身戦車兵としてこの戦争に駆り出された。曰く、視界をさえぎるもののない大平原で、薄い鉄板のボロ戦車で戦いを命ずる陸軍の戦略性の無さは狂気に近いと。司馬の日本陸軍に対するルサンチマンの原点はここにあると言ってよい。
 この司馬が著者にノモンハン事件の研究を取材させてくれと代理人をよこしたいきさつが明らかにされている。1970年頃の話だ。本人が来るならともかく代理人ではダメと拒否したが、その後司馬に対して打ち解けた気持ちにならなかったと述べている。田中氏の対応は筋が通っていると思う。司馬に非があるのは確かだ。ともかく満州国とソ連の間で翻弄されるモンゴル人の悲劇はこの本っではっきりした。とりわけスターリンに支配されたモンゴル人民共和国の指導者の受難はまさに悪のメシアに処刑されるキリスト者のようで、涙を誘う。ソ連の傀儡としてのモンゴル共和国がそのくびきから脱したのはソ連崩壊の1990年である。しかし中国に併合されている内モンゴル自治区との統一はなかなか困難な状況で、モンゴルの民族自決が今後どうなるか要注意だ。大相撲力士の供給源としてみるだけでなく世界史的な視野でこの国を見ることが肝要と思う。この文脈で言えば、横綱朝青龍の振る舞いはどうだ。しっかり歴史を学んで、国際交流を念頭に入れた生き方をすべきである。それが無理なら、この際ラマ教の僧侶になって修行したらどうか。

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