Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 夜の部』 3等A席下手寄り前方

2011年09月01日 | 歌舞伎
新橋演舞場『秀山祭九月大歌舞伎 夜の部』 3等A席下手寄り前方

初日観劇です。

『沓手鳥孤城落月』
坪内逍遙作の明治の新歌舞伎です。大坂夏の陣で大阪城が落城する一日を描いた作品。現行の上演は降伏を決意するくだりの後半のみ。戦いの最中、淀君が現実を受け入れられずに錯乱してしまいという話になっているので個人的にはあまり好きではありませんが…。

淀君@芝翫さん、歌右衛門丈の当たり役を引き継いで芝翫さんが手掛けているお役。錯乱しつつも位取りと忘れてはいけないという女形の大役のひとつと言われています。芝翫さんは強固なプライドゆえに崩れゆく淀君というよりはどちらかというと狂いのなかに女の弱さ悲哀をみせる演じ方。正気と狂気の切り替えをあまりせずその狭間に落ち込んでいる淀君でした。

初日の芝翫さん、顔を見せた瞬間に調子が良くなさそうだなと感じました。どこまで芝居なのか、それともほんとに具合悪いのかわからない感じ。そういう意味では具合が悪くて狂気におちている女そのものでした。空恐ろしいくらいに…。たぶん、もう打ち掛けの重さに耐えられないんでしょうね。支えられて立ち上がる時も裾が乱れそのまま。また一度座った後、支えられても立ち上がることが出来ずにそのまま這いずって秀頼の傍に行ったり、もう思わず目を覆ってしまいそうになること度々。ただ、そうまでして淀君を演じようとしている芝翫さんの執念がそのまま淀君の狂気と繋がっていたのが凄まじかったです。たぶん、2~3日で休演になるだろうなという予感がありましたが2日目から休演。観られたことに感謝すべきでしょう。お局役の芝喜松さんと吉弥さんが役を超えて必死に芝翫さんを支えていました。

秀頼@又五郎さん、凛々しい若武者でした。いつも以上に若くみえ秀頼の苦悩や哀しみがよく伝わってきました。こういう拵えをすると綺麗な顔をしているんだなって思ったり。

大野修理之亮@梅玉さん、とても良かったです。新歌舞伎はお得意ですけど、今回もどういう人物かというのがストレートに伝わってきました。豊臣家の存続に心を砕き理性的に動いている、そういう大野でした。

氏家内膳@吉右衛門さん、控えめに淀君@芝翫さんや秀頼@又五郎さんを立てるようにといった感じでした。淀君に言い寄られ困った顔がほんとに困ったようなお顔でした(笑)。

石川銀八@児太郎くん、最初の幕で大立ち回りをするいわゆる「裸武者」と言われるお役です。拵えた顔が橋之助さんに似ててビックリ。綺麗な顔になってきましたね。立ち回りは頑張ってました。いわゆる勘所はよろしくなくて、あと舞踊の稽古が足りない感じで拙いんですけど、でもやる気があるのがみえるので今のところそれでいいと思う。立役志望なんでしょうね。

『口上』
ずらりと役者さん達が並んでいるだけでワクワクします。拍手も一段を湧きました。

下手から梅玉、段四郎、染五郎、種之助、錦之助、歌六、新歌昇、新又五郎、芝翫、吉右衛門、魁春、福助、松緑、芝雀、東蔵、藤十郎という並び。

芝翫さんが音頭を取り、仕切りは吉右衛門さんで。新、又五郎さん、歌昇さんは緊張しまくり。他の役者さんたちにもそれが移ったのか緊張されている方が多かったかも。皆さん、生真面目にお祝いの言葉を連ねていらっしゃいました。梅玉さん、魁春さんの口上はいつも通りの安定感で安心します(笑)。藤十郎さんの「襲名してからが大変です。芸道は生涯の勉強」という言葉に実感がこもっていらっしゃいました。個人的に松緑さん、染五郎さんの新、歌昇くんに向けての言葉に胸があつくなったりしました。

『菅原伝授手習鑑「車引」』
初日感たっぷりだったでしょうか、色々とこなれてない部分が多かったです。とはいえ、松王丸@吉右衛門さん、梅王丸@又五郎さん、桜丸@藤十郎さん、時平@歌六さんの絵面は非常によく、こなれてくるとかなり見応えが出てくるのではと思います。

梅王丸@又五郎さん、まず拵えがよく似合います。そして張りのあるよく通る声。全身に力が漲りまた形も綺麗です。まさしく梅王丸だなといった風情で非常に良かったです。

桜丸@藤十郎さん、拵えが上方風で隈を取らず上を脱いだ時の衣装もトキ色(薄い黄みがかった赤)。舞台上で最年長ですけど年下にみえる若さ。ふんわりとしたなかに芯がある風情が格別。ただ、まだ台詞がほとんど入っておらず何度もきっかけを間違ったりして、観てるこちらがハラハラドキドキ。風情はしっかり桜丸なのが凄いとは思いましたが芝居をしきれてなかったのが残念でした。

松王丸@吉右衛門さん、大きな肚で梅王丸と桜丸を受けている松王丸。ひとつひとつの運びが丁寧。そして台詞の意味がよくわかる。今月の吉右衛門さんは自分を押し出すというよりは物語に奉仕してる感があります。そういう意味では思ったよりは大きさはなかったかな…。さよなら公演の時の梅王丸が素晴らしかったからつい、その押し出しを期待しすぎたかも。とはいえまだ初日、こなれてくるといつも大きさも出てくると思います。

時平@歌六さん、確か2回目かと思いますが前回より今回のほうが断然良かったです。大きさ、古怪さが出ててとても良かったです。歌六さんは声が本当に良いですね。

杉王丸@歌昇くん、きちっと決めてきてとても良かったです。

『増補双級巴 石川五右衛門』 
まだ段取りめいてはいましたが花形らしい爽やかで楽しい芝居になっていました。さすがに重量感は無いものの観ていてワクワクしました。染五郎さんと松緑さんの息が合った芝居。この二人の芝居は雰囲気が好対照なのも手伝っていいコンビだなと思います。こなれてくると舞台ももっと大きくなっていくでしょう。楽しく華やかな舞台で打ち出し狂言として非常によかった。

ある程度、通したお話にはなっていますが発端など色々とはしょってありますね。大御所がこの演目を出すときは役者ぶりを楽しむで終る演目ですが花形だと物語が見えやすくなるのでかえってはしょった部分が気になります。いずれきちんと通し狂言として上演してもいいかも。

石川五右衛門@染五郎さん、ライバルの此下久吉は演じていますが五右衛門は初役ですね。見る前は線が細いのでどうかな?と思っていましたが思っていた以上に存在感を見せたと思います。勅旨に化けたところではまだ線の細さのほうが先にあって腹に一物ありの得体の知れなさみたいなのが出てなかったのですが花道に入り、七三で笑うところで一気に不敵な雰囲気が出てきました。二幕目では取り澄ましたところが品よく綺麗すぎてお人形さんみたく、もっと不敵な空気感を出して欲しいなと思ったんですが、正体がバレて伝法に崩れたあたりから活き活きとしてきます。幼馴染の久吉@松緑との会話の気安さとライバル心など、松緑さんとの息もあい場が浮き立ちます。そして葛抜けの場で顔の拵えを強くしてからは体も大きく見え、またどこか得体の知れぬ雰囲気を纏います。宙乗りの姿の美しさにはちょっと感嘆。ゆったり胡坐を組んでの宙乗りは相当筋力が強くないとできないでしょうけど一番美しい姿勢を終始キープしていました。そして山門ではゆったりと悠然と演じていきます。さすがに押し出しはまだまだとは思いますがこれから何かしでかしてやるぞという若々しいカッコイイ五右衛門でした。

此下久吉@松緑さん、こちらも思っていた以上に存在感があり、メリハリの効いた芝居。特に受けの部分が非常によくて成長しているなあと感心しました。染五郎さんと同様にお互いを懐かしんで一気に世話に崩れての会話の部分が活き活きとしていました。五右衛門@染五郎への同輩の気安さと、のし上がっただけの器量を見せて上々出来。台詞もいつもより舌足らずにならずストレートに出て聞きやすかったです。山門でもしっかり五右衛門に対峙し、存在感をみせました。本当に良い出来だったと思う。

呉羽中納言@桂三さんが相変わらずお似合い(笑)。飄々といかにも公家さんらしいぽやっとしたボケっぷり楽しいです。