Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

板橋区立文化会館『公文協 松竹大歌舞伎 中央コース 夜の部』 S席

2009年07月29日 | 歌舞伎
板橋区立文化会館『公文協 松竹大歌舞伎 中央コース 夜の部』 S席

巡業の観客は歌舞伎座以上に年齢層が上ですね。昨日は三鷹巡業の時より年齢が上だったかも。近所に来てくれれば観に行きたいという方も多いんでしょう。お値段も安いし。でもいわゆるホールでの歌舞伎は音響が悪すぎるので歌舞伎としてBestなパフォーマンスを見られるか?というところで少々悩ましいところも。板橋区立文化会館は綺麗だし、椅子も良いし、観やすいホールだったんだけど音響がやっぱり悪い。歌舞伎座やいわゆる芝居小屋がいかに歌舞伎をみせるのに適しているか改めて思いました。

『伊賀越道中双六』「沼津」
三鷹の時点でかなりの完成度でしたがますます密になっていて見応えがありました。とはいえ、早い夕飯を一気に食べた後だったので少々気を抜いた観劇にはなってしまいましたが…(^^;)。板橋区立文化会館はどうやら音が拡散するホールのようで、声が前にストレートに伝わってこなく、台詞や義太夫がいつもより聞こえづらいのが少々難点ではありましたがそういう部分を抜かせば、かなり良い芝居だったと思います。

十兵衛@吉右衛門さんは安定していて安心して見られる十兵衛。前半は男の可愛らしさがあってほのぼのします。だけど吉右衛門さんの本当の良さは後半にみせる情の在り方だと思う。真っ直ぐで理を弁えた十兵衛が義理と情の狭間で逡巡する様が胸に迫ります。平作に道理を諭す台詞がとっても優しくて、だからこそ意を決意して仇の居所を教える瞬間の哀しさが伝わってくる。

平作@歌六さん、三鷹の時より断然良くなっていました。前回は地の強さのほうが勝った平作だったように思いますが今回は親としての情愛、弱さが滲み出ていて泣かせてきました。娘可愛さの言動に哀が含まれていてグッときました。またその親の情の強さがあるために十兵衛に対するある種の甘えがみえて、命懸けの強さだけでなく「親子だから」を信じている素朴さがなんとも良かった。これからたぶん持ち役になっていくと思いますが歌六さんならではの平作を練り上げていってほしいなあと思います。

お米@芝雀さん、ほんとにこの役を今まで演じたことがなかったとは思えないほどの完成度。ニンに合っているお役なのでしょうが、お米という女性の行動様式にここまで隙がないことに驚きます。艶のある可憐さのなかにふっくらとした情をみせていきます。そして何よりも旦那一途の強い想いがひしひしと伝わってきます。つい盗みを働いてしまう、その切ないまでの思いを観ている側が素直に受け取ることができる。本当に素敵なお米さんでした。

序幕での旅の夫婦の錦弥さん、京珠くんのラブラブ夫婦はラブ度倍増し。京珠くんが妊婦らしくなっててとても良かったです。おなかをかなりふっくらさせて歩き格好もだいぶらしくなっていて研究してきたなあと思いました。お客さんたちが「あら、妊婦さんよ~(にっこり)」とほのぼのしていました。このシーンはいかにも妊婦さんのほうが観客の気持ちを暖かい気持ちにさせると思うんですよね。

十兵衛奉公人の吉之助さんもとても良かったです。奉公人としての腰の低さのなかに主人に忠実ながら押しの強いキャラを丁寧に演じていました。羽振りのいい商家の奉公人という部分もきちんと見えた。

義太夫では葵大夫さんが音響の悪いホールのなかで口跡よく伝えてきたのも印象的。特に後半、情味があってなかなかのものだったと思います。

『奴道成寺』
巡業の終盤、疲れが出てるかな?と心配していたのですがとっても良かったです。本当に華やかで楽しかったです。三鷹で拝見した時より格段に踊りがこなれて良くなっていました。洒脱で軽やかで、それでいて道成寺ものの品格もあって。このところの染五郎さんの踊りの情景描写の確かさ、体の表情の豊かさには感嘆します。舞踊の内容が本当に明快に伝わってくるのです。

出だしの花子の能がかりの最初の部分はやはり硬さと摺り足の捌きの荒さがあります。しかし今回は中央に出て乱拍子になったあたりから柔らか味がでてふわっと優しい表情になり女らしい「花子」になっていきます。足捌きも丁寧に、というだけでなく鮮やか、という感じになってきていました。三鷹ではお顔がキツい男ぽい花子だったのですが今回は美女にみえました。化粧は変えてないと思うので全体の雰囲気に女性らしさが出たせいかな。

狂言師左近への見現し後は一気に華やかに活き活きと軽やかな踊りになっていきます。鞠つきの見事は相変わらず。手捌きがとても柔らかで見とれてしまいます。滑るような中腰での移動は観客がワッと湧きます。またここでは無心に踊るという心持ちなのでしょうか?純真で無垢な子供のような雰囲気が今回感じられました。

そして「おかめ(傾城)、お大尽(客)、ひっとこ(幇間)」の三つの面での踊りですが、ここが本当に素晴らしかったです。おかめのあの愛らしさはいったい何でしょう。こんなにキュートなおかめは観たことがありません。ふんわりまあるくまあるく踊っていきます。恋の手習いひとつひとつの所作のすべてに愛らしさが含まれて、そのなかに艶やかな色気やいじらしい娘らしさが表現されていっている。あまりの見事さに口あんぐりな私でした、ほんとに!

それだけでなく演じ分けにメリハリが付いてて、お大尽の威張った様子の押し出しの強さや朴訥な性格までが体全体で表現されている。おかめの丸に対してお大尽の四角ばった動きがなんとも効果的。そして間に入るひっとこの気の弱そうなひょうきんさがスパイスになって三つの面で踊り分ける面白さというものが存分にあった。後見の錦弥さんとの息もピッタリで面の付け替えの部分には余裕が出てきてて安定感がありました。

鞨鼓を打ち鳴らしながらの所作ダテもそのままの勢いでいきます。なんとなく楽しそうなお顔をしていたので調子も良かったのかもしれません。キレがよく、一段と大きさがありました。花四天の方々との息もピッタリで立ち回りが一層華やか。そして鐘にある宝への執着の心持がハッキリしてて鐘に向っていくという求心力がありました。ここの表情も凄く良かった。

花四天の方々のトウづくし、毎回変えていて大変だったでしょうけど、楽しいネタで観客を楽しませておりました。立ち回りもとてもキレがあって終盤の盛り上がりに多大なる貢献をしておりました。

所化では幸太郎さん、吉三郎さんがベテランならではの上手さをみせました。なかなか舞踊を披露する機会が無い二人ですが確実にこなしてきてさすがだなと。