Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

新橋演舞場『五月花形歌舞伎 夜の部』 3等B席上手寄りセンター

2010年05月28日 | 歌舞伎
新橋演舞場『五月花形歌舞伎 夜の部』 3等B席上手寄りセンター

『熊谷陣屋』
23日に拝見した時にとても良いと思いましたが3階B席からだとどうだろう…と思っていました。しかしそれは杞憂、十分楽しめました。花形の『熊谷陣屋』でここまできちんと芝居を見せてくれるとは想像してなかったです。それだけ皆が頑張ってきたし、染五郎の熊谷、七之助の相模、松也の藤の方、歌六の弥陀六と口跡の良い役者が揃っていたということだと思う。歌舞伎としての濃密度はまだそれほどありませんが物語としてきちんと伝えることができたのは見事だったと思う。

前回観てから日が間もないにも関わらず、全体的に成長してました。そこが嬉しい。次に確実に繋がる出来だったかと。今回の熊谷、相模夫婦はやはり幼い子をもつ親にしか見えなかったけど、夫婦間の絆がしっかりみえたし、子をなくした嘆きがストレートに伝わってきました。これは義太夫にしっかり乗った台詞廻しができていたことと、そこに情感を加えることができていたためかと。染五郎と七之助の芝居はとても繊細。細かい部分を非常に丁寧に演じることでの積み重ねがよくできている。演じていくうちにもっと輪郭の太い芝居になっていくだろう。

熊谷直実@染五郎さん、やはり花道の出はまだ弱い。深いものをしょった背を表現するのにはちょっとやそっとでは無理なのだろう。年月を得て獲得するものでもあるだろうから、今回は仕方ないかなあ…。やはり戦語りから俄然良くなる。戦語りをかなり集中して聞けました。メリハリがきいて情景描写のわかりやすさに繋がっていたからだと思います。また熊谷の造詣として前半のハラの割らなさもいい。義太夫の流れそのままの感情をしっかりと表現しようとしているからだと思う。陣屋に来てしまった相模に対しまずはきちんと怒っている。また後半の少しづつ感情が漏れだしていくサマが本当によかった。引っ込みは等身大の熊谷だ。子を殺したことへの罪悪と哀しみに押しつぶされそうな熊谷であった。引っ込みは本当に涙を流していたように見えた。「十六年は~」の台詞は前回、あっさりぎみでしたが、相当たっぷり言うようになってきていました。

全体のメリハリが効いてきたのは、熊谷の動きが身体に沁みてきて台詞にもっと注意が向くようになってきたからでしょうか。造詣は幸四郎さん&吉右衛門さんmixという感じです。後半は特に吉右衛門さんに似ていました。幸四郎さんに稽古つけてもらったはずなのに吉右衛門さんの顔、台詞廻しがひょっこり出るんですね。ぜひ今後、お父様と叔父様の良いとこ取りになっていくと嬉しいですね。ただひたすら精進を重ねていくしかないのでしょう。あと同じ役を重ねていくことの大切さも感じました。一歩一歩進んでいって熟成させていって欲しいです。近い将来また見てみたいです。

相模@七之助さんも、動きと台詞が一致してきたことで感情が見えやすくなってきていました。妻としての部分、母としての部分の両方がしっかりあるバランスのよさ。若すぎる相模でしたが、そのなかでも、七之助さん演じる相模の人物像に説得力がありました。また、一途さという部分で、つい陣屋まで足を運んでしまった芯の強さというものも感じられました。それと台詞廻しが声がどんどん芝翫さんを彷彿させていっていました。これにはビックリ!相当しっかり稽古つけてもらったのでしょう。そこをしっかりなぞってこれてきたってことで、芝翫さんの相模にある母としてのそこの情の厚さを演じられたのではないかと思う。七之助さんも相模は回数を重ねていってほしい。確実に良い相模を演じていけると思う。

藤の方@松也さん、拵えや声質が藤の方という役にあっているのが何より。所作が時々大雑把にみえてしまう部分が若干気にはなったけど、それ以上に若さゆえか熊谷に対しての気迫がアグレッシブで、子ゆえにの強さを見せてきたのが良い。。その部分でアラを隠している。松也さんは兼ねる役者だけど、女形をもっと今まで以上に勉強したらどうだろう。役の幅が広がりそう。なんとなくこれから貰う役のこと考えたらを魁春さんあたり、どうだろうとか思ってみたり。

弥陀六@歌六さん、びっくりするほど良くなっていました。台詞の部分がかなり良くなっていたのが大きい。前回、もっとできるでしょう~~と思ってたのですが、やはりそこまで持ってきた。弥平兵衛宗清としての顔が明快になってきたのもいい。平家側の人間としての悔しさ怒りがきちんと伝わってきました。

余談:
歌舞伎で丸本ものといわれている義太夫狂言は元の浄瑠璃の床本から変質していることが多いです。役者本位に書き換えられたり(役者の言いやすいように台詞が変わったり、より劇的にするために演出が変わったり)あとはみどり上演(有名場面のみ上演)で前段の複線が使えない場合もわかりやすく台詞を変えたりと工夫したり。私はそれが歌舞伎だ、と思っているのですべて元の浄瑠璃に沿うことはないとは思います。

それでも理に沿うように見直しするのもまた試みとして必要だとも思います。特に役者が言い間違った台詞や所作が後年そのまま残る場合もあるようで、そこら辺の見直しはしてもいいかなと思ったりも。『熊谷陣屋』の義経の台詞で「父義朝や、母常盤の回向な頼む」は言い間違いの例じゃないかと。こう言う役者さんが多い気がします。床本では「父義朝や、母常盤の回向も頼む」です。「回向な頼む」だと熊谷が小次郎を亡くしたことへの思いやりが感じられません。「回向も頼む」だとだいぶニュアンスが変わりますよね。もちろん「回向も頼む」とおっしゃている役者さんもいます。とはいえ、細かいところで印象って大きく変化するのもまたライブの面白さでもあるので一概に「ダメ」とは言いたくはありませんし、なかなか難しいところですねえ。


『うかれ坊主』
松緑さん、この難しい踊りを一ヶ月頑張りましたって感じかな。まだまだ洒脱さ、軽みを見せるとまではいかなかったけどキャラ的には合っていたしこれからもこの舞踊を踊っていくんだろうなと思わせただけでも上々。しかし、なぜに今月、この難しい舞踊だったのか…いまだに謎。


『助六由縁江戸桜』
お遊びが二つ。

くわんぺら門兵衛@松緑さんが助六に「おれの従兄弟によく似た~」と入れごとを。松緑くんが入れごとをするのは珍しいような~。なんだか楽しかった。

白酒売新兵衛@染五郎さんが通人@猿弥さんに意地悪を(笑)本来、通人に「コーラはお好き?」と聞かれ白酒売は「コーラはイヤ」と否定し「コーラはいや?コーラ、いや、高麗屋!」と続けるところを、「コーラは好き」と肯定しちゃったよ(笑)。そこは猿弥さん、苦労しつつも、「コーラがお好き?!コーラが好き…、コーラは良い、コーラ良い~~(嬉)、高麗屋!」とうまく着地。二人とも楽しそうでした。

揚巻@福助さん、啖呵がカッコイイ。

白玉@七之助くん、ふんわりとした感じになってきて可愛らしかった。

福山のかつぎ@亀三郎さん、江戸っ子風情が心地よし。

朝顔仙平:亀寿さん、だいぶこなれてきていました。