Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『九月大歌舞伎』『竜馬がゆく 最後の一日』一幕見

2009年09月26日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演九月大歌舞伎』『竜馬がゆく 最後の一日』一幕見

『竜馬がゆく 最後の一日』

歌舞伎版『竜馬がゆく』は3年続けて拝見し、すっかり思い入れをしてしまった演目です。とりあえず今の歌舞伎座での上演は最後だし最終日を見届けなくちゃ、という思いに駆られてしまい幕見をしました(笑)。

『竜馬がゆく 最後の一日』初日と23日と千穐楽の計3回、観たことになります。新作歌舞伎ということと若手中心の芝居、ということで伸びしろが大きいので観るたびに見ごたえが出ていました。なんというか回を重ねるたびに色んな想いが伝わってくるんです。『竜馬がゆく』のなかの登場人物それぞれの想い、そしてそこに重なるように役者さんたちや脚本家の想い、そんなものまでが届いてくる。受け止めなくちゃって気になりました。

『竜馬がゆく 最後の一日』は未来への情熱を断ち切られてしまった若者を見届けることなるので本当に切なくて切なくて胸が締め付けられてしまいます。幕末の何か新しい世界がひらけるのではないか?という予感に満ちた「時代」のなか新しい世界への希望と不安、その両方が綯交ぜになった空気感が見事に立ち上がっていた。人がより幸せになる方向へ、誰もが未来を信じられる世の中に、と奔走していた人たちがいる、それを実感として伝えてくれた芝居だった。「今の世の中」、私たちはそれをきちんと受け止めて「未来」を模索しなければいけないんじゃないか、それが出来ているのか?とそんなの想いもよぎる濃い1時間だったように思う。

新作歌舞伎として3年連続で上演されたこの作品、第一部から思い返して今回の『竜馬がゆく 最後の一日』を見ると贅沢で壮大な作品だ、ということがわかる。今の歌舞伎座のさよなら公演という枠のなかで今回はあえて竜馬最後の一日を題材に選んだとのこと。まだまだ「怒涛編」、「長崎遊興編」と作りたい題材はあるらしいので、ぜひ続編が続くことを、さらには通し上演が適うことを期待します。

それにしても染五郎さんの竜馬は本当に魅力的だった。まるで本当に風邪をひいて熱でもあるように瞳がうるうるしている顔のキュートなこと。ただ一人信じてくれる友がいればいいと、ひたすら真っ直ぐに自分の想いを信じて突き進む。誤解を恐れなさ過ぎる、そんな竜馬だからこそ愛されるんだと、そんなキャラクター像がそこにいた。本当に活き活きとしていて生きてることが楽しい、そんな竜馬だった。愛されキャラの空気を纏っていて、それが染五郎さんの地からくるものなのか、竜馬を演じているからなのかの境が無い。こういうのを、はまり役というのでしょうね。千穐楽のこの日、洟水をかむために、ちり紙をぐちゃぐちゃと(昔の紙は硬いから柔らかくするため)しているうちに破けてしまうハプニングがあった。結局、鼻をかまないでポイと投げ捨てる染五郎さん。でもそれすらも竜馬らしく見えてしまうという不思議(笑)

そして松緑さんの中岡慎太郎も一生懸命さが素敵だった。一本気で友人思いの、竜馬と同様とっても真っ直ぐな中岡だった。竜馬との距離感がとってもよくて、これは幼い頃から一緒だった染五郎さんと松緑さんとの間柄だからこそ出た雰囲気もあったとは思うのだけど、それでもその雰囲気を芝居で出せることが大事だし、出せるたのが見事だったと思う。こういうものは実は簡単ではない、技術なくしては舞台で表現することは出来ないと思うのだ、第二部で演じた中岡より、今回のほうが活き活きと活写していた。そういう意味でだいぶ芝居をする、という部分でも成長したと思う。最後の台詞にはダメだしをしてきたけど初日からみると台詞にだいぶ色んな思いや情感を含めてきて個人的には「良し!」って思えた千穐楽でした。

芝のぶさんのおとめちゃんの洗練されていない素朴な可愛らしさがまたこの芝居のポイントでもあったなと思う。女がまだ自由でなかった時代、新しい風を信じようとする素直で健気なおとめちゃんが幸せになってくれるといいなと誰しもが応援したくなったと思う。

桃助@男女蔵さん、初日から比べると本当によく演じてきたと思う。細かい部分で、もう少し頑張ってほしいなと思うところもあれど桃助なりの思いや屈折などはきちんと伝わってきました。

丁稚役の錦二郎くんが可愛いアホ小僧(笑)でよかったです。観客のクスクス笑いを誘っておりました。