Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『二月大歌舞伎 夜の部』 1等2階東桟敷席

2009年02月21日 | 歌舞伎
歌舞伎座『二月大歌舞伎 夜の部』 1等2階東桟敷席

二月大歌舞伎夜の部は風邪をひいてしまい体調が良いとは言えない状態でいつもより集中力に欠けた観劇でしたが三演目ともとても良くて楽しめました。歌舞伎座からの帰宅後、中村又五郎丈の訃報を聞きました。とても素敵な役者さんでした。ご冥福をお祈り致します。

21日の歌舞伎座の役者さんたちの熱の帯びようはもしかしたら又五郎さん追悼の意味もあったのかもしれません。

『倭仮名在原系図 蘭平物狂』
三津五郎さんの蘭平は2004年納涼で見納めか、と思っていましたら、今月最年長の蘭平ということで拝見することが出来ました。これが三津五郎さん最後の蘭平かな。とても気合入ってましたねえ。2004年の時より骨太で押し出しが強い感じがしました。前半の物狂いでの踊りがやはり情景の鮮明さが見事。踊りの上手さが面白味になって飽きさせません。後半の大立ち回りは躍動感という部分ではさすがに若手(松緑くんなど)のほうが凄いんですが、芯としてのゆるぎなさ、型のひとつひとつの美しさ、決めのときの切れのよさが見事。また子への情の部分の切なさが表れていて、蘭平が可哀相になってしまいました。

在原行平@翫雀さん、行平の奥方水無瀬御前@秀調さん、おりく@福助さん、与茂作@橋之助さん、と役者が揃っていて、特別しどころのない役ですがそれぞれ存在感があるので舞台面の空気が濃くなっていました。

おりく@福助さんは松風に扮した赤姫の時がとってもラブリーでした。姿がやはり綺麗です。でも珍しくなんとなくお顔が疲れたような感じでしたが大丈夫かな?

与茂作@橋之助さん、今月とても良いと思います。一皮剥けるかな?と期待してしまいます。こういう大人しい役でこそ実力がでるんですよね。今月の橋之助さんは佇まいにとてもいい風情が出ています。また台詞に抑揚がついて情感が出るようになってきたと思います。私、橋之助さんの台詞回しにいつも物足りなさを感じていたんですが今月はその物足りなさをあまり感じません。

繁蔵@宜生くんも頑張っていました。声がしっかりしているのでこの役にはいい感じです。可愛いですねえ。

『蘭平物狂』の見所といえば後半30分近い大立ち回り。舞台転換に10分ちかくかかるのはどうかと思いますが…むしろ10分の幕間にしたらいいのにと思ったり。前半と後半、かなり乖離があるのでそれでいいと思うんですよね。で、まあそこは置いといて、立ち回りは見ていてワクワクします。名題下さんたちの活躍ぶりが本当に見事で、とっても楽しかったです。つい「わあ~!」と声が出ちゃう。歌舞伎の立ち回りのなかでも洗練されていると思うんですよね。見所満載で、決まるごとに盛り上がる。楽まで怪我のないよう頑張っていただきたいです。


『歌舞伎十八番の内 勧進帳』
豪勢な勧進帳ですよねえ。さよなら公演ならではの顔合わせですしね。大人な勧進帳、という感じでした。なんというか熟練の技、みたいなものを感じました。そして四天王の存在感もちょっと凄くて、舞台が狭く感じました。

弁慶@吉右衛門さんの気迫が凄かったです。とにかく大きい。柄の大きさだけじゃなく人物像に大きさがありました。質実剛健、というのがピッタリくるような、特に剛の部分が際立っていました。関所を突破してやる、という肚の底からの執念みたいなのがありました。。それを表面に出さないで押し隠し余裕な部分を見せる、その自信がオーラになっている感じ。いやあ、これは良かったですね。もうかなり汗だくで後半さすがにちょっと疲れが出た感じで動きにキレがなくなってましたが、弁慶の必死さに重なって、オーラが減じる感じではないので全体的に迫力のある弁慶になっていたと思います。延年の舞は少々グダグダ気味でしたけど…、それもまあ今回はそれでも良しとしようと思えるだけのものがありました。六法はあっさり気味ですが急いで義経様に追いつかなくちゃな感じがあるので好きです。

声も少々疲れ気味な部分があって珍しく時々聞きづらさがあったんですけど(声が伸びなくて必死に声を前に出してる感じ)、なんとなくそれが「ただひたすらにやらねばならぬ」の精神的圧力みたいな負荷がかかってる雰囲気があってきつそうだけど、でもそれがかえって弁慶の精神状態も表してるような感じもしたりしました。疲れもあるのだとは思いますが又五郎さんの件もちょっと響いていたかなと後で思ったり。

富樫@菊五郎さん、今まで情に流されているような富樫に感じられていて、もうひとつ納得いかない富樫だったんですが今回はすご~くよかったです。情はあるんだけど、そこに覚悟のほどがしっかり見え、それが懐の深い人物像へと繋がっていました。問答部分は冷静沈着。朗々とした台詞廻しは大人の落ち着きというか、義経一行を見極めて受け止めている感じ。またそこに自分の立場への悲哀が含まれていて、老成した富樫でした。受けの芝居が上手い菊五郎さんならではの富樫かな。個人的好みからすると問答の部分はもっと突っ込んでいっていただきたいのですが、予想以上の富樫で満足。

義経@梅玉さん、素敵すぎです。超ミーハーモードになりました。だってもうなんつーのカッコイイですもの。梅玉さんの義経、今までもこんなカッコイイ義経だっけ?なんというか気品があるだけじゃなく武将としてのオーラがあるんですよね。キリッとしてて、弁慶一行が義経を守ろうとしているように義経も一行を守ろうとしている、そんな感じがあるんですよ。それでいて落ちゆく悲哀もあって。もうカッコよすぎてうっとり目がハートです私。さすがは義経役者です。でもこんなに良いとは!個人的に今までは梅玉さんは富樫のほうが良いとか思ってましたがこうなると義経のほうが良いかも~~。あやうく舞台写真買うとこでした。

常陸坊海尊@段四郎さん、亀井六郎@染五郎さん、片岡八郎@松緑さん、駿河次郎@菊之助さんの四天王、さすがに華やかです。結束力の部分で観るまではちょっと心配してたんですけど、コンビネーションもとってもいいじゃないですか。押し問答のとこの気迫が4人とも凄いです。しかもそれぞれ個性的で役割分担がハッキリしてるんですよ。単に自分の役割をこなしてるってだけじゃなく、このなかでも誰がどうフォローしあっているのかの関係性がみえる。これは四人でしっかり芝居を作ってきてますねえ。

段四郎さんはほんの少し台詞にも情が出るんですよね。いいなあ、好きだなあ。染五郎さんは能がかりの台詞をしっかりものにしていますね。このところ富樫をしっかりやってきたせいでしょう。声の張り具合が良いです。それに若手三人のなかでは控えている時の形が良いです。背筋の伸び具合が、綺麗なんですね。段四郎さんと染ちゃんのアイコンタクト、あんなにしっかりお互いを確認しあっている四天王、いないですよ。さすが芝居上手なお二人です。松緑さん、今月台詞がかなり良くなっています。ストレートに綺麗に台詞が通ってました。舌足らずさが気にならない。菊ちゃんも姿勢が綺麗です。それと声がやっぱ良いです。お父様に似て声の幅が広いし、それをかなり自由に扱えるようになってきた感じ。


『三人吉三巴白浪』
『勧進帳』のずっしりと重い演目の後にこの演目はいい並びですね。肩の力を抜いて観ることができました。なんだかすご~く楽しかったです。玉三郎さんのせいかな?なんだかすごく華やかな一場になっていました。それとちょっと退廃的な暗闇が向こうにみえる感じで独特の空気感。黙阿弥のノワールの部分が強調されているのね。一場だけではもったいないですねえ。

私は玉三郎さんのお嬢吉三は十分有りです。台詞廻しがきっぱりした七五調ではなくちょっと鼻にかかった玉三郎さん独特の謳うような台詞廻し。個人的に前回初役の時のお嬢の時より、抑揚のつけかたが気持ちいい分、こちらのほうが好き。それと声を悪婆手前の可愛らしい雰囲気を残しているのも個人的に○。男だけど骨ぽさのないちょっと中性的などこか脆さがあるお嬢。なんかね、世間知がありそうでどこか抜けてる感じのまだ幼さが残る不良って感じ。突っ張っているけど突っ張りきれていない感じがいいなあ。不良ぶりっこしてる玉様が限りなく可愛い。

お坊吉三@染五郎さん、素敵です~~。紫の着流しが超お似合い。2007年のときよりかなりの成長ぶり。大きさが出てきましたし、台詞廻しもちょっと重かった部分が、暗い雰囲気を保ちつつ、綺麗な七五調で聴かせてきます。お坊としての甘さや色気が増してきた感じ。悪になり切れてない刹那的なとこが良いんですよ。2007年ときより神経を張り詰めた殺気も漂わせていました。でもどこか寂し気で、根がどこか真っ直ぐなお坊です。玉三郎さんとのバランスも良かったです。たぶん、玉三郎さんの演出なんでしょうけど、お坊が来てからもお嬢を見つめている時が多いんですね。「こいつ、どういうやつなんだろう」って観察してる感じ。あとでほんとに仲良くなりそう、って雰囲気がここできちんとありました。

お坊吉三@松緑くん、やはり2007年でお坊を演じましたがやはりだいぶ成長しております。兄貴分の大きさはさすがに玉三郎さん相手なので出せないでいますが、前回の忙しない雰囲気が無くなり独特の明るさに骨太さが加わってとても良い出来。台詞廻しもゆったりと大きく言うようになって、言い含めるという部分が明快になってました。世話の軽さのメリハリの部分ではさすがに菊五郎劇団にいるだけあって上手いです。もっとお坊のいわくありげな部分を出せるといいんですがそれはまだこれからかな。キメの形ももう少し、という部分もいくつか。勢いだけじゃなく体の置き方をもっと精緻にしていくと大きさが出るのではと思います。でも舌足らずさが目立たなくなったのがまずは大成果。

おとせ@新悟くんが上手くなった。声が安定してきたのと台詞で状況を伝えることができていました。しっかりお稽古してきたんでしょう。玉三郎さんに習ったのかな。七之助くんのおとせとちょっと被りました。