Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

歌舞伎座『さよなら公演 六月大歌舞伎 夜の部』 1等1階センター

2009年06月27日 | 歌舞伎
歌舞伎座『さよなら公演 六月大歌舞伎 夜の部』 1等1階センター

千穐楽です。初日ぶりにとにもかくにも金太郎くんを観に、という感じでした(笑)。千穐楽の今日、なんと写真入りの筋書きが売り切れで写真が入る前の錦絵入りの筋書きを買う羽目に…その絵入りの筋書きも売り切れそうな勢いでした。今月はさよなら公演、一世一代、襲名披露と記念が三つも揃いましたので買う方が多かったのでしょう。舞台写真も売り切れが多く、早めに買っておいて良かった。

『門出祝寿連獅子 -四代目松本金太郎初舞台-』
初日に観て以来です。金太郎くん、一月の間、本当によく頑張りました。初日の元気の良い時の金太郎くんを観ていたので、かなり疲労が溜まっているなという感じがアリアリでした。前シテでの所作台を踏む音が初日に比べ弱かったし、動きも少しばかり小さかった。それでも必死に頑張ってる姿をみて涙が出てきてしまった。4歳の子が大人でも大変な毛振りが入るこの舞踊を25日遣り遂げたことに心からの拍手を送りたいです。

口上、初日では「松本金太郎です、よろっ!(よろしくお願いしますが途中で切れた)」でしたが今日は「松本金太郎です、よろしくお願いします!」まで言えてました。「よろ」のタイミングでお辞儀をしてしまうので声が遠くまで届かず人によっては「よろっ!」までに聞こえてしまったかもしれません。

それにしても金太郎くんは本当に獅子の踊りが好きなのでしょうね。後シテの毛振りは初日に比べかなり成長ぶりを見せました。初日には腰が決まってなくて毛を振る度に体が動いてしまい移動してしまっていたけど、今日はしっかり腰が決まって同じ場所から動かなかった。疲れてしまってヨロッとなり毛を廻しきれない場面もあったけど、諦めずに自力で立て直して果敢に挑戦し、腰からきちんと廻していました。えらい!!。千穐楽ということもあったのか30回近く廻していたと思います。

今日は髪洗い~巴に入る時の毛振りのタイミングがなんとお父さんの染五郎さんと金太郎くんがピッタリ同じだった。ああ、親子だ~~~って思いました。あそこは、染五郎さんが合わせようとすれば一拍遅くなるはずなのでたぶん合わせようというのは考えないでやっていたと思う。でも振り始めのタイミングがピッタリでした、凄いなあ。

初日の時は金太郎くんの様子を窺いながら毛振りをしていた染五郎さん、今日は金太郎くんのことを、ほとんど見てなかったです。父の息子への信頼と、あと師匠として先輩としての姿を見せ付ける、という部分での心構えもできてきたのかな、なんてことも思いました。それにしても染五郎さんの毛振りは本当に綺麗ですねえ。毛先が絶えず上向きで綺麗な軌道を描く。ただ綺麗なだけでなく荒ぶる獅子としての激しさもあるのです。今回は金太郎くんにすっかり視線はもっていかれたでしょうが、染五郎さんの獅子は本当に良いですねえ。

じいじの幸四郎さんは口上で本領発揮でしょうか。さすがに観客をうまく引っ張っていきます。後シテの獅子の毛振りはゆったりと、若干ヨロヨロぎみ?(笑)。でも絶えず孫の金太郎くんを気にしているのがわかって微笑ましいです。


『極付幡随長兵衛』
この演目はもう吉右衛門さんの懐の深いでっかい幡随長兵衛を観る演目、という感じです。カッコイイ吉右衛門さんを堪能。任侠の親分としての男気の覚悟のほどの強さとそのなかに裏家業の悲哀をさりげなく滲ませていきます。吉右衛門さんの大きさに台詞術の上手さが絡んで、幡随長兵衛という実在の人物がそこに立ち上がっているかのようでした。今回、水野の家来たちの無体を止めに入る時の観客席の通路から出てくる場でいつもより観客サービスが旺盛だったような?悠然としながらもニコニコと愛嬌を振りまく様がまたステキで通路側のお客さんいいなあ、と指を加えて観ておりました(笑)

観客席の通路から出てくるのは長兵衛子分三人もです。この三人が出てくる通路側に私はおりました。極楽十三@染五郎さん、雷重五郎@松緑さん、神田弥吉@松江さんが勢いよく走ってきて、間近で顔を拝めたのは一瞬でしたが、通り抜けた勢いある風を体で受けられたのはちょっと嬉しかったり。この三人は二幕目でも仲がよさそうに楽しげに話をしている様子でした。松緑さんが本当に嬉しそうに演じていたのが特に印象的。極楽十三@染五郎さんの髪型がちょっと面白かったです。何か髪に付けていましたよね?あれはなんなんでしょう?

子分連中は他に男女蔵さん、亀寿さん、亀鶴さん、種太郎くん。さよなら公演だけあってなかなかに贅沢な面子です。纏まりが良くて、個性的で良かったです。観ていて楽しかったです。

子分の感想が先になってしまいましたが、素敵だったのが女房お時の芝翫さん。いかにも任侠の芯の強い女房でカッコイイ女でした。芝翫さん、こういう伊達女のようなお役が本当に似合います。毅然としたなかに濃い情を覗かせて、悲哀を内に秘めている風情がなんとも良かったです。

倅長松@玉太郎くんが可愛らしい。玉太郎くんは芝居の器用さはないけれど一生懸命さのなかに華があると思います。

敵役の水野十郎左衛門に仁左衛門さん。白塗り殿様の拵えが似合いすぎてカッコイイのでちょっと懐の小さい敵役に見えないですが(笑)尊大でプライドが高そうな水野を丁寧に演じていました。しかし、やっぱりセコイことして騙まし討ちする柄には見えないかなあ。水野は幸四郎さんが似合いそうなんだけど…(笑)

劇中劇の「公平法問諍」では坂田公平@歌昇さんと御台柏の前@福助さんがどことなく古風さを感じさせて上手かった。


『髪結新三』
幸四郎さん、なぜこの演目を選んだわけ?2006年に初役で演じられた時にまったくニンじゃないと思ったんですが…。と、全然期待してなかったのですがこれが意外と面白く観られたのが幸い。また初夏の鰹の季節の芝居ということで季節的に若干遅めではあるもののちょうどいいのも良かった。この芝居は江戸の初夏の風景が活写されているのも見所でもありますから。

とにかくも新三@幸四郎さんが重々しい大悪党じみた前回に比べ、飄々とかなり小悪党にしてきたのと、髪結いらしい佇まいを獲得してきていたのがまずは伊達に2回目を演じようとしてきたわけじゃないんだなと。どうしてもどっしりとした大きさが時々出てしまい、成り上がろうとする無法者の軽さとか鋭さがあまりないしニンじゃないなあという部分もやはり感じてしまうのだけど、それでも今回は江戸弁もさらりと気持ちよく口に出てきていて、あら?二世松緑さんに似てる?という部分もあったりして、また幸四郎さん独特の男の可愛らしさの部分での愛嬌に色気も感じられ、悪くないじゃんと思う部分も結構あった。まあ、家主にやり込められるとこはやりすぎ感もあったけど。もう少しあそこは押さえてもいいかなあ。

また当代、菊五郎さん勘三郎さんが演じる今までの新三にあるいかにも江戸っ子気質の部分を演じきれないと踏んだのか、上総生まれの田舎出「上総無宿の入墨新三」を前面を押し出しどこか陰を漂わせ、ヤクザ者が江戸っ子に憧れ無理している感を見せてきて、この造詣がなかなか良かった。しかし、もう少し幸四郎さんが若い時で見たかったなあ、と思わなくも無い。造詣はとても上手いのですが、それでも年齢的なところの佇まいがちょっと違うかなという部分があるのが残念。その部分でいずれ染五郎さんが新三を演じる時が来ると思うのだけど、ここら辺の陰なところを加味してくると面白いかもと思ったり。まあ、染五郎さんが演じるとして最初は勘三郎さんに教わる気はしますが…。(余談:私は勘三郎さんの新三と染五郎さんの勝奴のコンビがとても好きなのです。)

あと役者を見せる部分より戯曲をみせようとする幸四郎さんの演出も良かったのかも。この芝居は元々が落語の人情噺を黙阿弥が歌舞伎化したものですが、その部分を強調させたのではないかと思う。芝居の間をいつもより短くしぽんぽんと進ませて、見せていく。そして二幕目の大家と新三のやり取りに入るのだから、ここが上手い。これほどオチをうまく見せた『髪結新三』もなかなか無い(笑)オチが三段だ~、っていつもより明確でした。それだけでなく、大詰めの部分で、老親分、遊び人として成り上がろうとする新三、そして次の世代の不良人の三様の筋立てでもあったということがしっかりと見えたのも面白く、 起承転結の筋運びが明快な芝居でした。

今回の芝居に多大なる貢献をしたのが2006年でも初役ながら良い味を出していた家主長兵衛の彌十郎さんと今回初役の萬次郎さんの家主女房おかくです。

まずは家主長兵衛@彌十郎さんが本当に良いです。いかにも老獪で強欲な家主然しているところがまずとても良く、また台詞の間が前回同様やはり良いです。押して引いて、幸四郎さん新三とぽんぽんとやり合う様が非常に面白い。最初は飄々と、そして少しずつ手強さを出して新三をやり込める。とぼけた雰囲気もあるが、あえてヤクザ者を住まわせているクセ者的な雰囲気のほうが強い。こういうクセの強い役が出来るところを見せたことで、彌十郎さんはこれから芸幅が広がっていくのではないかとう思う。

初役の家主女房おかく@萬次郎さんもとても似合ってて楽しかったです。こういう長屋のおかみさん風情は上手な方ですが、そこに一刷けクセを足してくる。長兵衛に負けず劣らずの強欲ばばあを軽妙に演じていらして楽しかったです。

勝奴@染五郎さん、幸四郎さんの新三とは初めてですが勝奴は何度か勤めています。新三の腰ぎんちゃく的なちゃっかりした軽妙さとすっきりとした風情のなかにどこか新三の隙を狙う鋭さを時々垣間見せる勝奴です。また細々した仕事をさりげなく、しかししっかりと演じ、江戸風情の佇まいとしてみせてきます。こういう部分、上手ですね。今回は幸四郎さんの陰とメリハリをつけるためでしょうか、いつもより軽妙さのほうを強く出してきた感じがしました。そのせいもあり、新三の弟分というより子分風情が出てしまっていたのが残念です。幸四郎さんが貫禄がありすぎる新三なのでバランスがもうひとつどうかな?と。個人的には幸四郎さん新三には前回の性根の部分にはみ出し者の荒さがありそうな市蔵さんの勝奴のほうが合うように思います。

弥太五郎源七@歌六さん、この方は本当に器用というかなんでもこなしてきますね。今回も初役だと思うのですが源七の親分らしい風格と貫禄をしっかり見せてきました。また台詞が明快なので弥太五郎源七という人物の役割も非常に明快で、旧世代のヤクザ者の悲哀を感じさせてきます。ただ、やはり幸四郎さんの新三相手だと、格上の部分がどうも見えにくいのと、ラストの場での落ちぶれた侘しい佇まいが出てこないのが残念。歌六さんはどんな役でもこなすのでどうしても年上の役者相手に老け役を演じることが多いのですが、非常に張りのある若さを持っていらしてるので、強い部分をみせる時にはハマるのですが年長の侘びしい部分をみせるにはまだ味わいが出てこないです。昼の部の『女殺油地獄』徳兵衛でも思いましたが、これは役者が悪いわけでなく、配役の問題でしょう。

手代忠七@福助さん、五月に久松を演じていたのも良かったでしょうか、手代風情の佇まいがしっかりあり、そのなかで忠七の弱さをみせ、とても良い出来だったと思います。

善八@錦吾さん、実直さのなかに店者の軽い味わいもほんの少し加味されてて良かったです。錦吾さんはどちらかというと時代物のほうがしっくりくる役者さんですが近頃、世話物も少しづつハマってくるようになってきた感じがします。

序幕で、紙屋丁稚@錦成くんの高麗屋部屋子お披露目がありました。芝居好きの丁稚という設定で、新三に「松本錦成」という名をつけてもらう、という流れでした。時代に張った芝居台詞を言って見得を切り、皆に暖かい拍手を貰っておりました。これから頑張ってくださいね。中村屋の鶴松くん、高砂屋の梅丸くんと共に活躍していってくれますように。