Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『十二月歌舞伎公演「仮名手本忠臣蔵」』 特別席1階前方センター

2010年12月18日 | 歌舞伎
国立大劇場『十二月歌舞伎公演「仮名手本忠臣蔵」』 特別席1階前方センター

1回目観劇から一週間後に2回目の観劇です。前方センターという良い席で観ても、個人的にはやはりショートカットした台本・演出への不満は消えなかったです。場をかなり削ったことで個々の人物像の輪郭や説得力が薄れてしまっていました。大枠の忠臣蔵らしい部分を抽出して、わかりやすくということで、確かにその雰囲気は伝わってくる舞台ではありましたが、その分薄味というのは否めない。

やってみないと、どうなるかというのは判らないものですからその意味で次回『仮名手本忠臣蔵』を上演する時はどうするか?の材料にはなったとは思います。短くしたことで濃縮されるどころか物語が薄くなってしまったというのがここまでハッキリ出るとも思わなかったんじゃないでしょうか。次回は普段掛からない段を含めて2ケ月公演なり3ケ月公演なりでしっかり通し狂言として上演していただきたいです。その使命を国立は持っていると思いますし、『元禄忠臣蔵』3ケ月公演を成功させたことを思えば、そのくらいの冒険をしてもいいかなと。まあ、松竹の協力は必須ですけど。もっと「歌舞伎」を育てていく気概を国立にも松竹にも持っていただきたいです。

反面、全体的に観客の反応も良かったですし、歌舞伎を観たこと無い初心者たちを感動させということは「物語」の厚みはないものの「歌舞伎役者」たちの存在感や芝居の篤みで見せてきたということでもありますね。そういう部分でいえば11日(土)に拝見した時より役者さんたちが充実して見応えはありました。

高師直@幸四郎さん、憎々しい風貌と押し出しの強さで見せてきますが、個人的にはやはり納得のいく高師直ではありませんでした。解釈不足なのではないかと思います。幸四郎さんは巨悪として演じるとおっしゃったようですが、そもそも高師直は巨悪ではありません。位が高く有能ではあるけどいけすかないスケベじじいなんですよ。その矮小さがあってこそ高師直だと思います。なぜ、この人は憎まれなければならなかったのか。悪人だからじゃないです。意地悪で金に汚く、自分が人妻に横恋慕し断わられたのを逆恨みするような懐の小さい人間で理不尽に人をいじめるような人物だから、だから人に憎まれるんです。ネチネチといやらしく判官を攻め立てていけないといけないと思いますが、今回は単に堅物で横柄な人物でしかなく、憎まれるほどの人物になっていませんでした。大序から三段の前半の若狭之助のくだりがないだけに、これでは判官役者が追い詰められてるようにみえず、判官役者泣かせな高師直の造詣だと思います。

由良之助@幸四郎さん、こちらは良かったです。声の調子もよく特に四段目は見応えありました。判官が信頼するだけの存在感があり、神経を張り詰めつつ冷静に場を対処するリーダーとしての資質とそこの秘める熱い信念がみえる造詣。場を制するオーラはさすが。七段目は後半からなので、放蕩部分が中途半端。前半がないと亡羊としたキャラから後半鋭さをみせていくというところをしっかり見せられませんからねえ…。とはいえ今までよりは酔いのなかの色気があったように思います。芝居にメリハリがついてきたかな。といってもやはり仇討ちにかける想いが表に出すぎてる気がします。

判官@染五郎さん、11日に拝見した時よりかなり良くなっていました。端正で真っ直ぐな判官です。三段目は幸四郎さん高師直とは、どうももうひとつ噛み合わないのが残念です。戸惑いから怒りへの変化はよく見せてるとは思うのですが、幸四郎さん高師直の突っ込みがいじめぽくなく直線的すぎて、そこを世間知らず的な素直な戸惑いが噛み合っておらず、そういう意味でいかにも初役で丁寧に演じることだけになっていて対応しきれてない。これは染五郎さんのせいだけではないとは思いますが、役のこなれてなさが浮き出てしまう部分でもあります。その代わり、従来の演出での四段目の判官は非常に良かったです。覚悟を決めた強さのなかに透明感のある美しさがありました。自分の立場を充分わきまえつつ、どこか一縷の望みを抱え、由良之助を待ってるのだなと。あまり強い想いではなく、死を迎えるうえで「未練」を抱えていたくない風情。いかにも若い主君で薄幸を自分に引き寄せてしまった感。

勘平@染五郎さん、今回は情感が乗り、場の情景をきちんと描けていました。ただ前回同様やはり悲哀が強すぎるかな。主君の大事に居合わせられず、お軽に引きずられてきてしまった後悔がある、という部分での勘平としては正しいには正しいのだけど。道行ではもう少し開き直り感というかどこか抜けた色気があってもいいと思う。四段目の重い空気を舞踊で気分転換させる意味合いもある幕なので。染五郎さんの勘平はどちらかといえば五段、六段の勘平のほうかなと思いました。立ち回りはメリハリが利いてて良かったです。

平右衛門@染五郎さん、かなり良かったです。大熱演がいい方向に出たかなと。平右衛門の真っ直ぐな気性をだいぶ輪郭太く演じていました。台詞廻しの緩急が利いてきて、軽妙さと家族を想う悲哀と忠義一途さを場ごとにしっかり見せて来た。福助さんのお軽とのバランスでいえばもっと大きさは必要だとは思うけど、平右衛門としての存在感は充分にありました。

顔世御前@福助さん、佇まいがはやはり良いです。顔世御前としての悲しみが伝わってきます。

お軽@福助さん、前回ピンとこなかった「道行」のお軽がとても良かったです。勘平のことが大好きで、勘平の気持ちを浮き立たせようと絶えず気遣う可愛いお軽でした。勘平大好きオーラがあると姿もとても可愛らしく見えます。「七段目」はふわっとした色気がありつつ、勘平一途な想いをしっかり見せていきます。芝居のメリハリが効いて、お軽のどこかノー天気な性格の可愛らしさと、一途ゆえの絶望の落差が印象的。

力弥@高麗蔵さん、若々しく健気な力弥でした。若い役者とはまた違う、芸のうえの瑞々しさ。ここまでに似合うとは正直ビックリの好演でした。

石堂馬之丞@左團次さん、普段は薬師寺役が多い左團次さんですが、石堂役もとても良かったです。品がよく、さりげない情味があって、たえず敬いの心を忘れない石堂です。

薬師寺次郎左衛門@彦三郎さん、しっかり憎まれ役を演じていました。いやみったらしいのだけど、変に格を落とさずに。

小林平八郎@錦之助さん、2009年さよなら公演では竹森喜多八を演じられましたが今回は吉良側の小林平八郎。体力勝負の場面ですが若いまだ未熟な竹森喜多八@児太郎くんをしっかり受け止めて大立ち回りを演じています。ご苦労様です。個人的には、今回の座組みだったら錦之助さんの若狭之助が観たかったんですけどねえ。

竹森喜多八@児太郎さん、大役を貰いましたね~。まだ未熟ですが一生懸命頑張っているなと思いました。立ち回りは若くて体力があるだけじゃ見せられない部分もあるんだなとは思いましたが、11日拝見した時より上手になっていましたし、これからも頑張ってほしいです。