Snowtree わたしの頭蓋骨の下 *鑑賞記録*

舞台は生もの、賞賛も不満もその日の出来次第、観客側のその日の気分次第。感想というものは単なる個人の私感でしかありません。

国立大劇場『十二月歌舞伎公演「仮名手本忠臣蔵」』  2等席1階前方上手 

2010年12月11日 | 歌舞伎
国立大劇場『十二月歌舞伎公演「仮名手本忠臣蔵」』 2等席1階前方上手 

今月の国立大劇場『仮名手本忠臣蔵』は変則通し狂言。わかりやすくという試みは買うし、連れて行った初心者達は一様に面白かった、楽しかったと言ってくれたし、これはこれでドラマとして成り立っていたとは思う。しかしながら私個人は正直物足りなかった。連れて行った初心者さんたちに気を取られていたせいで(彼らの見物様子を見たりしつつだったので)個人的には集中度が欠けての観劇だったのも大きいかも。細かい部分、逃してるところも多い。また再見するので、その時にどう思うか。従来の『仮名手本忠臣蔵』通しを何度も観ている方で今回の演出の面白みをうまく受け取っている方も意外に多いようなので、そこら辺きちんと確認しよう。

11日(土)に観た限りでは全体的に変則通しにしてバッサリ切った場面が多かったせいでキャラクターが立たない部分が多かったように思う。あとやはり座組みの薄さは否めない。他の演目なら十分すぎる座組みだと思うけど仮にも『仮名手本忠臣蔵』の通し狂言。特に塩谷判官をやって早替えで勘平って、あり得ない、顔世御前から早替えでお軽もありえない、と私は思う。三段目は若狭之助のくだりは入れるべきだった。今回の座組みなら錦之助さんで充分こなせたと思う。それと七段目も前半はしょるべきではない。巡業の時によくやる手だけど無理がありすぎる。その代わり討ち入りの場面を短めにして、引き上げの場は全部削っても良かったと思う 4段目が通称「通さん場」というほど重要なのはなぜかを考えたら判官から勘平ってあり得ない。顔世からお軽もありえない。気持ちの持ちようが違いすぎる。この役を兼ねさせること自体が役者に酷。

塩谷判官と平右衛門は180度違うキャラで、同じ役者がやることによってかえって立場の違い、身分差を感じさせる部分があって、まだしも意味は無くはなかったと、少し強引かもしれないけど意味付けはできる。しかしそれも七段目の前半あればこそ。後半のみならその意味も薄れる。

期待してた幸四郎さんの高師直が良くなったのがとても残念。いかにも上っ面をなでたような造詣。大序が無い弊害だけでなく師直という人物を造詣しきれてない。卑屈さのある意地の悪さとか、すけべじじいぶりとか、いわゆる因業じじいになってない。高師直の幸四郎さんの造詣の甘さが、きちんと判官を追い詰めていけてない。これは受ける判官役者が可哀想。しかも若狭之助のくだりもないので、理不尽ないじめを受けているという場面の説得力が薄れているからなおのこと。ここはちょっとどうにかしてほしかった。しかも余計な演出(烏帽子を刀で落す、たぶん首を落されるという暗示、見立て)はいらない。とにかく芯になる幸四郎さんが全体的に冴えてなかった。体が重そうで声の調子もやられててかなり疲れている感じだった。

由良之助@幸四郎さん、得意な4段目でさえ、もうひとつ精彩に欠けていた。余裕がない感じ。その余裕のなさが活きた場面もなくはなかったけど、リーダーたる毅然とした部分など薄め。七段目にいたっては、元々この段にしっくりこない幸四郎さんの由良さんのなかでも、良くない部類だったなあ。あまりにも仇討ちへの思いが表層に出てしまっているのと、ほろ酔いの色気がなくあれでは素面でしょう。

とはいえ幸四郎さんは持ち前の存在感と押し出しで座頭としての勤めは果たしていた。なんだかんだ中心にいる人物として成り立たせていた。そこは底力と華の部分でなんだろう。でも芯の吸引力がいつもよりなかったせいで全体的に薄味になったのは否めない。

判官@染五郎さん、楚々として世間知らず系な判官。最初なぜ意地悪されてるのかさっぱりわからず、え?え?と思ううちに怒りを制御できずにキレちゃう。演技の流れは良いのに幸四郎さん師直がよくないので受けきれず。初役でこなれてないうえに、あんな師直で可哀想だった。染五郎さん判官は基本勘三郎さん系。台詞廻しなど稽古つけてもらった気がする。ただ、まだこなれておらず。三段目より四段目のほうが良かった。覚悟を決めた風情の凛とした美しさ。由良之助待ちの切ない部分もしっかり出ていた。ただ「かた(き)」というところは少々強すぎるかも。

勘平@染五郎さん、道行のみなので踊りとしての判断。愁いのある背中。動きも丁寧で美しい。でもまだそこまで。気持ちがのりきれてない。情景描写、心理描写が上手い踊り手の一人だと思うけど、11日観劇の時点では描写しきれてない。道行の勘平は覚悟が弱い揺れる男&恋ゆえに落ちる男。覚悟を極めた判官を演じたあと、どこまでそのメンタリティにもってこれるか。初役でこれはかなり無茶な流れで大変だと思うけど、このままでは終わってほしくないなあ。少しでも勘平に近づいて欲しい。

平右衛門@染五郎さん、さすがに三回目だけあって一番こなれていた。しかし由良さんに徒党に加えてと嘆願する場面がなく、足軽の立場、悲哀をみせる場が無く、見せ場が減らされている。しかし全体的に染五郎さん平右衛門は前に比べだいぶ骨太になり兄さん風情が出てました。とても家族想い、妹想いの兄さんです。またおっちょこちょいで落ち着きのない軽さのなかに芯の秘める仇討ちの思い、悲哀を抱えるキャラとしての造詣がかなりしっかり出てたと思う。

顔世御前@福助さん、悲痛な面持ちでの品のある佇まい。存在感がしっかりあるのがさすが。良かったです。

お軽@福助さん、道行は丁寧に踊ってて良いのだけど福助さんにしては情感があまり出てない。過剰な情感は必要ないけど、もう少しノー天気な勘平ラブが欲しい。顔世御前のあとにすぐにノー天気お軽になれといってもねえ…。いくら福助さんでも大変なんじゃないかしら。 七段目のお軽は色気もあり、かといって過剰ではなく可愛らしい。勘平一途さが明快で上々。平右衛門に対する兄への気安さのなかでの距離感も緩急つけつつ上手い。作りこんでない表情がいい感じ。全体に雰囲気のあるたっぷり感がらしい。歌右衛門さんぽいとこも。ただ、声の調子がやっぱりやられてる気が。嘆く場、いつもより悲嘆さが出てなくて…これは声が出てないせいかな?と。

九太夫@錦吾さん、どうしても人のよさが透けちゃうんだけど演じるのが二回目だけあって世渡りの計算高さ、せこさはしっかり表現。こういう悪役はかえって難しいんでしょうね。

周囲の皆さんは手堅くしっかり演じてきている。さすがに密な空間をしっかり保っていた。それぞれに書きたい点があるくらい。そこら辺は二回目観劇のときに一緒に書こうかなと思っております。