あるくみるきく_瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内を中心とした、『旅するシーカヤック』の記録

瀬戸内シーカヤック日記: あるくみるきく_旅する櫂伝馬(1) 木江~阿賀

2010年06月08日 | 旅するシーカヤック
2010年6月5日(土) 前日夜から大崎上島に入り、啓志君の家に泊めさせてもらった。 夜は何人かの関係者と啓志君の家で軽く飲み、静かに迎えた朝。 窓から外を見ると、ちょうど日の出の時間。 一人そっと玄関を出る。 『なんてきれいな日の出だろう』 太陽に手を合わせ、朝の新鮮な空気を深く吸い込んだ。

空には雲一つなく、無風で海はべた凪。 これ以上ない、最高のコンディションである。 『ああ、ようやくこの日がやって来たのだ』

***
2008年9月2日。 私のブログに一通のメッセージが入ってきた。

『はじめまして。 突然のメッセージ失礼します。 日記に櫂伝馬の事が何件か書いてあり、櫂伝馬に興味を持たれているということでメッセージを送らせてもらいました。 大崎上島には日本全体の櫂伝馬の三割以上が残っており櫂伝馬が一番盛んな場所です。 私自身小さい頃から櫂伝馬にずっと乗っており、今でも櫂伝馬の時期になると休みをもらい練習に出て本番まで参加しています。 なので櫂伝馬に興味を持ってくれていることをすごく嬉しく思います。 そこで、もしよろしかったら一緒に櫂伝馬に乗ってみませんか? もし興味がございましたらメールください。』

祝島の神舞で櫂伝馬を漕いだブログを見て、送っていただいたメッセージ。 これが全ての始まりであった。
当時は知る由もないが、今になって思い返すと、これまで何度も経験した、しかもその中でも極めつけの『偶然を装った必然』であったのだ。
***
朝食をいただき、着替えて足袋を履く。 『では、行ってきます』 瀬戸内の離島らしい、狭くて急な坂を下る。

待ちに待った日がとうとうやってきたという誇らしい想い。 これから二日間、櫂伝馬で初となる長旅が、どんな航海になるのだろうかという期待と高揚感。 その反面、安全に航海を成し遂げないといけないという責任感。 そしてなにより、こればかりは自力ではどうしようもなく、神頼みであった天候に、それも最高の晴天に恵まれた嬉しさ。 これらが入り交じった複雑な気持ちで天満港へと向かう。

6時半集合の少し前に到着すると、既にメンバーが集まりはじめていた。 『おはようございます』 『おはよう』
『いい天気ですねえ』 『ようやくこの日が来たねえ』 『楽しみだねえ』
 
***
メンバーが揃うと、準備を整え、海を漕いで厳島神社へと向かう。
そう、この旅は、『大崎上島の厳島神社』を出発し、『いつくしま』という櫂伝馬で一泊二日の旅をして、所縁のある『宮島の厳島神社』に向かうという、意味のある旅なのだ。 またかつては、小早川水軍の備中船手衆の中で『大崎衆』として名を馳せ、宮島沖合戦で毛利元就を助けたという歴史もあることから、この海旅の意義は、よりいっそう深いものになっている。

厳島神社では、大崎上島町長さんを始め、多くの地元の重鎮の方々が集まられ、厳かでかつ盛大な出発式が執り行われた。 様々な方のご挨拶から、『旅する櫂伝馬』の意義を再認識し、身が引き締まる思いがした。
また、特に印象的だったのは、『普段は競漕で敵となる各地区の若者が、同じ舟に乗り、力を合わせて目標達成に向けて力を合わせるということは、画期的な事である』、『このプロジェクトは、大崎上島の歴史としても快挙になるであろう』という言葉。 なんと素晴らしい事なのだろうか。
 

***
桟橋に戻り、再び準備をして、ほぼ予定通り8時過ぎに出発。 地元の方々に見送られながら、港を漕ぎ出した。

木江から潮に乗って南下し、中ノ鼻を回るとそこからは西へ。 沖浦の港で休憩して再び漕ぎ出す。 この辺りは私のツーリングエリアであり、庭の様な海ではあるが、櫂伝馬で漕ぐのはまた特別の感慨がある。

明石から岡村島に渡り、大崎下島、三角島、豊島、上蒲刈、下蒲刈へ。
 
瀬戸内横断隊の経験から、基本は50分漕いで10分休憩という事にしている。 そして、その休憩時間に水分を補給したり、漕ぎ手を交代しながら漕ぎ進んだ。

ほぼ予定通りの時間に猫瀬戸超え。 周囲をワッチしながら、力を合わせて弱い逆潮を漕ぎ上がる。

猫瀬戸の手前で、まず1艇のシーカヤックを見かけ、安芸灘大橋の下では、2艇のシーカヤックが待っていて下さった。 2艇のシーカヤックには声を掛け、しばし競漕を楽しんだ。 『お疲れさまでした。 そして、ありがとうございました』
櫂伝馬の巡航速度は10~12km/h程度なので、打ち込んで漕げばシーカヤックより早いのである。
***
お昼は仁方桟橋へ。 そこでは、瀬戸内カヤック横断隊でもいつもお世話になっていた”Iさん”が待って下さっていた。 ”Iさん”には、準備段階でお世話になった上、うれしい差し入れまでいただき、感謝感激。 本当にありがとうございました。
***
陸上班と合流してお昼ご飯を食べ、しばし休憩。 午後1時15分に再び漕ぎ出し、岸沿いに漕ぎ進む。 仁方から小須磨の間は、人家も多く、沿道を走るクルマもあって、様々な方が手を振って応援して下さった。 これはほんとうにうれしく、励みになる。

長浜を超え、広、そしてとうとう阿賀へ。 阿賀は私の地元。 本当に櫂伝馬で阿賀まで漕いできたんだ!
 
ゴールが近付き、見学や出迎えに多くの方が来ておられるのを見ると、自然とピッチも上がってくる。 『エイサ エイサ エイサ エイサ』

到着! ほぼ予定通りの時間である。
阿賀漁港の前には、大勢の地元の方が出迎えに来ていただいていた。 予想外の盛り上がり。 本当にありがたいことである。
地元の人間としても、うれしい限り。 私にとっては凱旋だ!

舟を雁木に着け、陸に上がる。 一旦集合し、代表の啓志君が挨拶。
そして、櫂伝馬競漕の雰囲気を味わっていただこうと、再び乗り込んで今度は全力漕ぎ。 打ち込んで全力で漕ぐと、結構なスピードが出るので、観客の方々も驚いていたようだ。

その後は、地元の子供達の櫂伝馬体験。 これが結構盛り上がり、喜んでいただけたので良かった。

またここ阿賀には、四国のシーカヤック仲間であるMさんが、遠路遥々来て下さっていた。 挨拶を交わし、2回目の櫂伝馬体験には乗船していただいた。 その後、自治会館での炊き出しや夕食の準備まで手伝っていただき、これまた感謝感激。 日帰りで疲れているのに、本当にありがとうございました!

この旅は、本当に様々な方々にお世話になり、支えていただいていることを再認識。
 
***
一旦、自治会館に集合し、着替えてメンバーは銭湯に。 そして陸上班と伴走船メンバー、啓志君と私は音戸の瀬戸の下見へ。
事前に決めておいた陸上班のワッチポイントと留意事項を説明し、当日の連絡体制を決めて一段落。

最後のグループとして銭湯へ行き、1日の疲れを癒し、ビールを堪能した。 『お疲れ様でした!』 『グビリ、グビグビーッ』

夕食は、自治会館に集まって、うちの親戚を中心とした地元の方々に炊き出していただいた、おでんと唐揚げ、カレー。 そしてなにより美味いのはビール!ビール!ビール!

『乾杯!』 『お疲れさま!』 『ほんまに阿賀まで来たなあ!』 『阿賀でもあんなに人が集まってくれて、そして気さくな人たちばかりで嬉しかった! やって良かったなあ』などなど。 最高の盛り上がり。
***
最高の晴天&海況に恵まれ、はたまた地元の方々の温かい出迎えをいただき、これ以上ないという『旅する櫂伝馬プロジェクト』最高の初日であった。
さて、明日はどんな海旅が待っているのだろう。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 瀬戸内シーカヤック日記: ... | トップ | 瀬戸内シーカヤック日記: ... »
最新の画像もっと見る

旅するシーカヤック」カテゴリの最新記事