ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 伊東光晴著 「ガルブレイス―アメリカ資本主義との格闘」 (岩波新書2016年3月)

2017年05月28日 | 書評
戦後経済成長期のアメリカ産業国家時代の「経済学の巨人」ガリブレイスの評伝 第1回



 ジョン・ケネス・ガルブレイス(1908-2006年)はスコットランド移民のカナダ出身で、20世紀アメリカを代表する「経済学の巨人」と言われた。1930年代をハーバード大学で学び、経済学への道を歩み、一生この30年代のリベラルで革新的な思想を持ち続けてた経済学者であった。ルーズベルト大統領とニューディラー(ケインズ主義経済学)の経験は、よき政治によって社会は変わるという確信を若きガルブレイスに与えた。1960年代ジョン・F・ケネディ大統領に大きな期待を寄せ、シュレージンガー・ジュニアー ハーバード大学教授とともに、ケネディの政策立案にかかわった。ガルブレイスは20世紀後半のアメリカを代表する経済学者である。1949年から1975年までアメリカの経済学の中心でもあったハーバード大学の教授であった。ガルブレイスを著名にしたのは多数の著作によってである。大恐慌後のケインズ革命(総需要量の創出)はまさに既存の知的枠組みの大変化であった。かれは既存の知的枠組みを「通年」と呼んだ。彼の著作はいずれもその「通念」への挑戦であった。「アメリカの資本主義」1952年、「ゆたかな社会」1958年、「新しい産業国家」1967年、「経済学と公共目的」1972年、「不確実性の時」1977年がガルブレイスの主要著書と言われる。通念は必ずしも現実を表現してはいない。むしろ間違った現実認識である場合がある。ガルブレイスの通念に対する挑戦は、現実を分析し新しい事実を発見するという「ファクト・ファインディング」に立脚している。それが理論の発展とともに経済学をより豊かにしてきた。ガリブレイスの現代資本主義の特質を見抜く資質によるところが大きい。経済学は不確実な科学である。分からないところが多いが、ガルブレイスは1930年代の政策実験のなかより、通貨を増やしても不況対策にはならない結論を得た。通貨政策・金融政策はインフレを抑えることはできても、マネタリストの不況対策は無効であると主張した。ここにガリブレイスの経済学の今日的意義がクローズアップされる。ガリブレイスの経済学の師は、アルフレッド・マーシャル(1842-1924)に導かれ、そしてヴェブレン、ケインズに心酔したが、いずれの教えも事実に基づいて克服していった。ガルブレイスの経済学の目的は、現代資本主義を分析して、現実から遊離したアメリカの「新古典経済学」の非現実性を批判することである。ガルブレイスが依拠するアメリカの「プラグマティズム」とは、現実優先の経験主義に立つ哲学である。アメリカの自由は欧州のそれとも違い、アメリカの経済学は大陸のそれとも大きく違う。1980年代から始まるレーガン・サッチャーイズムの「新古典派経済学」または「新自由主義体制」、そしてソ連邦と東欧の崩壊による冷戦の終了、日・独の台頭はアメリカを産業国家から金融国家に変えた。そしてアメリカはますます実物経済から遊離し、強欲資本主義に傾斜していった。何度も金融危機を引き起こしながら、2008年リーマン危機で信用崩壊のピークを迎えた。この時点で本書の著者である伊東光晴氏が本書を刊行された意味は大きい。本書の「はしがき」において、伊東氏は一橋大学を離れるときに3つの課題を自らに課したという。
①ケインズ研究を経済理論研究だけでなく社会思想史に高め、イギリス社会論を試みる。
②シュンペーターを借りてドイツ社会論を考える。
③アメリカの経済学者ガリブレイスを借りて、アメリカ現代資本主義を考える。
 ガリブレイスを選ぶことは師の都留重人先生の教示だという。伊東光晴氏のプロフィールを紹介する。伊東 光晴(1927年9月11日 生まれ )は、日本の経済学者。京都大学名誉教授、復旦大学(中国)名誉教授、福井県立大学名誉教授。専門は理論経済学である。経済学の理論的・思想的研究、現代資本主義論の研究を進めた。経済学に技術の問題、経営の問題が抜けていることをいち早く指摘。とりわけ、経済企画庁 国民生活審議会 では長年にわたり委員をつとめた。 また、「エコノミスト賞」選考委員会委員長をつとめた。最近の著書に「アベノミクス批判――四本の矢を折る」(岩波 書店)がある。

(つづく)