ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 吉田千亜著 「ルポ 母子避難ー消されゆく原発事故被害者」 (岩波新書2016年2月)

2017年05月21日 | 書評
子供を守るため自主避難した原発事故被害者への、住宅供給政策と生活支援策の切り捨て 第7回

3) 避難者支援と被害の矮小化

 自主避難者には、東京電力から定期的に支払われる賠償は一切ない。月10万円の精神的慰謝料が支給されるのは政府による「自主的避難等対象区域」のみである。2011年8月「原子力損害賠償紛争審査会」から賠償指針が出されたが、そこには自主避難者の賠償の枠組みは示されていない。つまり自主避難は避難ではないという切り捨てがある。2011年10月に開かれた原陪審は自主避難中の当事者の意見を聞いた。ヒアリングに応じた人は「自主ではありません。恐くて逃げたのです」とこたえたという。原陪審の員は、原発事故直後に線量があがるのを恐れて避難した人と、事故からしばらくして妊婦や子供への影響に対する不安から避難した人に分けたがっているようだった。そしてその時期を20011年4月前半に設定しようとしていた。こうした分断政策は官僚の常套手段であって、区切りをつけるための「合理的理由」を求めて、恣意的な閾値を設定するのである。原爆病裁判でもよく用いられた手法である。もともと恣意的な値であるから、その値を巡って裁判は長期化し、国は次第に追い詰められてゆくのである。2011年5月から2912年4月まで、郡山市の小中学校の屋外活動は「3時間ルール」が適用された。原発事故の影響は子供の教育の機会をも奪ったのである。原賠審は2012年12月に「自主的避難等対象区域」に指定された地域の住民の対する賠償を発表した。自主避難者の場合、妊婦と18歳未満の子どもは一人につき68万円、大人は一人につき12万円を基本とし、家族4人(夫婦と子供二人)の世帯だと総額は160万円程度であった。原発事故がなければ発生しなかった費用に比べて、とうてい補えるものではなかった。この賠償金を元手に新潟県に避難した人もいた。緊急時に慌てて避難したのではなく、十分情報を得たうえで避難をする人が数多くいた。復興庁が公表した避難者数推移では、2012年4月にかけて避難者は増加している。事故後1年後の避難である。2012年6月議員立法の法律「原発事故子ども・被災者支援法」ができた。日野行介著 「福島原発事故被災者支援政策の欺瞞」(岩波新書 2014年9月)に詳しくかかれており、その概要は上に記述した通りである。法律ができてから1年経っても政府の基本方針は示されなかった。法律制定2年後の、この法律の認知度は被災者の15%程度と非常に低い。被災者の要望で「意見書・要望書を復興庁へ届ける」運動は2013年12月に190通の意見を集めて議員に届けた。こうした動きを受けて復興庁は2013年3月15日「原発災害被災者支援施策パッケージ」なるものを発表したが、それはすでに行われている施策の羅列に過ぎず、新規な母子避難者の生活支援はなにもなかった。そしてわずか2週間のパブコメ期間を置いて、当事者の意見をくみ取る努力もしないで2013年10月に基本方針を発表した。支援を受けられる自主避難者の地域は32市町村のみを「支援対象地域」に指定した。「住民票」はいろいろな証明(カードを作る、車登録を避難地にするなど)にひつようなものであるが、いわき市は避難者に対して「届出避難場所証明書」を発行しているが、カード会社はそんなものは知らないと言って受け付けなかったりする。住民票を移動しない自主避難者は多い。郷里への愛着だけでなく、福島県人であれば受けられる行政サービスを失うことを恐れるからである。健康診断、放射線測定器や個人累積線量計ン貸し出しや、避難先での18歳以下の医療費無料化などである。2012年12月8日をもって、福島県は県外に避難する人に提供する借り上げ住宅を新たに受け付けないと発表した。しかし被災者支援団体からの抗議や延長要請によって、古保方針を撤回し継続した。これは「福島県外への人口流出を防ぐため、新たな借り上げ住宅受付を打ち切れ:という厚生労働省からの要請に基づいた方針であった。そして政府内部では復興庁の「福島県民の福島県への帰還を促進しなければならない」という厚生労働省への圧力があった。厚労省は「打ち切りを周知するつもりはない。周知期間を取れば駆け込み需要が増え、自主避難を促す結果となる」といい、「受付の打ち切り」は抜き打ちでやる方針であった。自主避難者の生活サポートについては、厚労省は復興庁に、復興庁は東電に、経産省は拒否」という責任のなすりつけ合いであった。また福島県は「国の枠組みで」、市町村は県でやるべきだといい、典型的なたらいまわしの泥試合を演じている。これが日本の縦割り行政の弊害となって自主避難者のサポート問題は矮小化され、行政の無作為となっている。復興庁は自主避難者の数さえ自主的に把握していない。総務省が所轄する「全国避難者情報システム」からの借りものである。これは登録は任意で、避難先自治体に申告しないとカウントされない。特に自主避難者は分母から漏れやすい。例えば岡山県では福島県からより、関東圏の人の避難者の方が多い。岡山県全体で1079人の避難者を受け入れたが(2015年11月時点)、福島県からの避難者は28%、それ以外の県から避難者が70%以上であった。避難者数を公表しない自治体もあう。埼玉県では借り上げ住宅に住む人だけを避難者とし、実家や親せき、或いは自費で避難しているひとはこの避難者情報システムでは把握できていない。埼玉県では避難者団体の調べた結果は、埼玉県が公表した結果の2倍となっていた。そこで埼玉県は2014年7月に避難者を数え直し、それまでの2992人から5639人に訂正した。自主避難者に対する賠償の手段として、「原発ADR」(裁判外紛争解決手段)がある。2011年9月より原発ADRへの申し立てが始まった。新潟県や山形県ではADRが活発に利用されたが、埼玉県では認知度が低くかった。これには弁護士団の対応姿勢に温度差があったためである。埼玉県では2013年以降にADRの利用が始まった。

(つづく)