ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート R・P・ファインマン著 大貫昌子訳 「ご冗談でしょう、ファインマンさん」 (岩波現代文庫上・下 2000年1月)

2017年05月24日 | 書評
量子電磁力学のノーベル賞物理学者の奇想天外なお話、 科学への真摯な情熱  第2回

序(その2)

「物理法則はいかに発見されたか」 (岩波現代文庫 2001年)という本は、大きくは二つの講演会からなる。ひとつは1964年コーネル大学のメッセンジャー講演会「物理法則の性質」、もうひとつは1965年ノーベル賞受賞講演会「量子電磁気学の発展」である。前者の講演会は7回にわけて話された内容で、分量からすると1回がノーベル賞受賞講演会分とほぼ同じであるため、本書をなべて8回分の内容として考える。
① 重力の法則 : ファイマン教授によると物理法則とは、自然の営みのリズムやパターンのことである。そしてこの法則の持つ一般的な性格について考察するという。まず第1に「人間精神が成し遂げた最も偉大な一般化」といわれた「重力の法則」(ニュートンの「万有引力の法則」)を取り上げる。電磁気の場と重力の場のメカニズムの解明は難しい。極微の世界(核内)で重力はどうなるかは、重力の量子化は今後の課題であるとファインマン教授は言っているが、最近の進歩は著しいようだ。それにしても重力の法則の数式は単純で美しいとファイマン教授はいう。
② 数学と物理学の関係:  物理学は最初からすでに数学が必要なように出来ているところが面白い。化学や生物・医学などでは特にそういうことはない。数学の記号と推論法を使えば、手っ取り早く情報を伝えるばかりでなく、展開も速い。高いところに立ったように急に見通しがよくなるのだ。重力理論のモデルは数学的形式以外には存在しない。数学の記号化というものは単に言葉の言いかえではなく、数学は言葉プラス推論である。ファインマンは「"本当にわかった"と思うのは、物事に二通り以上の説明が出来た時だ」と語っている。自然を解釈するのに様々な体系が可能であると云う事実、これは自然の驚異的特徴のひとつである。「盲目の人が象をなぜる」式のことは、ようするに物理が自然をよく分っていないのである。数学と物理の関係については、数学者はもっぱら推論の仕組みを議論するものであってその実体については無関心である。しかしその推論法は大変強力で物理学を導いてくれる。数学を知らないと本当の自然の姿は感じ取ることは出来ないであろうとファインマン教授はいう。
③ 保存則ー保存される自然量: 物理学は数多くの法則から成り立っているが、これらの法則を貫く「大法則」というものがある。それは保存則、対称性、そして数学的であるという性質である。この章で扱う保存則は以下の6つである。 電気量(電荷)の保存則、 重粒子数の保存則、超核子数(ストレンジネス)の保存則、エネルギーの保存則、角運動量(運動量)の保存則、対称性の保存則である。
④ 対称性ー物理法則の保存性: ここで述べることは物体の形状の対称性ということではなく、物理法則それ自体の対称性である。正方形を中心を軸に90度回転しても同じであるように、ワイル教授の定義によると「ある対象に何かの働きかけをすることが出来て、それをした後でも対象が以前と同じように見えるなら、その対象は対称である」というのと同じ意味である。空間における平行移動の対称性、時間における対称性、空間における中心をきめた回転の対称性、直線状の等速運動の対称性は相対性原理を生み出した。
⑤ 過去と未来ー可逆と不可逆過程 : 物理法則は時間の平行移動でも成り立つかというと、これまでのところ過去と未来の区別は見当たらない。重力、電磁気、粒子崩壊などは可逆的である。非可逆の現象を見ると、摩擦による運動量の減少、偶然が引き起こす拡散現象を元に戻す手は無い。分子の衝突のような自然界の不規則な作用は、非可逆現象である。秩序から無秩序への移行も非可逆である。
⑥ 確率と不確実性ー量子力学の誕生:  科学の歴史とは、単純な経験に基づく直感が自然現象を解き明かしてきた。ところが物理法則は最近直感から遠ざかってきた。相対性理論も狐につまされた類の人を食った話である。自然界の理解では直感に頼る部分が少なくなり、原子のような目に見えない世界にはまさしく存在する物を理解するために想像の翼を伸ばさなければならない。光は光学(レンズ)の世界では光線というように粒子の動きのように理解されていた。しかし光は電磁波であり波の性格を持っている。2つの孔を潜り抜けた、粒子、波、電子の様子を示したものである。粒子では確率分布の和として、波では干渉縞として、電子ではひとつの孔では確率分布として、2つの孔では干渉縞が現れるという話である。電子は粒子の様でもあり、波の様でもあり同時に二つの顔を持つことを「ハイゼンブルグの不確定性原理」という。
⑦ 新しい法則とはー高エネルギー物理学の混沌 : 1970年以降の高エネルギー物理学(昔でいうと素粒子論)が著しく進展し、素粒子が数百個も現れて「素」という言葉が意味を成さなくなった。今ではクォークという言葉で整理されている。それについては南部洋一郎著 「クォーク」(講談社ブルーバックス)に整理して書いてある。原子を形づくっている材料としては電子、中性子、陽子、光子、クラヴィトン、ニュートリノ、ミュー粒子、ミューニュートリノ、反粒子、中間子、ラムダ粒子、シグマ粒子・・・など4ダースの種類がある。これだけの粒子があり、幾つかの物理法則をすべて取り入れて計算すると物理諸量が無限大になるという矛盾が生じるようになった。そこで編み出されたのが「くりこみ理論」(朝永振一郎、ファイマン教授らがノーベル賞を受賞)である。
⑧ ノーベル物理学賞受賞講演「量子電磁力学の発展」 :最終的な形の理論を矛盾無く教科書風に解説するということではなく、ファインマン教授の研究者生活の開始からノーベル賞受賞にいたるアイデアの経過を述べている。ノーベル賞受賞理由のひとつである「繰りこみ理論」とは、数学的手品で難点を隠すだけのことで物理的にはいまだに分らないとファインマン教授に白状されてまたびっくりするだけである。ファイマン教授はいかにもアメリカ流の実用主義で、役に立たない哲学(物理像、モデル)よりは直感的(証明はあとまわし)数学方程式の提案に終始してきた。うまく難点をクリアーできる方程式が見つかれば、そして色々検証して矛盾が少なければそれで大成功という。量子論への移行において作用積分Sをラグランジアンの積分であればハミルトニアンを組み立てて量子力学を作ることが出来るだろうという企てである。数学的ひらめきはディラックの数式の援用でAexp[iε/h L]を用いることでシュレージンガー方程式が出てきた。ラグランジアンと量子力学の橋渡しができた。作用積分を解して量子力学とつながったのである。これが量子電磁気学への貢献というノーベル賞受賞理由である。

(つづく)