ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート R・P・ファインマン著 大貫昌子訳 「ご冗談でしょう、ファインマンさん」 (岩波現代文庫上・下 2000年1月)

2017年05月26日 | 書評
量子電磁力学のノーベル賞物理学者の奇想天外なお話、 科学への真摯な情熱 第4回

2) 本書に書かれたファインマン氏の逸話 (その1)

* ファインマンが生まれる前、父親は母親に向かって「もし男の子が生まれたら必ず科学者になるぞ」と予言した。父親は「身分」なんぞというものに決して頭を下げないという考え方があった。このため、法王だろうが皆と同じ人間であり「違うところは着ているものだけさ」とファインマンに言い聞かせていた。また、父親はセールスマンではあったが、人間は嘘をつくよりも正直でいた方が結局は成功するという信念があり、これらの考え方はファインマンが受け継ぐようになる。また父親は物理や科学の知識を持っていたわけではないのだが、子供の「なぜ?」という質問に対して説得力のある説明を与えることが得意だった。後にファインマンは「"本当にわかった"と思うのは、物事に二通り以上の説明ができた時だ」と語り、自身優れて分かりやすい説明能力で人気を集めたが、こうした姿勢も父親から受け継いだものである。科学的知識は大した事は無かったが、何故こうも特別興味を持っていたかについては兄妹共に常々疑問に感じていた。父は科学的素養があったがそれを学ぶ機会が無かったのではないかと推察している。
* ひとたび物理のこととなると没頭してしまうので、相手が誰であるかなど忘れてしまい、どんな大物であろうとも意見が変だと思えば『いや、違う、違う。君は間違っているぞ』とか『気でもふれたか(You must be crazy.)』などと、とんでもないことをつい言ってしまう癖があった。しかしロス・アラモス研究所に在籍中、ハンス・ベーテや、当時物理界の大物として知られたニールス・ボーアは、彼らの名声におののいて本音を言おうとしない周囲と相対して本音しか言わないファインマンを気に入り、個人的な相談相手として起用していた。ファインマンの喋るクイーンズやブルックリン辺りの英語は、知識層とはかけ離れた労働者階級が喋るような野卑な言葉遣いであった。当人は気にもかけてないが、他学者の気分を害するような下卑た表現であり、「するってぇと」「そりゃ全くとんでもねぇ考えだぜ!」「驚いたぜ!(hot dog!)」というような下町言葉を用いて、目上も目下も関係無く率直に自分の感想を述べていた。スウェーデンの百科事典出版社がボンゴを叩くファインマンの写真を掲載したい旨を打診すると「物理学に対する明らかな侮辱である。"くそったれ!"」と返信した。
* 何につけても自分が正しいと思ったことは実証しなくては気が済まない性格だった。あるとき大学のフラタニティ(私的な集団)と、小便は重力によって体から自然に出てゆくのかどうかという議論で喧々囂々となり、ファインマンが逆立ちして小便できるところを見せ、そうでないことを実証した。
* 不誠実な態度、特に科学者自身が科学に対して不誠実な態度をとることにはとても厳しい態度を示した。例えばカリフォルニア工科大学のある年の卒業式での講演ではカーゴカルトサイエンスと題して、科学者が自身の思い込みや過去の結果に囚われて、それと異なる結果や他者の意見がでてもそれを無意識に無視したり軽視する態度を、電子の電荷測定結果の歴史的経緯やネズミの行動に対する実験とその反応など、実例をいくつか挙げてとても強く批判している。また、ある天文学者が「自分の仕事が世の中に役立っているような説明をしなければならない」と言ったことを挙げて、これこそが自分自身を偽る不誠実な態度であると断じている。トンチンカンな結論しか出せない哲学も嫌っていた。ユリ・ゲラーに招待されて彼の泊っているホテルに出かけていったとき、読心術と鍵を曲げる術の実演を見せてもらうことになった。ところが、ファインマンの心を読みとることはまったくの失敗に終わり、また、ファインマンの息子が持っていた鍵をゲラーがいくら指でこすっても少しも曲がらなかった。するとゲラーは、水の中でこすると曲がりやすいと言い出し、洗面所で水をザーザーとかけながらこすったが、やはり少しも曲がらなかった。
* 打楽器ボンゴの名手であった。サンフランシスコのバレエ団の公演でパーカッションを担当したり、彼が音楽を担当した創作ダンスがパリで行われたバレエの国際コンテストで2等を取ったりしている。
* ロスアラモス国立研究所所属中は、ユーモアで様々なイタズラをしたと著書の中で語っている。まず研究所で行われた機密保持目的の検閲に対して不満を抱き、妻(アーリーン)や両親との手紙でのやり取りをパズルにして検閲官を困惑させ、からかった。また内容よりもその機密性にばかり気を使う上司が気に入らず、ある日重要機密書類の入ったキャビネットを趣味の金庫開けの技術で破ってみせた。その上司がキャビネットを新しいものに変えるとすぐさままた金庫破りを繰り返し、機密への固執に対する無意味さを逆手に取ってその上司をからかった。他にも無意味に時間をかける施設の入り口の検問に嫌気がさし、地元の労働者が出入りに使っていた金網の穴から短時間の間に何度も入っては同じ検問を内側から何度も出て警備の無意味さをからかったが、結局警備員に捕まってお説教をされている。 鍵開けについては、同一形式のナンバー式ロックのキャビネットを片っ端から試したところ、約半数が工場出荷時のデフォルトのナンバーで開いてしまった。
* 兵役に就く際に行われた精神鑑定の結果、「精神異常」のため不採用になった。これは彼が元々精神科医というものが嫌いで、鑑定医の質問に少々いたずら心を持って応対したためと思われた。が、後日いたずらを懺悔する文を提出したところがすでに遅く、「健康不良」のため兵役免除となった。

(つづく)