ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 吉田千亜著 「ルポ 母子避難ー消されゆく原発事故被害者」 (岩波新書2016年2月)

2017年05月16日 | 書評
子供を守るため自主避難した原発事故被害者への、住宅供給政策と生活支援策の切り捨て 第2回

序(その2)

 本書が取り上げた問題は主として自主避難者の借り上げ住宅の問題である。原発事故避難者、地震や津波被害者も含めて災害被害者の視点から見た行政の施策の問題点はいろいろ指摘されている。特に阪神淡路大震災と、東日本大震災の復興における住宅問題は深刻である。何度やっても経験が生かされているようには思えないからである。二つの大震災の住宅復興を取り上げた、塩崎賢明著 「復興災害ー阪神淡路大震災と東日本大震災」(岩波新書 2014年12月)から住宅供給の問題点を見てゆこう。東日本大震災では、死者1万5889人、行方不明者2609人にのぼり、その後の関連死は3089人で福島県が47%を占める。原発事故による最も過酷な移動と避難生活のために亡くなったからである。避難者は24.7万人、福島県の避難者は12.7万人となった(2014年8月、復興庁調べ)。住宅被害は、前回12万7390戸、半壊27万3048戸、一部損壊74万3599戸である。住宅復興を考えるうえで、東日本大震災の重要な特徴は、避難者が3年半を経てもなお24.7万人もいることである。住宅再建や地域再生は被災者の復興のかなめである。復興とは何か、誰のために何をするのが復興なのか、東日本大震災の復興政策を検証しよう。本書の半分以上をこの第2部に費やしている。本書の眼目は東日本大震災の復興施策の点検であって、阪神・淡路大震災復興はその導入役であったともいえる。復興の主体は「災害対策基本法」では、災害時の応急対策の第1次的責任は市町村にあるとしている。住民避難の指示を出すのは市町村である。政府は「緊急災害対策本部」を設置し、3月17日には「被災者生活支援特別対策本部」を置くことが決定された。4月11日には首相の諮問機関として「東日本大震災復興高層会議」が設置され、6月25日には「復興への提言」が提出された。6月20日「東日本大震災復興基本法」が国会で成立した。この法に基づき政府は内閣び「復興対策本部」を設置し7月29日に「東日本大震災からの復興の基本方針」を決定した。12月2日には「復興財源確保法」ができ、「復興庁設置法」が12月16日に成立し、翌年2月10日に復興庁が発足した。復興庁とはしっかりした官僚機構かと思われがちだが、トップは復興大臣ではなく総理大臣であり、関係各省の出先機関という縦割り行政を踏襲していた。つまり復興庁とは10年の期限付きの各省庁の綜合調整機関であったと言える。許認可権は各省庁が握っており、復興庁は窓口的な予算分捕り機能に過ぎないという批判がある。復興予算を検証しよう。東日本大震災の復興予算は、集中復興期間の5年間に19兆円、10年間で23兆円が必要とされたが、最初の2年間(2012年度)ですでに19兆円が配分された。この費用を賄うため2011年11月に増税法が可決され復興債で予算を組んだ。復興税により総額10兆6700億円の増税となった。企業の法人税の増税は2年(2013年)で切り上げてしまっている。2014年4月からの消費税増税を見込んだ処置である。この消費税は福祉に使われるはずであったが、もはやその約束も反故にされた。政府は2011年の第1次・第2次補正予算で約6兆円の予算措置を講じた。第3次補正予算9.2兆円を全省庁の(488事業)のチェックシートから仕分けすると(NHK番組制作チームによる)、①被災地向け6.8兆円 74%  ②全国対象 2.1兆円 23%  ③被災地以外 0.3兆円 3% である。全国対象事業とはそもそも通常予算で行うべきもので在って、被災地向けに確保された復興予算を使うべきではない。これを便乗型予算流用と呼ぶ。復興法制の目玉として「東日本大震災復興特区法」(2011年)がある。法は次の3つの部分からなり、①復興推進計画では大規模な規制緩和、税制上・金融上の特別措置、②復興整備計画では国交省と農水省が所管する土地利用の認可手続きの簡素化・ワンストップ化、③復興交付金では被災地自治体の自由裁量部分が大きい交付金財源制度である。「借地借家法」(1991年)の特別法である「罹災地都市借地借家臨時処理法」(1996年)が阪神淡路大震災後に制定された。これは私人関係法であり、「優先借家権」、「優先借地権」、「借地権優先譲受権」からなるが、高額の権利金を支払う必要から阪神淡路大震災では実現した例はなかったという。むしろ借家人は権利を放棄し地主から解決金を得る形で解決した。こうして東日本大震災でも罹災法の適用は見送られた。マンションの建替えについては「マンションの建替えの円滑化などに関する法律」(2002年)があるが、2重ローン問題から合意を得るハードルが高く東日本大震災後では「解消」という形に進む例が出た。津波で被害を受けた零細事業者に対する産業支援復興法は無いに等しく非常に冷たい。政府系の金融機関による融資という仕組みしかなかった。むしろ災害で貸出債券が一気に不良債権化して地元の金融機関も深刻な打撃を受けた。そこで地元金融機関に対する資本注入の緩和のために「東日本大震災に対処して金融機関などの経営基盤の充実をはかる特別措置法」(2011年)が制定された。そして「産業復興機構」、「事業者再生支援機構」による債権買取が図られ、「東日本大震災事業者再生支援機構法」(2011年)が制定された。 2011年東日本大震災復興構想会議は2011年6月に「復興への提言」を取りまとめた。しかしこの提言には、被災地の復興の主体が被災者である視点が欠如していること、産業界による都市型復興の視点しかないことなど、「人間の復興」という基本理念が見られなかった。東日本大震災で崩壊したものは、防災神話と原子力安全神話であった。公共工事業界と原子力村の共同幻想がもろくも崩壊したのだ。回復すべきは人間とコミュニティの視点である。災害便乗型資本主義はもうこりごりである。なぜなら経済恐慌と同じく、同じ過ちを何回も繰り返すからである。

(つづく)