tyakoの茶の湯往来

日常生活の中から茶道の事を中心に、花の事、旅の事、そして、本や写真の事など、気ままに書いて見ようと思ってます。

道具に茶趣を語らせよう

2011-05-13 19:11:02 | 道具は語る
さわやかな一日をお稽古で過ごしました。この時期になると決まって使われる道具があります。



写真の茶碗は、八橋の絵茶碗で、5月に入るとあちこちの茶席でよく使われます。
平安時代の歌人在原業平の伊勢物語の東下りの段で、業平が詠んだ歌により、三河の国八橋が一躍有名になったそうです。

杜若を見るために造られた木造の渡り板を「八橋」といい、それを意匠として使っております。茶碗の他に香合や蓋置そして、棗など幅広く描かれております。これらは総て、この話を連想させるものとして昔から使用しております。
    
 「からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ」

そして、この歌の有名なところは、句頭に「かきつばた」の5文字をいれて詠んだというところにあります。

道具もこれだけ語ってくれれば十分でしょう。

日にちは分かりませんが、愛知県知立市の八橋公園では、今頃盛大に杜若祭りを開催していると思います。


今日のお菓子でした。美味しかった・・・。
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茶道具の声に耳をかた向けよう

2011-04-16 16:21:32 | 道具は語る
この時期、何処のお茶席へ行っても桜尽くしの取り合わせが多く、工夫をしないと中々印象に残らないようです。茶碗、棗、茶杓などが桜にまつわる道具が多く見られます。
そんな中に、「都鳥の香合」が飾られていたら何を感じるでしょう。


写真は、花筏に乗った都鳥です。

桜に都鳥といえば直ぐに謡曲の「隅田川」を思い浮かべる人が多いかと思います。
謡曲の「隅田川」では、人買いにさらわれた我が子の悲しい運命と、その子を捜し求める母親の絶望をテーマにした物語です。
少し長くなりますが、内容を紹介しておきます。
世阿弥の長男観世元春の作で、父世阿弥の幽玄な世界観から脱し、元春は現実性を求めたリアリステイックな作品を数多く残しております。
都の公家で北白河に住んでいた吉田某の妻は、その子梅若丸を人買いにさらわれ、悲しみ嘆いたあまりに狂気となって我が子の行方を尋ね歩くうちに、遂に武蔵の国隅田川のほとりに辿り着きます。

狂女となった彼女を、船頭はなかなか船に乗せようとしません。すると狂女は「名にしおはば いざ言問はむ都鳥 わが思う人は ありやなしやと」、という業平の古歌を思い出したのです。業平は妻を、今の自分は我が子を尋ねているが、その思いは同じだと嘆きます。船頭は哀れになり狂女を船に乗せ川向こうに連れて行きます。

川向うの大念仏は、一年前人買いに連れられてきた子供が病死したのを人々が不憫に思い回向しているのだと語ります。そして、その子が、「たづね来て とはばこたえよ都鳥 すみだの河原の 露ときへぬと」と詠んで息を引き取ったことを話します。
それこそ尋ねる我が子の梅若丸と分かり、狂女は泣き伏します。船頭に助けられて岸に上り、念仏を唱えていると、わが子の声が聞こえ、その姿がまぼろしのように現れますが、そのまぼろしは夜明けと共に消え失せ、あとには草の生い茂った塚があるだけでした。

お茶を楽しむ方法は沢山あります。
美術館に展示されているような高価な道具を揃えたお茶会や、能や謡曲、歌舞伎や浄瑠璃、そして歌などから、ひとつのテーマを決めて道具を取り合わせて道具に茶趣を語らせるお茶会や、煩わしいことは一切なしにして、ただ、美味しいお茶をいただくというお茶など色々あります。

都鳥の香合ひとつで、謡曲隅田川を思い浮かべるのは難しいと思いますが、お茶会に出かけたら道具を拝見して、その道具が何を語っているかを考えながらお茶をいただくと、より一層美味しいお茶になると思います。

よくお茶は総合芸術だとよく言われますが、勉強するのにこれほど面白い事は無いように思います。奥が深く更に深く感じますが、でも闇ではありません。闇の中を手探りで歩いて行くのではなく、良き師匠に出会い、良書にめぐりあって、その気にさえなれば迷う事無く歩を進める事は出きるのです。

現在隅田川に架かる橋で、「言問橋」「業平橋」そして、有名な「言問団子」はこの物語からの命名ですので、普段の生活の中に、梅若丸や在原業平がごくごく普通に生きている事の明かしでもあります。


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