アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

キャッシュレスと天皇制

2018年12月27日 | 天皇・天皇制

  

 来年の「在位30年」「退位」へ向けて、メディアの「明仁天皇賛美」「元号」キャンペーンが強まっている中、天皇制の維持・強化を図る勢力の思惑に逆行する現象が、それとは意識されないうちに進行しています。キャッシュレスの普及です。

 通信各社の競争もあり、レジでスマホやカードで決済するキャッシュレスが広がっています。それがなぜ天皇制の維持・強化に逆行するのか。日本の紙幣が天皇制と深く関係しているからです。

 日本で紙幣に最初に肖像が印刷されたのは1881年(明治14年)の「神功皇后」(写真中)です。
 「神功皇后」は、「神のお告げで朝鮮を攻め、新羅(シルラ)を降伏させ、百済(ペクチェ)や高句麗(コグリョ)を服従させたという『三韓征伐』の立役者として、『古事記』や『日本書紀』に出てくる伝説上の人物」(中塚明氏『これだけは知っておきたい日本と韓国・朝鮮の歴史』高文研2003年)です。

 以後、紙幣に印刷された人物は次の面々です(年代順)。

菅原道真、武内宿禰、和気清麻呂、藤原鎌足、聖徳太子、日本武尊、二宮尊徳、(以後、敗戦後)板垣退助、岩倉具視、高橋是清、伊藤博文、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石、紫式部(絵)、樋口一葉、野口英世。

 「神功皇后」を入れて18人。このうち3人が天皇・皇族(神功皇后、聖徳太子、日本武尊)、天皇の忠臣とされる伝説上の人物(武内宿禰)を入れて4人(22%)が直接天皇にかかわる人物です。岩倉具視、伊藤博文が明治政府で天皇制国家建設の中心的役割を果たしたことは言うまでもありません。

 特筆すべきは福沢諭吉です。福沢が初めて紙幣に登場したのは1984年。同時に紙幣になった新渡戸稲造(5千円札)、夏目漱石(千円札)は2004年にそれぞれ樋口一葉、野口英世に代わりましたが、福沢だけは残りました。

 なぜ福沢だけ残ったのか。一説には当時の小泉純一郎首相、塩川正十郎官房長官がともに慶應大学卒業だったからといわれていますが、もっと深い意味・背景があったでしょう。1984年は中曽根首相(当時)が現職の首相として敗戦後初めて靖国神社を参拝した年であり、2004年は小泉首相が同じく首相として靖国参拝を強行し大きな問題になった年です。

 福沢が強烈な天皇制論者であり、それを著わした「帝室論」などを教科書に小泉信三が明仁皇太子(当時)に帝王学を教授したことはこの間みてきた通りです。

 同時に福沢は、「脱亜入欧」に基づくアジア蔑視・朝鮮侵略の急先鋒でもありました。

 「わたしたちが有難がり、大切に財布に収める日本国・最高紙幣の貌、福澤諭吉。しかしその本性は、一言でいえば朝鮮併合から現在のヘイトスピーチにまで日本に一貫する、朝鮮蔑視思想の本元であり、今も多くの人を苦しめ続け、解決されぬままの朝鮮半島と日本との関係に、精神的影響を及ぼした人物であった」「問題なのは、征韓を是とした明治維新から一五〇年経った今も、日本政府があえて福澤を経済の貌にしている、その恥なき見識である」(朴才暎=随筆家、在日総合誌「抗路」7月号)。

 福沢だけでなく「神功皇后」や伊藤博文も含め、歴代日本紙幣は朝鮮侵略美化の役割も果たしてきました。「天皇制」と「朝鮮蔑視・侵略」は表裏の関係です。
 福沢が日本紙幣最高額の”顔“として居続けていることは、「天皇制」「朝鮮蔑視」の2つの面において、「日本国家」の本性を表し、無意識のうちに「日本人」に大きな影響を及ぼしています。

 その「福沢」を市民からだんだん遠ざけているのがキャッシュレスの普及です。福沢を1万円札に刷り込んでいる国家権力の意図を無意識のうちにくじいていて痛快です。資本主義経済の「発展」と国家戦略の矛盾と言えるかもしれません。

 しかし、私たちはそうした偶発的な流れではなく、意識的・自覚的に福沢の本性と国家権力の思惑を批判し、天皇制・朝鮮蔑視反対の立場に立って、福沢を紙幣から追放する必要があります。

 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 明仁天皇が影響を受けた4人の... | トップ | 秋篠宮の「代替案」と「象徴... »