アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

日曜日記293・「カムイのうた」に本物の映画を見た

2024年03月17日 | 日記・エッセイ・コラム
  映画「カムイのうた」(監督脚本・菅原浩志、主演・吉田美月喜)を見た。
文字を持たないアイヌの口承民謡ユーカラを日本語に翻訳して『アイヌ神謡集』を著し、19歳で早世した知里幸恵(ちり・ゆきえ)の生涯を史実に基づいて描いた映画だ。

 壮大な北海道の光景をバックに、優れた文章として定評のある『アイヌ神謡集』序文の朗読から始まる。全編、北海道の大自然の映像に圧倒された。

 冒頭から北里テル(知里幸恵)が学校で和人(わじん=日本人)から受ける苛烈な差別が描かれる。映画「橋のない川」(原作・住井すゑ、監督・今井正)が想起された。

 テルたちがただアイヌなるがゆえに被る差別の数々は、見ていても苦しい。苦しいけれど、これが紛れもない現実だった、いや今も現実だ。杉田水脈の相次ぐヘイトスピーチはその一端だ。

 希望を失いかけていたテルの人生を変えたのは、テルの伯母(島田歌穂-好演)が歌うユーカラを聴き取りにきたアイヌ語研究者の兼田(加藤雅也、モデルは金田一京助)だった。兼田の学者としての熱意と誠実、アイヌへのリスペクトがこの映画の大きな救いだ。

 全編、アイヌに対する差別の実態と怒り、差別と闘って未来を切り開こうとするアイヌの人々の崇高さ、誇りが貫かれている。民族の言語、文化の大切さも丁寧に描かれている。19歳での他界はいかにも残念だが、ただ悲しいだけでなく、どこか安堵に似た思いが残るのは、テル(幸恵)の短くも凝縮された人生の豊かさのせいだろうか。

 帝国大教授(文化人類学)によるアイヌの遺骨の盗掘・収集と、それに対する兼田(金田一)の怒りもきっちり描かれている。これはまさに現在進行形のアイヌ(そして琉球)民族差別の重大問題だ。

 これこそ映画だと思った。監督はじめ制作スタッフの意図・熱意と演じる俳優の思いがストレートに届き、心揺さぶられ、日本人として知らねばならない歴史と現実を突きつけられる。

 もう1つ感銘を受けたことがある。壮大な北海道の風景、吹雪の中での苛酷な使役のシーンはすべて実写だということだ。CGなどではない。その自然の風景を撮るだけで1年かけたという。

 菅原監督はこう述べている。

「最新のテクノロジーを駆使して、快適な環境で撮影する事も可能な時代だが、私は昔アイヌが強いられた労働環境を、実際に再現する必要性を強く感じていた。同じ体験を共有する意義を感じていたのである。一年間、髪と髭を伸ばし、撮影に臨んでくれた俳優陣、極寒の撮影に耐えてくれたスタッフに感謝申し上げる」(パンフレットより)

 「ゴジラ-1・0」がアカデミー賞の視覚効果賞を受賞したことが大きく取り上げられている。しかし、「アイヌのうた」のこうした撮影・映像こそ本物の映画だと私は思う。

 多くの日本人が見るべき映画だ。とりわけ「ゴールデンカムイ」を見た人には薦めたい。本当の「アイヌ」を知るために。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする