角館草履の『実演日記』

〓袖すり合うも多生の縁〓
草履実演での日々の出会いには、互いに何かしらの意味があるのでしょう。さて、今日の出会いは…。

商工会会員之章。

2014年05月13日 | 地域の話


まだ真冬の頃、地元紙に画像の記事が掲載されました。「仙北市商工会会員之章」を、初めて角館の伝統工芸樺細工仕様で製作するというものです。それからしばらく忘れていたのですが、年度末も押し詰まったある日、商工会職員が私の元へ届けてくれました。樺細工の「飴色」に金の名入れがよく似合うのは昔から定評ですが、確かに気品があってなかなか良いと思います。その日から実演席の私の後ろに飾られることになりました。

私が実演席でいつも使っている草履台、これも樺細工仕様です。『さすが角館ねぇ、草履を編む台まで高級じゃない!?』のような言葉が日常に聞かれ、『これも話のタネですよっ』の私の返答にお客様も笑顔を見せてくれます。それがそうとばかりではないお客様との会話が、今年の桜満開の日にありました。草履職人生活九年で初めての出来事です。

栃木県からお越しのおじさまは、ツアーのお食事が終わっての残り時間で米蔵を訪れたように憶えています。草履実演を関心高くご覧でしたが、やがて樺細工仕様の草履台に目が移ると、『栃木県ってヤマザクラが植わっている山林が多いんだけど、昔その皮を勝手に剥いでいくのがいたんだ。その木が死んじゃうのでとっても困ったんだよねぇ』。

他人の山へ許可なく入り込み、ヤマザクラの皮を剥いで盗む、いわゆる「盗伐」の話です。ここ三十年ほどの間で樺細工業界に身を置いた者であれば、まずこの事件は記憶にあるはずです。地元紙や隣県岩手の新聞にも取り上げられ、おそらく栃木県や茨城県でも同様の報道がされたと思います。それほど社会問題となったものでした。

角館の樺細工産業は、昭和の終わりから平成の始めにかけてが最盛期です。それでも最大で産地全体の年商が二十億円強ですから、産業としてはさほど大きなものではありません。一方で栃木県や茨城県には、建築の仕上げ材としてヤマザクラの皮を使う産業がありました。和室の天井や床の間によく見られる装飾ですね。こちらの産業規模は角館の六倍とも八倍とも云われます。

盗伐の“犯人”がどこの産地の人間か、あるいはどこの産地へ売りさばいていたのか、今そこに触れる気はありません。角館でも当時、個々の職人さんの元へそんな原皮が持ち込まれたという噂話がありました。いずれにしてもずいぶん昔の話です。このご時世にそんな所業が許されるはずがありませんから、角館の樺細工についても安心していただきたいものです。

こちらのおじさまもこの話題はそこで終わり、許す時間を草履実演見学に費やされました。『この草履は昔から角館にあったわけ?』と訊かれたので、九年前に私が発表したものだとお答えしました。お帰りの際は、『頑張ってくださいなっ』のお言葉もいただいています。

伝統工芸樺細工と角館草履の歴史を比較するとなれば、赤子と仙人ほども違うでしょう。それはそれとして、角館で産する手工芸品のひとつに名前だけでも並べていただける日を夢見て、日々精進を続けることといたしましょう。
樺細工仕様の「商工会会員之章」はこのたびが初めてですが、かねてからの「章」はあったわけです。でも私がいただいたのはこの樺細工仕様が初めてでした。平成八年に会員となって18年、ようやく会員として認められた想いであります。
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