このブログ的には≪『ベルばら』50周年≫をフォーカスしていますが・・・
世間的に大きな話題の50周年と言えば、ユーミンこと松任谷由実さんのデビュー50周年ですよね😃
で、最近は地上波への出演が多いですね✨
世間の波に乗ってしばし浸るユーミンの世界〰️〰️〰️
とはいえ、ライト過ぎるファンという程度。
全然詳しくないほうだと思います。
何らかの拍子に思い出したり・・・何らかのきっかけで知らなかった曲を知って好きになったり・・・
そんな感じです。
何年かぶりで「an・an」読みました😌
以下、イタい想い出語り⚠️
初めて聴いたユーミンの曲は何でしょう?と考えたら、たぶん「♪中央フリーウェイ」をほぼリアルタイムでだと思います。
当時は、《かぐや姫》に代表される所謂「四畳半フォークソング」が流行っていて、それはとても生活感があるものでした。
歌詞の主人公は「地方から都会に出てきてひとり暮らしをしている大学生」が多かったので、あえて暴言を吐くと、歌詞は慎ましく貧乏くさい。自分の狭い生活圏を歌詞に描いている感じでした。中央高速をドライブしたりしません。
ところが、ユーミンは全然違ったのです。
当時、ご本人が仰っていたような気がするのですが(⬅️曖昧な記憶)、辛気くさい歌は歌いたくない、と。(というか、彼女はそういう世界は一切知らなかったのだと思う。)
出始めの頃は、「四畳半フォーク」の世界観に浸った私も、だんだん飽きてきていて、そんなときに聴いたユーミンは刺激的でパアッと視界が広がりました。
「今までの歌とは違う❗️」
とはいえ、レコード(の時代です。)を買ったりはしなかったのだけれどね・・・
時々、曲がラジオから流れると聴き入っていた程度です。(そういう時代です。)
それからだいぶ経ってから、映画『魔女の宅急便』でユーミンの曲が使われたときに、「これ、知ってる❗️懐かしい~」と思った記憶があるので、シングル盤になった曲はそれなりに聴いて知っていたのだと思います。
呉田軽穂(漢字合ってるかな😓)がユーミンの別名義と知ったのもその頃かもしれません。
あと印象的なことは、結婚された時に、すぐに、荒井から松任谷にアーティストとしても名字を変えられたのですが、「結婚したのだから名字を変えるのは当然」みたいなことを嬉しそうに語られていたことです。(今だったら、その手の発言に目くじらを立てる方々がきっといますよね。ユーミンは老舗の呉服屋さんのお嬢様だし、ミッションスクールの出身だし、根っこの部分では今でもトラディショナルなのだと、私は勝手に思っています。)
CDの時代になったら、レンタルして聴いたり。
バブルの時期あたりの何年間かは、毎年、CDアルバムを買って聴いたり。
美大出身だけあって、ユーミンの歌詞は色つきの景色・光景が容易に浮かびますね。光のあたり具合やざわめきなども感じます。
そしてそして・・・幾星霜。
ユーミンのコンサートには行ったことがありません。
読んだり聞いたりして、その演出のスケールの大きさに驚くのみでした。
でも、生でユーミンの歌声を聴いたことはあります😃
10年以上前でしょうか?帝劇とユーミンがコラボして音楽劇を作ったのです。
「コンサートは敷居が高いけれど、帝劇なら馴染みの場所だし」とチケット🎫を取りました。
これが何故かわりと良いお席が簡単に取れてしまった・・・
現代が舞台の音楽劇でユーミンが主人公ということではなかったのですが、ごく自然体のユーミンの生歌を聴くことができました✨
というのが、私の唯一のユーミン体験です😃
50周年ですから、新しいCDアルバムが発売されています。
でも、45周年の時にアルバムを買っているのです。
重複している曲も多いから、今回は見送ろうとしていますが・・・ポチっとしそうでこわい😶
最後に、今現在好きなユーミンの曲ベスト3を。(その時々で変わるからあくまでも今😉)
🎵「春よ、来い」
文語調の歌詞と日本の音階を意識したというメロディが、なんともいえずマッチしていて好きです。
🎵「卒業写真」
今さら言うまでもなく名曲。
🎵「海を見ていた午後」
今年亡くなった同い年の友人が好きな曲でした。
個人的なぐだぐだの思い出話に付き合っていただき、ありがとうございました。
世間的に大きな話題の50周年と言えば、ユーミンこと松任谷由実さんのデビュー50周年ですよね😃
で、最近は地上波への出演が多いですね✨
世間の波に乗ってしばし浸るユーミンの世界〰️〰️〰️
とはいえ、ライト過ぎるファンという程度。
全然詳しくないほうだと思います。
何らかの拍子に思い出したり・・・何らかのきっかけで知らなかった曲を知って好きになったり・・・
そんな感じです。
何年かぶりで「an・an」読みました😌
以下、イタい想い出語り⚠️
初めて聴いたユーミンの曲は何でしょう?と考えたら、たぶん「♪中央フリーウェイ」をほぼリアルタイムでだと思います。
当時は、《かぐや姫》に代表される所謂「四畳半フォークソング」が流行っていて、それはとても生活感があるものでした。
歌詞の主人公は「地方から都会に出てきてひとり暮らしをしている大学生」が多かったので、あえて暴言を吐くと、歌詞は慎ましく貧乏くさい。自分の狭い生活圏を歌詞に描いている感じでした。中央高速をドライブしたりしません。
ところが、ユーミンは全然違ったのです。
当時、ご本人が仰っていたような気がするのですが(⬅️曖昧な記憶)、辛気くさい歌は歌いたくない、と。(というか、彼女はそういう世界は一切知らなかったのだと思う。)
出始めの頃は、「四畳半フォーク」の世界観に浸った私も、だんだん飽きてきていて、そんなときに聴いたユーミンは刺激的でパアッと視界が広がりました。
「今までの歌とは違う❗️」
とはいえ、レコード(の時代です。)を買ったりはしなかったのだけれどね・・・
時々、曲がラジオから流れると聴き入っていた程度です。(そういう時代です。)
それからだいぶ経ってから、映画『魔女の宅急便』でユーミンの曲が使われたときに、「これ、知ってる❗️懐かしい~」と思った記憶があるので、シングル盤になった曲はそれなりに聴いて知っていたのだと思います。
呉田軽穂(漢字合ってるかな😓)がユーミンの別名義と知ったのもその頃かもしれません。
あと印象的なことは、結婚された時に、すぐに、荒井から松任谷にアーティストとしても名字を変えられたのですが、「結婚したのだから名字を変えるのは当然」みたいなことを嬉しそうに語られていたことです。(今だったら、その手の発言に目くじらを立てる方々がきっといますよね。ユーミンは老舗の呉服屋さんのお嬢様だし、ミッションスクールの出身だし、根っこの部分では今でもトラディショナルなのだと、私は勝手に思っています。)
CDの時代になったら、レンタルして聴いたり。
バブルの時期あたりの何年間かは、毎年、CDアルバムを買って聴いたり。
美大出身だけあって、ユーミンの歌詞は色つきの景色・光景が容易に浮かびますね。光のあたり具合やざわめきなども感じます。
そしてそして・・・幾星霜。
ユーミンのコンサートには行ったことがありません。
読んだり聞いたりして、その演出のスケールの大きさに驚くのみでした。
でも、生でユーミンの歌声を聴いたことはあります😃
10年以上前でしょうか?帝劇とユーミンがコラボして音楽劇を作ったのです。
「コンサートは敷居が高いけれど、帝劇なら馴染みの場所だし」とチケット🎫を取りました。
これが何故かわりと良いお席が簡単に取れてしまった・・・
現代が舞台の音楽劇でユーミンが主人公ということではなかったのですが、ごく自然体のユーミンの生歌を聴くことができました✨
というのが、私の唯一のユーミン体験です😃
50周年ですから、新しいCDアルバムが発売されています。
でも、45周年の時にアルバムを買っているのです。
重複している曲も多いから、今回は見送ろうとしていますが・・・ポチっとしそうでこわい😶
最後に、今現在好きなユーミンの曲ベスト3を。(その時々で変わるからあくまでも今😉)
🎵「春よ、来い」
文語調の歌詞と日本の音階を意識したというメロディが、なんともいえずマッチしていて好きです。
🎵「卒業写真」
今さら言うまでもなく名曲。
🎵「海を見ていた午後」
今年亡くなった同い年の友人が好きな曲でした。
個人的なぐだぐだの思い出話に付き合っていただき、ありがとうございました。
ユーミン、好きです❣️
PUCKの初演の時、ユーミンがこの公演の曲を作ると
聞いてすごく楽しみにしていた記憶があります。
涼風真世さんのカナメさんがどんな風に歌いあげるのか
と。
良い曲ばかりですよね。車を運転している時に流れて来たら嬉しかったりします😊
50周年といえば、あのTHE ALFEEも、だそうですよ。
こちらにもありがとうございます😃
『PUCK』とユーミンのコラボ。
完全に忘れていました!
思い出させてくれてありがとう。
当時、話題になりましたよね?と言っても『PUCK』は初演も再演も観たことがないのですが。
THE ALFEEは再来年が50周年らしいです。
高見沢さんも宝塚のために曲を提供していたような?
いろいろ思い出しますね~