やまがた好日抄

低く暮らし、高く想ふ(byワーズワース)! 
山形の魅力や、日々の関心事を勝手気まま?に…。

逃花

2005-09-06 | 神丘 晨、の短篇
「バラ、お好きなんですか?」
女は、男の後姿に声をかけた。

男は、公園の入場券を二枚求めたにも関はらず、ひとくれの枝も見ずに
園内を通り過ぎやうとしてゐた。
女には、その急ぐ姿が不思議に思へた。

女の声に呼応したやうに立ち止まった男は、煙草に火をつけると
「どうも、好きではないやうです」と云って笑った。
言葉の意味がわからず、再び訊ねやうとした時、男はベンチ横の灰皿で火を消すと
先を急ぐやうに歩き出した。
散策路の先に、三層の天守閣が見へた。

東北の小さな領地に建ってゐたものだった。
建造当時のままに再現されたそれは、真新しい木材の香りに包まれ、
漆喰の壁に初夏の光りが吸ひ込まれてゐた。

無言のままの男に、「さっきのバラの話ー」と云ひかけた時、
「昔、バラが命の次に好きだった人と死に掛けたことがあった。
 それ以来、やはり、バラは不得手でー」と男は云った。

女は、男の話を投げ捨てるやうに眼下に見へるバラ園を覗きみた。




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