『八幡祭小望月賑』
万延元年(1860)初演。
黙阿弥45歳。
無骨な越後の縮売り商人新助が、江戸の(舞台は鎌倉に設定されてゐますが)芸者の急場を救ったことからひそかに惚れてしまひ、けれど、結局は愛想尽かしをされ、果てに狂ったやうに殺傷を尽くすラストシーン!
冒頭の、祭りのシーンがとても素敵で、江戸の音が聞こえてくるやうです。
その祭りの雑踏で橋が落ち、沢山の死傷者が出た時に、新助は、奇しくも芸者美代吉を川で救ふ。
そして、
-情人(いろ)になって下さりませ。
と、やっとの思ひで云ふ新助に、数年も待ってくれるなら、と答へる美代吉。
暗く、思ひ詰めたやうな新助の心情が、脚本(台本)から伝はってくる。
特に、同じ越後の商人仲間に美代吉を紹介する場で見事に愛想尽かしをされ、それを聞いた満座の仲間たちに散々に馬鹿にされ、売上の金も使ひ果たし、極まった新助に殺意が芽生えてくるのですが、このあたりの見事な心理(基本的に、黙阿弥は心理描写はしない。歌舞伎全般にさうですが)は、読んでゐてゾクゾクとしてきます。
殺した芸者は、実は、探し続けてゐた妹だった、といふ設定(歌舞伎にきはめてよくあるパターン)は、要らずもがなの気はしますが、三深切(役者に深切、見物人に深切、座元に深切)をモットーとしてゐたといふ、職人座付作者黙阿弥にとっては、ぜひとも必要な設定だったのかもしれません。
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