やまがた好日抄

低く暮らし、高く想ふ(byワーズワース)! 
山形の魅力や、日々の関心事を勝手気まま?に…。

オペラ

2015-11-07 | 音楽を
残念ながら、今までにオペラを生で見たことはない。

在京の頃、バブルのせゐか、オペラの数万円のチケットが飛ぶやうに売れてゐた時代、末席で見ることは出来たのかもしれないけれど、同時に”24時間働けますか~♪”の時代で、いつも仕事に追はれてゐました。

それでも、確か、在京のオーケストラの演目で、モーツァルトの『魔笛』の演奏会形式の演奏を一度見たことがありました。


山形に移住したころからか、NHKで演出家のJ・P・ポネルの演出に驚嘆して(ワグナーのトリスタンとイゾルデ、でした)、色々と探しては見てゐました。
さうなると収集家の小生としては色々なものを見ないと気がすまなくなり、図書館等でひと通りのオペラ作品は見ました。

……、といふのもありましたし、素敵な作品もありました。
そんな中、モーツァルトの『魔笛』は、すでに数十種類の演出をみたやうな記憶があります。

そして、最近のyoutubeにも、斬新で面白い演出の作品が流れてゐます。

Memorable Treasures - Opera - The Magic Flute (2015) Los Artes Esp�・ritu Santo Crown Entertainment


ひとつは、どこかの湖上で行なはれた、ディズニー・ランド風に仕上げた作品。
元来がおとぎ話的な部分があるので(深遠なテーマはあるのでせうがー)、とても素敵な仕上げです。
その序曲部分、前日譚としての演出は一気に物語に入り込ませる力があります。

La Fl�・te enchant�・e 2014



まうひとつは、設定を現在に置き換へ、胸が痛くなるやうな演出であり、演技です。
オペラでは、設定を現代に置き換へる手法はすでに常套手段ですが、こんなに胸が痛むものも少ない気がします。

Die Zauberfl�・te - Oper, Mozart; Armel Opera Festival - Szeged (2015)



ここ最近では、
ディアナ・ダムラウの驚愕のアリアが見事なロンドンで行なはれた『魔笛』がお気に入りですがー。

Diana Damrau & Mozart - The Queen of the Night Aria







J. S. BACH St Matthew Passion BWV 244

2014-05-13 | 音楽を
J. S. BACH St Matthew Passion BWV 244 [Part One]


先日、小生所有と同じジャケットのクレンペラーによる《マタイ受難曲》のディスクが動画上にアップされてゐたので、つい嬉しくなって全曲を聴く。

以前も書きましたが、幾十組あるかもわからない棚のマタイの中で、その遅さ巨大さでクレンペラーを越えるものはなく、以前はリヒターの58年の録音も聴いてゐましたが、最近はヘルヴェッヘの切り込んだ演奏が新鮮で、リヒターはベストスリーからは脱落ー。
2位は、やはり、ミシェル・コルボズのものでせう。

しかし、聴くたびにそのテンポの異常さがまず耳につく。
余りの遅さに、合唱がうまくかみ合はないやうなところも散在してゐが、当のクレンペラー爺さんは意に介さないらしく、曲を大河のやうにひたすらひたすらゆっくりと進ませる。

春先のやうなコルボスの演奏、初夏のやうなヘルヴェッヘの演奏だとすれば、クレンペラーの演奏は、晩秋の霙が落ちてくる季節のやうな、重く、重く、暗い、ある意味絶望的な演奏ですー。

長く引っ張ったコラールには、そこには美しさは微塵もなく、あるのは、声も絶え絶えな合唱から起き上がる何かに、わが罪を思ひ出し、そして、懺悔することのみである。

おそらく、演奏史上、録音史上でも最長の録音でせうが、クレンペラー盤は4時間近くかかり、次のヘルヴェッヘの新しい録音は、2時間40分く位だといふー。

大型化されたオーケストラの人員、すでに、超常現象的なクレンペラーの志向と指揮の曲作りー。
昨今の、ピリオド奏者には見向きもされない”骨董品”のやうな演奏ですが、この演奏のもつ、きっと、演奏中に一度神の化身となったクレンペラ-の演奏は、やわな批判は受け付ける隙間さへ持ってゐない。


ちなみに、ヘルヴェッヘの美しく、カチッとまとまった、まあ、今風の演奏ー。

BWV244 Matthaus-Passion Philippe Herreweghe 1998














やはり、至極、素敵…

2014-02-25 | 音楽を
先日、NHKでティーレマン/ヴィーン・フィルのbeethovenの全曲演奏会の模様を報じてゐました。
おそらくそのチクルスの最後の模様でせう。

哀しいかな、今までにヴィーン・フィルの演奏は生で聴いたことはないのですが、以前は幾度も足を運んだサントリー・ホ-ルの舞台がすっかりヴィーン楽友教会のそれになってゐて、その姿がかもし出す威厳と優雅さにまず感動ー。

ティ-レマンといふ指揮者は、小生ほとんど興味がないのですが(彼のCDはモーツァルトのレクヰエムが一枚あるきりー。以前動画で視たbeethovenの連続演奏会の模様も、懇切丁寧に演奏はしてゐますが、あくまで主役はヴィーン・フィルであったやうなものでした。

昨年の東京での演奏も同じやうなもので、隅々まで目を通してゐますが、気がつくと何の今日だっけ? 見たいな演奏でした。
けれど、それを見事に支えてゐたのは、バックに控へたヴィーン楽友協会の合唱団の見事さでた。

すこし少な目のメンバー数ながら、声はとても美しくそろってゐて、男性のソリストがイマイチだったのですが、美しい、ひたすら美しいヴィーン・フィルの演奏を聴くことが出来ました。

ヴィーン・フィル独特の楽器配置にも非常に興味があって、現在の多くの楽団の機能主義一辺倒の配置からはずゐぶんと異なってゐて、微妙な音のヴァランスの動きが見て取れました。

そして、そして、女性合唱団が揃へてゐた肩にかけたスカーフ(?)の柄がクリムトの絵からのデザインと思はわれ、なんともとても贅沢な舞台の姿でした。


当日と同じやうな舞台の姿が、動画で現在はUPされてゐます。

Beethoven - Symphony No 9 in D minor, Op 125 - Thielemann




惜しくも、すでに80歳だった、かー

2014-01-21 | 音楽を
今朝の新聞で、クラウディオ・アバドの死を大きく取りあげてゐた。

つい、一週間ほど前でしたか、昨年のモーツァルトのレクヰエムの演奏を見てゐて、同フェスティヴァルでのマーラーのティクルスをしてゐたころに較べると数段に顔の力がなくなってゐたのに改めて気づいてゐました。

”ウム、そのときが近いのかしらん”と思ってゐた矢先の訃報、です。

かなり明快なコンセプトをもって音楽界で動いてゐた人で、でも若い頃からスター街道を走ってゐました。


小生は、決して熱心なアバド・ファンでもなく、本当に若いころに録音したメンデルスゾーンの《スコットランド》《イタリア》のLPでその颯爽とした演奏に感激し、

mendelssohn, Symphony No 4 In A Major, Op 90 , Italian, Claudio abbado, all movement


やがて始まる世界の有名オーケストラとのマーラーの録音を新時代の演奏として聴いてゐましたが、やがてその神経質すぎる演奏に飽きがきて、続くベルリン・フィルとのブラームスやヴィーン・フィルとのベートーヴェンにもさほどの感動を覚へなかった。

そして、病を克服してからのルツェルンの活躍で、改めて真の彼のファンになったやうなものです。
痛々しいほどに痩せてしまったアバドの、けれどその身体や指先からでるオーラの力は、2番の最後のシーンでも十二分に伝はり、その死とともに、涙を禁じ得えません。

Mahler symphony No.2 -5M (6/6) C.Abbado Lucerne Festival Orchestra



合掌ー。


Michel Petrucciani - Live At The Village Vanguard (1985)

2014-01-08 | 音楽を
年明け、始めに聴いた音楽は、グールドのバッハの平均律だった。
年の瀬、ふとしたことで聴きたくなったグールドのゴルドベルグ(最初の録音と、最後の録音を立て続けに聴いた)は、家の装置で聴いても、車の中で聴いても、相変はらずアッパレのひと言だった。

特に、人生五十年で終へた最後の録音は、自らの才能だけをより所に、既成概念に対して正面突破した、そして大きく風穴を開けた、そしてバッハ像の煤を払ひ去った快演奏です。

年明け、グールドの次に聴いたのは、ミシェル・ペトルチアーニの動画の幾つかでした。

Michel Petrucciani - Live At The Village Vanguard (1985)


ペトルチアーニの演奏はそれほど聴いてゐませんが、死期間近の来日の演奏を収めたCDを聴いて以来、その驚異的な天才ぶりに驚いてゐました。

難病のため、身長は1メートルほどだったといふ彼の、けれどその若さにゆだねた圧倒的な爽快感のある演奏は、ヴィレッジ・ヴァンガードにをける動画でも十二分に伝はってきます。

30代後半で亡くなってゐますので、この動画のときはまだ20代ー。
アップ・テンポの曲での疾走感は、有無をいはさないモーツァルトのそれのやうに、聴くもののこころを捕らへて離さないー。





流石です

2013-11-11 | 音楽を
ヘルヴェッヘのマタイ受難曲を聴き、またYoutubeでマタイの全曲演奏を見てから、すっかりこの指揮者のファンになってゐます。

きっとこの、小うるさく神経質な(よくは知りませんけれど、外見的にはー)指揮者の、けれどもそれゆゑに紡ぎだされる精緻な音楽は、やはり仕事もさうですが、プロとしての矜持に満ちてゐます。

そのヘルヴェッヘが、今年!にフランクフルトのオーケストラとブラームスを演奏した動画が流れてゐました。

鬼才らしいプログラムで大いに驚き(前半は合唱曲を奏し、後半は交響曲の3番、といふプログラム!)、でもすっかり感激しました。

特に前半、手塩にかけてゐるコレギウム・ヴォカーレの合唱力はウムを云はさず素晴らしいもので、一寸地味なブラームスの合唱曲を、まう一度磨きこんだら、こんなに素晴らしい洗練された曲になりました! といふ見本のやうな演奏です。

後半の3番の交響曲は、このプログラムでは3番以外はあり得ない(五十歩譲って2番ー)と思ふ演奏で、左程彼らしさが出てゐるものでもありませんが、素敵な演奏です。


Brahms: Schicksalslied ? hr-Sinfonieorchester ? Collegium Vocale Gent ? Philipp Herreweghe


Brahms: Gesang der Parzen ? hr-Sinfonieorchester ? Collegium Vocale Gent ? Philippe Herreweghe


Brahms: Alt-Rhapsodie ? hr-Sinfonieorchester ? Ann Hallenberg ? Philippe Herreweghe


Brahms: Begr�・bnisgesang ? hr-Sinfonieorchester ? Collegium Vocale Gent ? Philippe Herreweghe


Brahms: 3. Sinfonie ? hr-Sinfonieorchester ? Philippe Herreweghe












Earth, Wind & Fire

2013-11-09 | 音楽を
昔からEarth, Wind & Fireは大好きで、今になってもしょっちゅう聴いてゐる。

ただ、アルバムが『千年伝説』あたりから往来のパワーがなくなり、考へすぎたやうな音楽になっていって、やがて今は、結構つまらないダンス・ミュージクの集団になってしまってゐるやうなー。

ですから、いまでも聴いてゐるのはヒット曲連発の頃の、パワフル!パワフル!、能天気!能天気!の連続のやうな作品です。

Earth, Wind & Fire - Fantasy


いまさら見ると、いかにも時代かかった衣裳や構成ですが、楽曲のよさと、アレンジのよさで、彼らのとてもよい意味での”ばかさ加減”に決して飽きることはありません。


至福のモーツァルト

2013-10-06 | 音楽を
動画で一寸調べものをしてゐたら、なんと、クーベリック/バイエルン放送交響楽団によるモーツァルトの後期交響曲の6曲がずら~と出てゐた。

聴くものの胸に突き刺さるやうな、セル/クリーグランド管弦楽団による幾つかの演奏とともに、小生のもっとも愛するモーツァルトの交響曲の演奏、です。

あとは、ブリテン/イギリス室内管弦楽団による演奏かしらんー。



この6曲の演奏は、LPでもCDでもすべて棚にあるのですが、何故か至極嬉しくなってブログに飾ってみました。

変哲もないけれど、でもとても深みのあるLP時のジャケットの写真とともに、落ち着いた、堂々としたモーツァルトが聴けます。

いまとなっては(30年ほど前の録音ですがー)、やや大振りな印象を与へますが、まだインターナショナルなオーケストラになる前の、バイエルン放送交響楽団のしっとりとした弦の響きや全体のサウンドがとても心地よい。

そして何よりも、ベートーヴェン全集でもさうでしたが、クーベリックの拘りのひとつ、ヴァイオリンを左右に配した昔ながらの楽器配置が、モーツァルトもベートーヴェンも当然その結果の音楽の妙を想定してゐたであらう音面(こんな言葉はないでせうがー)の面白さを遺憾なく味あはせてくれます。

深まりだした秋のひと時に、聴かれることを願ってー。

















夏前のモーツァルト

2013-07-22 | 音楽を
NHKのトップ・ニュースで報じられてゐましたが、山形全域で異常なほどの数百ミリの雨が降り続き、天災の少ないこの地のひともたまげてゐました。

結果、ダムに濁流が流れ込み、浄水の処理能力がパンクし、思ひもよらない断水となりました。
山形市は大丈夫だったのですが、仕事先はその対象になり、大量の水を使ふ職場上、テンヤワンヤの大騒ぎでした。


そんな梅雨のこの時期、素敵なモーツァルトを聴いてゐました。
モーツァルテウム管弦楽団による一連の演奏。

この、ウォルフガングの死ののち、妻のコンスタンツェがその発足に関はったともいふオーケストラは、小生、昔から妙に好きで、LPでも数枚の交響曲の演奏を好んで聴いてゐました。

部屋の棚の中に、モーツァルトの交響曲のCDが何枚あるのか見等もつきませんが、それらに対して、グラーフといふ指揮者の力が大きいのでせうが、小さいけれど立派な存在感を示してゐます。

取り立てての美音でも、精緻な合奏能力でもないのですが、モーツァルトの名を冠してゐるといふ”一分”があるのでせう、とても溌溂とした演奏です。

かういふ、小さな矜持を持ち続けてゐる人や人たちは、見る人や聴く者の心をたやすくえぐります。


Wolfgang Amadeus Mozart: Symphony No. 38 "PRAGUE" - FULL LENGTH [HQ]



Wolfgang Amadeus Mozart: Symphony No. 39 in E-flat major - FULL LENGTH [HQ]



Wolfgang Amadeus Mozart: Symphony No. 40 in G minor - FULL LENGTH [HQ]



Wolfgang Amadeus Mozart: Symphony No. 41 "JUPITER" - FULL LENGTH [HQ]






ラフマニノフ:交響曲第2番 第3,4楽章,サイモン・ラトル&ベルリンフィル

2013-05-31 | 音楽を

知り合ひから、アスパラガスを頂いた。
大きくなりすぎた、規格外ものだといふ。
なるほど、滅多にみられない大きなアスパラガスで、早速半分はサラダで食し、写真は、小生がテンプラにあげる前の半分のものです。

採りたてなので、滅法美味しく、我が家の妻楊子のやうなアスパラとは比較にもなりません。


一週間ほど前から、嫁いだ娘が出産のために里帰りしてゐます。
久しびりににぎやかで結構なのですが、仕事も忙しく、なんだかとても疲れてゐて、甘いものが食べたいな亜、と思って、ラフマニノフをいつくか聴いてゐました。

特に、2番の交響曲ー。
この、あまたある交響曲歴史史上、最高の甘美さを誇るこの曲は、おそらく、ラフマニノフの苦悩と絶望のなかで書かれたものなのでせうが、それゆゑか、すこしへこんだ気持ちには、天日の水のやうにしみこんできます。

ラフマニノフ:交響曲第2番 第3,4楽章,サイモン・ラトル&ベルリンフィル