山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

「眠る骨」(桐生典子)

2006-02-20 21:06:51 | 読書
この作品は、短編集「やわらかな針」の集大成を感じさせるような内容で、さすがに長編だけあって内容が充実していた。

最初のうちは特段いつもの短編と変わらない気分で読んでいたが、終盤になり、心に迫るものを感じてきた。

人間としての生と性、そして、生物としての生と性を考えずにはいられない。
人間とは何か、恋愛とは何か、夫婦とは何か、生物とは何か、男と女とは何か、生きるということは何か、死ぬということはなにか、生まれるということは何か・・・・・

人間はこの世に生まれて、男なり女なりとして生きていくことになるが、そこで、恋をしたり、仕事を持ったり、伴侶を見つけて家庭を持ったりする。人は、愛するもの、理解者、家族を必要とし、また恋愛の対象を必要とし、そこには心と体というものがある。
常に、こころと肉体を求めているといっていいかもしれない。
また同時に社会生活においては、人間は仕事の成功や世間の信用というものでも能力を発揮し、認められ役割をになって活躍したいという願望を持ち続ける。
時には純粋な情熱に動かされ、時には打算や世間体にも動かされる。様々な人間性・愛欲・理性・まごころ・本能・野望・意地などが絡み合って、人は複雑な生き様をさらして生きていくこととなる。

しかし、その人間の根本はやはり「生物」であり、その肉体は物体であり、自然の摂理の一部である。恋愛して子供を産むということも当然その一部であるし、死んでバクテリアに分解されたり蛆虫に食べられたりすることも、植物や野に飛ぶ鳥などと同じ摂理の中のひとつである。

時には命を懸けたり無理をしたり、性の本能に暴走したり、人のために命を削ったり、嫉妬したり、・・・様々なことに翻弄されているかのような人間だが、
自然の摂理の中の生命のあり方を思うときに、何か妙な納得のような気持ちが起きてくる。

腐臭を放ち蛆虫に食われた末に無機物の骨のみになった大澤の前で、初めて早紀の夫の誠は全てを受け入れる気持ちになり、早紀に大澤の子供を産めと言った。
早紀は愛するものの死に遭遇し遺言を守り、その肉体が腐って朽ち果てるという事実に眼をそむけず、その死後までの壮絶な生命の行く末を見届けた。夫誠はそんな妻の強さと、骨となった男の現実を見て、遺された生命体が誕生することは、自然の摂理であると納得したのであろう。

早紀も大澤も誠もみちるも一生懸命生きている。
登場人物をひとりずつ考えてみる。
みちるはかつて3歳の自分の命を助けてくれた大澤を慕い、早紀の胎内にやどった大澤の子を助けようと女としての武器まで使う。同時に誠に心を惹かれてもいるし、将来看護婦になるという自分の人生の計画も考えている。
早紀は女としての自分が男としての大澤を求め愛するとともに、人間としての大澤の遺言を守り、また彼自身が信頼に足る人間であったかを彼の死後に確かめようとする。早紀は夫についてはよくできた人格を認めて尊重し、妻としての役割を果たしている。また、自分自身も仕事をもちその分野で認められたいと努力している。
夫は、妻の行いに対して男としての嫉妬を排除できないが、最後には妻の生き様を否定しきることはできない。また、自分自身もみちるとの間において、男としての弱さを持つものであることも知ることとなる。彼は仕事もまじめにこなし、世間から見て信頼のおける愛される人間でもあろうとし続ける。
大澤は恵まれない青少年期をすごし、その後も成功しかけた事業に失敗したりなどし、それでも戦い続けて、結局は悪人の前に敗北するが、かつての初恋の相手早紀と出会うことができ、彼女に愛と信頼をむけ、自分の死後を託すこととなった。

最後に早紀が死んだ大澤の生をうけついだ子供として女の子を産んだということは、ひとつの安堵だった。大澤に似た男の子でも生まれていたら、また夫に愛憎が湧きそうであるが、女の子でよかったと思った。そういう意味でも読後に落ち着きが得られる作品であった。
ストーリーとしての展開も面白く、想像される場面の映像もインパクトがあった。
そういう意味で充分楽しめるし、感動できる作品だ。
いつも思うが、この人の作品はテレビドラマや映画にしてもいいものができると思う。
実際に映像にしたら原作以上のものを再現できない場面も多いと思うが、それを抜いても
いいドラマが作れるのではないかなと思う。





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エレキバンとバファリン

2006-02-19 22:44:05 | 未分類過去
結局、栄養ドリンク剤ではあまり効果がなく、置き薬屋の箱から新しいピップエレキバンとバファリンを開けて使用することにしました。出費がかさみます。

そのあとしばらくして、やっと頭痛から解放され、6時半ころめでたく夕飯の買物に行くことができ、夕飯は8時頃になってしまいました。
やっぱり、この2つがないと生きていけそうもないです。

いったい私は何をやっているんでしょうか?

せっかくの休日なのに、掃除も洗濯もしないで1日がおわってしまいました。
夜になってやっといつもの調子を取り戻し、あわてて洗濯などしていますが、まったく時間配分と効率の悪い暮し方をしています。

1週間は早いですね。
また、あしたから弁当作りと仕事の毎日が始まります。
そして、2週間後にはビジネス・キャリアの試験があります。

ちゃんと勉強しなくては。

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眼が限界

2006-02-19 17:10:20 | 未分類過去
昨日は一日セミナーに行って、慣れない勉強をしたからか、また、極度の眼精疲労に陥りました。受講中、午後の後半ころから目が異様に疲れているなと苦痛に思い、途中で遠近両用メガネをはずしてみたりしていたのですが、どうも具合が悪いです。ああ、やっぱり勉強には適さない肉体状況です。

家に帰ってきてテレビをみると、左目で見たときに物が完全2重に見えてしまい、全てがゆがんで目の焦点が合いません。両目で見れば右目のまともな映像が重ねられて左目の異常な部分が薄まるのか、なんとかまともな視界が得られます。
家庭の医学でみると、片目で見ても2重に見えるのは乱視だとのことですが、若い頃は乱視なんかなかったので、なんだろうなあと思います。
放送大学の長時間の試験の後なんかも、電線や駅の標識文字が全部2重に見えたりしたことがあります。翌日には直るので、一時的なものではあると思いますが、気持ちが悪いです。

そんな調子の悪さの中、久しぶりに「喰いタン」を見て、ちょっと気分転換してから、そのあと、桐生典子の「眠る骨」を明け方3時までかかって読み終えました。
眼にかなりの苦痛を感じており、頭も重かったのですが、それでも途中で止められない欲望に駆られたからで、ついに最後まで読み通してしいました。

しかし、そのせいで、朝起きるとさらに具合が悪くなっており、極度の眼精疲労、眼痛、頚椎の苦痛、肩こり、頭痛、という状況で、パソコンを見ていたらさらに悪化し、もう耐えられない状況で、夫の買ってあったニンニク入りの眼精疲労と肩こりに効くというドリンク剤を飲んで、1時間安静にしていて、多少は良くなったものの、まだ回復したとは言えず、辛い状況です。

これで、今日一日を棒に振ることになってしまいました。自業自得。

「眠る骨」については、そのうち感想を書きます。

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がんばれがんばれがんばれ~

2006-02-18 20:36:32 | 未分類過去
と、自分に言おう。

今日、気がついたんです。
3月のビジネス・キャリアの試験を前にして、5000円で受ける模擬試験というのがあったのですが、受けませんでした。
ちょうど申し込み締め切り期限が、放送大学の単位認定試験の最中でばたばたしていたこともあり、それに、なによりも予算がないから見送ろうと思ったのです。

ところが、その試験の内容というのが、毎年ほぼ実際の試験の内容に的中しているんだそうです。
そういえば、その団体のセミナーを受けに行ったときにそんなことを言っていたなあと、今頃になって思い出しました。
だから、送られてきた予想問題を自宅で解答して送ると採点されて解説付の解答と一緒に帰ってくるというだけの模擬試験にしては、ずいぶん高いなと思ったのですが、それは試験を受ける手間料ではなく、試験問題のヤマかけの情報料ということなんだな、と今になって気がつきました。
だから、試験に受かりたい人は、何を置いてもまずこの模擬試験を受けておけば、本当に的を射た効率がいい勉強ができるということでした。

ああ、ばかだ!
やっぱり、どこか抜けてる。
それに、この5000円を出し惜しむという貧乏性がワザワイしている。

しかし、今となってはもう遅い。
なんだよ、たかが25問中、15問くらい正解させなくてどうする!

勉強すればいいんじゃないか!

がんばれがんばれがんばれ~

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明け方の夢の中で

2006-02-17 23:49:37 | 未分類過去
小さな旅館の小さな奥まった部屋の中に
私はYと共にいた。
Yは、高校以来ずっと会ったことのない人だった。
中学生活は共にすごしたが、
それ以降は、高校時代に2~3度ばかりデートをしたことがあるだけだった。
その人に30年近くも経って、偶然にも再会したのだ。

私は目の前にいるのがYであるとわかり、
互いに、懐かしさといとおしさにとり付かれて、そこで濃厚なキスをした。

しかし、その部屋は今しがた誰かが死んだばかりだった。
そこには殺人死体があって、彼が殺したのかどうかはわからないが、それについては彼が知っていることだった。
同じ部屋の中に、私は私の知らない成り行きで知らない死体が転がっているのを知っていた。しかし、気味の悪さは何も感じなかった。

彼は私に、疑われるから早く部屋を出たほうがいいよ、と言ったが、
そのまま別れるのが惜しまれた。

それで、もう少し一緒にその部屋ですごしたいと
互いに思ったのだが、
食事をしても、何をしても、何かをするたびに、
自分が食べたものの食べかすや、使った物品などが、
自分がいたという証拠をつぎつぎに残していくことに気がついた。

だから、もうそこにいることはできない・・・・


と、思ったところで、目が覚めた。

こんな夢を見たのは、桐生典子の「眠る骨」を読み始めた影響か、
あるいは、テレビドラマ「白夜行」の影響かもしれない。
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午睡の夢の中で

2006-02-17 22:36:40 | 未分類過去
きのうの夕方のこと、

出なければいけない法務のセミナーはいつだったか?
あっ、もしや今日の昼間だったんじゃなかったか!

とドキッとしたところに、私のそばにひとりの知り合いの女が座っていた。
細面で小柄で知的な女だ。そこは喫茶店のような店だった。

あっ、この人名前何だったっけ?と思うが思い出すことができない。

見ると、その人の向こう側に法律のセミナーで一緒だった人が数人いた。女はセミナーの参加者ではなく、日本語ボランティアをしていた人だったが、賢いその人はセミナーのことも何もかも知り尽くしている様子だった。そして、その人の近くには、日本語教師420時間の養成講座に一緒に参加したメンバーなども数人いた。
みんな、新しい道を探しているが、どこか雑然とした人達だった。

その人たちが今ここにいるなら、今日セミナーだったわけじゃないんだ、よかった!
と安心し、
「ああ、よかった。・・・そうですよね。平日の昼間なんかしませんよね」
と私はまだ名前を思い出せないその女性に言った。
その女性は、私が名前を思い出せないのを知りながら、けっして自分の名前を教えようとはしなかった。
そして、
「『平日』、なんていう言葉を言っちゃだめよ。」
と声をひそめて言う。

ああ、そうか、失業している人がいるんですもんね、
平日だの休日だのというと、傷つくんですね。
と思う。

今日の夜なら、そろそろ行かなくちゃ間に合わないんじゃないか
と私は不安になってきたが、まだ時間があるからか、そこにいた人々はみんなぞろぞろ私の家に入ってきて、勝手に布団の中に入って寝てしまった。
そんなのんびりしている時間はないんじゃないの?
とやきもきしつつ、
みんなの意思を変えられるのは、その賢い女性しかいないと思い、
「もう、出かけないと間に合わないんじゃないかしら」
と伝えた。

すると、突然、みんなは布団から起きるとすごい速さで、靴を履いて外へ出ていった。
私は靴を履こうとしているが、なかなか履けない。
みんなは、今度はレストランに入って行った。
私は、なぜか、短いブーツの上に長いブーツを重ねて履こうとしていて、ファスナーが上がらずに困り、まだ、家の玄関を出ることもできない。
例の女性は、客観的に私の傍らで待ってくれていた。

みんなは、レストランで食事をするわけではなく、ただ中を通り抜けただけだった。そして、セミナーの会場に向った。
私もやっと会場につくと、みんなすでに待合室に座っていたが、セミナーは一向に始まる気配もない。
その事務所の受付では、まだ、申し込み手続きも始めていない。

「そういえば、セミナーは、平日の夜じゃなくて、たしか土曜日でしたよねえ。ああ、よかった。今日じゃなかったんじゃない。」

と、言ったところで目が覚めた。
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講演会場のマナー

2006-02-16 22:13:19 | 未分類過去
今日、ある社団法人の主催する家庭をテーマにした講演会を聞きに行きました。
ちょうど仕事が休みの日で、家にいてもまた無駄な時間をすごしそうだったからです。
雨でバスがスムーズに進まなかったこともあり、初めて行く場所でもあったので、到着するのが予定より遅れて、私はちょうど開演の挨拶が始まったときにホールに入ることになりました。すると、案内の人がいて、席まで誘導してくれました。
会場はあまり広くはなく、前から順番に席がきれいに埋まっていました。

以前から知っていたのですが、この団体は講演会などでは必ず案内の人を準備していて、毎回、客席によけいな隙間を作らないように、観客を前の中央の席からつめて座るように誘導しているのです。以前私はその誘導係をお願いされたことがあったのですが、ずいぶん面倒臭いことをするもんだ、好きなところに座ればいいじゃないかと思っていました。
ところが、今日誘導されてみると、様子のわからない初めてのホールに遅れて入っていくことになってしまって、どこから入ってさてどこに座ろうかと右往左往することなく、誘導して貰ったのは、非常に嬉しいことでした。
そして、みんなが前の席の奥から詰めて座っているのであれば、後で入ってきた人が人の視線をさえぎったりすることなく、迷惑をかけないで着席することができるのです。

私は人がまだ誰も座っていない列で、両側に通路がある8人がけの席の中央、通路から4番目の席に指示通りすわりました。
ところが、私の後にも続々と遅刻者が入ってきたのですが、その人たちは、誘導係の人から小さな声で奥にお詰めくださいと言われているはずなのに、言うことを聞かず、人との間を空けて座ったり、一番通路側に座ったりしてしまう人が多いのです。
すると、後で来た人が座る場所がなく、その前を乗り越えて奥に入ることになるのですが、自分が人を乗り越えるのが大変だったのが判っているはずなのに、その人もまたなるべく通路側に座ろうとするので、奥ばかりが空くという状況になりがちでした。
そんなわけで、私の横はしばらく空いていたのですが、かなり遅くなって入ってきた人がようやく座ってきました。しばらくするとその人は首をうなだれていましたが、そのうち大きないびきをかき始めてびっくりしてしまいました。まるで男のいびきのようなのですが、若い女性なのです。ほぼ終わりまで寝ていたようです。
また、後ろの席では携帯の着信音がして、あわてて消すと思いきや、メールかなんかピッピッピッピッとボタンを押し続ける音がし続けています。
まったく、マナーの悪い人が多く、主催者の意図することが通じていない様子で残念でした。

この会の趣旨はちょっと古風だなと思うことも多いのですが、夫や夫の家族、親を大切にすること、家族のきずなの重要性、子供を信じることなど、あたりまえのことを改めて人の講話から認識することができました。
自分がいかに、夫や夫の家族に誠意を尽くして来なかったか、自分の家族も大切にしていないかを反省させられます。

毎日会社に通っていると、仕事の能力を高めようという努力はするものの、道徳的な向上というのは努力する意識が生まれにくいです。
本当は、そういうことにもっと目を向けて生きていかなければいけないのだろうと思いました。

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自分が属するグループは?

2006-02-15 21:21:49 | 未分類過去
私は昔から自分が属するグループというのを初めに見定めることができない。
最初に何かのきっかけで一緒になった親しい仲間と過ごすうちに、何か違うんじゃないかなあと思い始めて、そのうち別の集団を見つけてそっちに移行していくということがある。

高校に入学したときも、最初のうちは中学が同じだった人たちの中で自分に似通っていると思われる人たちのグループに適当に入って一緒にお弁当なんかを食べていたのだが、どうもその人たちとは志向が違うと感じ、どうやらその人たちも私とはひきつけあう力がないと感じたらしく、あるとき私が別の人たちと弁当を食べると告げて移動したらそのままあまり関わりも持たなくなった。
その移って行ったグループというのは、地味系であまりファッションなんかにはかまわない勉強熱心な人たちで、私としては最初のグループより自然体で付き合うことができたが、だからといってその人たちとも大してひきつけあう力があるわけではなく、授業時間内の付き合いを超えることはなかった。
そして、結局は部活の演劇部の仲間が私の親友となった。

今、会社でも最初にパートの仲間が一緒にお弁当を食べようと行って、それ以来違う部署のパートとも混じって昼ご飯を食べているのだが、なんか違うんじゃないかなあと思うようになってきた。
つまり、「パート」という共通点はあるものの、部署が違うので、自分の知りたい仕事の情報はほとんど入ってこなくて仕事の役にはたたない。
そして、その集団に属していつもその中で行動を共にしていることが、結局は自分の実際の仕事場の人々とのつながりを遮断していることになってしまっている。
昼休みが始まると席から離れて弁当を食べに行き、午後の仕事が始まるころに戻ってきたのでは、結局、仕事場の人とコミュニケーションをとることができない。
本当は仕事ですぐ近くにいる人とコミュニケーションをとることのほうが大切なのではないだろうか。いや、そんな難しい理屈ではなく、それが自然なのではないかと思える。

学校内でもクラスか部活かという選択にゆれるし、会社でも部署か雇用形態かという選択にゆれている。

しかし、そのときの自分の思いのままというわけには行かず、しがらみや習慣・なじみというものもあるから、なかなか簡単に変更することはできないものだ。

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瀬川瑛子

2006-02-14 20:51:58 | 未分類過去
今日、「伊東家の食卓」で瀬川瑛子が出ているのを見たのですが、「この人って、いつも幸せそうだよね」と娘が言います。
本当にそうですね。いつもニコニコしていて楽しそうで、この人の近くにいると、温かい空気に包まれる感じです。きっと、細かいことにこだわって怒ったりしないんだろうな。
私は、演歌は全然聞かないし、この人の本職の歌については全くわからないのですが、瀬川瑛子のこんな雰囲気が好きです。
前から、のど黒飴のコマーシャルに出ていますが、最近の「トドくろちゃん」との出会いの場面や、小さい頃の思い出の場面の「トドくろちゃん」がすごくかわいくて、それを育てている瀬川さんの優しさが身にしみてきます。CMのドラマとは言え、ちょっと感動です。

もし私が瀬川さんみたいなほんわかとした雰囲気のあるおばさんだったら、職場の空気も暖かいものになるんだろうなと思いましたが、残念ながら、ほど遠いです。
人はそれぞれ持って生まれたものがあるから、自分に無いものを発揮しようとしても無理だろうな。
伊東家に出ている五月みどりさんも素敵なおばさんだけど、瀬川瑛子のような能天気な空気はないですね。というか、瀬川さんには人にない何かがあるんじゃくて、もしかしたら普通の人にある何かがないからそんな幸せな空気がかもし出されるのかもしれません。

自分にない魅力には、あこがれますが、そうなりたいと思ってもなれるものでもなく、自分は自分らしく生きるしかないのでしょう。

でも、ま、きょうは、「瀬川瑛子さんみたに周囲を和ませる雰囲気のあるおばさんになれたらいいなあ」と思ったしだいです。

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順調な月曜

2006-02-13 22:23:27 | 未分類過去
無駄な一日を過ごしてしまった!と自己嫌悪に陥りがちな週末に比べて、やはり仕事のある日は張り合いがある。一人前の仕事をしていないという違う意味の自己嫌悪はあるものの、それでも少しは社会の役にたっていると思うことができる。

* * *

先日、古くて役にたたなかった法律業務に関する図書館の本を返して、とにかく内容より何より奥付を見て、新しいのを選んできました。一番新しくて2005年12月のがありました。できたばかりの本ですが、平成16年までの改正には対応しているものの、17年半ばの改正までは載っていないようです。そりゃあ、執筆、編集、印刷、製本と、ある程度の期間は絶対に必要だからしかたがないですね。
どこが変わったかは読者が把握して読まなければいけないですね。

それから、桐生典子の「眠る骨」を借りてきました。この作家の単行本は4冊くらいありましたが、やはり新しいほうがいいかなあと思って、その中では一番新しい2004年のを借りてきました。これもちょっと気味の悪い題名ですけどね。
縁合って出会ったので、とりあえずこの人の作品を読んでいこうかと思っています。

あと、『週末作家入門 まず「仕事」を書いてみよう』(廣川州伸)という講談社現代新書を借りました。これは単なる気まぐれです。

石原慎太郎の本は、「太陽の季節」と「灰色の教室」だけ読んで、あとは読まずに返してしまいました。
やはり、同性の同年代の桐生典子さんの現代小説のほうが自分にはちょうどいいかなあと思います。

では、毎日ぼちぼち読書もしながら生活して行こうと思います。

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ふぬけ

2006-02-12 17:24:55 | 未分類過去
休みの日はとかく「ふぬけ」になりやすい。
昼ごろになるとやることがなくなって眠くなり、夕方まで昼寝をしてしまうということのくりかえしだ。
本当はやらなくてはいけないことや、やるべきことが沢山あるのだが、ヤル気がしない。
週に4日働いて、3日休みがあるから、半分近く全く自由な日があるというのに、なぜか自分の好きな物事さえもはかどらせるということができない。

自分から楽しみを作り出すことができず、与えられたことしかできない性格なのかもしれない。
だから、会社に行く日は、時間をもてあますこともなく、楽しく過ごすことができる。

この家にいるとやる気がなくなる、すぐに寝たくなるとは長女もよく言う。
すぐに布団がみえてしまうからかもしれない。押入れに入りきれない布団の山と、箪笥に入れきれない洋服の大群に埋もれて、なんだか思考が停滞してくるような気もする。

毎週日曜日に家の大改造のテレビ番組をやっている。先週はわずか9坪の家に両親と成人した子供2人の4人家族が住んでいて、お父さんと息子は天井近くのベッドによじ登って寝、娘は押入れにもぐりこんで寝、母親のみが居間の食卓を片付けて布団を敷いて寝ていると言う有様で、押入れに寝る娘は足を伸ばすこともできない。寝床に登るには、その辺においてある家財道具や日用雑貨を踏み台にしてよじ登るという風で、まさしく「住まい」ではなく、ジャングルの中の「すみか」のようだった。台所も狭くガスコンロの前には壁があって、その前に立つこともできない狭さで、斜めから手を伸ばして鍋の中をかき混ぜる。
部屋の中には大量の洋服がぶら下がって視界をさえぎっていた。
こりゃあ、うちよりひどいと思ったが、うちも10坪そこそこで、大して変わりが無く、大量の洋服がぶら下がっている様子などはかなり似ている。
だが、見ようによっては、楽しそうでもあった。私が子供の頃、友達と近所の山の茂みに入ってガラクタを集めて作った「棲家」のようで、大量にぶらざがる衣服は植物のつるや茂った枝葉のようなものであって、わずかにあるスペースに丸まって寝るのは、穴倉に入って安全に眠ることができそうでもあった。

しかし、やはり、こんな狭くてごちゃごちゃした家ではすっきりした気分で暮すことはできない。30歳も過ぎた長男はいいかげん独立して一人暮らしをしたらどうなのだろうと思った。
我が家は長女を19歳で一人暮らしさせたから、この家に比べたらもっとすっきりしているはずだ。
ところが、3人家族になってもまだすっきりしないのは、もともと4人家族で長女の物品がけっこう残っているということもある。長女のアパートの戸棚がカビになってしまうので、衣類を全部持っていくこともできない。
また、夫の母ももともと同世帯であり、義母が亡くなったときに老人ホームの荷物は大部分整理したが、手紙や日記帳、習字、俳句の短冊など大きなダンボール箱2個分が増えてしまった。夫は全部処分したいと言うのだが、義母が生きていた証だから、特に開けて見ることもないが、私は捨てる気にはなれない。また、ずっと前に夫の兄が亡くなった時も、兄のアパートのものは処分したのだが、そのときもアルバムなどをダンボールに入れて我が家に持ってきており、それも一塊の荷物となっている。だから、単純に今住んでいる3人家族の荷物があるというわけでもなく、より、ごちゃごちゃしてしまっている。

テレビでは、その物にあふれた小さな家を「匠」が大改造して、見事に新築のモデルハウスのようにきれいにしてしまった。
こうなると、気持ちもすっきりして、生活の張り合いもでそうである。
そして、この家族は、誰かを外に出すのではなく、短い期間でも家族全員でまともな家に住みたかったのだろう。
また、狭くても自分の家であるから、大掛かりな改造もできるというものだ。
おそらく、今まで家にあったものを元どおりに入れたら、またごちゃごちゃになるだろうから、かなり処分しただろうと思うが、それもいい機会になったと言える。

今日は、寝返りのできない家を改造するという番組らしいので、また見ようかと思っている。


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「やわらかな針」桐生典子

2006-02-11 02:16:23 | 読書
これの感想を書かなくちゃいけません。しかし、なかなかエネルギーが要ります。

あらすじ
万里子は音楽家粟野武のよき理解者であり、長年彼の近くで彼の活動を支えてきた。その武は高校時代に思いを寄せていた「かほり」と15年ぶりに再会し、結婚した。
かほりは不治の病にかかっており、それを知っての結婚だった。
万里子は武を愛していたが、かほりは美しく知的な女性であり、さらに限られた命であるため、武が心を注ぐのは当然で、ごく普通の女性である自分には、とてもかなわないと思っていた。武も万里子を信頼し好感を持っていたが、いつも傍らにいる協力者として頼り、かほりの力になることにまで協力を求めた。
あるとき、万里子が自分で作ったディープ・ブルーのワンピースを着ていると、かほりはそれがステキだから同じデザインのものを作ってくれと言い出した。万里子はそれに応じ、その肉体の魅力などを感じつつ、かほりの体を採寸し、一緒に布地を買いに行き、かほりは白のシルク・サテンを買った。
布地を買いに行ったとき、かほりは蚕に愛着を示し、それ育てて繭から絹糸をとって自分のワンピースのすそをまつることに使うことにきめた。
かほりの命は限られていたので、万里子は急いで服を縫わなければならなかった。
仮縫いのとき、万里子が誤ってかほりの胸に針を刺してしまうのだったが、かほりはわざとやったのだろうと言って、険しい態度になった。
そして、自分の病は治っており、死ぬのを待っても無駄だと言った。生きられないかほりには、生き続けることのできる万里子がにくらしかったのだ。万里子は、かほりが程なくしてこの世からいなくなることをアタマに入れていたことは確かだった。だからこそ、優しくできたのであろう。しかし、一方で、死んでいく人間にはかなわないという気持ちもある。そんな2人の秘めた気持ちが、針をきっかっけに爆発した。
結局、かほりの病が直ったというのはウソであり、その後病気は悪化して、かほりは亡くなり、万里子が作ったワンピースはかほりの死装束となった。

ひとりの男をめぐっての2人の女の気持ちと、内心を殺しての表向きの振る舞いなどが良く描かれていた。

* * *

ところで、この作品の中には、蚕の話が詳しく描かれている。蚕の姿は新幹線に似ている。そして、幼虫のときはとにかくもりもりと桑の葉を食べ続ける。ある日、はたとたべるのを止める。今度は口から糸を吐き出しながら八の字にアタマを動かして繭を作り始める。最初はうすく張った糸の中に動く蚕が見えているが次第に繭が厚くなって蚕は見えなくなり、繭の中で停止する。
普通はそこで繭は煮られ、中の虫は死んでしまい、糸だけが採取される。
もし、蚕が蛾になって繭から出てきたとしても、その蛾は長い歴史の中で人間に飼われていた為に、飛ぶこともできないから、蚕は野生では生きていけないようになっている。
蚕は、ただ糸を採られるために一生懸命桑の葉を食べて繭を作って死んでいく虫である。

実は私も蚕を5匹くらい飼ったことがある。本当に新幹線のような姿である。一匹は食欲がなく、幼虫のうちに死んでしまったが、あとの4匹はすくすく育って繭を作った。その中の一匹は繭作りがうまくいかず、なかなか楕円形の形ができなくて、糸を無駄にしたようだった。
4つの繭は呉服屋さんに返さなければいけなかったが、私は虫を死なせるのがいやでそのまま家に置いておいた。そうしたら、繭から蛾が出てきた。しかし、ひとつの繭からは最後まで蛾は出てこなかった。それはおそらく繭つくりに手間取って失敗を繰り返していた蚕のものだった。きっと余計な労力を使って弱ってしまったのだろう。
そして、出てきた蛾はまるで、別の生物だった。立派な触覚があり、目は幼虫のように無心ではなく、小さい羽と大きい胴体を持ち、足もおぞましいかんじだ。繭から出るとほどなく近くの雄と雌がくっついて、いきなり交尾を始め、変な液を飛ばして、そして、卵を産むと死んでいった。
その卵を翌年孵化させようかと思ったが、ベランダにずっと放置してあったのをケースごと捨てた。残された繭は黒い穴が開いていて、その部分がちょっとグロテスクだった。この抜け殻の繭から糸を採取することができると思い、しばらく保存してあったが、そのうちやはり気持ちが悪いもんだと思って捨ててしまった。

あの蚕たちは何のためにこの世に生まれて生きていたのか?その絹糸さえもが無駄になったのである。あの蚕たちは、私に蚕の生き様を教えるためにのみ生まれてきたのだった。

私は蚕の思い出はつらい。放送大学の「近代日本と国際社会」の教科書を読むのを止めてしまったのは、絹織物のところで、うちで飼っていた蚕を思い出してしまったからでもあった。繭を捨てたことへの悔恨があり、蚕に申し訳なかったという気持ちで心が病んでいる。

* * *

この本のどれかの作品で、カナリアを殺してしまったという場面もあった。忙しくてうっかり数日間カゴをベランダに出しっぱなしにして放置し、えさも水もやらなかったという場面だ。
妻は、本当にすまなかった、どうして忘れていたのだろうかと後悔するが、後の祭りである。
うちでもカナリアを何年も飼っていて、飢え死にさせたことはなかったが、つい、世話を怠りがちになったこともあった。
私は、夢でよく見るが、何か動物を飼っていて、それをずっと忘れていて、しばらくぶりに生きているかどうか非常に不安になって見るという夢である。鳥だったりハムスターだったりする。
時にはなぜか1歳くらいの子を家にひとりで置いてあって、自分ははるか遠くに寝泊りしていて、その子が家で無事にしているだろうかと心配する夢もある。

生き物の命のあやうさ、はかなさというのは、ほんとうに辛いものであり、私には一種のトラウマになっている。

* * *

なんだか、支離滅裂になったが、「やわらかな針」を読んだことをきっかっけに思ったことである。

この本に収録されている8編。女の人生を考える意味でも、興味深かった。
今後も桐生典子の作品を読みたいと思う。

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賞味期限の過ぎた本

2006-02-10 22:36:17 | 未分類過去
このごろ、読書の感想ばかり書いていたら、しだいにアクセスipが下がっていき、昨日はついに38ipになってしまいました。
1週間くらい前までは、毎日平均するとアクセスは70くらいあり、多い日は90以上の時もありました。閲覧数は250を超える日もあったのですが、昨日の閲覧は96です。
ちょっとがっかりですが、まあ、しかたありません。
今話題の作品でもないし、有名な賞をとった作品でもない場合、文学っていうのは人気がないんだなあと改めて思います。
しかし、アクセスなんかはもうかまわないです。
かえって、人が関心を持たないことに目を向けるのもいいのではないかと思うようになりました。

今週の火曜日、3月に受けるビジネスキャリア法務中級の試験に関係のある書物を借りようと思って、図書館に寄りました。
そこで、前回借りた「太陽の季節」と「やわらかな針」がすでに貸し出し期間の2週間を過ぎているのではないかという不安にとらわれました。もしそうであるなら、追加して借りることはできません。
たしか、日曜日に借りたのですが、1週間前なのか2週間前なのか記憶がないのです。
1日に1作品以上読むなどということはない状況の中で、読み終わった作品の数から考えると1週間以上かかっているはずなので、やはり超過しているのかなあと思い、しかし、せっかく図書館に寄ったのだから一応聞いてみようと思って図書館の人に貸し出しカードを渡して調べてもらうと、まだ1週間と2日しかたっていませんでした。

そのとき、図書館の人に、「ご本人のカードですか?」と不審がられてしまいました。そりゃあそうでしょうね。普通だったら自分がいつ何を借りたかくらい覚えているでしょう。まったく、ボケています。

それで、法律関係の解説が載っている目をつけていた本を手に取り、パラパラとめくると、以前ではまったく歯がたたなかった内容が理解できる感じがして、さすがにセミナーに出たおかげで下地ができたなあなどと嬉しくなり、分厚い本を2冊借りてきました。ちょっと、専門家になったような気持ちです。

ところが、家に戻ってきて1冊開いて、奥付を見て、2000年は古いんじゃないのか?と思い、それは辞めました。
もう一冊は2004年の発行でした。こっちはまあ大丈夫だろうと思い、読んでいて、なかなか面白い内容だったのですが、さっき読んでいたら、自分が記憶している内容と違っているものがあるのです。おかしい!記憶違いか?と思い、セミナーのテキストを開いてみたら、やはり私の記憶が正しく、それは法律改正前の内容でした。この本も使い物になりません。こんなものを読んで間違ったことを記憶してしまったら大変です。
これじゃあ、これらの図書館の本は無意味ではないでしょうか、一刻も早く処分して新しい本を備えてもらいたいですが、そんな予算は無いでしょうね。
ちょっと、目先を変えて勉強したかったのですが、やはりセミナーでもらった冊子だけで勉強することにしました。

法律書というのは、本当に鮮度が重要ですね。
昨年、放送大学で法学入門の面接授業を受けたときに、小六法を用意するように言われて17年版を買ったのですが、その直後に18年版が発行されて、もう内容が変わっているため、18年版を買うことを勧められました。でも、せっかく買ったばかりの17年版を無駄にして新しいのを買うお金も惜しいし、継続して法律の授業をとるわけでもないので、買わずにいました。

しかしながら、文学書と違って法律関係の本と言うのは鮮度が命で、古い物は意味をなしません。全く、不便でお金のかかることです。

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「やわらかな針」の表紙絵

2006-02-09 23:27:24 | 読書
ようやくこの単行本の題名であり、最後に収録されている書下ろしの「やわらかな針」を読みました。

ところで、この本の表紙には白いラッパ状の花の絵が描かれています。ちょっと鉄砲ユリに似ていますが、ユリではなくもう少し南国に咲く花のようにも思います。(「やわらかな針」の表紙)
これは、「やわらかな針」の中の亡くなって行った若く美しい「かほり」をあらわしているのか、あるいはそこまで限定しなくとも「女」をあらわしているのでしょう。

今日、テレビドラマの「白夜行」を見ていたらヒロインの雪穂(綾瀬はるか)が床の間にいけてある鉄砲ゆりの花をつかんで握りつぶしました。不幸な自分に対して幸せな女が憎いのです。嫉みは正しいことではない。そんなことは判っている。でも、その気持ちを消すことはできない、と彼女は言って、苦労知らずに育ってきた女の友人に苦痛を与えたい自分を抑えられませんでした。
(綾瀬はるかも迫力のある演技をするようになってきましたね。)

この「やわらかな針」の2人の女性も相手の幸福を素直に受け入れられないという点において同じでしょう。女にはみんな針があるんだと思います。
鉄砲ゆりのような白い花は偶然の一致でした。

この本の装画・装幀は、「内澤旬子」という人のようです。白い花とタイトル文字がきれいにデザインされています。
私は背表紙を見て図書館の棚から選んできたのですが、今になってみると、題名だけじゃなくて、デザイン化された文字の効果もあったんだろうなと思います。
内澤旬子という名前をgoogleで、検索したら、イラストルポライターとして沢山ヒットしました。絵だけじゃなくて文も書くんですね。
この方のブログも見つけました。
「内澤旬子・空礫日記」というもので、これから読んでいこうと思います。

小説「やわらかな針」については、後であらためて感想を書きます。
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交流のきっかけ作り

2006-02-09 12:58:29 | 未分類過去
様々な場所に出かけていき、初対面の人々を見ていると、自ら進んで交流を持とうとはしない人が多いことに驚く。

会社も新しい人に声をかけようとする人はあまりいないし、子供の学校の保護者会、放送大学の面接授業、各種のセミナー、単発のバイトなどでも同じような状況が見られる。
特に他の人に声をかける必要性はないからである。しかし、そこには重い空気が立ち込めている。

ところで、私は、国際交流協会や日本語学校などで、ファシリテーターのようなことをする機会を重ねるうちに、最初の口火を切るのは意外と得意になってしまった。
知らない人にあまり物おじせずに話しかけていってしまうほうで、ついでに最初に話しかけた一人のみならず、その周囲にいる人間もまきこむのが得意だ。

先日も、高校の保護者会で皆じっと黙って座っているばかりなので、ちょっと身近な人に話しかけてそのあと別の人たちにも話を振ったりしたところ、数人の参加者が全員わきあいあいと話すような状況に至った。
そのとき、担任の先生が一人ずつ呼んで個人面談をしていたのであるが、個人面談から戻ってきた人も再び輪の中に加わって楽しく話すような状況になり、結局全員が先生との面談を終えるまでの時間、一方では終始保護者たちが座談会をしているような状況となった。
これはなかなかよかったんじゃないかなあと我ながら思っている。

会社でも、社員とパートという今までなかった組み合わせで食事に行って見たりして、これも今思えばずいぶんおこがましかったのだが、それなりの交流がもてたと思う。

ところで、私の悩みはその後であるのだが、交流のきっかけを作るのは得意なものの、その後話を盛り上げ、深く付き合っていくのは私ではないということである。
つまり、私の口火をきっかけに人々は仲良くなり、結びついていくのだが、そこで旅行の話だの芸能界の話だの漫画やアニメの話だのブランド物やファッションの話だの、様々な世間話や趣味の話に花を咲かせ始めると、私はついていけない。
世の中の情報には非常に疎く、一般的な趣味も無いので、人が知っていることを知らないし、それについて何の反応もできない場合が多いのである。

最初むっつりして何の関心も示さなかった者同士が、何かきっかけがあればその中でどんどん個性を発揮し、お互いに興味をもって親しくなり、しだいに深く結びついていく現象は不思議だなあと思う。
一方、私は知らない人達に働きかけて最初のきっかけを作り、ある程度まで盛り上げることは得意だが、いざ親しい一集団ができると、その中で自分から発する個性がなく、あまり人間づきあいを深めることができない。

皮肉なものである。
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