私の母は比較的美人のほうらしい。
あまりにも自分の身近にいる人の顔というのは、生まれたときから見ているので、そんなもんだと思っているから、客観的に感じることができない。
だから、小さい頃から自分の母が美人であるかそうでないかは考えたこともなかった。
しかし、確かに母親がブスで恥ずかしいと思ったことは一度もない。
だが、美しいだろと自慢に思ったこともないので、特別の美人というわけではないことも確かである。
5歳年上の姉は、同級生の母親に比べ、自分の母は若くて美しいと感じていたそうだ。
私の場合、年齢的には若い母ではなかったので、あまり感じなかったのであろう。
同級生の母親に対する関心といえば、やはりきれいかどうかよりも、若いかどうかの方が重要であり、だれそれのお母さんはすごく若いという噂で、それがイコールきれいだということを意味していたような気がする。
今はもう70を越して普通の顔のおばあさんだが、うちの子供が赤ん坊だった頃の母の写真を見ると、50代であったが、確かにきれいなほうかもしれないなあと思う。少なくとも、46歳の今の私よりは顔立ちが整って美しいことは確かである。
母は私と違って顔が小さくてきれいな二重まぶたで鼻すじが通っている。
父は何度も見合いを繰り返して断っていたらしいが、母と見合いをしてすぐに結婚を決めたのだそうだ。
母は父の弟たちからも姉さんはきれいだと言われていたようである。
ところで、母は根性はよくないと言われている。特に自分で言っている。根性が悪いというのは、自己犠牲になって人のために尽くすようなタイプではないということである。
自分の思ったことをはっきりいって自分の意思のままに生きるかんじである。だからといって人には迷惑をかけないし、働き者ではある。
叔母たちの話によると美人で根性が悪いのは、母の母譲りなのだそうだ。
私は、母の性格を受け継いでいて、根性が悪い。何でもストレートに自分の意見を言ってしまう。人に対してこまやかな気配りをしない。
だから、無意識のうちに人の心を傷つけたりしてしまったり、逆に気を使わせてしまうことがあるようだ。それで、自分自身は全然ストレスがたまらないが、ことによると、相手にストレスを与えているかもしれない。
自分が何でもはっきり言うほうなので、相手からはっきり言われないと気づかないことが多い。また、自分が反対意見を言ってもそれはただ思ったことを表明しているだけであって、それが受け入れられないのは承知のことも多いから、別に特段の意味はなかったりする。言うだけで目的は達成されているのである。
しかし、相手によっては、私が反対意見を言っていたので、何とかしなければとか大問題だとか、何とかそれに応じなければいけないのだろうかなどと悩んでしまう人もいるようである。
私は母と違って不細工なので、その上に根性が悪くては救いようがないなあと思うが、なかなか性格は直らない。
気をつけよう。
あまりにも自分の身近にいる人の顔というのは、生まれたときから見ているので、そんなもんだと思っているから、客観的に感じることができない。
だから、小さい頃から自分の母が美人であるかそうでないかは考えたこともなかった。
しかし、確かに母親がブスで恥ずかしいと思ったことは一度もない。
だが、美しいだろと自慢に思ったこともないので、特別の美人というわけではないことも確かである。
5歳年上の姉は、同級生の母親に比べ、自分の母は若くて美しいと感じていたそうだ。
私の場合、年齢的には若い母ではなかったので、あまり感じなかったのであろう。
同級生の母親に対する関心といえば、やはりきれいかどうかよりも、若いかどうかの方が重要であり、だれそれのお母さんはすごく若いという噂で、それがイコールきれいだということを意味していたような気がする。
今はもう70を越して普通の顔のおばあさんだが、うちの子供が赤ん坊だった頃の母の写真を見ると、50代であったが、確かにきれいなほうかもしれないなあと思う。少なくとも、46歳の今の私よりは顔立ちが整って美しいことは確かである。
母は私と違って顔が小さくてきれいな二重まぶたで鼻すじが通っている。
父は何度も見合いを繰り返して断っていたらしいが、母と見合いをしてすぐに結婚を決めたのだそうだ。
母は父の弟たちからも姉さんはきれいだと言われていたようである。
ところで、母は根性はよくないと言われている。特に自分で言っている。根性が悪いというのは、自己犠牲になって人のために尽くすようなタイプではないということである。
自分の思ったことをはっきりいって自分の意思のままに生きるかんじである。だからといって人には迷惑をかけないし、働き者ではある。
叔母たちの話によると美人で根性が悪いのは、母の母譲りなのだそうだ。
私は、母の性格を受け継いでいて、根性が悪い。何でもストレートに自分の意見を言ってしまう。人に対してこまやかな気配りをしない。
だから、無意識のうちに人の心を傷つけたりしてしまったり、逆に気を使わせてしまうことがあるようだ。それで、自分自身は全然ストレスがたまらないが、ことによると、相手にストレスを与えているかもしれない。
自分が何でもはっきり言うほうなので、相手からはっきり言われないと気づかないことが多い。また、自分が反対意見を言ってもそれはただ思ったことを表明しているだけであって、それが受け入れられないのは承知のことも多いから、別に特段の意味はなかったりする。言うだけで目的は達成されているのである。
しかし、相手によっては、私が反対意見を言っていたので、何とかしなければとか大問題だとか、何とかそれに応じなければいけないのだろうかなどと悩んでしまう人もいるようである。
私は母と違って不細工なので、その上に根性が悪くては救いようがないなあと思うが、なかなか性格は直らない。
気をつけよう。