山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

傷つくこと

2013-03-16 14:09:19 | 日記
ずいぶん前のことなんだけど、あるブログのコメント欄にコメントしたのです。
その人は、私の故郷に住んでいるひとで、もともと東京の人だったんだけど、老後に田舎のほうに家を買って菜園などもつくって暮らしている様子。その場所は、実家近くの高級別荘地ってところで、UPされる室内や庭などの画像からもかなり裕福な感じは伝わってきました。
で、その人の画像付きブログはいつも読ませていただいていたのですが、その人が休日にでかけられる場所なども、私にとっては懐かしい景色ばかりでした。また、その方は、私の故郷の地形や歴史などについても、きちんとまとめて書いてくださり、私でも知らないことがわかったりしました。

それで、あるとき思いきって、コメント欄に、私の故郷であり、楽しませていただいていることなど書いてみました。

そうしたら・・・

返事はなく、2~3日後に削除されていました。

他の方からのコメントには返事が書かれていて、消されることもなく残っています。

別に返事はいただけなくともよいのですが、なにも削除しなくてもよいのでは?

やっぱり、立派な人にとっては、どこの馬の骨かもわからない人間からのコメントなんか迷惑なのかな?
自分の貧乏ブログは恥ずかしくて、アドレスなんか書きこめませんでした。
だからよけいに、素性がわからないという事かとも思いますが、少なくとも悪意のあるものではないことくらいはわかっていただけると思うのです。

その後も、密かに読ませては頂いているのですが、2度とコメントは書き込めないですね。
その方は、今は隠居で畑づくりや散歩などして暮らしているものの、やっぱり、現役時代はかなり偉い人だったようです。現実世界では何ら接点などの持つ可能性のない人なのでしょう。親しげに写っている近所の人たちの写真などは、一見なんのたあいもない庶民集団のように見えても、やはり高級別荘地住民集団なのでしょう。コメントも知っている人のものだけを受け入れているのかもしれません。

そういえば、その地域の原住民なんか、別荘地の人との交流はほとんどない(同じ市内ではあるけど、生活圏は違う)と思うし、やっぱり相手にとっては関わりを持ちたくはないのかもしれません。夜行観覧車のひばりが丘の世界みたいなもんかな。
別に現実世界でかかわりをもとうなんて、最初から思ってはいないんですけどね。

こういうことがあるので、内容に共感しても、特に年上の人でレベルの高すぎる人には、コメントは送れないなあと思い躊躇してしまいます。


涙をこえて(かぜさんの作詞)

2013-03-16 02:38:27 | 日記
昨日、急に「たむたむたいむ」の「かぜ耕士」さんのことを思いだし、そのあと、インターネットでいろいろ検索していたら、またまたいろんなことがわかってきた。

♪涙をこえて♪

その1つがこの「涙をこえて」という歌なのだが、これが、かぜ耕士さんの作詞によるものだということがわかった。ちなみに作曲は中村八大さんだそうだ。これは昔NHKのステージ101で歌われた曲であり、確かに聴いたことがある。そのときばかりではなく、その後も現在に至るまでずっと、学生や大人のコーラス曲としてもよく歌われてきたもので、確かになじみのある曲なのだ。卒業式などにも歌われるらしい。

そして、さらに2年前に震災があって、それを乗り越えて未来に向かって生きようという希望の曲として、今また注目されている歌だということがわかった。

それで、「かぜ耕士」で検索すると、かなりたくさん出てくるのだ。かぜさんは、そもそも詩人(作詞家?)だったのだそうだ。 

しかし、その歌よりも、「たむたむたいむ」の人気はすごいもので、今でも私のように懐かしく思い出す50代くらいの人はかなり多いようだ。(かぜ耕士担当は1973.4~1978.6)

ユーチューブで最後の数日の放送を聴いていたら、ほんとうに楽しくて温かい人だな~と感じるばかりだった。何がいいかといって、パーソナリティーっていうのは、自分がどうのこうのではなく、読者からの手紙や話などを聴いて、そこから面白さや楽しさや、味わいを引き出すところがすごい。人に対する愛を感じる。
自分のことは何もいわなくても、人を通してそのパーソナリティの人柄が出てくるものだな~と思う。自分はこうですなんていうのを主張しまくっているのは引いてしまうわけだ。
それにしても、世の中には面白いことがいっぱいだ。
かぜさんは、本当に当時の若者の声に耳を傾けてくれた人だなと思うけど、その当時の若者たちもすごい年齢になっちゃったもんだ。でも、かぜさんを慕っていることに変わりはなく、きっと今現在も今現在のかぜさんを慕ってしまうと思う。(退院されたようでよかった。)

ある人のブログでは、私と同じくらいの年齢なんだけど、高校生のころは、たむたむたいむやオールナイトニッポンのことを友人との話題にしていたそうである。
これを読んで意外だったのは、私は当時、深夜放送について友人と話したことはほとんどないということだった。友人たちが深夜放送を聴いていなかったのかもしれないし、聴いていないと思い込んで話題にもしなかったのかもしれない。だから自分だけの孤独な楽しみみたいなもんで、これまで人と情報を共有したことがないのである。

私は変な高校生で、限られた友だちとしか話をしなかったし、いつも深夜まで起きていたけど、実は勉強なんかしてなかった。やったとしても、ちんたら英単語なんかを辞書で引いたりしていて、結局単語の意味を調べるだけで、リーダーなんて本文を訳すまでいかないまま夜も深まり、オールナイトニッポンが始まったのちも全然勉強は進まないままだった。で、もうや~めたとなって、授業中あてられたらその場で考えるしかなかろうとあきらめて寝るのだ。で、当てられても答えられるわけがなく、落ちこぼれていった。できのいいクラスメートたちとは交流が持てなかった。

私の記憶に残っているのは、深夜放送だけで、英語の単語も文章も何もアタマにないのである。

私という人間は、そういうものでできあがってきたのだと思うしかない。

なんだか、支離滅裂になってしまったけど、人は過去があって今がある。
過去は失われていくものかもしれないけど、やっぱり過去が土台となって未来に向かって生きて行くんだろう。深夜放送を聴いていた自分も、それは良い時間を過ごしたものだと今になってい思うことができる。

こんな年になっても、未来の夢はあるから、昔をなつかしみつつも、未来に向かって頑張っていこう。