ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

11/10/15 さいたま千穐楽「アントニーとクレオパトラ」の騒がしい純愛

2011-12-24 23:58:54 | 観劇

観劇の感想が滞っているが、これは書いておきたいというものからアップしたい。まずは「アントニーとクレオパトラ」から。
昨年10月は日生劇場で幸四郎主演の「カエサル」を観た。その前に家にあった新潮文庫でシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』を読んだが、戯曲の主人公はシーザーではなくブルータスだった(^^ゞ
「カエサル」の感想は未アップだが、古代ローマの歴史物語は好きなので、今回も楽しみにチケットをとり、観劇直前に松岡和子訳の戯曲(ちくま文庫)も読了。こりゃあ、かなりドタバタと滑稽な男女の愛憎劇でもあるぞと把握して観劇に臨む。

彩の国さいたま シェイクスピアシリーズ第24弾「アントニーとクレオパトラ」
作:W.シェイクスピア 翻訳:松岡和子
演出:蜷川幸雄
以下、ストーリーをシアターガイドの公演情報より引用し、配役を加筆。
紀元前40年のローマ帝国。ジュリアス・シーザー亡き後、マーク・アントニー(吉田鋼太郎)、オクテヴィアス・シーザー(池内博之)、レピダスの三執政官が権力を握っていたが、名将アントニーも今ではエジプト女王クレオパトラ(安蘭けい)の色香の虜。遊興にふける日々を送り、周囲をあきれさせている。そこへ妻のファルヴィアが、シーザーに対し出兵し、その後病死したという報せが入る。アントニーの心は揺れるが、ポンペイ(横田栄司)がローマへ宣戦布告するという事態に、クレオパトラの懇願を振り切り、腹心イノバーバス(橋本じゅん)らとローマへ戻る。
亡き妻が起こした戦争で気まずくなったシーザーとの仲を修復しようと、アントニーはシーザーの姉オクテーヴィア(中川安奈)との結婚に踏み切る。こうして和解したアントニーとシーザー。やがて、ポンペイと三執政官のあいだでも和議が整い、船上で盛大な宴会が開かれる。
しかし、その後平和は続かなかった。シーザーはアントニーを裏切りポンペイに戦いをしかけ打ち破ると、今度はレピダスを監禁し、全世界の覇権を手にしようともくろむのだった。その専横ぶりが許せないアントニーは、妻を捨てクレオパトラの元に戻り、シーザーとの戦いに挑む……

安蘭けいは、宝塚で「王家に捧ぐ歌―オペラ『アイーダ』より―」のアイーダ役で観て以来(安蘭と王女アムネリス役の檀れいの二人がよかった)。蜷川組初参加だが、彼女が在日韓国人というご縁で初の韓国公演も組み込まれているというのも快挙だ。

その安蘭のクレオパトラが登場すると、この美しさにアントニーがメロメロになるのは無理もないキャスティングだと納得。とにかくタイトルロールの二人の「馬鹿っぷる」ぶりがすごい。いい大人が相手の気を引こうとする甘えたりすねたり怒ってみせたりと、駆け引きが目まぐるしい。権力を持つ男と女の騒がしい純愛は、周囲の者が「夫婦喧嘩は犬も食わない」と素知らぬ顔もできずに巻き込まれるのが気の毒千万。生き方のテンションの高い人間は、恋愛面においてもハイテンションという典型なのだろう。これは今年の大河ドラマ「江」が秀吉と茶々(岸谷五朗と宮沢りえ)の関係を、かつてないような純愛として描いたことと重なった。戯曲を読んでいただけではわからない、男と女の愛情の機微にあふれる様子が舞台の上で生き生きと跳ねまわるのを、ニヤニヤしながら堪能。

クレオパトラのエジプトは、ローマという大国とどんな関係を結ぶかが最重要課題だった。ジュリアス・シーザーをたらしこんで庇護を受け、シーザー亡き後はアントニーを愛人にするが、今度は純愛にのめりこんでしまった。アントニーもローマの三頭政治の一角の座を投げ捨てて、クレオパトラと生きる道を選んでしまった。

クレオパトラの誇るエジプトの軍船団を使ってやりたいばかりに、陸戦に強いアントニーが二度ともオクテヴィアス・シーザーと海戦で雌雄を決しようとすることが、理性的な判断ができなくなったことの証しだ。プライドをもって女王の船を出したクレオパトラが残虐な戦の現実に耐え切れずに二度とも逃げ出すところが愚かしい。そして我を忘れてそれを追いかけてしまったアントニーは正気の沙汰ではない。アントニーに惚れ込んでいた部下たちが次々と離れていき、ついには腹心の部下イノバーバスまで裏切った。
それをアントニーが恨まないことを知って後悔の嘆きにくれるイノバーバス。彼の魂の叫びを橋本じゅんが熱演したことで、アントニーの英雄性が炙り出される。英雄が愚かしい面を見せることでドラマが人間くさく面白くなるのだ。だからシェイクスピアの芝居は見応えがある。

侍女のシャーミアン(熊谷真実)は、女王の純愛もうまくサポートしていたが、最後はミスリードを犯す。女王が自害したという偽の情報を流してアントニーの怒りを解こうとしたのに、絶望に追い込んでアントニーの自害を招く。
アントニーの死を見届けたクレオパトラは、シーザーの勝利の証しの見世物にされることを拒み、毒蛇による自死を選ぶ(毒蛇の小道具がちょっと大きすぎたのはご愛嬌か)。その亡骸を女王にふさわしく飾ってシャーミアンも殉死。熊谷真実は女主人への愛情をたっぷり滲ませ、クレオパトラの人間的魅力を膨らませる好演。

始まりは喜劇的だったのに大悲劇として締め括られる。この落差の大きさがドラマの奥行きを広げ、人間という存在への愛情を深める効果を生んでいる。俳優たちが生き生きと魅力的な人物として動き回る蜷川マジックが今回も小気味よい。蜷川幸雄がシェイクスピアと格闘する舞台を観る幸せを今回も噛みしめた。

Wikipediaの「アントニーとクレオパトラ」の項はこちら ←上演史のところの「2011年、日本初演」というのは間違い。ちくま文庫版は末尾に戦後日本の主な上演年表をつけてくれているのですぐにチェック済み。