「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)~将監閑居の場」
「吃又(どもまた)」を観るのは2回目である。最初は2004年6月歌舞伎座の海老蔵襲名披露公演の中で又平(吉右衛門)・おとく(雀右衛門)で観た。おふたりがよくなかったわけではないのだが、ちっとも共感が湧いてこなかったのだ。
だから今回もまた「吃又」なのかと気乗りがしていなかったのだが、渡辺保氏の劇評で三津五郎が義太夫によく乗ってとてもよいと褒められていたので気をとりなおした。これは作品再評価のためにも真面目に夜の部に行かねばなるまいということにしたのだった。以下、あらすじを松竹ウェブサイトを踏まえて書く。
絵師の又平(三津五郎)は、生まれついてのどもり=吃音のため、師匠の土佐将監(彦三郎)から土佐の苗字を許してもらえないでいた。女房のおとく(時蔵)が夫に代わって願い出るが、ますます師匠の怒りを買うばかり。悲嘆に暮れた夫婦はついに死を決意。おとくの勧めで今生の名残りに手水鉢に自画像を描く又平。するとその絵は一尺あまりもある石を貫いて手水鉢の裏側に抜けるという奇跡が起こる。
三津五郎の又平、生真面目に絵に取り組んでいるのだが世に通る名もないので土産物の大津絵を描いてつましい暮らしをしているという庶民的な感じがよく出ている。三津五郎では何年か前の「たぬき」の主人公がとてもよかったが、カッコいいとはいえないがしみじみとさせる役に味が出るなあと今回も痛感。また今年のNHK「歌舞伎入門」で、時代物をやるのに義太夫をあらためて習いに行ったと言っていたが、身体の動きも本当によく糸に乗っていて観ていて気持ちがよかった。弟弟子が先に苗字を許されて必死になって師匠に懇願するその身を捨てた必死さ、許されずにその日暮らしで生きることにはもう耐えられずに死を決意する思いつめた感じ、絵を描き終わった時の放心状態。その哀れさがとても胸をうつ。
奇跡を起こした後で師匠から名前が許され、侍としての衣装や刀も与えられた時の喜び方がまた素朴でとても微笑ましかった。この悲嘆と喜びの両極の表現がまた庶民的な共感が持てるものだったのだ。
また時蔵のおとくとのコンビがとてもよい。どもりでよくしゃべれない夫に変わって師匠へのお願いをテンポのよい「しゃべり」できかせるのだが、これが押しつけがましくもなく夫への愛情がにじみでている。死後に名前を追贈してもらえることにも望みをかけて夫婦してともに死んでいこうとするのだが、その前に絵を描かせたり別れの水杯をしようとかいがいしく働く姿にも夫を心底愛する気持ちがあふれていた。派手さはないがこの又平・おとく夫婦にはふさわしい若さがあるのもよかった。とてもいい夫婦だなあと羨ましくもなる。
また時蔵の子息である梅枝の修理之助もよかった。前半の絵から抜き出た虎を消す奇跡を起こす場面の立ち居振る舞いもよく、又平夫婦のあしらいも嫌味がなく、師匠の言いつけで主筋の姫を迎えに出立するところも凛々しかった。これからも楽しみだ。その姫の危難を知らせにくる役の雅楽之助の松緑もよかった。こういう勢いのある役はなかなかいい。
今回の舞台で「吃又」の作品自体も演者によってこんなに面白くなるものなのだと認識をあらためることもできて、やっと満足できたのだった。
團菊祭・夜の部①「保名」「藤娘」の感想はこちら
團菊祭・夜の部②「黒手組曲輪達引」の感想はこちら
團菊祭「外郎売」幕見の感想はこちら
写真は松竹のウェブサイトより今回の公演のチラシ画像。
修正:当初タイトルを五月歌舞伎座夜の部と入れていた。これから新橋演舞場の五月大歌舞伎の感想も書こうとしたら自分でややこしくなってしまった。そこでこちらのタイトルを團菊祭・夜の部に統一して変更した。
「吃又(どもまた)」を観るのは2回目である。最初は2004年6月歌舞伎座の海老蔵襲名披露公演の中で又平(吉右衛門)・おとく(雀右衛門)で観た。おふたりがよくなかったわけではないのだが、ちっとも共感が湧いてこなかったのだ。
だから今回もまた「吃又」なのかと気乗りがしていなかったのだが、渡辺保氏の劇評で三津五郎が義太夫によく乗ってとてもよいと褒められていたので気をとりなおした。これは作品再評価のためにも真面目に夜の部に行かねばなるまいということにしたのだった。以下、あらすじを松竹ウェブサイトを踏まえて書く。
絵師の又平(三津五郎)は、生まれついてのどもり=吃音のため、師匠の土佐将監(彦三郎)から土佐の苗字を許してもらえないでいた。女房のおとく(時蔵)が夫に代わって願い出るが、ますます師匠の怒りを買うばかり。悲嘆に暮れた夫婦はついに死を決意。おとくの勧めで今生の名残りに手水鉢に自画像を描く又平。するとその絵は一尺あまりもある石を貫いて手水鉢の裏側に抜けるという奇跡が起こる。
三津五郎の又平、生真面目に絵に取り組んでいるのだが世に通る名もないので土産物の大津絵を描いてつましい暮らしをしているという庶民的な感じがよく出ている。三津五郎では何年か前の「たぬき」の主人公がとてもよかったが、カッコいいとはいえないがしみじみとさせる役に味が出るなあと今回も痛感。また今年のNHK「歌舞伎入門」で、時代物をやるのに義太夫をあらためて習いに行ったと言っていたが、身体の動きも本当によく糸に乗っていて観ていて気持ちがよかった。弟弟子が先に苗字を許されて必死になって師匠に懇願するその身を捨てた必死さ、許されずにその日暮らしで生きることにはもう耐えられずに死を決意する思いつめた感じ、絵を描き終わった時の放心状態。その哀れさがとても胸をうつ。
奇跡を起こした後で師匠から名前が許され、侍としての衣装や刀も与えられた時の喜び方がまた素朴でとても微笑ましかった。この悲嘆と喜びの両極の表現がまた庶民的な共感が持てるものだったのだ。
また時蔵のおとくとのコンビがとてもよい。どもりでよくしゃべれない夫に変わって師匠へのお願いをテンポのよい「しゃべり」できかせるのだが、これが押しつけがましくもなく夫への愛情がにじみでている。死後に名前を追贈してもらえることにも望みをかけて夫婦してともに死んでいこうとするのだが、その前に絵を描かせたり別れの水杯をしようとかいがいしく働く姿にも夫を心底愛する気持ちがあふれていた。派手さはないがこの又平・おとく夫婦にはふさわしい若さがあるのもよかった。とてもいい夫婦だなあと羨ましくもなる。
また時蔵の子息である梅枝の修理之助もよかった。前半の絵から抜き出た虎を消す奇跡を起こす場面の立ち居振る舞いもよく、又平夫婦のあしらいも嫌味がなく、師匠の言いつけで主筋の姫を迎えに出立するところも凛々しかった。これからも楽しみだ。その姫の危難を知らせにくる役の雅楽之助の松緑もよかった。こういう勢いのある役はなかなかいい。
今回の舞台で「吃又」の作品自体も演者によってこんなに面白くなるものなのだと認識をあらためることもできて、やっと満足できたのだった。
團菊祭・夜の部①「保名」「藤娘」の感想はこちら
團菊祭・夜の部②「黒手組曲輪達引」の感想はこちら
團菊祭「外郎売」幕見の感想はこちら
写真は松竹のウェブサイトより今回の公演のチラシ画像。
修正:当初タイトルを五月歌舞伎座夜の部と入れていた。これから新橋演舞場の五月大歌舞伎の感想も書こうとしたら自分でややこしくなってしまった。そこでこちらのタイトルを團菊祭・夜の部に統一して変更した。
三津五郎丈、今年のNHK「歌舞伎入門」の5回分の講師ぶりですっかり見直してしまった上で観たものですから、さらに贔屓度が上がってしまいました。
実直な役柄がとてもいいですよね。ご本人も恋愛物が苦手だそうです。大河ドラマの光秀と濃姫との慕情を通わせるところも楽しみにしているんです。ちょうどこれからですね。
★かしまし娘さま
「手水鉢」は遠隔操作の仕掛けがあるわけではないのですね。うーん手作りっぽいなあ(笑)。
愛之助・孝太郎で上方風の上演をされた舞台がよかったとききました。是非上方風も観てみたいものです。
色んなカップルがあるので、これからも楽しめそうですね。
時蔵の美しさも堪能したし!
「手水鉢」も、中に人が入ってると考えながら見ると飽きません(笑)
大河ドラマの出演も終わり、やっと舞台へ復帰という感じですね。