劇団四季の「エクウス(馬)」は今回が初見。私のご贔屓市村正親が少年アランを演じた伝説的な舞台は本で読んで溜息をつくばかり。その初演時から精神医師ダイサートを日下武史が今もやっているという情報に、今見逃すと先がないかもとおけぴさんのサイトでチケットを譲っていただき、前楽の自由劇場にかけつけた。
同じピーター・シェーファーが書いた「アマデウス」は幸四郎の舞台で2回、映画も観てDVDも持っているほどお気に入りなのだが、さてこちらはいかに......。
私が観た日のキャストは以下の通り。
マーティン・ダイサート=日下武史
アラン・ストラング=望月龍平 ジル・メイソン=田村圭
フランク・ストラング=山口嘉三 ドーラ・ストラング=木村不時子
へスター・ソロモン=中野今日子 看護婦=岡本結花
ハリー・ダルトン=志村要(劇団俳優座)
ナジェット(馬)=田島康成(劇団昴)
他の馬たち=岡本繁治、芹沢秀明、徳永義満、渡邊今人、森健太郎
家裁判事のへスター・ソロモンが初老の精神科医ダイサートに事件を起こした17歳の少年を連れてくる。世話をしていた馬6頭の目をつぶし、尋問には答えずにCMソングばかり歌っているという少年アラン。
♪「ダブルダイヤモンド、(ナントカカントカ)~」♪と歌い出すアランの望月龍平。台詞も歌もしっかりしている。身体は細くしなやかで馬に飛び乗る身体の動きも敏捷。心の秘密を守るために硬く心を閉ざしている。しかし夜には悪夢にうなされている様子が看護婦からも報告される。
精神科医としてベテランのダイサートは少しずつ少しずつ少年の心を開いていく。
ベンチの背もたれと座る部分が離れるように動き、座面を垂直に動かしたり戻したりするだけで大きな変化を作り出す。厩の場面では金属パイプで作り出した馬のマスクを茶色のセーターとパンツ姿の男優が頭にかぶり、蹄鉄を打ったひずめをあらわす金属パイプの履物を履いて登場する。その場面が終っても常に馬のマスクは舞台正面にひとつ、左右に2つずつかけられている。
アランの幼少時に浜辺で遠乗りしてきた馬に出会った原体験。信仰に生きる教師だった母と無神論者の父とで教育方針が大きく違っていた。母が神の愛を息子に語りきかせるのを嫌った父は息子が部屋に飾ったキリストの絵を捨てさせ、代わりに息子がせがんだのはこちらをじっと見る馬の写真。人間の友達をうまくつくれないアランは馬をラテン語でいうエクウスと呼び、絶対的に心を寄せるようになる。
バイト先で知り合った年上の女性ジルの紹介で厩舎で週末だけ馬の世話ができるようになったアラン。そのジルの話になると急に心を硬く閉ざす。
心を開きかけては閉ざしたり、ダイサートを挑発したりするアラン。一つ質問したら本当のことを答えるというキャッチボール。その駆け引きがシンプルな舞台で白熱する。
思春期の性愛に揺れる少年は、切り返しに熟年のダイサートの夫婦関係に鋭い質問を浴びせる。そこに触れることを避けてきたダイサートだが、アランの事件の核心にふれるため、自分の心の闇にも向き合っていかざるをえなくなる。
厩舎の合鍵をつくって3週間に一度だけ夜中に一番のお気に入りの馬ナジェットを連れ出し、鞍もつけずに裸になってまたがって疾走し、馬との一体感を味わうことが生きがいになっていたアラン。そのアランを混乱させたのがジルの誘惑だった。初デートで出かけた映画館で父も同じポルノ映画を観ていたところに遭遇。厳格にふるまっていた父がただの男だったことを知り、自分も男になろうとする。ジルが選んだ場所は厩舎の藁の中。馬たちの気配の中ではうまくいかなかった。ジルを一人で帰したアランはその自分の姿をナジェットが見ていたことに気づき、・・・・・・問題の行動に及んだのだった。
ダイサートは自分のやっていることに疑問を抱くようになりながらも、仕事遂行のためにアランに安らかな眠りを約束して、催眠術を使い、自白剤を使い、心の秘密を吐き出させる。その場を再現するために全裸になって語り、行動を再現したアラン。その身体を優しく包み込み、アランが眠りに落ちていくのを「君の勝ち取った眠りだ」と賞賛する。
最後にダイサートの独白。与えられた仕事(問題行動を起こす青少年をよき夫、よき市民に更正して社会復帰させる)は果たした。しかしそのことで彼は果たして幸せになったのだろうかという確信的に明らかになってしまった自分の疑問をぶちまけて終るのだ。そのことによってこの初老の男の不幸がくっきりと浮かび上がっての終幕。
うーん、この作品は一回観ればいいな。アランやダイサートの心の闇につきあうのは一回でいい。自分のそれにつきあっているだけで私はもう精一杯という感じ。ご馳走さまであった。
さて、アランというお役。望月龍平は頑張っていた。服を脱いだところも無駄のない美しい身体がまぶしい。しかし、この作品のキーワードは「目」だ。催眠術で目を開いたり閉じたりする場面も含めて、これがあの目の大きな市村正親だったらもっとすごかったろうなぁとかイメージしながら観てしまった。そうなると私の頭の中では観てもいない若かった市村正親のアランの幻想に置換されて観ている状態に陥っていて、我ながら驚いた。若い頃の市村正親は写真集などでしか知らないのに、ここまで脳内置換している自分にびっくりしていた。そしてこの役を39歳までやらされたというのは酷な話だというのも納得。
滝田栄が馬で出ていて、背の高い素敵な馬だったという話も何かで読んだ。初演の頃の話ではないかと思う。実はそれも脳内置換していたので、今回の馬さんたちには申し訳ないm(_ _)m
初演からダイサートの日下武史。若いアランとのやりとりも緩急自在。白熱の前楽ということもあってか、すごい迫力でたたみかけていった。プログラムを読んだら四季でつとめた役でご自分が好きな2つの役のうちのひとつがこのダイサートだという。その役を見ておくことができたのは私には幸いだった。日下武史のダイサートを観たことでこの作品はもう封印してもいいなという気がしている。
最近の四季のストレートプレイは、「ヴェニスの商人」「鹿鳴館」と日下武史を観ておくことに重点を置いて観ている。昔、高校時代に観た「桜の園」で藤野節子のラネフスカヤと並んでいたお姿は若かったなぁ。次はどんなお役を観ることができるだろうか。
写真は劇団四季自由劇場入り口の掲示板を撮影したもの。
追記
プログラムに載っていたが、イギリスではハリー・ポッター役で人気者になったダニエル・ラドクリフが「エクウス」の舞台でアランをつとめ、本物の実力を見せつけたという。「ハリー・ポッター」最新作は作品的に評判が今ひとつのようだが、ちゃんと観なくては!!
私は市村さんで2度(一度は舞台上の席)、加藤さんで1度みましたけど、ダイサートはいつも日下さん。他の人がダイサートを演じるのは想像できにくいですねぇ。残念ながら鹿鳴館は拝見できませんでした。
ヴェニスの商人は、ポーシャが理不尽に思えたくらい素敵なシャイロックでしたし。(まあ、元が理不尽な話ですが)
四季、といえば、最近キャッツのCMをよく見ますが、あれって、やっぱり見たほうがいいのかな。
舞台鑑賞がなく映画「チョムスキー」「夕凪の街 桜の街」「魔笛」「ウミヒコヤマヒコマイヒコ」「街のあかり」見ました。来週は久々にミュージカル「ヘアスプレー」観ます。
★どら猫さま
>大学時代になぜか、英語のテキストになってて......英語の先生がピーター・シェーファーの研究をしていらしたんでしょうか。原文で読んでいる作品なら何度も観たくなるかもしれませんね。市村アランをご覧になっているのが羨ましいです。
>心を抉るような台詞が多いですね......抉ってくれるままにされるのは気持ちがよくないのです。だからリピートはパスですね。他に観ないといけないと思う作品は尽きないので。
>素敵なシャイロック......日下さんのシャイロックはユダヤ人としての誇りをしっかり持っている描き方に好感を持ちました。今度の市村シャイロックはどんなかを楽しみにしているところです。
★玲小姐さま
仲代達也が清盛だった大河ドラマですね。あの語り口は誰にもないよさがありますね。
「CATS」は一度は観る価値のある舞台だと思ってます。って初演の大阪駅前のテント公演で当時小学生だった姪っ子と一緒に1回、海外でつくられたDVD版で1回観ただけであとはCDで繰り返し鑑賞したのみです。ストーリー性に物足りなさを感じるので私のハマり度は高くないです。答えがご期待に添えずにごめんなさいm(_ _)m
★hitomiさま
>観て充実する類ではないのですね......観る側の感性にもよると思いますが、私は引いて距離感をもってみてました。友人は若い頃、市村アランをこの作品で観て永遠の少年性の魅力を感じたそうです。私は少年期の心の揺れとかに深い興味がないせいか、感情移入できないのかもしれません。
ケビン・コスナーの「魔笛」も戦場に舞台を翻案しているというのを知って躊躇しています。戦場物は今ノーサンキュー的心境なんですよ。正統派だったら観たかったので、METライブビューイングで観たからいいやと見送る公算が強いです。
観たいなあ、と思いつつ観ることが出来なかった舞台なので、ぴかちゅうさんの感想を読ませていただいて、嬉しかったり悔しかったり(笑)しています。
私もきっと、市村さんに脳内変換されたんだろうなあ・・・
内容的にも、とても興味深くて、またいつか再演されることがあれば、是非観にいこうと思っています!
ケネス・ブラナーの「魔笛」は無理しないことにします。他で観劇を増やしてしまったので(^^ゞ
>オペラはやっぱり生の声に陶酔したい......確かにそうですが、METライブビューイングはけっこういいですよ。アンコール上映の「魔笛」がよかったので、今年の大晦日の歌舞伎座の「ロミオとジュリエット」も行こうかなぁと思っています。
★恭穂さま
「レミゼ」がもう卒業モードなので、そちらを減らしてでもこういう未見の作品を優先させています。恭穂さんも是非一度は観ていただきたい作品です!
どうしても市村正親ファンは観ていなくても脳内置換ができてしまうようですね。それっていろんな舞台の市村さんを観ているのでここはきっとこういう表情をするに違いないってイメージできてしまうからなんでしょうね。ああ、ビョーキだ(^^ゞ
目が大きいというところではイギリスでアランをやったハリー・ポッター役のダニエル・ラドクリフもきっとよかったんじゃないかと思います。
私は今のところ精神的に不安定気味なので、暗い作品やバカバカしすぎると思える作品がダメなのです。「氷屋来る」や「エクウス」も「ダンス・オブ・ヴァンパイヤ」ももうしばらくは観なくていい状態。そういう状態の人にも歌舞伎はいいみたいですね。ほどのよさがとても観ていて気分がいいのです。
そうそう『演劇界』という雑誌が歌舞伎専門誌としてリニューアルされて8/4発売になりました。いい機会なので『レプリーク』だけでなく一度読んでみていただくと9月に歌舞伎をご覧になるのにいいかもしれません。オススメです!!
エクウス、決して万人にお勧め!という舞台ではありませんが、私はリピートしちゃいました。
滝田さんのナジェット見たかった!かろうじて市村アランは見ました。当時は馬の中に、山口さんや榎木さんがいたようです。
>榎木さん......って榎木孝明さんですね。ウィキペディアで調べたら劇団四季にいたってわかりました(今まで知りませんでした)。山口さんも若い頃は長身の上に肥っていなかったからカッコよかったしょうね。多分、約20年前に大阪で観た「CATS」のラムタムタガーは山口さんだったような気がします。プログラムも買わなかったからわからないのです。