9/6(火)の仕事帰り、紀伊國屋サザンシアターでこまつ座第95回公演「キネマの天地」を急遽観劇してきた。1986年に松竹大船撮影所開所50周年記念として公開された同名映画の続編として企画され、同年に初演された舞台とのこと。映画の中井貴一と新人だった有森也美が一緒に写っているチラシを覚えているが、封切りの時にどうにも食指が動かなかった。
♪キ~ネ~マ~の天地♪という歌詞の「蒲田行進曲」は知っているし、気になるしでチラシを見ては逡巡。どうしても観たいというストーリーでもなさそうだが、女優陣が4人とも芸達者なのが気にかかる。井上ひさし作品ということだしハズレということはなかろうと決心して観劇。
【キネマの天地】作:井上ひさし 演出:栗山民也
冒頭はチラシ画像。その裏に記載されたあらすじを以下に引用し、配役を加筆。
1935年、日本映画華やかなりし頃、築地東京劇場の裸舞台に、小倉虎吉郎監督(浅野和之)に呼ばれて集められた銀幕のスター女優、立花かず子(麻実れい)、徳川駒子(三田和代)、滝沢菊江(秋山菜津子)、田中小春(大和田美帆)。自分こそが日本映画界を背負っていると確信する女優たちである。ただ顔を合わせると口から出るのは、お互いを牽制しあう皮肉たっぷりの言葉と自慢話。そして興味あるのは自分のアップの数と台詞の量。
スター女優たちは監督の次回超特作「諏訪峠」の話と思っていたが、出演依頼されたのは去年好評を博した舞台「豚草物語」の再演話、しかもこの場で稽古まで始めようとする監督に、しぶしぶ稽古につきあう女優たちであったが、そこには小倉による思惑があった。
実は一年前「豚草物語」の上演時、彼の妻であり出演女優であった松井チエ子が舞台上で頓死したのである。死後見つかった彼女の日記には「わたしはK.T.に殺される」と記されていた。
殺人? 犯人はこの中にいる?
うだつがあがらない万年下積役者(木場勝己)を刑事に仕立て、松井チエ子殺人事件真犯人追及劇「豚草物語」の幕が開く。(もう一人の出演者の古河耕史は助監督役)
1935年=昭和10年、庶民の楽しみは映画で娯楽作品の大量生産時代=日本映画全盛時代のバックステージもの。今でも名画座的なところでは片鱗が残っている二本立て興行が多かった。そういえば、中学時代に浅草国際劇場で「寅さん」映画とOSKレビュー「銀河鉄道999」の二本立て公演を私も観たのを思い出す。
戦後は英語でスクリーンだが、やっぱり当時は「銀幕」でスターというよりスタアという表記が似合いそうな女優4人の人物像の造形が見事なことに感心。大幹部女優の立花かず子の華やかさと貫録を麻実れいが体現。当時はこんなに大柄な女優がいるわけがないのだが、舞台版にはこれくらいのキャスティングがピッタリ。井上さんのト書きで指定されている巨大な帽子もひらひらレース生地のセミロングドレスも真っ白で目にまぶしいくらいの圧倒的な存在感。その衣装に包まれているのは「大幹部」をひけらかす意地の悪い女で、4人の女優は順に幹部、中堅、新人のヒエラルキーに縛られてふるまいながらも下剋上をねらう本音がのぞく。
お母さんシリーズの徳川駒子、毒婦シリーズの滝沢菊江、娘シリーズの田中小春というようにそれぞれのシリーズで人気を競っている。4人の中では秋山菜津子がこまつ座初出演だが毒婦シリーズというのが実にピッタリの配役だと感心至極。とにかく女優4人のやりとりと劇中劇の場面は大いに笑わせてもらえる。「豚草物語」というのも正規の公演ではなく、ご贔屓を招いての俳優祭のような企画なので豪華4大女優を四人姉妹という設定にした変な芝居なのだ。おかしすぎる!
それに万年下積役者の尾上竹之助がいろいろな変装でからむ。歌舞伎の大部屋を振り出しに今では映画の端役の仕事をもらって生きているという虎之助を木場勝己が哀感をにじませているのがいい。看板俳優との対照がくっきりしているのがこの世界の陰影の深さを思わせる。
ところがその舞台稽古を始める前に女優がトイレで席をはずした際に、監督が助監督と万年下積役者と示し合せる。監督夫人の女優が心臓麻痺で急死したのは青酸カリによる毒殺だとし、犯人をつきとめるように追いつめるという。舞台稽古がすすみ、ここで妻が死んだのだが本当はこの4人の中の誰かが殺したはずと監督が言い出した時から一気に緊張感が高まる中で休憩。
深呼吸をしながらトイレに並んでいたらご無沙汰していたブログ仲間さんと遭遇。こういうのもいいものだ。
後半の偽刑事による4人の女優への追及はするどく、4人それぞれが隠していることが暴かれる。それにこたえながら、女優たちはここまでくる中で味わってきた苦難を語り、その中で勝ち取ってきたものを語る。井上ひさしの「女優論」になっている。それをドキドキさせられながら見ていくと、作劇の大技「どんでん返し」が待っている。
刑事の仮面を剥がされ、さらに何枚もの仮面を剥がされるようなどんでん返しの連続で、とうとう井上ひさしの「演劇論」にも話が展開していく。
最後には、この世界にかける人間たちのいい作品を作り出したい、それに関わりたいという思いを描き切った作品世界を十分堪能させてもらえる。栗山民也の演出が実に丁寧なこともわかって嬉しい。
井上ひさし作品の中でも社会へのメッセージ性の強い作品というわけではない異色の作品。プログラムによると、この作品は映画版の続編としてもっと軽い話にする予定だったのが、女優論、演劇論まで盛り込まれてしまったものだとあった。まぁ、松竹の通常の商業演劇公演としての企画だったのだから当初はそうだったのだろう。それをここまでの思いのこもったものにしてしまうのが井上ひさしの因果という気がした。そういうところが大好きだ。
公演も10/1まで続くので、井上作品未体験の方にも気軽に観ていただくことをおすすめしたい。
(追記)
プログラム=『(季刊)the 座』No.70の特集に「井上ひさしの選ぶ日本映画ベスト100」がある。知っている作品もあるし、知っている俳優の若い頃の写真もあるしで見ていて楽しく、それぞれへの井上ひさしのコメントに映画への愛情があふれていた。こういう思いが「キネマの天地」にぎゅぎゅっと詰め込まれているのだと納得!
木場さんもさすが達者でした。浅野さんの活躍場面が少なくて残念でした。
女優同士ってこんなかなと思わされたし、最後のオチもなるほどと思えました。ただ原作を知りませんが、いのうえさんらしい批判精神があまり感じられない作品で、ちょっとドタバタした軽い感じで、これでいいの?と思ったのと、ちょっとくどいと感じ途中少し眠かったです。
笑えるのは楽しくていいのですが、やはり深刻なタイプが好きなので。
サザンシアターで初めて?横通路前の後方で表情がよく見えなかったのが残念でした。
>いのうえさんらしい批判精神があまり感じられない作品......確かにそうですね。演出の栗山さんも異色の作品と言ってます。この作品はもっと軽い話にする予定が、女優論、演劇論まで盛り込まれてしまったものだとプログラムに書かれてました。映画に続くエンタメ舞台のつもりがやっぱりどんどん思いを注ぎこんでしまったという感じでしょうか?
オンタイムの時に鑑賞を見送った映画版をDVDなどでレンタルで借りてきて観てもいいかなという気になってきました。まぁ、旧作が割引になる日でいいんですが(笑)
wowowが90年代に観たトップガールズの新キャストを放送してくれてありがたかったです。
フォロ・ロマーノ行く時はパラティーノの丘から入るとすいています。
ローマやフェレンツェ郊外、湖水地方などの皇帝や貴族のビィラの庭園は見ごたえがありました。
イタリアは定年になったらまた行きたいと思ってます。
トップガールズ、以前の舞台も一幕しか覚えていないぐらいで歴史好きには一幕の方が面白いです。二幕は現代の悩みですから。
今日、大竹しのぶ(素晴らしかったです)の身毒丸観ました。蜷川さんもカーテンコールに登場したので盛り上がりました。
白石さんの身毒丸(残念ながら未見)とはだいぶ改定されているそうです。来週は一枚のハガキを観たいです。
「身毒丸」は白石加代子さんの時、武田真治主演版をビデオで、藤原竜也のファイナルの舞台を生で計2回観ました。どうもあまり好きな作品ではありません。俊徳丸の出てくる話では歌舞伎や文楽の「摂州合邦辻」の方が好きです。
新藤兼人監督の「一枚のハガキ」は是非ご覧ください。プログラムにある監督が描かれた絵コンテを見ると監督のイメージがより理解できると思います。
やっと記事が書けたのでTBさせていただきました。
4人の女優さんたちのやり取り、凄かったですねー。
メッセージ性の強い井上作品も好きですが、
このお芝居や「ロマンス」のような作品には、
本当に演劇を見ることの幸せを感じてしまいます。
個人的に、とても愛しいお芝居の一つになりました。
明日は「雨」がTVで放映されますね。
観れなくて悔しい想いをしたので、忘れず録画しなくては!!
井上作品は初期の作品から晩年の作品まで多彩ですよね。これからもいろいろな作品が上演されることでしょう。それらを観ていきながら井上ひさし作品の多面性も味わっていこうと思ってます。
明日の「雨」のオンエア情報も有難うございます。危うく忘れるところでした。さっそく録画予約入れました。恭穂さんもじっくり楽しんでくださいませ(^_^)/
亀コメごめんなさい。
「キネマの天地」はこんなお話とは全く知らずに観ましたので、
最後のどんでん返しには「やられた~」と思いましたが(笑)、
ほんとうに観てよかったと思える舞台でした。
ぴかちゅうさんがおっしゃる通り、社会的なメッセージ性がない
という意味では井上作品の中での異色と思えますが、演劇や映画や、
演劇に携わる人たちへの愛があふれていましたね。
とりわけ女優さんたちを見る目がキビしくて、皮肉っぽくて、
そして眼差しが温かかったです。
その4人の女優さんたちを演じたホンモノの女優さんたちも
またすばらしくて、女優-この手強くて愛すべき生き物、を
地でいく感じでしたね~。
>演劇や映画や、演劇に携わる人たちへの愛があふれていました......同感です。もうそれだけで胸がジーンときますよね。
>女優さんたちを見る目がキビしくて、皮肉っぽくてそして眼差しが温かかった......このご指摘の表現が素晴らしい!バックステージものとして、愛のあふれる秀作でした。
いま、扇田昭彦さんの『蜷川幸雄の劇世界』を毎日寝る前に少しずつ読んでいますが、井上ひさしの初期作品を愛する蜷川さんの思いも実によくわかって、両巨匠が晩年にタッグを組んでくれた舞台を観た幸せも噛みしめているところです。