ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

07/12/09 十二月歌舞伎座昼の部③勘三郎の「筆幸」

2008-01-09 23:59:33 | 観劇

12月歌舞伎座最後の感想を書いてしまおう。
「筆幸」は昨年3月の幸四郎の幸兵衛で初見。
さて勘三郎の幸兵衛はいかに。
【水天宮利生深川】筆屋幸兵衛 浄瑠璃「風狂川辺の芽柳」
ウィキペディアの「水天宮利生深川」の項はこちら
今回の配役は以下の通り。
船津幸兵衛:勘三郎 娘お雪:鶴松 娘お霜:?
長屋のおかみさんたち:芝喜松、歌女之丞
車夫三五郎:橋之助 大家与兵衛:市蔵
金貸金兵衛:猿弥 代言人茂栗安蔵:彌十郎
萩原妻おむら:福助 下女:小山三
巡査民尾保守:獅童

前回の記事ではあまり面白くないと書いた。2回目の今回はけっこう面白く思えた。
鶴松の娘お雪がいい。声変わり前なのだと思うが安定した声で哀れな境遇の中でも武士の娘としての健気な感じがある。娘お霜は筋書を買えなかったので確認できないのだがこれも可愛い。長男幸太郎の出産後に母親が亡くなってから乳飲み子を抱えた幸兵衛宅に長屋のおかみさんたちが心配してきてくれているのだが、芝喜松、歌女之丞のおかみさんたちが実にいい。これで芝居の世界にぐっと引き込まれてしまう。
士族といいながら筆を作って売る商売も順調なわけもなく、乳飲み子を抱えてはまともに働けない幸兵衛。明治初年のこととて母を亡くした乳飲み子は貰い乳をするしかなく、子どもを亡くした萩原妻おむらに乳をたくさん貰い、一つ身も貰えて感謝する幸兵衛。零落した境遇ながらも武士の誇りを持ち、他人の善意に深く感謝する人物を勘三郎がしみじみと演じてくれる。
そこに金貸金兵衛が代言人安蔵を連れてズカズカと上がりこみ、無慈悲にあり金を巻き上げ、上等だからと一つ身まで持って行ってしまう。金のためなら何でもやるという悪役を猿弥と彌十郎の迫力がありながらも背の高低のある凸凹コンビがやるのが可笑しい。勘三郎の八の字眉の顔は、困りぬいた男の情けなさを印象づける。
徹底的に無一文にされ、将来を悲観して子どもたちを殺して一家無理心中をはかろうとする幸兵衛。末期の水を汲んでフラフラッとおこつくところも哀れを誘う。

幸太郎から刺し殺そうとして一瞬で狂気の世界へと飛んでしまい、ガラっと表情を変えるところも見事。商売道具の筆もボンボン投げ出して、止めようとする者全てを殴りつけ突き飛ばしの家中をひっくりかえすような大暴れ。ここの場面はすごく面白いのだが、あまりに武士が狂ったような感じがしないのはどうなんだろうとちょっと疑問を持ってしまった。幸太郎を抱いたまま出奔した幸兵衛を追いかける橋之助の車夫三五郎が人力車を引く形で花道を引っ込むところも実に笑えたし、うまくてよかった。

幸兵衛が貧しさを嘆くところで、隣家が金持ちで祝い事に浄瑠璃の太夫をよんでいるのが聞こえるという「よそ事浄瑠璃」の清元が下手の家状の屋台で語られるのがまた貧富の差をくっきりさせる。歌舞伎の面白い演出だと感心する。

幸太郎を抱いて大川に身投げした幸兵衛が助けられ、身を守ったのが碇の絵の描かれた水天宮の額ということでタイトルになっているのだ。ここが碇知盛を下敷きにしているということで、黙阿弥はしっかりそういう趣向を踏まえて散切り物を書いたのだと納得。

福助のおむらと小山三の下女が連れ立って出てくるところもいい感じ。小山三がいつまでも元気なのが嬉しい。獅童が颯爽とした洋装姿の巡査で出てくるが、こういう役は無難。
座組みのいい一同が揃っての大団円。昼の部の打ち出しには、なかなかよかったんじゃないかと思えて、ほっこりした気分で歌舞伎座を出た。

写真は歌舞伎座正面の脇に積んである酒樽。大入りの額も付いている。
12/09昼の部①「信濃路紅葉鬼揃」
12/09昼の部②「鎌倉三代記」
12/26千穐楽夜の部①「粟餅」
12/26千穐楽夜の部②「寺子屋」
12/26千穐楽夜の部③「ふるあめりかに袖はぬらさじ」