市政をひらく安中市民の会・市民オンブズマン群馬

1995年に群馬県安中市で起きた51億円詐欺横領事件に敢然と取組む市民団体と保守王国群馬県のオンブズマン組織の活動記録

アカハラ犯雑賀洋平の沼津高専逃亡騒動を振り返る…逃亡中の労働実態不明問題を会計検査院に告発!

2021-11-29 23:49:00 | 群馬高専アカハラ問題

■群馬高専電子情報工学科で甚大な被害を出した雑賀洋平教授による大規模アカデミックハラスメント事件。まったく未解決のまま膠着状態が続いていたところ、2019年度に入り突然、雑賀洋平は沼津高専に「人事交流」で避難していきました。背景には、和歌山高専時代の元同僚である沼津高専・藤本晶校長(当時)によるパワハラ同然の強引なバックアップがありました。

○2019年7月25日:【緊急報告】沼津高専によるアカハラ犯雑賀氏受入れの内幕が明らかに…同校に響き渡った藤本校長の怒声!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2988.html
○2019年8月5日:沼津高専からも公開質問状への回答到来…「雑賀専用シェルター」の本領発揮!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2998.html
○2019年11月8日:19秋・潜入調査記in沼津高専…アカハラ犯・雑賀洋平の「今」とその狙いを探る(1)
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3069.html

 その一年後、雑賀洋平は何事も無かったかのようにJ科3年クラスの正担任として群馬高専に凱旋帰還し、同時に藤本晶氏も沼津高専校長を「任期満了」で退任して、静岡の地に突如巻き起こった大騒動は過去の話になりつつあります。

 そして未だに、この雑賀洋平の沼津逃亡の目的・経緯や実態は闇のベールに包まれています。特に、雑賀洋平が藤本校長の手厚い庇護のもと、教員室はもぬけの殻で授業も研究も受け持たずに高給だけせしめる「高専内ニート」と化していた驚愕の実態については、遺憾にも何らメスが入れられていない状態となっています。

■その折、長野高専岩佐(前)総務課長による常習巨額の出張旅費着服問題について会計検査院に告発を行うはこびになったため、同じく納税者として看過できない雑賀洋平の沼津逃亡時労働実態不明問題についてもあわせて同院に告発することにしました。

○2021年11月27日:長野高専岩佐(前)総務課長による常習巨額の旅費着服問題…その悪質な実態を会計検査院へ告発!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3387.html

 なお、2019年11月2日に当会担当者が沼津高専を訪問してモヌケの殻の雑賀教員室を確認した様子、および2020年12月14日に当会担当者が会計検査院を訪れて高専関連の会計問題に関する告発を行った様子については、上記リンクの各記事をご覧ください。

■今世紀に入り、日本における高等教育・学術研究の著しい衰退と苦境が叫ばれて久しい状況にあります。慢性的に続く不況の中で国の教育研究予算は減額に減額を重ね、地方の国立大などでは、研究もマトモに遂行できないどころか施設修繕すらままならない状況に陥っています。アカデミックポストの不足問題も深刻です。

 特に、若手研究者の待遇や研究環境は劣悪を極めており、海外への人材・知的財産の流出も深刻です。研究者志望の優秀な若者が、あまりの激務薄給ぶりに研究の道を諦めたり、将来に絶望して自ら命を絶つ事例は枚挙にいとまがありません。

 このように、我が国全体で教育研究が困窮にあえぐ最中、よりにもよって幾多の若手研究者や学生の人生を凄惨なアカハラで歪めた張本人に対して、労働実態一切不明の状態にも関わらず学校長の庇護のもと高給が支払われていたのですから、怒りを通り越して呆れるというほかありません。国民が額に汗して納めた血税と高専学生のご家庭が納めた授業料が、凶悪アカハラ犯の身勝手な「沼津バカンス」に湯水の如く投入されていた驚愕の実態には、率直に「許しがたい」という感想しか湧いてきません。

■当会では、この雑賀洋平の沼津逃亡時労働実態不明問題に関して、以下の会計検査院宛て報告書を作成し、訪問時にあわせて調査を要請することにしました。

*****雑賀沼津バカンス問題報告書送り状*****ZIP ⇒ vgojx.zip
                            令和2年12月14日
〒100-8941 東京都千代田区霞が関3-2-2
会計検査院 渉外広報室 御中
TEL: 03-3581-3251

 〒371-0801 群馬県前橋市文京町1丁目15番10号
          市民オンブズマン群馬  代表  小川 賢
                 TEL: 027-224-8567(事務局・鈴木)/
                    090-5302-8312(代表・小川)
                 FAX: 027-224-6624

            特定高専教員の労働実態不明問題に係る報告

拝啓 日々益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
 弊会は、行政およびその関連機関を外部から監視し、当該機関による権限の不当な行使ないしは不行使による一般国民への権利利益侵害、並びに税金を原資とした公的資金の濫費について、調査および救済の勧告を図る活動をしている民間団体です。なお、弊団体は群馬県を主な活動地域としていますが、事案によっては、適宜近隣の県への出張活動も行っております。

 さて、独立行政法人国立高等専門学校機構(以下「高専機構」)が設置する群馬工業高等専門学校(以下「群馬高専」)の雑賀洋平教授(以下「雑賀洋平氏」)が、2019年度の1年間にわたり、沼津工業高等専門学校(以下「沼津高専」)へと高専機構の人事交流制度(以下「高専間人事交流制度」)を使って派遣異動していました。しかし、この派遣異動期間における雑賀洋平氏の労働実態がまったくの不明であったという事態が発生しています。高専教授の平均年間給与額は年に約890万円であり、これに広域異動手当を含めると920万円に及びます。労働実態が一切不明の人物に対し、年1千万円近い給与が国庫から支払われていたという事態は、納税者たる国民として看過することはできません。

 したがって、弊会として把握しております本件経緯のご説明及び独自調査結果を記載した報告書、ならびに本件関連資料を本状に添付して貴院へのご報告とさせていただきます。あわせて貴院に対し、高専機構及び沼津高専への本件に関する迅速な会計検査の実施を要請させていただきます。

                                 敬具
**********


*****会計検査院宛て報告書*****ZIP ⇒ 20201214gjs.zip
         特定高専教員の労働実態不明問題に係る報告書
                              令和2年12月14日
                          作成者:市民オンブズマン群馬

1.本件の前提となる事実関係
(1)国立高専教員の労働賃金体系と高専間人事交流制度について

  沼津高専と群馬高専は、ともに高専機構が設置する国立高専であり、その教員はすべて高専機構という独立行政法人の職員という扱いになっています。国立高専教員は、大学教員と同じく高等教育機関の研究職としての側面がありますが、大学教員と違って専門業務型裁量労働制の対象にはなっておらず、変形労働時間制になっています。これは、授業や実験の担当といった学生教育や、クラス担任といった学生指導の時間の比率が大きいためです。所定労働時間は、1日当たり7時間45分、1週間当たり38時間45分と定められています(資料1、3条及び14条)。
  高専間人事交流制度は、高専機構の「高専・両技科大間教員交流制度実施要項」(資料2)に沿って実施されている制度であり、その目的は、同要項1項によれば「教員を他校に一定期間派遣し、教育研究活動に従事させることにより、教員の力量を高め、教育及び研究の向上を図る」ためとされています。
  この制度により高専間の人事交流を行う場合、派遣元・派遣先高専双方の学校長の合意の下、1年間~3年間の期間を設定して教員を配置換できることとなっています(同要項4項及び8項(1))。その際、派遣中及び派遣後3年間にわたり、派遣教員には広域移動手当が支給されます(同要項8項(3))。その額については、高専機構の教職員給与規則によって、異動距離が60~300kmで月給の4%、300km~で8%と定められています(資料3、25条2項)。例えば群馬高専から沼津高専に移動した場合、群馬高専最寄りの新前橋駅から沼津高専最寄りの下土狩駅までの距離は243.1kmなので、月給の4%です。
  平成29年度における国立高専教授の年間給与額の平均は889万1千円となっています(資料4、P12)。これは全ての査定が平均的とすれば、賞与を抜いた純粋な月給に換算して約63万5千円に相当します。これを上記の例に当てはめて広域異動手当の額を計算すると、63万5千×4%で月2万5千4百円、つまり年に約30万4千8百円となります。すると年間の給与等の額の合計は、上記の年間給与額平均と合わせて約920万円になります。

(2)群馬高専の雑賀洋平教授の沼津高専への人事交流派遣について
  群馬高専電子情報工学科の教授である雑賀洋平氏は、高専間人事交流制度によって、平成31年(2019年)4月1日から令和2年(2020年)3月31日までの1年間、沼津高専に異動していました。この人事交流派遣は、平成30年(2018年)10月10日に決定されました(資料5)。沼津高専における雑賀洋平氏の配属先については、同校の学科所属ではなく、同校では唯一の「専攻科直属」となりました(資料6)。同校では、専攻科の課程は学科所属の教員が担当するもので、専攻科に教員が直接配属されることは極めて異例です。雑賀洋平氏には、沼津高専への着任に際して、同校電気電子工学科棟3階の廊下東側突き当たりの部屋が教員室として割り当てられました(資料7、『2811 プロジェクト』となっている部屋)。


2.雑賀洋平氏の沼津高専派遣時労働実態不明問題の内容について
 上記の経緯によって、2019年4月、雑賀洋平氏の沼津高専への人事交流派遣が開始されました。しかし派遣開始後、同校内部関係者らから弊会に「年度初めからずっと雑賀洋平氏の教員室が空っぽで、何をやっているのか皆目わからない」「授業の担当もろくになく、卒研指導も他教員との関わりもなく、業務実態がまるで不明」といった疑問の声が次々寄せられました。

 そこでまず、弊会において、2019年度の同校における雑賀洋平氏の担当授業科目の確認をシラバス上で行いました。すると、学科担当科目が年間を通じてゼロであるばかりか、所属しているはずの専攻科ですら、前期(4月~9月)では『画像処理工学』(専攻科共通・選択科目、2単位)の担当しかなく、そして後期(10月~翌2月)に至っては担当科目がひとつも存在しませんでした(資料8)。

 さらに、2019年11月2日、直接事実確認を行うため弊会担当者が同校を現地訪問しました。雑賀洋平氏の教員室の内部をガラス越しに確認したところ、がらんどうで空っぽの部屋に、空のスチール棚やほこりをかぶった机が1つ2つ無造作に置かれているだけの状態でした。机の上にほこりの被ったデスクトップモニタが置かれていましたが、そのケーブルは無接続で、宙ぶらりんの状態になっていました。本や書類、事務用品、身の回り品の類も一切見当たらず、教育・研究活動はおろか、沼津高専教員としての最低限の業務に従事している痕跡すらもまったく見受けられませんでした(資料9)。

 また、沼津高専に所属する教員は部活動の顧問を担当することになっており、雑賀洋平氏は同校野球部に割り当てられていたようです(資料10)。しかし、同校野球部には既に監督・コーチが各一名と顧問教員が3名いた中で、雑賀洋平氏は顧問教員らの末席に名前を載せらせただけの状態であり、実際に部活動顧問としての実質的役割を果たしていたことを示すわけではありません。

 高専教員は研究職でもあり、授業や学生指導等の業務を除く業務時間は研究にあてられます。研究内容は教員の裁量に任され、上司から監督されたり内容を指示されることはありません。すると、このケースのように受け持ち業務が極端に少なく、他教員や学生との関わりもない場合、出勤簿に判子だけ押して他の時間は帰宅していてもわからないという状態になってしまいます。この場合、所定労働時間にわたり懈怠なく働いたという業務実態が一切ないにも関わらず、給与及び各種手当だけは全額支払われてしまいます。そして、各種の証言と証拠は、現実にこうした異常事態が発生していたことを物語っています。

 特に2019年度後期にかけて、雑賀洋平氏は、一切の講義も受け持っておらず、あわせて教員室において研究活動に従事していた実態も認められないわけですから、高専教員としての職責を果たしていなかったことは明らかです。この惨状では、上記の「教育研究活動に従事させることにより、教員の力量を高め、教育及び研究の向上を図る」とする高専間人事交流制度の目的も一切果たせていないことは明らかです。

 前年度(令和元年度)末に、雑賀洋平氏の沼津高専への人事交流派遣は完了し、今年度(令和2年度)明けから同氏は群馬高専の教員として復帰しました。しかし本報告書提出時点に至っても、同氏が1年間にわたり業務実態が一切不明の状態で1千万円近いとみられる給与及び諸手当を受け取っていた問題について、何ら解決はなされていないままです。

 本件に関しては、迅速に雑賀洋平氏の当時の沼津高専における業務実態に関する調査を行い、1千万円近い給与及び諸手当を満額支払うに値する業務が行われていたと認められない場合は、その期間の給与等を遡って減額とし、受け取った給与等の一部または全部を返納させるべきであると結論されます。

                                      以上


3.本報告書添付資料一覧
○資料番号:1
・資料名:独立行政法人国立高等専門学校機構教職員の労働時間,休暇等に関する規則
・備考:関連箇所につき一部抜粋
ZIP ⇒ ejcxk.zip

○資料番号:2
・資料名:高専・両技科大間教員交流制度実施要項
ZIP ⇒ 2ezxv.zip

○資料番号:3
・資料名:独立行政法人国立高等専門学校機構教職員給与規則
・備考:関連箇所につき一部抜粋
ZIP ⇒ ek.zip

○資料番号:4
・資料名:役員の報酬及び退職手当並びに教職員の給与の水準(平成29年度)
・備考:関連箇所につき一部抜粋
ZIP ⇒ 4vyee29nxa.zip

○資料番号:5
・資料名:雑賀洋平氏の派遣決定通知
ZIP ⇒ 5h31nxezxhehimj.zip

○資料番号:6
・資料名:沼津高専概要2019『専攻科』ページ
・備考:関連個所につき一部抜粋
ZIP ⇒ 6tv2019wuxyw.zip

○資料番号:7
・資料名:沼津高専主要棟部屋配置図
・備考:平成30年度の配置図
ZIP ⇒ 7vzuia2nxwj.zip

○資料番号:8
・資料名:沼津高専専攻科の2019年度分シラバス
ZIP ⇒ 8u2019vox.zip

○資料番号:9
・資料名:沼津高専への派遣実施中における同校内の雑賀洋平教員室の様子
・備考:令和元年(2019年)11月2日撮影
ZIP ⇒ 9hzgmlq.zip

○資料番号:10
・資料名:沼津高専野球部HPのログ
・備考:令和元年(2019年)12月25日取得
ZIP ⇒ 10hpo2019.12.25.zip

                                以上
**********

■そして2020年12月14日、当会担当者が会計検査院を訪れ、適宜事件に関する説明を加えつつこの報告書一式を同院担当者に提出しました。

 先方の清水担当者は、「本当に勤務実態がなかったりデタラメだったならば問題になるが、一応勤務実態がありますなどということを示されてしまうと難しいかもしれない」と見通しを示しました。その上で、「でも情報提供としては、当然この話はお受けします」と報告書を受領してくれました。後ほど会計検査院内部で当会の報告書内容を精査し、取り上げるかどうかを検討していくという意向を感じ取りました。こうして、本件に関する告発も終えました。

 会計検査院は、たとえ情報提供者本人に対してであっても、個別の会計検査の進捗を教えることはしてくれません。したがって、その後に調査がどう進んでいるのかはもちろん、そもそも調査に踏み切ってくれたのかどうかについても、当会にはわかりません。当事者高専である群馬・沼津の両高専と高専機構、そして会計検査院のみぞ知る事項となります。

 当会としては、アカハラ被害者たちはもちろんのこと、日本の教育研究の苦境の中で窮乏にあえぐ研究者たちをも嘲笑うかのような雑賀洋平の沼津バカンス劇に対して、血税の使途チェックを最上の使命とする会計検査院がしっかりと鉄槌を下したことを祈るばかりです。

■ところで、国立高専組織では現在、労働基準法違反の残業代未払いが横行しているようです。労働時間をタイムカードなどで管理しなければならないと法律で定められているにも関わらず、ほとんどの高専においてロクに労働時間を管理しない違法状態と「サービス残業強要」「残業申請拒否」が常態化しているとのこと。

 このように、「労働実態を把握しない」高専組織の欠陥による労働基準法違反の過重労働横行もまったく深刻です。しかし一方で、こうした「労働実態を把握しない」高専組織の欠陥を逆手に取って、かの沼津バカンスが成立してしまった実態もあります。労働法違反でコキ使われる若手教職員への奴隷待遇と、幹部の庇護を得てアンタッチャブルと化した教職員の貴族待遇の間にある天と地ほどの差には、唸るしかありません。

 労働基準法完全無視のブラック体質に苦しむ高専教職員の皆様方におかれましては、ぜひ第一に労働基準監督署に駆け込み、労働問題を専門とする弁護士への相談を開始してください。そして第二に、「労働実態をきちんと把握しないなら、逆手に取って『バカンス』を満喫してもいい前例が沼津高専にあるぞ」と雑賀洋平の事例を示し、出勤簿にハンコだけ押してさっさと帰宅されることを推奨いたします。「雑賀洋平の前例」を争点にされたくない高専機構側も、強くは出られないことでしょう。


【市民オンブズマン群馬事務局からの報告】

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【記録資料番外編】群馬高専における深刻な諸問題の2021年9月現在に至る経過まとめ

2021-09-12 01:27:00 | 群馬高専アカハラ問題

群馬高専電子情報工学科教授・雑賀洋平。同校HP・トピックスページ(https://www.gunma-ct.ac.jp/cms/topics/jga140301.htm)より

■これまで3記事に分けて、特に2014-15年にかけて苛烈を極めた群馬高専電子情報工学科大規模アカハラ事件当時の記録資料を公表掲載いたしました。

 さて、当会・市民オンブズマン群馬では、関係者による告発と対処要請を受け、アカハラ事件発生直後の2015年4月から調査追及を開始しております。以来、足掛け6年半にわたり活動を継続しておりますが、同校の抱える闇は想像を遥かに超えて根深く、抜本的な問題解決には至れておりません。

 同校では、当会が活動している間にも次々と深刻な問題が起こりました。その筆頭が寮生連続不審死事件(2件目・3件目)の発生であり、次に西尾校長による学生脅迫騒動です。更に雑賀洋平をめぐっては、西尾校長が出元の文科省に逃亡して以降も、沼津バカンス逃避行や3Jクラス正担任就任強行などの事件が続発しています。これらは、今に至るも群馬高専側が悲惨なアカハラ事件を揉み消して「無かったこと」にしようと考えている証左であり、ハラスメントやいじめを横行させ隠蔽する同校の腐敗体質が何ら変わっていないという何よりの証でもあります。

 この記事では、その後から現在に至るまで、群馬高専と雑賀洋平をめぐって何が起こったかをあらためて振り返ってみました。

【2015年】
■前年12月24日に被害教員から提出された『ハラスメントに関する申立書』(記録資料5)に引き続き、2月25日、被害学生13名が連名で『人権・被害救済の申し立て』(記録資料6)を西尾校長(当時)に提出しました。3月末、『ハラスメントに関する申立書』を提出した被害教員(講師)が退職してしまいました。西尾校長は、お茶を濁すような揉み消し対応に終始し、4月1日には電子情報工学科新4・5年保護者宛てに「説明文書」(記録資料4)を送付し、同月10日には「説明」を行いました。

 4月15日、関係者からの告発を受けた当会(市民オンブズマン群馬)が、アカハラの事実関係と学校としての見解を確認するため、初めて群馬高専に公開質問状を提出しました。ところが2日後に西尾校長が返した回答は「プライバシーのため一切回答しない」の一文でした。

○2015年4月15日:アカデミックハラスメント被害に揺れる群馬高専の学校長に対して実態把握と善処を求める公開質問状を提出
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1584.html
○2015年4月21日:アカデミックハラスメント被害に揺れる群馬高専の学校長からオンブズマンに「一切回答拒否」と返事
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1590.html
○2015年4月24日:3年前のアカハラ事件は公表したのに、なぜか今回のアカハラ被害疑惑では隠ぺいしたがる群馬高専の事情
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1593.html

■5月には、J科アカハラ事件に対する善処を求めて高専機構本部に要請を行ったものの、個別事案に口出ししない態度をうかがわせる形式的な回答が返されてきました。

○2015年5月14日:群馬高専のアカハラ問題の実態解明と再発防止策の確保を願い国立高等専門学校機構に要請
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1613.html
○2015年5月23日:群馬高専のアカハラについて、オンブズマンの要請と質問に対して国立高等専門学校機構が回答
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1624.html

■6月、アカハラ事件に関する内部文書を開示させるべく、文書開示請求書を群馬高専に提出しました。ところが、同校から翌月届いた決定は、文書の存在有無すら一切回答しない「存否応答拒否」でした。仕方がないので、内閣府の審査会に答申を求めるべく8月に異議申立を行いましたが、同校は申立書をなかなか諮問に掛けようとせず、秋も深まるまで露骨に時間稼ぎをしてきました。

○2015年6月27日:群馬高専をめぐるアカハラ問題で、市民オンブズマン群馬が情報開示請求書を同校に提出
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1651.html
○2015年7月24日:群馬高専アカハラ問題で、オンブズマンの情報開示請求に対し同校が不開示決定通知で開示拒否
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1673.html
○2015年8月31日:アカハラ問題に関わる情報開示請求に対しオンブズマンに不開示決定通知をよこした群馬高専に異議申立
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1707.html
○2015年10月9日:アカハラ問題に関わる情報不開示に対するオンブズマンの異議申立てを群馬高専が1か月以上も店晒し
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1752.html
○2015年11月14日:アカハラ問題の情報不開示に係る異議申立てで内閣府から送られてきた群馬高専の理由説明書の内容
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1798.html
○2015年12月2日:アカハラ問題の情報不開示に係る異議申立てで内閣府審査会に意見書と資料を提出
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1818.html

■そしてこの裏では、2件目の寮生不審死事件が発生していました。電子情報工学科所属の4年寮生が、テスト期間中の6月に寮から出た後行方が分からなくなり、2か月後の同8月に利根川で水死体になって発見されたのです。

【当会注:この2015年夏の寮生不審死事件発生を受け、当時、新聞記者から同校学生などに取材が掛けられていたようだが、この時点では報道に至らなかったようす。なお、そうした機会を借りてか、雑賀洋平によるアカハラ事件についても新聞社に持ち込まれたようだが、地元の上毛新聞は、「雑賀洋平のアカハラ事件については取り扱わない」と上層部が決定してしまったという話である。ニュースバリュー不足と捉えたのか、群馬高専に抗議されるリスクを恐れたのかは不明】


【2016年】
■1月、3件目の寮生不審死事件が発生してしまいました。電子情報工学科所属の4年寮生が、授業間の休憩時間に学校を抜け出して行方不明になり、2日後に高崎市の山中で首を吊って自殺した状態で見つかったのです。

この惨事に関する説明会が開催されるという情報を掴んだ当会では、会員らが2月に説明会出席を試みました。一度は会場に入れましたが、血相を変えた西尾校長が直々に飛び出てきて、排除されてしまいました。

○2016年2月7日:痛ましい事件の再発にもかかわらず相変わらず隠ぺい体質の群馬高専に問われる学生への手厚い精神的ケア
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1887.html

■一方で、アカハラ情報の存否応答拒否に関する異議申立については、3月になってようやく「存否を明らかにして決定をすべきである」と情報公開・個人情報保護審査会が答申しました。これでやっと隠蔽措置が取り消されるかと思いきや、西尾校長ひきいる群馬高専は、文書の件数だけ明らかにして再び全文書を不開示としてきました。

○2016年3月5日:群馬高専アカハラ問題でオンブズマンへの情報不開示処分について内閣府審査会が群馬高専に対して答申!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1914.html
○2016年4月30日:アカハラをしぶしぶ認めたものの具体的な文書はあくまで不開示とする群馬高専の隠ぺい体質
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/1979.html

 3月末になって、依然として雑賀洋平によるアカハラ被害を集中的に受けていた教員(助教)が退職してしまいました。一方で雑賀洋平は、2年間の任期を終えて学科長を外れました。西尾校長は、異常事態にも関わらず雑賀洋平を学科長から外そうとすらせず、任期を全うさせたことになります。

■このころ、2014年1月にも、物質工学科所属の4年生が群馬高専南寮の自室で首を吊って自殺していた事実が判明しました。群馬高専において、2年間で3人もの寮生が不審な自殺を遂げていたという尋常ならざる事態が発覚したことから、当会ではこの「寮生連続不審死事件」についても取り上げることにしました。

 その活動の成果あってか、6月、地元の上毛新聞がこの連続自殺事件について取り上げました。当会では、これに連動して、寮生連続不審死事件についても群馬高専に開示請求を提出しました。

○2016年6月17日:アカハラから寮生連続怪死事件に及んだ群馬高専の闇に光を照らすべくオンブズマンが新たに情報開示請求
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2031.html
○2016年6月18日:寮生連続怪死事件・・・新聞報道されたオンブズマンの情報開示請求に対して注目される群馬高専の対応
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2032.html

 また同校関係者らによる告発で、群馬高専やその寮では悪質ないじめが横行していること、担任や主事がいじめを隠蔽したり不適切な対応を取っているといった実態があることも浮き彫りになりました。

■特に大きな動きがあったのは、2016年8月7日です。当会では、群馬高専J科アカハラ事件と寮生連続不審死事件についての学校の見解を質すべく、第3回公開質問状を作成し、西尾校長に直接面会して同校に提出することにしていました。そのため、アポイントメントを取り、マスコミや後援会会長にも協力を要請していました。さらに、アカハラ・寮生連続不審死事件に関して不満を持つ内部学生らも当会の活動に強い関心を示してくださり、学内やSNS上で広く呼びかけを行ってくださいました。

 ところが西尾校長は、訪問日の前日になって、当会とマスコミに対して校長不在と面談中止を一方的に言い渡してきたのです。とはいえ西尾校長が不在というだけで、当会としては校長不在でも校長に準ずる責任者を用意するようあらかじめ要請してあったので、予定通り7月8日に群馬高専を訪問しました。

 このとき、大変なことが起きました。西尾校長が、「オンブズマンに協力した場合、進学と就職を台無しにする」という趣旨の脅迫文書を全クラスに掲示したのです。さらに、より強い内容の脅迫文書が寮にも貼られました。折からインターネット上で本事件に関する関心が高まっていた中で、この掲示は完全に火に油を注ぐ格好となり、群馬高専はいわゆる「大炎上」を起こすことになりました。そして、報道もされました。


2016年7月8日、校長名義で全クラスに掲示された学生向け脅迫文書


2016年7月8日、校長名義で学生寮に掲示された寮生向け脅迫文書

『群馬高専の寮生が2年間で3人死亡…学校長の対応に疑問の声【寮生連続不審死事件】』(日刊SPA(北村篤裕記者)、2016年7月11日)
https://nikkan-spa.jp/1153610

 肝心の群馬高専訪問については、こうして学生らの不満と関心が高まっていたこともあり、学生ロビーでは100人近い学生に出迎えられました。そして、学生の方々から直接、口々に温かい声援と拍手をいただくことができました。そして応対してきた総務課長と課長補佐に第3回公開質問状を手交しました。

○2016年7月8日:【速報】アカハラと寮生連続死亡事件に揺れる群馬高専に3度目の公開質問状を提出
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2061.html

○当会の群馬高専訪問時に学生有志が撮影した動画
https://twitcasting.tv/goodbyenitgc/movie/286198159
(群馬高専実況用垢@goodbyenitgc「7月8日オンブズマン来訪」)

 こうして、同校関係者有志らと当会の奮闘の結果として、群馬高専で連発するあまりに酷い事件の数々と、西尾校長ひきいる学校側の悪質な対応がいくらか世に広まりました。西尾校長による学生脅迫騒動直後、群馬高専には抗議の電話が殺到したといいます。また、教員有志からも、緊急で説明のための教員会議を開くよう校長に要請がなされました。

 ところが西尾校長は、この針のムシロのような状況にも頑なに情報隠蔽を貫きました。緊急教員会議の開催要請を拒否したうえで、当会の第3回公開質問状に対しても、「プライバシー」を理由に一切の回答を拒否する内容のFAXを一方的に寄こしてきました。

○2016年7月14日:【速報】アカハラと寮生死亡に揺れる群馬高専から先ほど届いた問答無用の回答FAX
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2071.html
○2016年7月17日:アカハラと寮生死亡に揺れる群馬高専・・・7月15日(金)に行われた同校との2回目の協議の模様
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2075.html

■一方で8月初頭、寮生連続不審死事件についての文書開示がなされました。マスコミ報道がなされ、ご遺族も同意したことで流石に観念したのか、それなりの情報を開示するものでした。しかし、文書開示の際も西尾校長は立ち合おうとせず、学校側は「一切理由不明」という認識を強調して、まったく責任意識のカケラも感じられない対応を披露してきました。

○2016年8月5日:アカハラと寮生死亡に揺れる群馬高専・・・寮生連続不審死関連でオンブズに8.2開示された文書(その1)
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2096.html
○2016年8月5日:アカハラと寮生死亡に揺れる群馬高専・・・寮生連続不審死関連でオンブズに8.2開示された文書(その2)
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2097.html

【当会注:なお天下り西尾校長は、自殺学生遺族に対して狡猾な引き込み工作をしつこく繰り出し、疲弊させにかかってきた。当会や関係者有志は一切相手にせず、精神的に弱っているご遺族だけ積極的に相手をして、真摯なフリをしつつ「原因は一切不明」と言い張り、露骨に懐柔と篭絡を試みてきたのである。その執拗さは、ご遺族の家に何度かいきなり訪問をかけてきたほど。遺族に騒がれたり裁判を起こされると面倒なので、年度区切りに文科省本省へ逃げ込むまで、何とか真摯なフリで遺族の矛を収めさせる目論見があったものと推察される】

■当会では、審査会による答申を経てなお、群馬高専がアカハラ関連文書を一切不開示とし続けていた問題についても対処することにしました。そこで10月、全面不開示処分の取り消しを求めて東京地裁に提訴しました。

○2016年10月26日:アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専・・・アカハラ情報不開示に対してオンブズマンが東京地裁に提訴
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2156.html


【2017年】
■冬が終わりに近づくと、それまで問題なく公表され続けていた教職員の人事情報を、西尾校長の口頭命令で前年10月に突然非公開にしていた問題が発覚しました。ハラスメントによる教員退職の実態を隠蔽する狙いは明らかです。そこで3月中旬、当会担当者が群馬高専を訪問しました。その日の西尾校長は、オンブズマン対応を村田係長に押し付けた櫻井総務課長と2人きりで校長室に籠り、何やらコソコソ密談をしていました。校長室から2人が出てきたところを見計らってインタビューを掛けましたが、西尾校長は無視して足早に廊下を進み、総務課の北側ドアの中に姿を消していってしまいました。それが、当会関係者が最後に見た西尾典眞の姿になりました。

○2017年3月17日:アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専・・・校内発行刊行物「校報」人事関係情報も外部に隠す体質浮彫り
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2264.html

 そして群馬高専を散々にズタボロにした西尾典眞は、年度末に突如として校長の職を辞し、天下り元の文部科学省に帰っていきました。そして4月明け、後任として、長岡高専教員出身の山崎誠校長が就任しました。

○2017年4月4日:【緊急速報】群馬高専の西尾校長がアカハラ事件の責任を取らずに3月末で去り、山崎誠・新校長着任!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2280.html
○2017年4月5日:アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専・・・新年度入学式と校長交替によせて
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2281.html

 一方、華々しく就任した山崎現校長の陰で、猿田智男事務部長が就任していました。猿田氏が高専機構の目付け役として送り込まれていたことは後に判明しました。猿田事務部長は、定年で去るまでの2年間、オンブズマン対策と隠蔽対応で八面六臂の活躍を示すことになります。

○2018年4月1日:【群馬高専アカハラ・不審死問題】隣県長野からの情報①…高専機構からの目付け役?猿田事務部長の正体
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2602.html

 また、このころ並行して、渦中のアカハラ犯・雑賀洋平が年度明けから「休職」しているという情報が寄せられてきました。ようやく凶悪アカハラ犯が教育現場から引き離されたかと思ったのも束の間、夏季休業前の7月頃には何事もなかったかのように復帰してきたようです。この、2017年度初めの3か月程度にわたった雑賀洋平の「休職」の理由や目的については、未だに謎のままです。

■さて、西尾逃亡により突如として実現した校長交代劇ですが、山崎新校長が群馬高専の閉塞感を吹き飛ばしてくれるのではないか、と当会では当初望みを抱いていました。そこには、山崎新校長が前職の長岡高専にて「教育改革」を担当していた高専教員プロパーであるという背景もありました。

 しかし、西尾典眞という卑劣漢と腐敗を極める高専機構・文科省がそんなに甘い訳もなく、すぐに山崎誠という男が高専機構・文科省の息をふんだんに浴びて教育者としての矜持を捨て去っていたことをまもなく痛感することになります。

 当会では、着任したての山崎新校長に対し、群馬高専で渦巻く各種問題に関して面談実施を申し入れました。山崎校長はこれを了承し、2017年6月6日に当会代表・事務局長との会合が実現しました。ところが、会合において山崎校長が示してきたのは、相変わらずハラスメントやいじめの存在を認めようともしない姿勢であり、情報公開や体質改善に応じようともしない態度であり、西尾前校長の隠蔽路線を踏襲する見解でした。期待は瞬く間に失望へと変わりました。

○2017年5月12日:アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専・・・オンブズマンが山崎新校長に面談要請の書面をFAXで提出
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2308.html
○2017年6月15日:【詳報】群馬高専のアカハラ等問題について4月に着任の新校長ら幹部とオンブズマンの会合の一部始終
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2344.html
○2017年6月28日:アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専・・・6月6日の新校長ら幹部からの説明内容にかかる検証結果
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2349.html

 その後、山崎校長ひきいる新体制の群馬高専は、当会の様々な情報開示請求に対して執拗に過剰な不開示措置を返してきました。条件反射的に情報隠蔽を試みてくるサマは、もはや西尾時代よりも悪化しているのではないかと感じるほどでした。

 更に、東京地裁で1年以上にわたる激闘が繰り広げられていたアカハラ情報不開示処分取消訴訟では、11月にようやく当会の一部勝訴判決が下されました。ところが山崎校長ひきいる群馬高専は、敗訴部分を一切不服として、多額の血税予算を追加投入して控訴してきたのです。

○2017年11月24日:【速報】アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専…アカハラ情報不開示訴訟で東京地裁が原告一部勝訴判決!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2476.html
○2017年12月12日:【速報】アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専…アカハラ情報不開示訴訟で被告機構=群馬高専が控訴!!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2497.html

■一方で、その後の追跡調査により、出元の文科省に逃げ帰った西尾典眞が閑職にあることがわかりました。

○2017年10月22日:アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専…アカハラ事件の責任を取らず逃亡した西尾前校長と文科省の事情
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2448.html

 閑職としてふるさと文科省に出戻った西尾典眞前校長と、執拗で異常な情報隠蔽を続ける山崎誠新校長の邪悪な狙いと思惑は、年明け後に判明することになります。


【2018年】
■年が明けた2月、当会担当者が国会図書館まで赴いて高専の幹部名鑑を閲覧したところ、驚愕の事実が発覚しました。西尾典眞は前年の8月に還暦を迎えており、2018年3月末の定年退職まで秒読みの段階にあったのです。

 つまり西尾典眞の作戦は、追及に晒され続ける群馬高専を脱出し、そして「おバカなノンキャリ組の犬」に後処理を押し付けて心血を注いだ決死の時間稼ぎをさせ、万が一にも火の粉が飛ばないうちに文科省も定年退職してしまい、退職金を満額獲得して一切の責任から逃れてしまおうということだったのです。

○2018年2月20日:アカハラと寮生死亡事件に揺れる群馬高専…国立国会図書館での職員名鑑閲覧で見えてきた西尾前校長の作戦
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2566.html

 こうして西尾典眞と山崎誠の狙いがようやく判明しましたが、時すでに遅く、この卑劣極まる作戦を阻止できないまま年度替わりを迎えてしまいました。そして、散々に事態をエスカレートさせて群馬高専を混乱に陥れた巨悪である西尾典眞は、満額の退職金を抱えて野に姿を消してしまいました。以降、西尾の行方は杳として知れません。

○2018年5月10日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…西尾典眞前校長の文科省からの定年退職を確認!今振返るその足跡
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2633.html
【当会注:上記記事においても、2018年5月時点までの事態経緯をまとめて説明している】

■一方で、評判そっちのけの悪質な学校運営をしていたツケは大きく、2018年の入試では志願者数が過去最低レベルにまで落ち込みました。定員割れを起こした学科も複数あったようです。この破滅的な事態を受けて、さすがの群馬高専も体質改善と信頼回復に努めるだろうと思いきや、同校の舵を握る山崎校長が選んだのは極めて短絡的な手段でした。なんと、本質的な問題から頑なに目を逸らしたまま、高々2か月程度のやっつけ仕事で入試制度の方を大甘に改悪し、書類上の数字だけ回復させるというインチキをしでかしたのです。

 この入試制度改悪の裏には、かつて雑賀洋平によるアカハラを傍観していた電子情報工学科教授であり、教務担当の副校長として実績作りを狙う鶴見智の影がありました。事態鎮圧を目論む山崎校長のバックアップのもと、この「鶴見入試改悪」は、校内でロクな周知・議論もされないまま既成事実にされてしまいました。そして鶴見智は、この「実績」を手に、翌年にはウキウキで群馬高専を棄てて高専機構本部へと栄転していきました。

○2018年2月3日:【速報】群馬高専の一般学力試験出願者数が確定!
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2555.html
○2019年2月4日:平成最後の入試で念願の志願者数回復?…実は何でもありの入試ルール変更でゴマ化した群馬高専のガタガタ内情
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2878.html
○2019年7月10日:【群馬高専】開示文書から読み解く入試大改変の経緯…その裏に副校長の実績作りがアリアリ!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2976.html

■一方、山崎誠ひきいる群馬高専側が「当会がブログに裁判経過を掲載しているから」などという意味不明な主理由で控訴していたアカハラ情報不開示処分取消訴訟は、4月下旬になってようやく東京高裁の判決が下りました。第二審の判決も、第一審とほぼ同様に部分開示を命じるものであり、群馬高専側もさすがに上告はせず判決確定しました。

○2018年4月25日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…アカハラ不開示控訴審で東京高裁が言い渡したほぼ原審どおりの判決
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2622.html
○2018年5月14日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…アカハラ不開示控訴審で東京高裁が4月25日に言い渡した判決が確定!
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2639.html

 本来3年以上前に受け取れていたはずのアカハラ関連文書を、西尾典眞と山崎誠による執拗で意味不明な隠蔽・時間稼ぎ対応のせいで受け取れないまま、膨大な時間と労力を無駄にさせられたわけです。したがって、群馬高専と高専機構に対し、この事態を招いた理由の説明と謝罪、そして再発防止の約束を求めたところ、真っ向から拒否・黙殺してきました。そして、これで万事終結とばかりに、黒塗りまみれのアカハラ関連文書がいきなり郵送で送り付けられてきました。

○2018年5月25日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…確定した高裁判決を踏まえアカハラ関連文書開示に向け折衝を開始
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2647.html
○2018年5月28日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…高裁判決確定でもアカハラ情報開示に腰の重い機構に内容証明発出!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2652.html
○2018年6月8日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…3年間に及ぶ攻防の末にアカハラ関連文書が突如郵送開示される
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2663.html

■曲がりなりにも雑賀洋平によるアカハラ事件に関する文書が開示されたことを受け、当会ではあらためて群馬県庁県庁記者クラブに加盟している報道機関各社に取材・報道を要請しましたが、一切黙殺されてしまいました。

○2018年6月28日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…これまでの状況をまとめ県庁記者クラブに取材・報道を要請
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2680.html

 あわせて、群馬高専後援会あてにもJ科アカハラ事件への見解を問う公開質問状を二回にわたり提出しましたが、返されてきた「回答」は、人の親とは到底思えないほど無責任な代物であり、学校側のアカハラ隠蔽路線を事実上全面サポートするものでした。その背景には、群馬高専がウリとする進学・就職のために、倫理観を捨てて我が身可愛さの保身に走る後援会幹部たちの意向がありました。まさに、我が子の栄養として他の子供たちを食い物にしていた「鬼子母神」の伝説を彷彿とさせます。

○2018年7月2日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…群馬高専後援会あてにアカハラ事件の見解を問う公開質問状を発出
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2682.html
○2018年7月24日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…群馬高専後援会からアカハラ事件見解に関する回答が到来
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2706.html
○2018年8月12日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…無責任な対応を続ける群馬高専後援会に再質問状を送達
http://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2723.html
○2018年10月14日:群馬高専アカハラ・寮生連続死問題を追う…当会の再質問状に驚愕の無責任回答をよこした群馬高専後援会の実情
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2778.html

 さらに、後になって判明したところでは、後援会と学校がグルになっており、この後援会からの「回答」自体が、猿田智男事務部長の執筆した作文であった事実も発覚しました。残念ながら群馬高専は、保護者ぐるみで腐り切っていたということになります。その意味で、当時のアカハラ被害者達が「どこに行っても無駄であった」というのが、真実の一端だったということになります。


【2019年】
■2019年度に入り、また新たな騒動が勃発しました。依然として群馬高専に居座っていた雑賀洋平が、突如として静岡県の沼津高専に「人事交流」で異動逃亡したのです。調べると、雑賀洋平と藤本晶・沼津高専校長が和歌山高専時代の同僚であり、私的な縁故で便宜を図った背景があることが判明しました。

 調査を進めたところ、沼津高専内部関係者からの告発により、藤本校長が関係各学科長を大声で怒鳴り付けて恫喝してまで雑賀洋平を自校に受け入れさせようとしていた事実も発覚しました。さらに各高専と高専機構の内部文書を開示させて精査したところ、2018年夏から、山崎校長と藤本校長が綿密に連絡を重ねつつ、雑賀洋平の沼津逃亡計画を水面下で進めていた事実も明るみに出ました。

○2019年4月11日:【群馬高専】アカハラ主犯の雑賀教授が沼津高専に「人事交流」異動
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2929.html
○2019年7月18日:【群馬高専】アカハラ犯雑賀氏の沼津逃亡はコネの賜物?…アカハラ隠蔽協力・血税濫費・学校私物化を糺す公開質問状!↓
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2985.html
○2019年7月25日:【緊急報告】沼津高専によるアカハラ犯雑賀氏受入れの内幕が明らかに…同校に響き渡った藤本校長の怒声!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2988.html
○2019年8月5日:沼津高専からも公開質問状への回答到来…「雑賀専用シェルター」の本領発揮!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2998.html
○2019年10月3日:群馬高専アカハラ犯雑賀教授の沼津逃亡経緯情報を開示請求!高専機構本部にて受領した文書の中身は…
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3041.html

 藤本晶校長の圧力で実現した沼津への「人事交流」ですが、実態として「沼津バカンス」と言ってよいものでした。2019年前期は専攻科の選択科目を一科目だけ受け持ち、後期は一切の科目を受け持っていないという惨状でした。さらに、当会調査員が沼津高専に赴いて確認したところ、割り当てられている雑賀教員室はモヌケの殻でした。教員としても研究者としても勤務実態が一切不明の雑賀洋平に対して、広域異動手当付きの年一千万円近い高給が支払われてしまったのです。

 一方で、雑賀洋平の抜けた群馬高専に当会調査員が赴いてみると、電子情報工学科棟には、雑賀洋平を護るためのDIY監視カメラが取り付けられていました。そこで、11月中旬の学校見学会に当会担当者が出席し、演壇に立つ山崎校長に対して、あらためてアカハラ等問題や情報公開に関する姿勢を面と向かって確認しました。山崎校長は「安全安心の確保には最大の努力を払う」と明言しました。

○2019年11月8日:19秋・潜入調査記in沼津高専…アカハラ犯・雑賀洋平の「今」とその狙いを探る(1)
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3069.html
○2019年11月8日:19秋・潜入調査記in群馬高専…アカハラ犯・雑賀洋平の「今」とその狙いを探る(2)
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3070.html
○2019年11月18日:19秋・潜入調査記第3弾…学校見学会でオンブズマンの見た群馬高専の「今」
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3074.html
○2019年12月27日:プロパー高専校長が群馬に大集合!ベールに包まれた「ラシーネの密談」とは…〈付録:「潜入記」追記〉
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3096.html

 この学校見学会で、当会担当者が山崎校長への質疑応答を終え、参加者らが三々五々学校見学に移りはじめた時、参加していた中学生保護者の方から感謝と労いの声を掛けていただきました。その方は同時に学校への不安を口にされました。群馬高専としては事件を風化させたつもりなのかもしれませんが、やはり変わらず色濃く事件の傷跡が残っていることを実感した瞬間でした。


【2020年】
■2020年春の年度替わりも近づいたころ、風雲急を告げる異常事態が発覚しました。なんと雑賀洋平が、1年間の沼津バカンスを終えて群馬に凱旋帰還すると同時に、復帰にあわせて電子情報工学科3年クラス(3J)の正担任を受け持つ予定であることが判明したのです。

 甚大な被害を出したアカハラ事件の清算も一切済まないまま、危険人物を学生たちと密に関わりその人生を左右する学級担任という職に就けるとは、何を考えているのでしょう。この事態に、当会では緊急で抗議を行いましたが、力及ばず、コロナ禍による混乱のドサクサ紛れに学級担任就任を強行されてしまいました。

○2020年3月4日:【仰天速報】反省なき凶悪アカハラ犯・雑賀洋平が群馬高専に堂々凱旋+J科3年クラス正担任着任か!?
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3127.html
○2020年4月2日:【速報】群馬高専アカハラ犯の雑賀洋平がJ科3年クラス正担任着任確定!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3142.html

 その後、雑賀洋平の3J正担任就任強行問題の内幕について調査を進めたところ、なんと前年10月時点で、大墳学科長が雑賀洋平を学級正担任に「推薦」していたという驚愕の事実が発覚しました。すなわち、学科ぐるみで平然とアカハラ事件を「無かったこと」にし、反省の色もない危険人物に太鼓判を押して青少年らの人生を握らせたわけです。電子情報工学科が丸ごと腐り果てている現状をあらためて痛感しました。

○2020年9月16日:アカハラ犯雑賀を学科長が担任に“推薦”!?奇々怪々な群馬高専に質問状提出!そして今暴かれる不都合な真実!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3204.html
○2020年10月1日:【群馬高専】アカハラ犯雑賀の担任就任強行や杜撰コロナ対応への薄ペラ回答にみる相変わらずの腐敗体質
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3215.html

 あわせて、山崎校長が前年11月の学校見学会で明言した「安全安心の確保には最大の努力を払う」という言葉も、やはり空虚な大嘘だったということもわかりました。この時点で山崎校長はアカハラ犯雑賀の正担任就任予定を知っていたにも関わらず、中学生保護者たちの前で堂々と意図して嘘を付いたわけですから、もはや山崎誠の言葉は一片も信用するに値しません。それとも、何のケジメも付けていない凶悪アカハラ犯を学級担任に就けることが、「安全安心の学習環境」だとでも言いたいのでしょうか。まさに倫理観のカケラもありません。

■そして、新型コロナ禍への群馬高専の対応も杜撰極まりないものでした。2020年春には、入学式をめぐる「昼令暮改」など、あまりに杜撰な対応の数々が繰り広げられました。「コロナはただの風邪」と言い張る最高幹部の存在が裏にあったという話もあります。結果として、学生や保護者らは散々に振り回される形になり、当会にも不満と不安の声が寄せられ続ける事態になりました。

○2020年4月13日:群馬高専の杜撰なコロナ対応にみる腐敗体質のツケ…「学生ファースト」になれぬなら教育機関を名乗るな!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3150.html
○2021年3月20日:【群馬高専】チグハグ新型コロナ対応に内部関係者から不安の声続く…当会の問合せもヌカに釘
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3285.html


【2021年】
■2021年度明けを迎え、雑賀洋平が電子情報工学科新4年クラスの”副”担任に就任したことが判明しました。当会の抗議のほか、担任される側の学生や保護者からも悲鳴に近い苦情が裏で相次いだのか、お茶を濁すように正担任から格下げしたものでした。しかしそれでもなお、群馬高専側は雑賀洋平を特定学級の「担任」に就けることに異様に執着しています。

○2021年4月10日:2021年度明けを迎えた群馬高専…アカハラ犯の雑賀洋平が4J”副”担任へ!
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3299.html

 雑賀洋平を強引にでも「担任」に就けることで、雑賀洋平が「問題なく」学生教育に携われることをアピールし、アカハラの風化、ひいてはアカハラ事件の不存在を既成事実にしてしまいたいという群馬高専側の目論見は明らかです。


■さて、こうして、2021年9月現在に至ります。

 このように、数年来にわたる当会の長い活動と働きかけにも関わらず、雑賀洋平による電子情報工学科アカハラ事件は未だに実効的解決の兆しがありません。解決を阻み続けているのは、学科ぐるみ・学校ぐるみ・高専機構ぐるみ・文科省ぐるみ・保護者ぐるみの五重苦体制でアカハラの隠蔽と保護に邁進し続けている同校の徹底的な底なし腐敗体質です。

 残念ながら、群馬高専を揺るがしたアカハラ事件から6年以上が経過してもなお、同校の腐敗体質は改善どころか悪化の一途を辿るばかりであると断じざるをえません。学校側が事態解決・体質改善に動いたことはたったの一度もなく、一貫してハラスメント・いじめが横行する実態の隠蔽と事件の風化に努めているからです。これでは、ただ5年ないし7年通ったのと引き換えにして進学・就職を得るだけの装置であり、到底『教育機関』と呼べる代物ではありません。

 群馬高専に関わろうとする青少年や保護者は、事件の風化に惑わされることなく、また学校側の「安心安全」という軽薄なウソに騙されることなく、そして学校側が人参としてブラ下げる進学や就職に釣られることなく、学校の本質を見抜いていく必要があります。

 群馬高専の関係者の皆様、そしてわが群馬県や近隣県の受験生、およびその保護者の皆様におかれましては、群馬高専の闇の一面はいまだに改善が図られてはいないこと、「自分は関係ないや」と考えていても、いつでもアカハラやいじめの毒牙にかけられてもおかしくはないこと、そして、被害に遭ったら最後、救済してくれる存在や手段は一切ないということについて、しっかりとご理解いただきたいということをお伝えし、当会としての警鐘とさせていただきます。

■群馬高専が本当に後腐れなく禊を済ませて健全な教育機関へと生まれ変わり、そして高専のシステムの歪みが二度と厄災をもたらすことが無くなるその日まで、当会は歩みを止めることなく活動を続けてまいります。

【市民オンブズマン群馬事務局からの報告】

*****<関連記事間リンク>*****
○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録①…ログ・タイムテーブル・当時の概況・西尾校長の説明
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3361.html

○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録②…被害教員による『ハラスメントに関する申立書』
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3362.html

○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録③…被害学生らによる『人権・被害救済の申し立て』
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3363.html

○2021年9月12日:【記録資料番外編】群馬高専における深刻な諸問題の2021年9月現在に至る経過まとめ
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3364.html
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雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録③…被害学生らによる『人権・被害救済の申し立て』

2021-09-11 23:17:00 | 群馬高専アカハラ問題
■次に、特に集中的なアカハラ被害を受けた電子情報工学科学生らが、2015年2月25日に西尾校長(当時)宛てで提出した『人権・被害救済の申し立て』を掲載します。

【記録資料6】人権・被害救済の申し立て(2015.2.25付)


*****表紙*****
                            平成27年2月25日

               人権・被害救済の申し立て

群馬工業高等専門学校長 西尾典眞 殿          (写)■■■■ 副校長
                              ■■■■ 副校長
                              ■■■■ 後援会会長

                     申立者 電子情報工学科■年 被害学生一同

 電子情報工学科・雑賀洋平学科長のハラスメント行為について、関係すると思われる学生に聴取を実施しました。以下、これを報告いたします。
 特に顕著なハラスメント被害に遭っているのは■■■■さん、■■■■さん、■■■■さんで、編入学を断念する、卒業研究が遂行不能になる、心身に失調をきたすなど、取り返しがつかないまでの被害と言えます。ハラスメントがその原因のすべてでないにせよ、少なく見てもその一因であり、決定的なきっかけになったものもあると言えると思います。■■■■さんについては精神状態が落ち着いておらず、聴取が不充分です。本人は「精神が麻痺していた」とも言っています。精神的衰弱により記憶があいまいになっている部分もあります。本報告書に記載したほかにも、ハラスメントと疑われる行為を受けていた恐れが大いにあると思われます。
 直接的に被害に遭った学生のほかに,それを見聞きした学生も聴取しています。また,雑賀氏にパワーハラスメントを受けていたと疑われる■■■■助教,■■■■講師のようすについて,指導下にある学生を中心に聴取を実施しました。これらのハラスメント行為によって,学生が教員から指導を受けられない状況になり,学生にも不利益が生じていました。
**********


*****報告書1ページ目*****
           電子情報工学科・雑賀洋平学科長による
           ハラスメント行為に関する調査報告書


■■■■さん(専攻科生産システム工学専攻■年)
 ■■■■さんは、平成■年度に電子情報工学科を卒業し、現在専攻科生産システム工学専攻■年です。本科■年当時の卒業研究の指導教員が雑賀氏でした。

平成■年度当時の雑賀研究室のようすについて
・ 赴任してきた当時は大したことはなかったと感じている。本科■年当時は、雑賀氏と相性が悪いと感じたくらいだった。
・ 卒業研究の指導について。3日前と指示が変わっていたり、矛盾していたりということがあった。実験のパラメータの変更を指示されたが、後日そのことを覚えていなかった。
・ 卒業研究の発表練習について。研究室の同輩の練習のとき、「やる気あるの?」のような発言をしていた。発表内容の改善点を指示するのではなく取り組んでいる本人をなじっており、配慮に欠ける不適切な発言と感じた。
・ 研究室の学生が他の研究室を訪れて歓談していると、(正規の卒業研究の時間外であっても)割り込んできて、手招きして自分の研究室に連れて帰る。(報告者注:手招きではなく、首根をつかんで力ずくで連れていく場面も目撃されている)
・ 平成■年度当時に在籍していた専攻科生(生産システム工学■年■■■■さん)と馬が合わないようであった。■■■■さんは徐々に研究室に来なくなり、学校にも来なくなった。(報告者注:雑賀氏は学校から足が遠のきがちだった■■■■さんに執拗に電話をかけて叱責していたと、■■■■さんの実弟〈電子情報工学科■年・■■■■さん〉が証言しています)
・ 本科■年次に学会発表を経験した。そのときの雑賀氏の指導は高圧的で厳しすぎると感じた。
・ 平成■年度当時在籍していた専攻科生(生産システム工学専攻■年■■■■さん)が、研究発表の予稿を英語で書かされていた。そのやらせ方がずいぶんと無理強いに近いものを感じた。
・ 平成■年度の卒業研究中間発表会について、雑賀氏の研究室の学生4名のうち、2名の発表が芳しくなかった。反省会を行い、その席上でその2人について、おそらくは「叱咤」しているつもりなのだろうが、■■■■さんの目からは、彼らは厳しく「叱責」されているように感じた。
**********


*****報告書2ページ目*****
■■■■さん(電子情報工学科■年)
卒業研究に向けた研究室調査について
 ■■■■さんは、平成■年度当初、卒業研究の配属先を考えるため、電子情報工学科教員に話を聞いて回っていました。その中で雑賀氏にも話を聞いたそうですが、■■■■さん本人の希望には添えそうにありませんでした。そのため、■■■■さんは雑賀研究室を卒業研究の希望研究室から外しました。
 その後日、■■■■さんは雑賀研究室に希望を出さなかったことを理由に雑賀氏に呼び出され、1時間半ほど面談されました。面談の内容は要領を得ませんでした。これに対して■■■■さんは「僕は(研究室に)勧誘されているのですか」「何を伝えたいのですか」と尋ねたところ、雑賀氏は「わからない」と答えたそうです。
 研究分野についての希望がかなわないので希望しなかったのは普通のことだと思うのに、呼び出された上に要領を得ない話を延々とされたのは理不尽だと思ったそうです。

■■■■さん(電子情報工学科■年)
本人について
・ 雑賀氏についてはよい印象がない。記憶が飛んでしまったくらいひどいことを言われた。
・ その中でも憶えていること:就職活動がうまくいっていなかったときに、声をかけられて面談をされたことで、その中で泣いてしまったことだけ記憶に残っている。どんな話題であったかは(精神的ショックで)記憶から抜け落ちてしまっている。
・ この面談は望んで行ったものではなかった。
・ 面談からしばらく、このことは自分の瑕疵であったと思っていた。面談の印象が心に残って思いつめてしまうこともあった。この件について、謝罪はなされていない。
・ その後、雑賀氏は■■■■さんに話しかけてこなくなった。

雑賀氏とその対応について
・ 本校を辞してもらいたい。
・ 密室での面談をされてはいけない。

■■■■助教について
■■■■助教は、■■■■さんの卒業研究の指導教員です。
・ ■■■■助教にはしっかり指導してもらえたと思う。しかし、■■■■助教はずいぶんと疲れているようで、見ているのがつらかった。

■■■■さん(電子情報工学科■年)
 ■■■■さんは、卒業研究において■■■■助教の指導を受けています。
**********


*****報告書3ページ目*****
卒業研究中間発表会に向けた練習について
 卒業研究中間発表前、雑賀氏は■■■■助教に、雑賀氏指導下の学生の中間発表の指導をするように依頼しました。中間発表前日に■■■■助教は雑賀氏に呼び出され、雑賀氏指導下の学生の中間発表の指導をすることになりました。結果、■■■■さんをはじめとした■■■■助教指導下の学生は遅くまで待たされることになり、中間発表について満足な指導が受けられず、不満が残ったとのことです。

学校見学会について
 第2回の学校見学会について、■■■■さんはじめ■■■■研究室の学生は参加しないことで調整し、学科に周知していました。しかし、雑賀氏が■■■■研究室の学生に、当日学生に支給される弁当の運搬を命じました。これについて、■■■■助教は■■■■さんをはじめとした3名の学生に、学校見学会に強いてくる必要はないと言い、結局当日■■■■助教が弁当の手配をしたと聞きます。■■■■助教に仕事をさせてしまって申し訳ないことをしたと感じたそうです。

■■■■さん・■■■■さん(電子情報工学科■年)
 ■■■■講師が平成■年度に担任をした学生です。原級留置を受けて、翌年度、■■■■講師に、放課後研究室を勉強場所として使用してよいと言われ、■■■■研究室に出入りしている学生です。

■■■■講師について
・ 7月ごろから、雑賀氏の名前を聞くだけで精神的に不安定な状態になる様子がみてとれた。
・ うつ病と診断されたと聞いたのは8月ごろ。(報告者注:実際には診断は下っておらず、投薬を受けていたとのこと)
・ 薬がないと眠れないと訴えていた。特に午前中は眠っていたり放心している状態にあったりで、学生の対応もできないほどであった。
・ もっともひどい時期は文字も読めないと訴えていた。授業は通常どおりこなせてはいた。
・ 夏休み中は、■■■■講師は訪れた学生にほとんど対応できていなかった。また、夏休み明け直後も学生個別の対応は満足にできていなかった。
・ ■■■■講師が、自分を研究室で一人にしないでほしいと訴えてきたこともあった。夏ごろだったと思う。
・ ■■■■講師は、卒業研究を担当する学生の面倒をもっと見てあげたかったと言っていた。特に、夏休みを利用して進める計画があった研究について断念を余儀なくされていた。
**********


*****報告書4ページ目*****
■■■■さん(電子情報工学科■年)
 ■■■■さんは、卒業研究において■■■■講師の指導を受けています。

■■■■講師について
・ 9月と夏休み明け、水曜日に頻繁に不在にしていた。通院していたらしい。不在時は■■■■講師を訪れた学生の対応はできない。(報告者注:実際には通院は火曜日で、3連勤以上は体力がもたないと感じて休暇を取っていたとのこと)
・ 6~7月ごろから■■■■講師のようすが、とくに精神的におかしくなっていった。
・ 落ち込んでいるときやコンディションが悪いときは、声をかけたり質問をしたりしにくかった。
・ ■■■■さん(■■■■講師指導下の学生で、編入学試験後に心身を失調し欠席がちになっていた)が10~11月ごろ快復しかけたときに、雑賀氏に面談されて、以前より欠席がちになった。そのときから■■■■講師の体調が悪化していった。愚痴をこぼすようになり、研究室の雰囲気も悪くなったように感じた。
・ あえて言うなら、■■■■講師が■■■■さん(■■■■講師指導下の学生)に強く当たってしまっていた時期があったように思う。精神的に不安定になっていたからだと思う。
・ ■■■■講師は、■■■■さんについて「私がダメにしてしまった、あの子の面倒が見きれなかった」と後悔している様子だった。
・ ■■■■講師が食事をしているところを見なくなった。心配である。
・ 年度当初の研究室の明るい雰囲気が失われてしまったと感じている。

雑賀氏について
・ 雑賀学科長にはやめてほしい。不適切である。
・ 雑賀氏は、■■■■講師が褒められたりすると張り合う節がある。■■■■講師を毛嫌いしているように感じた。
・ 雑賀氏は学生に過干渉だと思う。やめてほしい

■■■■さん(電子情報工学科■年)
 ■■■■さんは、■■■■准教授指導下の学生です。

卒業研究についての相談
 ■■■■さんは編入学試験で苦戦して、卒業研究の立ち上げが遅れました。満足に時間を使えない状況で中間発表に臨もうとしましたが、その前に■■■■助教から研究について厳しい指摘を受け、対応を悩んで学科長である雑賀氏に相談に行きました。
 ですが、話はおもに■■■■さんの成績と卒業研究に集中しました。その中で、雑賀氏は■■■■さんに卒業研究のテーマを変更するように迫りました。■■■■さんの希望は、■■■■助教の指摘にどう対応すればよいかを相談することだったのですが、雑賀氏はなかなか取
**********


*****報告書5ページ目*****
り合ってくれませんでした。
 やっと、■■■■助教が■■■■さんに対して言い過ぎではなかったかということを、雑賀氏から■■■■助教に伝えてもらう約束を取り付け、実際■■■■助教には■■■■さんの意思が伝えられましたが、その後、雑賀氏は■■■■さんを呼び出しました。

中間発表後の面談
 ■■■■さんは、中間発表後(11月下旬)に雑賀氏に呼び出されました。話は、その先日の、■■■■助教の指摘についての相談についてから始まったそうです。
 雑賀氏は■■■■さんを、「成績もよくないのだから、こんなこと(=■■■■助教の指摘についての相談を雑賀氏にすること)をしている場合ではない」「私の仕事もあるし、君の相談は迷惑でしかない」となじったそうです。迷惑ならば、と■■■■さんが辞去して学生相談室に行こうとしたところ、引き止められて話を続けられました。
 次第に、雑賀氏の発言が過激になってきました。「大学に受かったのも、高専生だからだろう?」と、編入学試験合格について、本人の実力を否定する発言をしました。成績が芳しくないことを直接的になじり、他の学生と比較もされ、■■■■さんは(他の学生と比べ)学生としてあるべき体をなしていないなどと言われました。
 この叱責は、■■■■さんを相当に追い詰めたそうです。その日から数日、■■■■さんは食事がのどを通らなくなったそうです。精神的に耗弱し、判断力が薄弱になり、期日が迫っていた大学の入学手続き書類が提出できない状態になりました。結果として、■■■■さんは来年度の大学編入学を断念しました。
 このころから■■■■さんは学校を休みがちになりました。

雑賀氏について
・ ■■■■助教についての相談を、雑賀氏はまともに取り合ってくれなかったのだと感じている。■■■■さんは裏切られたと感じた。(■■■■助教からは後日、■■■■さんに言い過ぎたことについて謝罪があった)
・ ■■■■さんは、他の研究室の中間発表の練習を参考のために見学していた。このことについて、雑賀氏に、「他人の研究を剽窃するような下劣な行為」となじられた。だが、雑賀氏自身は他の研究室の学生の発表練習をのぞきに来たりしており、発言と行動に一貫性がなく、■■■■さん自身の行為を批判されたことは心外で不快であると感じている。
・ 雑賀氏は、学科長としての責務を果たしていないのではないかと思う。他の教員に交代してほしいと思う。

■■■■さん(電子情報工学科■年)
 ■■■■さんは■■■■講師指導下の学生で、編入学試験後(7月ごろ)に心身を失調し欠席がちになっていました。夏季休業中は休養に専念するように■■■■講師から言われており、
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*****報告書6ページ目*****
10月以降快復のようすがありましたが、11月に雑賀氏に呼び止められ、教員室に連れ込まれたふうになりました。
 雑賀氏は「なんで(研究が)できないんだ」「なんで(研究をしに)来られないんだ」と■■■■さんを繰り返し詰問しました。■■■■さんとしてはその原因がわからず卒業研究ができない状況をもどかしく思っていて、それをことさらに責められてつらかった、と話しています。それについて原因がわからない旨を申し立てると「わからないことはないでしょう」と言われ、このやり取りが延々と1時間半ほど続いたそうです。
 この1時間半の途中、■■■■さんは辞去を申し出ましたが、引き止められました。結局1時間半の間、なじられ続けるふうになったとのことです。教員室に閉じ込められた体になったのも■■■■さんにとっては重圧でした。
 そのやり取りの中で「(研究が)できないならだれかの真似でもいいのではないか」と言われ、■■■■さんはそれができるくらい(状態)ならすでにやっている、と申し立てましたが、「真似るくらいできるでしょう」と取り合ってもらえなかったといいます。このときの発言にたとえ悪意がなかったとしても、■■■■さんにとってはひじょうにつらいやり取りだったと話しています。
 この翌日、■■■■さんは学校を欠席し、以前よりさらに欠席がちになりました。このできごとについて、■■■■さんは、学校に(以前よりもさらに)来られなくなった一因として思い当たると話しています。
 ■■■■さんは、雑賀氏を見かけると嫌悪感を覚えるようになったそうです。

■■■■さん(電子情報工学科■年)
 ■■■■さんは卒業研究において雑賀氏指導下の学生です。

塾への PR でのトラブル
 夏前、■■■■さんは、中学校の自分に通っていた学習塾から学校見学会の問い合わせを受けました。これについて雑賀氏に相談したところ、雑賀氏はその学習塾に案内を送り、その塾生が学校見学会に来たとのことでした。
 これについて、雑賀氏が当該の学習塾にお礼をしたいと申し出たそうです。■■■■さんは雑賀氏にアポイントメントを取って訪問してほしい旨、念を押しました。ですが雑賀氏は、先方の都合を聞かずに訪問日時を指定しました。これに先方は不快感を示し、先方から■■■■さんに苦情が申し入れられました。これに対し、■■■■さんは雑賀氏にしっかりアポイントメントをとってほしい旨、念を押したはずだと申し入れたところ、雑賀氏は「目的を達したのでそれでよい」と悪びれもせずに■■■■さんに言ったそうです。■■■■さんは、お世話になった塾に対して迷惑をかけることになってしまったことを恥ずかしく思い、また、自分の顔をつぶされて忸怩たる思いだったといいます。
**********


*****報告書7ページ目*****
モノ扱いされた
 8月下旬に、卒業研究に関して、長岡技術科学大学に打ち合わせに行くことになったそうです。このとき■■■■さんは雑賀氏から高崎駅で旅費を受け取りました。その際に「■■■■という作品を作るための経費ですから」と、■■■■さんをモノ扱いするような発言をしました。これに対して■■■■さんは深い不信感を覚えました。
 ■■■■さんは10月にこのことについて問いただしました。ですが「学生さんを作品のように思ったことはない」と言い、憶えてないようすだったそうです。発言に関しての謝罪はありませんでした。

進路についての面談
 10月に、■■■■さんのお母様に、雑賀氏から「■■■■さんの進路について2人きりで話がしたい」とメールがあったそうです。これについてお母様は不信感を抱き、「当人どうし(■■■■さんと雑賀氏)で話してほしい」と返信しました。
 その後、■■■■さんに、「3人(■■■■さん・お母様・雑賀氏)で話をしたい」とのメールが届きました。進路について話したいとのことでした。雑賀氏が■■■■さんの自宅に来るとのことでした。そのメールは土曜日に送られてきており、指定された期日は翌日曜日でした。お母様は疑問を抱き、不審に思い、面談を断ったそうです。
 さらに後日、■■■■さんは■■■■教授に呼び出されました。これについて、研究室に行く予定時刻を変更したい旨を雑賀氏に申し出たら、「■■■■先生に相談しに行くのか?」というメールが送られてきました。雑賀氏は、■■■■さんが進路について■■■■教授に相談に行くのではと思ったのではないかということです。その少し前に、雑賀氏は■■■■教授に注意したという一幕があったそうで、「■■■■さんが■■■■教授のもとに行く」ということは、「■■■■教授が■■■■さんを籠絡しようとしている」ことに違いない、これは■■■■教授からの(先日の注意に対する)報復だ、と言っていたとのことです。これを知ったとき、■■■■さんは、雑賀氏から信用されていないと思ったそうです。それに加えて、教員間のいざこざを学生とのやり取りまで持ち込まないでほしいし、その行動はやりすぎだし、被害妄想が激しすぎる、と思ったそうです。

無断で送られてきた年賀状
 年末に、雑賀氏から■■■■さんに「年賀状を送りたい」旨の申し出があったそうです。これに対して■■■■さんは、「お返しはしないが、それでよければ」と答えました。そのとき住所を訊かれると思ったが訊かれませんでした。
 かくして年賀状が年始に届きました。学生名簿から住所を調べたようです。これは職権濫用ではと思うと同時に、気分が悪くなったそうです。雑賀氏に対する不信感が強まりました。
 その年賀状に返礼はしなかったそうです。年明けに、雑賀氏は■■■■さんに対し、「返さないのですか」と不快感を露わにしていました。
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*****報告書8ページ目*****
卒業研究発表直前
 卒業研究発表の準備をしていたときのことです。■■■■さんはTeX(理工系で使われる文書作成ソフトウェア)を使って作業していました。TeXは高機能ですが、機能に融通が利かないことがあり、そのために時間がかかったりすることもあります。
 発表前日(1月25日)に、雑賀氏から「時間がかかるのはTeXのせいだ」「TeXの罪ですね」と言われました。あらかじめTeXを使ってはいけないという指示があったならばそれに従っていましたが、そうではなく急に使っているソフトウェアややり方を否定されるのは不快だったそうです。さらに、遅れていることをなじり、「質疑応答対策に時間を割きたかったのに……」と言われました。どのように質疑応答対策をするのか、■■■■さんは事前には聞いておらず、急に、質疑応答対策をすること、それに対して時間を確保しておかなければならないことを知らされたふうになります。このことに■■■■さんはずいぶんと追い詰められたそうです。であるのならば、学生と雑賀氏の間でしっかり予定を立てて進めるのが本来であろうと■■■■さんは思ったそうです。

卒業研究発表会
 ■■■■さんは、直前の準備の問題で、卒業研究の発表に自信がありませんでした。そこで、発表の際の質問を友人に頼みたいと思ったそうです。ところが、雑賀氏は■■■■さんを案じたのか、雑賀氏から■年電子情報工学科の学生に質問を、■■■■さんの面前で依頼したのでした。
 発表会後、雑賀氏は、電子情報工学科全体で質問を仕込んでいたと勘繰り、「昨日はみなさんサクラ作りにいそしんでいたようですね」といった■■■■を佐藤さんに言ったそうです。それで「今回の発表会は質問を抑えた。サクラを仕込んだ発表会だから適当でいいだろう」と小馬鹿にしていました。■■■■さんは、自分の卒業研究発表に自信がなく、質問を仕込もうとした行為を恥ずかしく思ってはいましたが、しっかり研究して発表会に臨んだ友人までも馬鹿にされているようで不快に思ったそうです。

長岡への出張
 1月26日から長岡に研究発表に行ったそうです。26 日は前泊日で、夕食を、雑賀氏と、研究室の同輩である■■■■さんととりました。
 その席上で■■■■さんが「(専攻科で)研究室を変えようか悩んでいる」とこぼしたところ、雑賀氏は心配であるふうを装って40分近く、■■■■さんに圧力をかけてきました。曰く「他の先生は誤解しているけど、あなたには基礎学力が足りていないので、他の研究室でやっていけるとは思えない」で、お前にはここしかない、のように選択肢を押し付けてくるのが不快だったそうです。同時に、他の教員・研究室の批判のようで、聞いていて気分のよいものではなかったそうです。しかもそれの話を、■■■■さんの前でされたことで自尊心を傷つけられたそうです。基礎学力が足りないという話は以前から繰り返しされていたので(報告者注:雑賀氏は、■■■■さんは基礎学力が不足しているという
**********


*****報告書9ページ目*****
ことを学科じゅうに触れて回っていました)、いやな気分になったそうです。会食を終えた後、雑賀氏から電話がかかってきて謝罪されましたが、しぶしぶといった調子で、誠意を感じられなかったそうです。「すべてはあなたを思ってのことですから」との弁明に終始していたそうです。
 翌日が研究の発表日でした。発表順は雑賀氏の次が■■■■さんで、雑賀氏は発表の終わりに■■■■さんの発表を過剰に宣伝して締めくくりました。これによって聴講者は■■■■さんに期待し、声をかけられたりもしました。■■■■さんは、たいへんなプレッシャーを感じたそうです。
 その翌日28日、懇親会が催されました。雑賀氏は「懇親会費は出しますから」と言
ったそうですが、結局懇親会費は■■■■さん本人が支払いました。

1,600 通のメール
 雑賀氏は、■■■■さんに頻繁にメールを送っていました。この1年たらずの間に Gmailに400スレッド(複数のメッセージをまとめた記事単位)以上ありました。1スレッドあたり4通程度と計算すると、1年たらずの間に1,600通以上です。返信せずとも無視しても次々に送られてきました。当時は他の研究室も同様と思っていたそうですが、実際はそうではなく、同輩の■■■■さんにはそれほど多くのメールは送られていませんでした(報告者注:■■■■さんに対しては100スレッドほどでした。それでもずいぶんと多い数だと思います)。今では気持ちが悪いと感じているそうです。
 そのメールの内容も、研究とは関係ない近況報告や、ときにはOBからの近況報告(就職の内定が決まったなど)が転送されてきたりもしました。そのOBとは面識がありません。プライベートの情報を許可なく流してよいのかと思ったそうです。自分の情報ものちに勝手にばらまかれるかと思うと、恐ろしく思ったそうです。

単位の不正認定教唆の自慢?
 ■年次前期の、非常勤講師が担当している科目についてです。これについて、雑賀氏は■■■■さんに、「ここだけの話」と前置きして、「不合格者がいなかった」ことを話しました。曰く「頼んで合格にしてもらった。相談して」とのことでした。
 ■■■■さんは疑問に思ったそうです。このようなデリケートな話題を学生に話してよいのか、倫理上問題はないのか、それに加えて、これは成績の改ざんではないのか、単位の不正認定の依頼ではないのか、と。

他人をバカにする
 ■■■■さんには、科目について不明な点を教員に質問に行く習慣がありました。ですが、雑賀氏は■■■■さんのこの習慣を疎ましく思っているらしく、また、■■■■さんが他の研究室を訪問することも快く思っていないふうでした。「それくらい私が教えられるのに」とたびたび言っていたといいます。
 これに関連した具体的なエピソードとしては、■■■■さん本人に対してではないですが、
**********


*****報告書10ページ目*****
■年生がプログラミングの授業について雑賀氏に質問に来たときのことがあります。そこに同席していた■■■■さんが、昨年度まで■年生が使用していた、■■■■講師が執筆したテキスト(報告者注:今年度は■年次「プログラミング基礎」は担当が■■■■講師に代わり、テキストも変更されました)を使用することを薦めようとしたところ、雑賀氏の逆鱗に触れたらしく、「彼の本はわかりにくい」など、■■■■講師を馬鹿にする発言をし、同時に■■■■さんは叱責されたそうです。

束縛される
・ 雑賀氏はボディタッチが多く、不快であった。痛いくらいであった。今にして思えばセクシャルハラスメントだったと思う。
・ 研究室や教員室で2人きりにされることが多かった。教員室には雑賀氏から呼び出されて2人きりにされることも多かった。

■■■■さん(電子情報工学科■年)
・ ■年電子情報工学科に実妹がいる。妹のほうが学科席次は高く、雑賀氏から妹と比較され「顔は似ているのに妹さんのほうが成績がよい」と、ことあるたびに言われた。気にはしないようにしていたが、倫理的に問題だと思う。
・ やたらにボディタッチしてくる。不快であった。

■■■■さん(電子情報工学科■年)
・ 第2回学校見学会の際に,■■■■助教が弁当係を命じられていた。定刻になったら弁当を配布する予定として周知されていたが,先に弁当を求めに来た学生がいたので,■■■■助教は待ってほしい旨を伝えた。その直後,雑賀氏が■■■■助教のもとにやってきて,■■■■助教に弁当を早く持ってくるように恫喝していた。予定として取り決めていたことと聞いていたのに,雑賀氏の要求は理不尽ではないかと感じた。
・ ■■■■さんが不在のときに雑賀氏が研究室に来て,卒業研究の発表資料を勝手に見ていったという。不快に感じた。
・ 卒業研究発表会の前日,雑賀氏に教員室に呼び出され,■■■■さんが能力的に劣っているという旨の話を1時間以上にわたってされた。友人であり,雑賀氏にとっては指導すべき学生を,貶める発言を繰り返すことについて,不快感と憤りを覚えた。むしろ,雑賀氏の話からは,■■■■さんの能力を引き出せない雑賀氏のほうに責任があるように感じられた。

■■■■さん(電子情報工学科■年)
・ 前期定期試験前後に雑賀氏が■■■■研究室にやってきた。そのときに■■■■さんが雑賀氏に雑賀研究室のようすについて尋ねたところ、■■■■さんのことを「ダメでしょう」
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*****報告書11ページ目*****
と言い始めた。高専の学習内容が身についていない,聞いたことが耳から左に抜けていく,などと話していた。指導教員として自分の担当学生をそのように貶めるのはいかがなものかと思った。そうであるならば、その欠点を含めて指導すべきだと思った。
・ ■■■■さんは編入学試験に苦戦していた。9月の中旬の編入学試験前に、雑賀氏との立ち話で面接試験について話題にしたところ、直後に面接の練習をしてもらえることになった。面接の練習はしてもらえたが、その中で志望動機等をすぐに答えられなかったことを注意され、それから将来のビジョンが立っていないなどとなじられました。そのことを追及されるばかりで、アドバイスはなかったと記憶している。当時は自分に非があって反省すべきことなのかと思っていたが、今から考えるとここまでひどく言われる必要があったのだろうかと疑問に思っている。
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【市民オンブズマン群馬事務局からの報告・この項つづく】

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○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録①…ログ・タイムテーブル・当時の概況・西尾校長の説明
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雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録②…被害教員による『ハラスメントに関する申立書』

2021-09-11 22:41:00 | 群馬高専アカハラ問題
■続いて、特に苛烈なアカハラ被害を受けたひとりである群馬高専電子情報工学科講師(当時)から、西尾校長(当時)を筆頭とする学校幹部らに宛てて2014年12月24日に提出された『ハラスメントに関する申立書』を掲載します。

【当会注:なお、記録資料3『群馬高専のハラスメントについて』冒頭にもあるとおり、同講師は職と引き換えにこの申立書を提出した。勇気を振り絞ったこの告発すらロクに相手せず、アカハラ揉み消しに動く天下り西尾校長と学校側の腐敗体質に絶望しながら、2015年3月に同校を去ったという。なお、同講師は学生にすこぶる人気であったという】

【記録資料5】ハラスメントに関する申立書(2014.12.24付)


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                ハラスメントに関する申立書

                              平成26年12月24日
群馬工業高等専門学校
校長       西尾典眞 殿
副校長・教務主事 ■■■■ 殿
副校長・学生主事 ■■■■ 殿
学生相談室長   ■■■■ 殿
総務課長     ■■■■ 殿
                              申立者 電子情報工学科 講師 ■■■■

 本書をもって,群馬工業高等専門学校電子情報工学科長・雑賀洋平教授のハラスメント行為を申し立てます。
 本書は,主に申立者が受けた/関わりを持ったハラスメント行為について述べますが,申立者のほかにもハラスメントとみなせる行為によって深く傷ついた学生・教職員がいらっしゃいます。申立者が知る限りについて,本書の末尾に付記いたします。この方々についても調査・対応・ケアをしていただくことを望みます。
 本申し立てで述べる事項は,当時は,申立者の職務上の過失や瑕疵に起因するものと考え,申立者ひとりで片づけるべき問題と認識しておりました。しかし一連のできごとが現在の申立者の生活や健康状態に今でも良好でない影響を及ぼしていること,また,前記のように傷つけられた学生・教職員が申立者のほかにもいらっしゃって,泣き寝入りせざるをえなくなっていることを見聞きしたことと併せ,少なくとも電子情報工学科教職員・学生の救済と,将来にわたり傷つく学生が現れることのないよう,措置を講じることを希望し,ここに申し立てをいたします。

 叱責され傷つくことは,やがて成長の糧になると言われもします。より理不尽に満ちた社会の縮図として受け容れ,(思想的文脈における)「大人」になるための機会とせよとも言われます。しかし少なくとも申立者は,わたしたちはその「現実」のみをすべてとして受け容れよという言説には同意しかねます。
 わたしたちには多かれ少なかれ「理想」があり,それを追う機会が与えられます。その過程で理不尽・閉塞感・後悔に満ちた「現実」が出現し,わたしたちはそれとの折り合いをつけることを求められます。ただ,「現実」への服従を蹂躙的に求められたとき,わたしたちは理想を失ってしまうでしょう。理想は,それが遠く彼方にあるものでも,その方角をわたしたちは感じることができます。そこへ向かう・近づく自身の姿を,自身のたどってきた道程から外挿して想像することができます。わたしたちが理想を,そしてそれにたどり着こうと残してきた道程を,「現実」の名のもとに踏みにじられ,否定されたとき,そ
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こに「与えられた」「現実」の中で,わたしたちは何をしたらよいのでしょうか。何ができましょうか。
 わたしたちの現実の多くは,多くの部分が自身以外によって作られていますが,自身のありかたの投影的なものでもある一面もあるでしょう。その「自身のありかた」または「自身のありかたへの願い」が「理想」であり,「現実」に切れ目を入れて現実に/を作り替えていく力なのだと考えます。「現実を見よ」と言われ,それは多くの場合「現実」との折り合いと諦めを促す言葉でありますが,それは,自らの「理想」から出でた現実を追認せよ,それを見つけよ,見つけられるようにせよという言葉だと,申立者は信じておりました。理不尽にも抗う「理想」,それが力であると。
 わたしは理想を失っていたことに気づきました。わたしの足跡が,人格が,理想が,踏みにじられ,ゼロ査定されていたことに気づきました。半年来,恐怖と逃走への欲求に支配され,怯え,もがくこと,耐えることが日々の多くを占めていました。今,そこから醒めてきたことを感じます。そこには,理想はなく,現実もなくなっていました。怯え,もがき,耐えた日々においては,なんとか気丈にふるまえる気力がありました。ですが今は,生きている「ふり」をしているかのようです。明るくふるまおうと上ずる声,笑うときに顔が引きつることに気づいてしまう瞬間。自身の一挙手一投足に虚無からの疑問符が投げられる恐ろしい違和感。どこかに付きまとう投げやりな気持ち。何もないことがわたしの中心になっていて,やらなければならないことをこなすことで生きている「ふり」という形式的な何かを感じています。

 申立者は弱いのだと思います。弱く生まれた,弱く育ったのは「自己責任」であり,だから叱責に負けたのだ,と。しかも,いやしくも「大人」と呼ばれるカテゴリの人間なのだから,弱いことは許されない。そう思えば申立者は静かに退場をすればよいだけです。ですが,弱くてしかるべき人たちもが,一方的に負けを宣告されるだけの「叱責」に壊され,沈んでいく。わたしが直接護らなければならなかった学生さんまでをも。そして彼らはおそらくそれに抗う手段を持たない。悔しい。この後も何人もが同じように壊されて沈められていくだろうことを予見しながら,もう関係のないことと申立者の中で済ますことには,耐えられなくなりました。
 申立者にとって,声をあげることは,もはやつらいことです。自分がどのような仕打ちを受けたのか,思い出すと胸が重くなります。しかし声をあげられなかった学生さんも何人もいらっしゃる中では,申立者が自身への仕打ちを,その一部として申し立てなければならないと考えました。学生さんの,その人間としての尊厳を,わたしには護れませんでした。護る力をも奪われていました。申し訳なさでいっぱいです。尊厳が脅かされる環境は,異常です。ですから少なくともそれが異常であることを,申立者は叫びたいと思います。そして,まだ弱くてしかるべき学生さんが,護られることを願うものであります。
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2014年4月
 平成26年4月,雑賀氏が電子情報工学科長に就きました。■■■■教授が退職され,■■■■助教が着任されました。
 ■■■■助教を除けば申立者が電子情報工学科で最年少の教員スタッフでしたから,しばらくはフォローを引き受けることは自身で承知していました。予想どおり,担任を持っていた平成25年度よりも仕事量が多かったように感じます。フォローが必要と感じたときは適宜対応した,という点が多いわけですが,そのほかにも,雑賀氏から命じられるものもありました。命じられるときの理由が,「若いから」「経験があるから」「あなたしかできないから」のいずれかでした。それが多かったのは,4月から6月ごろと記憶しています。スタッフの入れ替わりもあったことで致し方ないと思い,引き受けていました。ですが後に知ったことでは,申立者がフォローして守ろうとふるまっていた■■■■助教にも,雑賀氏は多くの仕事を命じていたのでした。しかも,半ば恫喝的に。
 申立者の帰宅時刻は,ずいぶんと遅くなりました。今から思い返すと,この「際限なく増えていく仕事」が,申立者が消耗していく背景にあったと思います。

棄てられたPRビデオ
 申立者が命じられた仕事のひとつに「学科のPRビデオ」があります。現在公開されているものは平成23年に撮影されたものです。業者が撮影・編集したものです。平成23年当時,構成・ディレクションのほとんどを申立者が行いました。それから3年経ち,ビデオの更新が望まれることは,たびたび話題に上っていました。
 かくして,雑賀氏からビデオの制作を命じられました。5 月から 6 月にかけてのできごとだったと記憶しています。申立者のほかには,■■■■教授,■■■■講師,■■■■助教も命じられました。制作は内製です。企画・撮影・編集をすべて学科内で行うことになりました。完成期日は7月末です。前回の制作のほとんどを申立者が負っていたこと,撮影・編集技術をおそらくは申立者しか有していなかったことから,実作業をほぼ申立者が行うことは必定でした。
 ビデオの撮影・編集の人的コストは大変に高いですから,平成23年版から構成上大きな変更を加えない方針で進めたい旨を提案しました。およその方向はそれで決められましたが,「何か新しいこと」をする,という点は譲られませんでした。申立者としては,撮影の計画を立て,機材の調整をしながら,何をもって「新しいこと」になるのかを考えるのは困難でした。ビデオの制作については週 1 回程度打ち合わせが持たれ,進捗を報告することになっていました。事実上申立者の作業速度が律速ですから,打ち合わせは,ほとんど,申立者の作業が滞っていることと,アイディアがないことを申し開く場になっていました。打ち合わせの席上でアイディアらしきは出されるのですが,実作業をする申立者にはそのアイディアでどのような映像を撮るのか,どのような構成になるのか,手間をどれくらいかけるのか,の折り合いをつけることはできませんでした。はっきり申し上げれば,「好き放題を言われて困って」いました。結局,「どのような映像を撮るのか」という目標を欠い
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たまま撮影を開始せざるを得ませんでした。結局それは,撮影した映像からつじつまが合うように編集するということにほかならず,申立者が撮影映像のチェックを何十回と繰り返さざるを得ませんでした。当時,連日午前3時ごろまで編集作業をしていたと記憶しています。誰もが作業量を甘く見積もっていました。申立者も,です。
 並行して,動画の撮影以外の実作業,たとえば映像の端々に使用する資料写真等の撮影を他の方にお願いしていました。しかし,それらが撮影・準備されている気配はなく(写真は,結局,期日直前に■■■■助教が撮影してくださいました),わたしには撮影・編集の催促ばかりが来るようになりました。
 行き当たりばったりで撮影した映像をまとめることは困難で,案の定,以降どのような映像を撮影すべきかに行き詰ってしまいました。予定していた撮影が,雑賀氏の不在と荒天で流れ,7月末では完成しないことが濃厚になると,申立者はそれまでに撮影できている映像から,8月の学校見学会までに,当面の使用に堪えうるビデオを編集する方針を採ることにしました。
 連日深夜まで編集作業をし,学校見学会までにはひととおり上映できるビデオを準備しましたが,使用されることはありませんでした。ビデオはDVDに記録しましたが,そのDVDは紛失しています。学校見学会当日は,まるでPRビデオの計画そのものがなかったかのようでした。申立者は,大変な徒労感に襲われました。
 申立者は,制作が滞ってしまったことを,協力いただいた,また協力いただく予定だった学生さんに謝罪しました。のちに述べる「決定的な一言」を言われた後もあって,PRビデオについて以降話題にすることを,申立者は恐ろしく感じていました。ですので,PRビデオ制作はうやむやのままです。ですが,協力いただいた学生さんに申し訳ないと思い,撮影した分(学生さんへのインタビュー)については,申立者の判断で,12月に文字起こしをし,学科のウェブサイトに掲載しました。

在外研究に応募できない
 6月ごろになると,在外研究員の募集があります。数年前,■■■■教授から応募を打診され,受け入れ先の探し方を古巣の大学に尋ねたところ,(尋ねた時点から)短期間では受け入れ先を見つけるのは難しいことがわかり,そのときは断念していました。さまざまな機関で財政的に緊縮傾向ですから,コネクションがないと身一つで受け入れてもらうことも難しくなり,研究費持参やプロジェクト付きでないと歓迎されないのでした。
 平成26年において,6月ごろ,申立者は雑賀氏に呼び出され,在外研究員への応募を検討するように申し付けられました。この時点で受け入れ先の探し方はわかっていましたから,受け入れ先が見つかれば応募する,という返事をした記憶があります。
 一方で,申立者は前記の学科PRビデオの仕事も負っていました。連日連夜,構成の検討,台本の執筆,編集作業を行っていました。その進捗がたびたび尋ねられる状況で,さらに在外研究員応募の準備状況の進捗を尋ねられるという,ひたすらに動き続けないといけない状況になりました。
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 まず,古巣の大学で,海外の研究機関にコネクションがあったり,勤務していたりする卒業生などを探してリストアップしていただきました。
 受け入れ先候補を見つけて打診し,交渉するに際して,当然相手がいますから,その返事までに時間を要します。どのように交渉すべきかを考える時間も必要です。ですが,雑賀氏はそのリードタイムを考慮していないかのように,準備状況の進捗を尋ねてきます。さらに,学科PRビデオの進捗も尋ねてきます。時間をできる限り使ってこれらをこなすしかないと考えていました。
 1週間に1度か2度,呼び出されました。■■■■教授も同席していました。■■■■教授は,「しばらくの間,環境を変えてみるのもよい」と言った記憶が(ほとんどそれだけしか言っていない)記憶があります。準備状況としては,返事待ちであったり(しばらく後には,申立者が返事をもらっていたことを忘れていた場面も出ていました),申立者が過負荷で作業が遅くなったりで,雑賀氏の思うように進まない状況になっていたと思います(うまく進められなくなっていて焦っていたのは申請者も同じです)。徐々に,雑賀氏は申立者を詰問するようになってきます。
 申立者は疲れてきたのだと思います。在外研究に応募しようとする意欲が,日に日に弱くなってきました。そのころ,私事でありますが自宅の両親の関係がぎくしゃくしてきたこともあり,この状態で半年なり自分が不在にしてよいものかと考えるようにもなりました。交渉がうまく運ばないようなら取りやめようと,気持ちが傾いていました。
 すべての反論や意見は「あなたの言っていることは理解できない」で一蹴され,封殺されました。何を言っても聞き入れられない。在外研究に出るべきだ,自分は行きたくても行けなかったんだ,両親のことは関係ない,今の状況は行き詰まりだ,もうあなたのやり方は通用しない,学生はついてこない,将来のビジョンはあるのか,学校に対して何ができるのか考えたことはあるのか,……。申立者は,麻痺していました。思考が停止していました。何も聞き入れられないことに,反論しても仕方がない。あらゆる詰問に「わかりません」しか答えられなくなりました。その「わかりません」に対してさらになじられ,人格ごと否定されました。そうなることは頭のどこかでわかっていても,もう自分が何を言っても無駄ということがわかりきっている以上,口をついてであるのは「わかりません」以外にはありませんでした。貶められている自身だけが自覚されました。自己否定の感情と恐怖がもたげてきて,糸が切れそうになるのをかろうじて耐えているかのような心持でした。■■■■教授はこのようすを黙って見ていました。
 そして憶えている中で,最後で,もっとも強烈な言葉が投げられました。
 「まあ,この学校も,いざとなったら血も涙もないですから」
 ああ,従わないと馘首するというのか。切れないように保っていた糸が切れたようでした。申立者はそのときに笑った記憶があります。よくわからないところから笑いがこみあげてきた記憶があります。おそらくそのとき,わたしは壊された。
 今にして思えば,あの過負荷の状況で,満足に学生さんの相手もできず,研究の文献も調べられず,先の見えないビデオの制作と,在外研究の交渉に神経をすり減らしていたこ
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とこそが,「行き詰まった状況」そのものなのでした。
 その記録は,記憶以外にありません。おそらくこのころ,申立者は正常な判断はできていなかったのだと思います。記録を取るという知恵も,出てきませんでした。考えてみれば,記録がないので泣き寝入りという多くの結末は,記録を取るべき者は記録を取るべきときにはそのことに考えすら及ばないところまで追い込まれている,という状況がもたらしているに違いないのでしょう。
 一方で,そのころ,申立者の心身に異変があることを自覚しました。
 睡眠が不規則になりました。自宅では眠っているのかいないのかわからなくなり,一方で,研究室や,学生実験中に突然眠ってしまうようになりました。これは,恥ずかしいことですが,多くの学生さんが見ています。
 また,文章を読んだり書いたりするのに,もどかしいほど時間がかかるようになりました。集中力が著しく落ちていました。同じ部分を何回も読まないと理解できなかったり,気づいたら同じ行を何度も読んでいたりすることもしばしばでした。とりわけ,その在外研究員の書類の作成では何を書いてあるのかわからず呆然としました。受け入れを打診した機関への電子メールや書類の作成についても,数行の英文に一時間は軽く要していました。電子メールメッセージについても,受信したことやその内容を忘れたり,返信を失念したりといった取りこぼしも増えていたと思います。
 それから,食事に味がしなくなりました。このころ研究室の学生さんの大学編入学試験の慰労を兼ねてレストランに食事に行って,そこでの料理に味がしなかったのがたいへんにショックでした。食事を楽しんでいたふりをしていたことを憶えています。
 授業だけをかろうじてこなしていた記憶があります。
 これがうつ病の症状に近いことを自覚して,また「血も涙もない」の発言に恐怖と不安を覚えて,申立者は群馬病院の精神科を受診しました。睡眠薬や向精神薬が処方されました。医師からは,しかるべき立場の人物または信頼できる人物に相談し,状況が改善しないようならば診断書を出すので休職するよう指示されました。
 その翌日か翌々日か,前学科長の■■■■教授に相談に行き,校長にも現状を訴えました。少なくとも業務が荷重であることについては少々緩和され,予定されていた学校からの要請での研修の出張は取りやめになりました。申立者自身としては,8月の間,週1日休暇をとり週4日勤務とし,9月は週のうち1日を半日で帰宅する4.5日勤務とすることにしました。ただ,このとき校長には,軽くあしらわれたという印象が残っています。
 その日,雑賀氏から書類作成の進捗を尋ねられました。申立者は,医師の診察を受けたところ,これ以上対応できる状態にないので在外研究の件は取りやめにしてほしいを告げました。しかし,その後,また進捗を尋ねてきました。締め切りを延ばすとか,校長に申し開きができないといったことを言われた(書かれた)記憶があります。申立者は,少なくとも書類を作成できる状況になく,どうにもできませんでした。それでも連日お構いなく雑賀氏は迫ってきました。
 恐ろしくなりました。毎年のようにこうやって追いつめられるのか。同じように恫喝さ
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れ,脅迫されるのか。ひょっとしたらこれは十年以上続くのではないか。壊される。ここから逃げなければならないと,感じました。
 それからしばらく,申立者は精神的に不安定でした。夜,研究室に独りになり,仕事をやっとこなしていて,その間なぜかに縊死体の写真を検索して眺めたり,いわゆる「自殺サイト」をめぐったり,ネクタイで首を絞めたりしてはたと我に返ったりということが「起こり」ました。自分のやっていることがわからないことにも恐ろしかった記憶があります。この時期,研究室に出入りしている学生さんに,申立者を,夜,研究室で独りにしないでほしい旨,懇願した記憶があります。
 在外研究員の件は,書類が作成できぬまま締め切りを過ぎました。受け入れを打診した機関には,お詫びを差し上げました。
 そのときの薬の処方は,増減して,現在もほとんど変わっていません。減薬されていないのですから,快方に向かっているとは言いがたい状況なのでしょう。
 この一連のできごとの一部は,電子メールで記録が残っていると記憶しています。
 直後,本校の編入学試験の問題作成をせよと雑賀氏から命じられました。「若いから」「経験があるから」の,いつもどおりの理由でした。申立者は精神的に不安定であり,これ以上の仕事を負える状態にないという自覚のもと,これを断りました。

指導学生が壊された
 申立者には,平成26年度において,卒業研究を担当している電子情報工学科■年に不安がありました。■■■■さんです。彼女は,大学編入学試験で第一志望大学に合格を決めたあと,燃え尽きてしまったのか,研究室に現れなくなりました。7月のできごとでした。
 授業は何とか耐えられるものの,周囲が気になるという訴えでした。また,不眠もあるようで,医師の受診を勧めました。同時に学生相談室およびご家庭と協力して,彼女が復帰できるよう整えてきました。残念なことに,夏季休業を終えても彼女はほとんど姿を見せず,11月初旬の卒業研究中間発表もできない状況になっていました。学生相談室と相談した方針としては,少しずつできることからできるようにする,根気強く待つ,ということでした。10月下旬ごろからは,電子情報工学科■年担任の■■■■特任教授も交えて見守っていくことにしました。
 そのころ,雑賀氏から■■■■さんの状況を尋ねられました。彼女が精神的に疲弊した状態が続いていること,通院していること,学生相談室と協力して対応しているので,根気強く待つことが必要であることを話しました。このとき,雑賀氏は,「学科長として責任がある」と言っていたことを憶えています。
 11月12日です。■■■■さんから申立者にメールが送られてきました。文面は「雑賀さんに説教されました……「なるべくほっといてほしい」っていったんですけど「立場上責任があるので~……」って断られたのでお話はせめて■■■■さんを通して、みたいな感じのことをさりげなく伝えてもらってもいいでしょうか……」(原文ママ)でした。
■■■■さんは翌 13 日,学校を欠席しました。その翌日には登校したそうですが,以降,彼
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女は研究室にまったく姿を現さなくなりました。申立者は,すぐにご家庭にお電話し,謝罪しました。13日は「学校に行きたくない」とふさぎこんでいたそうです。お母様には学生相談室に来室いただき,ご家庭での対応・ケアを相談していただきたい旨をお願いしました。お母様は11月の18日か25日に学生相談室にいらっしゃり,その機に申立者は■■■■教授とともに改めて謝罪しました。
 最悪の事態になってしまったと思いました。■■■■さんが雑賀氏に呼び出されたようすを見ていないか,電子情報工学科5年の学生さんに尋ねたところ,11月12日の,電子情報工学科棟1階情報処理実習室を使用する授業のあと,「連れて行かれた」と話してくださいました。そして,その学生さんは「彼女(さん)はもう終わった」と思ったそうです。
 わたしが護るべき学生さんが壊された。
 悔しく,憤慨し,それで恐ろしかった。自己嫌悪にさいなまれました。
 申立者は,1年半ほど前,過去に卒業研究を担当した学生さんが,大学院でアカデミックハラスメントとみなせる行為に遭っていたことを知らされていました。申立者は,彼の卒業時,大学で立派に研究をしてくれるものと期待していました。ですがその真面目な性質が災いしたか,付け入られたのか,修士課程■年のときに意欲を失っていたそうです。指導教員の苛烈な要求と拘束だったと聞いています。この件は「穏便に」片付けられ,彼は指導教員を変更し,ひととおりの修士論文を執筆して修了しました。彼は大学院時代のことを語ろうとしません。申立者は,ハラスメント行為で学生が壊されること,そしてそれが「穏便に」片付けられ,解決が与えられないことに憤りました。もとい,憎むようになっていました。
 そして,申立者は,今度はその目の前で,おそらくは執拗な叱責により,学生を壊されました。
 しかし,申立者は,■■■■さんの訴えどおりに,雑賀氏に進言しませんでした。できませんでした。進言すれば,おそらくは申立者の「責任」として執拗に叱責されることが予想されました。またきっと,あらゆる説明は「理解できない」の一言のもとに一蹴されるのだと思いました。身体がその行動をとることを拒んでいました。それから,その進言により,■■■■さんが再度呼び出され,半ば報復的に詰問されることも予想されたからです。
 12月には,学生相談室からは,もうできることはやり尽くした, さんはそっとしておくほかないのではないかと言われました。このまま無理に卒業研究を遂行してもらうこと,登校することは余計に傷つくことになるから,と。そこまで傷つけられたのかと思うと,申し訳が立ちませんでした。ですが申立者は,■■■■さんに直接お会いして,謝罪できていません。
 一方で申立者は,何も変わらないようであれば本校を辞そうと考えていました。毎年,ことあるたびにわたしは呼び出されて,詰問されて,叱責されて,否定されるのか。そうやって消耗していく未来にげんなりし,同時に恐怖を感じていました。申立者のもとに,ずいぶんと前に応募した大学教員公募に対する面接試験の報せが届いていました。
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恐ろしくて言えない
 在外研究の一件以来,学科や学校に対して,見聞したことや意見述べることは,めっきり減った気がします。言い出すことが恐ろしくなっていました。
 保留になった学科PRビデオの件は前記しました。また,学校見学会における電子情報工学科の見学者数が,昨年度に比べて大きく減少していることを把握していましたが,報告していません(学科パンフレットの払い出し数から知ることができ,申立者は例年これを数えていました)。本件の報告により,申立者が「責任」のもと叱責される恐れがあること,「対策」を取るよう指示されること,その対策案を示しても一蹴されることが予想されたからです。学校見学会における見学者数の減少については,申立者のみが知っている事実ではなく,電子情報工学科の複数の教員・学生さんにお話ししています。しかし,学科長である雑賀氏には誰も報告していません。
 前記の■■■■さんが叱責されただろうことに対する抗議も,できませんでした。

何も変わっていなかった
 11月になって,■■■■助教から,雑賀氏から過剰な業務を命じられ,恫喝されていたことを打ち明けられました。前記のように,■■■■さんが,雑賀氏の「面談」の後に卒業研究への意欲を失い,欠席がちになり,卒業要件を満たせなくなる恐れが出てきました。
 申立者の知るところ,知らないところで,何人もの学生さん・教職員が,雑賀氏にハラスメントとみなせる行為を被っていたことがわかってきました。そして,来年度も,雑賀氏が学科長を務めることが明らかになりました。
 何も変わることはないことがわかりました。
 申立者は,きっと,叱責され,恫喝され,否定されます。その身で学生さんのお相手をすることを考えるとつらくなりました。学生さんにとっても申し訳ないと思いました。また,申立者自身が壊れていく傍らで,学生も壊されていくことを見ることになるのだと思いました。たまらなくなりました。
 12月初旬,申立者が応募していた公募の面接の結果が届きました。申立者を採用したいとのことでした。本校を辞することを決意しました。校長と,■■■■教授と,雑賀氏に辞意を告げました。そのとき校長が,「彼に悪気はないのだから」と言っていたことを憶えています。「悪気なく」何人もの教員と,何人もの学生が,傷つけられ,虐げられ,壊されていることは,「許されていた」のだと知りました。
 どっと疲れが襲ってきました。
 申立者は体調を崩しました。耳が塞がれた聞こえがします。空腹感を覚えなくなりました。申立者の心身はすでに消耗しきっており,緊張によって保たれていたことを知りました。からっぽになってしまったかのようです。心身が雑賀氏を拒否するようになっていました。辞意を表明してから雑賀氏に呼び出されることが増えました。そのたびに不安にとらえられ,胸が苦しくなりました。さらに,自分がこの先自分として保っていくことが可能なのかに不安になり,恐ろしくもなりました。これがふと襲ってきて,毎日のようにさ
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いなまれています。わたしはこの先もやっていけるのか。もうすべてを諦めたほうがよいのか。
 ところがその後に,申立者は次々と,雑賀氏が学生に対して行っていた仕打ちを見聞することになります。電子情報工学科■年生の■■■■さんが最近欠席がちなのは,卒業研究発表会の直後に雑賀氏に詰め寄られ自信を喪失したかららしいこと。電子情報工学科■年生の■■■■さんが就職活動の不振に対して泣き出すまでに叱責されていたこと。専攻科■年の■■■■さんが2年前から登校しなくなったのは,雑賀氏の言動が原因であったらしいこと,など。しかしその誰もが,泣き寝入りをしていました。申立者がそれまで知っていたのは,氷山の一角でした。
 そして,12月中旬の教員学生連絡会議で,電子情報工学科に異変が起こっていることが,学生会からそれとなく指摘されたことを聞きました。■■■■助教が過剰に仕事をさせられ疲弊していること,申立者が精神的にボロボロになっていることなど,学生さんにはとうにお見通しだったのでした。
 申立者は学生相談室に,少なくとも学生さんの保護と救済を訴えました。申立者のみが逃れることに,後ろめたさもあったためです。雑賀氏の振る舞いについて,学生が相談に来た事例があることを知りました。もはや小さくない問題であることを知りました。その場に同席した学生相談室長・■■■■教授と■■■■カウンセラは,これはハラスメント事例であると言われました。一方で,対応の手順を誤ると,雑賀氏から報復や八つ当たりなどの危害が及ぶ可能性があることが指摘されました。ケアが急務である学生さんがリストアップされ,雑賀氏に感づかれないように対応をすることで合意しました。学生相談室での一件は校長に報告されたそうですが,対応は「様子を見る」であると知らされました。学生さんは対処的にしか,ことが起こってからでしか護られない,ことが起こった後でも護られないことを知りました。
 やはり変わることがないことがわかりました。
 もうわたしは,すべてを諦めたほうがよいのか。

 申立者は,自身の尊厳を否定されたことをもって,また,自身が護るべき学生さんの尊厳をも傷つけられたことをもって,これをハラスメント行為として申し立てます。申立者には,これから何年もの間,学生が傷つけられていく未来しか見えません。たとえ申立者が本校を辞する身であったとしても,その未来に進むがままにすることは,おそらく200名,それ以上の学生さんを裏切る無責任な行為だと考えるからです。見て見ぬふりをする行為だと考えるからです。もうすでに申立者は少なからず学生さんを裏切っていると思います。ですが,わたしはもう耐えていけない。このままで申立者がいっそうの迷惑をかけ続けるのはもっと申し訳ないと思っています。
 わたしはこの半年間,自分を保つのに精いっぱいだったと思います。否定された自分を保つのに精いっぱいだったのだと思います。電子情報工学科■年生に国際バーチャルリアリティコンテストの指導教員を依頼されました。決勝大会直前には,それにかかわること
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が自分のやっていることを確認していく手段になっていたような気がします。また,卒業生から,大学・大学院で活躍していることの報せをいただく機会もありました,それで自分のやってきたことを肯定しようとしていました。そうやって申立者は自分を騙していました。でも今,わたしには何もなくなっていました。
 電子情報工学科■年の■■■■さんには,特に申し訳なく思っています。入学時より申立者を慕ってくださり,専攻科まで申立者を指導教員としたいと言っていただきました。申立者が,申立者の事情として,心身の問題としてこれ以上彼のお世話をできない旨を伝えたとき,彼は「そうですか」と言って下を向いて歯噛みをしていました。わたしは彼を裏切ったのか。罪悪感に襲われました。
 電子情報工学科の異常な光景は,もはや日常になってしまったように思います。学生が呼び出され,これから叱責されて砕かれようという光景を目にして,学生さんが憐憫をたれながら「彼女は終わった」の一言で済ませてしまう。これが,あのときから1年経とうとした,電子情報工学科の日常です。
 この日常は異常である。少なくともそれは,200名の学生さんに訴えたい。今わたしにできることは,これを叫び,何がなされたのか,何が起こっているのかを綴り,救済を願うこと,こればかりです。

 なお,本書から学生さんの個人名を除いた写しを,本書提出後,1週間後に本校後援会事務局に送付いたします。本申し立てには本校に在籍する学生さんの利益と尊厳に大きくかかわるものです。ハラスメントとみなせる行為を受けた学生さんの多くが泣き寝入りを余儀なくされている以上,学生さんに対するステークスホルダとして,保護者のみなさまにも,本申し立ておよびそれに付随する本校の状況をお知らせするべきと考えております。
 また,これは,学校が本件に対して,兆候があったものの迅速かつじゅうぶんな措置をとってこなかったこと,および,これを鑑みて学校が本申し立てに対する調査を行わない恐れがあると申立者が判断しての措置であります。

申立者が見聞きした,ハラスメントとみなせる行為を受けた学生・教職員
・電子情報工学科・■■■■助教
:勤務1年めにして,過剰量の業務を命じられています。帰宅が深夜,または帰宅していない日も見受けられます。■■■■助教は着任当初より,雑賀氏に相当の業務を命じられていました。■■■■助教が漏らしたところでは,「仕事を覚えるために仕事をしてもらう」という言い分で,次々に仕事を命じられているとのことです。理由を尋ねたり,意見を申し立てたりしようとすると,「あなたは仕事をしたことがないから何もわかっていない」と一蹴するそうです。挙句,「働かないようならば『つぶす』」と詰め寄られ,■■■■助教は「諦めた」と打ち明けています。申立者と同等か,それ以上の圧迫を受けていた・いるものと思われます。申立者がこれを聞いたとき,しかるべき相手(校長など)に相談することを勧めましたが,「どうしようもなくなったら」と,留保している状態です。■■■■助教が雑賀氏より詰め寄られて
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いる現場は,■■■■助教が卒業研究を担当している3名の学生さん(■■■■さん,■■■■さん,■■■■さん)をはじめとして,何人もの電子情報工学科生が目撃しているそうです。■■■■助教は,万一の場合に備えてボイスレコーダを携帯するようになったそうです。

・電子情報工学科■年・■■■■さん:11月の卒業研究中間発表会直後,雑賀氏に卒業研究の内容について質問され,そのまま詰め寄られるふうになったと聞いています。■■■■さんはそれまで大学編入学試験で苦戦を強いられており,卒業研究への取り組みが手薄になりがちになってしまったことは事実です。ですが,少なくとも取り組み始めた研究の多くの部分を居丈高に否定され,(■■■■さんが温和で厭戦的な性格であることもあって)反論できず/せず,消沈するところとなったそうです。ひととおりの謝罪もあったようですが,以降,■■■■さんは学校を欠席がちになりました。この顛末については,研究室の同輩である■■■■さんが多くをご存じだと思います。

・電子情報工学科■年・■■■■さん:申立者が卒業研究を担当している学生さんです。大学編入学試験直後よりその疲れで心身を失調し,申立者・学生相談室・保護者と協力してケアをしていました。しかし,11月に雑賀氏に呼び出された直後,「そっとしておいてほしい」とのメールを最後に,翌日学校を欠席し,卒業研究および学科棟へ来ることを拒むようになりました。そのときより,欠課も増えてきたように思います。そのメールには雑賀氏を止めてほしい旨の訴えも書かれていましたが,申立者にはそれを行うことが恐怖であったことと,報復的追及が■■■■さん本人に及ぶことを恐れて何もできていません。ただし,■■■■さん本人の精神状態を鑑みると,■■■■さんから事情を聴取することは適切ではありません。保護者(お母様)が,呼び出された後からのご家庭でのようすをご存じかと思います。

・電子情報工学科■年・■■■■さん:12月中旬に,申請者は,過去に雑賀氏から恫喝的な叱責にあったことを打ち明けられました(周囲には以前にも話していたそうです)。■■■■さんは卒業後就職を希望しています。就職活動が思わぬように進まなかった点を咎められたのか叱責され,泣き腫らして帰ったとのことでした。これについて「記録もとっていないし,もう忘れたし,しらを切られれば終わりだ(だから申し立てをしても仕方がない)」と話していました。■■■■助教が卒業研究を担当している学生さんでもあります。

・電子情報工学科■年・■■■■さん:■■■■さんは残念ながら学業成績が不振がちな学生さんです。これについて,お母様・■■■■さん・雑賀氏の三者で面談したとき,■■■■さんが執拗に叱責され,涙を流すまでになっていたと聞いています。お母様は憤慨されていたと聞いています。本件は,直後に■■■■さんの実兄である■■■■さんが周囲に話していました。

・専攻科生産システム工学専攻■年・■■■■さん:平成■年度電子情報工学科卒業生で,専攻科に進学しました。専攻科在籍■年めです。当初,雑賀氏が■■■■さんの特別研究の指導教員でした。課題を着実にこなせる学生さんだったという印象があります。
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*****13ページ目*****
いつからか,学校に姿を現さなくなりました。以降,電子情報工学科・■■■■教授に指導教員を変更しましたが,姿を見せぬまま現在に至っています。電子情報工学科■年に実弟の■■■■さんがいらっしゃり,12月初旬,■■■■さんが,自分が■■■■さんの弟であること,■■■■さんが学校に来られなくなった大きな理由が雑賀氏にあることを,電子情報工学科・■■■■助教に漏らしました。ですが,■■■■さん本人から事情を聴取することは簡単ではないでしょう。

本申し立てに対しまたは上記の見聞に対し,意見を聴取できる学生・教職員
・電子情報工学科■年・■■■■さん,電子情報工学科■年・■■■■さん
:平成■年度の卒業研究において,申立者が卒業研究の担当となっている学生さんです。申立者の今年度のようすについて,話してくださるものと思います。

・電子情報工学科■年・■■■■さん,電子情報工学科■年・■■■■さん:昨年度(平成■年度),電子情報工学科■年担任として申立者が受け持った学生さんです。残念ながら原級留置されています。昨年度,ふたりが不振となった事情のひとつが「安心して過ごせる場所がなかった」ことから,申立者の研究室を放課後から帰宅までの学習に使ってもらっています。前記の■■■■さん,■■■■さんと同じく,申立者の今年度のようすについて,話してくださるものと思います。

・電子情報工学科■年・■■■■さん,電子情報工学科■年・■■■■さん:平成■年度の卒業研究において,前記の■■■■助教が卒業研究を担当している学生さんです。■■■■助教のようす,雑賀氏とのトラブルについて話してくださるものと思います。また,前記の■■■■さんと研究室の同輩であることから,■■■■さんについてもお話が聞けるものと思います。■■■■助教の研究室のドアは,有人の間は開錠されていましたが,雑賀氏がたびたびやってくることを気にして,最近では常時施錠されるようになっています。

・電子情報工学科■年・■■■■さん:前記の■■■■さんの研究室の同輩です。■■■■さんについての顛末について話してくださるものと思います。また,■■■■助教が雑賀氏に詰め寄られている現場を目撃しており,それは「客観的に見てハラスメントである」と話していました。■■■■さんは気配りの上手な学生さんであることから,電子情報工学科■年生についてもお話を聞けるものと思います。

・電子メディア工学科■年・■■■■さん:前記の■■■■さんの実兄です。■■■■さんが雑賀氏より執拗な叱責を受けたことを本人とお母様から聞いて憤慨し,そのことを周囲に漏らしていました。

・電子情報工学科■年・■■■■さん:前記の■■■■さんの実弟です。12月初旬に,■■■■助教に「ぼくの兄は雑賀先生の一言で学校に行かなくなった」と話しています。これを聞いた当時,■■■■助教はこれが重大なことであることをご存じではありませんでした。■■■■さんについては,■■■■さんを通じて尋ねるのが適切と思われます。

・専攻科生産システム工学専攻■年・■■■■さん:平成■年度電子情報工学科卒業生で,
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専攻科に進学しました。本科の卒業研究においては雑賀氏が指導教員でした。現在,専攻科特別研究では■■■■准教授を指導教員としています。■■■■さんが専攻科で指導教員を変更した理由は,雑賀氏の「指導」に耐えかねたから,と周囲に話しています。また,平成26年4月に,本科■年生が卒業研究の指導教員に雑賀氏を志望していると聞いて,その学生さんに思いとどまるよう諭したこともあります。雑賀氏のようすについてお話しくださるものと思います。

・電子情報工学科・■■■■准教授:申立者が本件について相談しています。■■■■助教の話も聞かれています。

・電子情報工学科・■■■■特任教授:平成 26 年度電子情報工学科■年の担任です。叱責を受けた学生さんについてご存じのことがあると思います。

本申し立てにより保護を必要とする方
・電子情報工学科■年・■■■■さん
:平成■年度に雑賀氏が卒業研究を担当している学生さんのひとりです。優秀な学生さんですが,要領がよくない面があり,雑賀氏は■■■■さんが無能であると周囲に触れ回っています(申立者はこの扱いを遺憾に思っています)。年が明けて卒業研究の追い込みが本格化したとき,雑賀氏の思いどおりに進められない状態に陥ったら,■■■■さんが執拗に叱責されるものと予想されます。また,本申し立てによって雑賀氏が憤慨したり焦ったりして,■■■■さんに八つ当たりする恐れもあります(平成■年度の卒業研究発表会において,雑賀氏が指導する学生さんの発表に対して質問がなされ,満足に回答できなかったことに対し,後日その学生さんを恫喝的に叱責していたと聞いています)。

・電子情報工学科■年・■■■■さん:修学上の能力には問題ありませんが,課題等で行き詰ったりすると,強迫観念に駆られるのか,学校を欠席してしまう傾向がある学生さんです。■■■■さんについては学級担任(一般教科・■■■■講師)が指導を重ねていると聞いていますが,雑賀氏が■■■■さん本人と保護者を交えた面談を希望しています。雑賀氏が面談の席上で■■■■さんを執拗に叱責する恐れがあることから(叱責された場合,おそらくこれまでの学生さんのように意欲の減退,または最悪の場合,休退学に追い込まれることが考えられることから),■■■■助教が■■■■講師に面談の中止または延期を申し入れました。現在面談の実施は保留されていますが,雑賀氏が校内で■■■■さんのみを呼び出して叱責する恐れもあります。

                                    以上
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【当会注:上掲の申立て内でも言及されているとおり、この申し立てを行った電子情報工学科講師(当時)のほかに、同学科の助教(当時)も雑賀洋平による苛烈なアカハラの餌食にされていたという。上掲の申立てを行った講師が2015年3月に群馬高専を辞してから、この助教が残された形になったが、依然として雑賀洋平から過大な職務を命じられ続けたという。話によると、土日も夏休みも返上でぶっ続けの出勤を続けており、身体を壊しかねないレベルだったという。この助教を慕う同学科の学生などが奮闘したが、雑賀の毒牙から救うことはできず、上述の講師の後を追うようにして2016年3月に退職してしまったという。雑賀洋平が何ら反省もしない純然たる悪人である事実を確信させられるとともに、西尾校長が誰に何を言われてもハラスメントの放置を続けた実態をまざまざと示すエピソードである】

【市民オンブズマン群馬事務局からの報告・この項つづく】

*****<関連記事間リンク>*****
○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録①…ログ・タイムテーブル・当時の概況・西尾校長の説明
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3361.html

○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録②…被害教員による『ハラスメントに関する申立書』
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3362.html

○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録③…被害学生らによる『人権・被害救済の申し立て』
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3363.html

○2021年9月12日:【記録資料番外編】群馬高専における深刻な諸問題の2021年9月現在に至る経過まとめ
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3364.html
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雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録①…ログ・タイムテーブル・当時の概況・西尾校長の説明

2021-09-11 21:59:00 | 群馬高専アカハラ問題
■当会が群馬高専そして高専組織の根深い闇に関わるきっかけともなった、雑賀洋平教授による群馬高専電子情報工学科(J科)大規模アカデミックハラスメント事件。同教授が学科長を務めた2014年度にかけて最も甚大な被害が発生し、多数の学生や教員が不登校化や精神科通いに追い込まれ、進学を断念した学生や退職を余儀なくされた教員も続出したといいます。

 この雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件については、当時の被害者らが被害内容や事態推移を取りまとめた記録資料がありました。当初は水面下で共有されていたものでしたが、同校内部有志や当会の奮闘の結果として徐々に群馬高専の闇の実態が広まり始めたことを受け、遂にアカハラ被害者らも記録資料の公表に踏み切ることを決断しました。

 そして2016年8月7日、キュレーションサイト「NAVERまとめ」上にて一連の記録資料が公表されました(※雑賀洋平以外のJ科関係者氏名は非公表加工済)。なお当会では、それまでアカハラ犯の氏名を非公表もしくはイニシャル表示としていましたが、被害者らによるこの記録資料公表を踏まえ、以降は「雑賀洋平」の使用を公に解禁しております。

 このアカハラ記録資料は、その後4年間にわたり公表されていましたが、なんと2020年9月30日、掲載されていた「NAVERまとめ」がサービスごと終了してしまいました。

※参考:『NAVERまとめ、サービス終了 話題振りまいた11年』(朝日新聞デジタル、2020/10/01)
https://www.asahi.com/articles/ASNB14HN5NB1UTIL014.html

 当の雑賀洋平は、時の校長らによる必死の隠蔽と庇護のもとでノウノウと悠々自適に過ごし続け、今日に至るまで何ら事件の清算も解決もなされないままとなっています。当会として、そうした現状に鑑みつつ検討した結果、決して風化を許さず、悲惨なアカハラ事件の記憶を訴え続ける必要があるものと判断しました。そこで今回、当会自身において、アカハラ記録資料の公表掲載を行うことにしました。

■なお今回の公表掲載は、被害者らによるオリジナルの公表形式そのままではなく、一部順序を組み替えたり、独自に情報を追加している部分がございます。

 雑賀洋平による凄惨なアカハラ事件の記録資料は、次のとおりです。


【記録資料1】群馬高専J科アカハラ事件関連「NAVERまとめ」記事のログ

■群馬高専J科アカハラ事件・寮生連続不審死事件や学校側の悪辣な隠蔽対応についてまとめた「NAVERまとめ」記事を、(サービス終了前に)保存したログへのリンク集です。

『やばい!群馬高専アカハラ事件の内部資料が流出...真っ黒すぎる』(「ぎん猫」氏により2016/08/07掲載、元URL:https://matome.naver.jp/odai/2146812087631891701
・1ページ目ログ: http://archive.is/EDjCX
・2ページ目ログ: http://archive.is/d5N0x
・3ページ目ログ: http://archive.is/BMib8
・4ページ目ログ: http://archive.is/swOTw
・5ページ目ログ: http://archive.is/RyHaa
【当会注:上述の経緯でアカハラ被害者らにより公表掲載されていた記録資料】

『群馬高専連続不審死、生徒を脅迫して隠蔽...群馬高専アカハラ事件まとめ』(「ぎん猫」氏により2016/07/10掲載、元URL:https://matome.naver.jp/odai/2146797697335294201
・1ページ目ログ: http://archive.is/bOtfk
・2ページ目ログ: http://archive.is/X5CPA

『自殺者が3名も出たにも関わらず事実隠蔽 群馬高専騒動まとめ』(「nyosu_pk」氏により2016/07/27掲載、元URL:https://matome.naver.jp/odai/2146796630127229301
・1ページ目ログ: http://archive.is/PfAVR
・2ページ目ログ: http://archive.is/z2SDr


【記録資料2】事件経過のタイムテーブル(~2015/2)

【当会注:アカハラ被害者を含めた当時の学生有志が、2015年2月までに起こったことの時系列をまとめた資料。学校側に提出された文書ではなく、関係者参照用の資料】


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2011年4月 和歌山高専より雑賀洋平氏が群馬高専電子情報工学科に着任。

2012年4月 Dさんが卒業研究で雑賀氏指導下になる。

2012年7月 このころから雑賀氏指導下の専攻科生・Eさんが登校困難になる。雑賀氏はEさんの携帯電話と自宅の固定電話に執拗に電話をかけ叱責し、心身を失調させた(弟・■■■■さんの証言)。

2013年4月 Dさんが専攻科に入学、指導教員を■■■■准教授とする。
2013年4月 Eさんの専攻科における指導教員を■■■■教授に変更。ここまでの経緯は電子情報工学科教職員に明らかにされていなかった。

2014年1月 このころからFさんが科目の質問で雑賀氏を訪ねるようになる。

2014年4月 雑賀氏が電子情報工学科長になる。
2014年4月 A助教が電子情報工学科に採用される。
2014年4月 Fさんが雑賀氏の指導下で卒業研究を始める。

2014年7月 このころからGさんが編入学試験の疲れで心身を失調し、休みがちになる。
2014年7月 このころFさんが通っていた学習塾に対しての群馬高専のPRに関して、雑賀氏とトラブルが発生する。
2014年7月 このころから、雑賀氏はFさんに基礎学力がないことを学科に触れて回り始める。
2014年7月 このころからB講師が精神的に失調する。
2014年7月 このころ■■■■さんが就職活動の不調を叱責され、罵倒される。
2014年7月 このころからA助教は雑賀氏の言動・行動に疑問を感じ、ICレコーダーを携帯し始める。

2014年8月 Fさんと雑賀氏が研究打ち合わせで長岡へ。その途上でFさんはもの扱いされる。

2014年9月 このころ、■■■■さんが雑賀氏に編入学の面接練習を受け、その席上で罵倒される。
2014年9月 このころ、B講師は心身不調のため週4日勤務。

2014年11月 このころ、教員学生連絡会議で、学生アンケートに基づき電子情報工学科の教員のようすがおかしいことが指摘される(学校執行部が照会し、雑賀氏の問題が多く含まれていることを把握したらしい)。

2014年11月中旬 Gさんが雑賀氏の部屋で詰問・叱責され、以降登校困難になる。指導教員であるB講師が、この件を学生相談室に相談する。
2014年11月中旬 Hさんが雑賀氏の部屋で詰問・叱責され、以降登校困難になる。
2014年11月中旬 学校見学会における弁当係について、雑賀氏とA助教との間にト
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ラブルが発生する。

2014年11月下旬 Hさんが学生相談室を訪問、編入学合格先の大学を辞退した旨を告げる。卒業に向けた意欲が減退したことを相談する。
2014年11月下旬 学生相談室長が校長に上申する(カウンセラーから電子情報工学科学生に自殺者発生のリスクありとの助言あり)。校長は口頭注意すると回答(実際に注意がなされたかはわからない)。

2014年12月中旬 課題遂行状態の芳しくない電子情報工学科2年生に対し、雑賀氏が面談を画する。面談によって5年生のように登校困難が発生することを危惧したA助教が担任と保護者を説得し、雑賀氏による面談を中止に。

2014年12月下旬 雑賀氏によるハラスメント行為に対する申立書が提出される。

2015年1月初旬 雑賀氏がFさんに年賀状を(住所を教えていないにもかかわらず)送る。

2015年1月中旬 ハラスメント行為に対する申立書について、3名の教員のみが聴取される。
2015年1月中旬 4年電子情報工学科学生が雑賀氏の学科長解任を求めて校長に直訴。授業中暴言に耐えかねて。しかし取り合ってもらえない。

2015年1月下旬 ハラスメント行為に対する申立書について、雑賀氏の「身に覚えがない」旨の発言が採用され、ハラスメント事実がなかったとの結論。雑賀氏には行為を疑われたことに対する口頭注意があったとのこと。
2015年1月下旬 Fさんについて、卒業研究発表の準備が思うように進んでいないことを雑賀氏が叱責。
2015年1月下旬 雑賀氏の問題行動について後援会理事会が紛糾する(Hさんの保護者は後援会理事)。
2015年1月下旬 電子情報工学科卒業研究発表会。雑賀氏は質疑応答が仕込みであると邪推し、Fさんに嫌味。
2015年1月下旬 4年電子情報工学科学生が雑賀氏の問題行動について後援会事務局に対応と救済を訴える。後援会会長が校長に抗議。校長は「雑賀氏にはすでに厳重注意をした」と取り合わず。
2015年1月下旬 雑賀氏とFさんと同研究室学生が長岡に研究発表へ。夕食の席上でFさんが専攻科での指導教員交代を申し出たところ、圧力をかけられ、能力不足を同輩の前でなじられる。
2015年1月下旬 見かねた級友がFさんを学生相談室に連れて行く。5年電子情報工学科担任のC特任教授がFさんを雑賀氏から引き離す。

2015年2月下旬 電子情報工学科5年学生複数名から、人権・被害救済の申し立てが校長に提出される。校長は調査を実施せず、雑賀氏に対して口頭注
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意、および問題行動を慎むよう誓約書を書かせる方針であることを回答。
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【記録資料3】群馬高専のハラスメントについて(当時の概況)

【当会注:2015年度明けの段階までに起きたことやその時点での問題などを、学生有志がまとめて共有していた資料。雑賀洋平によるアカハラを集中的に受けた2014-15年度の5J学生や被害教員の証言などがベース。他の各記録資料の補足的な情報も含まれている。学校側に提出された文書ではなく、関係者参照用の資料】


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              群馬高専のハラスメントについて


■ハラスメントに関する申立書
 平成26年12月24日に申立書(資料2)を提出したのは■■■■講師です。これは,■■■■講師の首と引き換えです。
 この申立書の内容を,私たち学生は「知ることができます」。申立書のコピーが後援会に提出されています。その申立書のコピーからは,学生の個人名だけが伏せられています。この申立書は,「後援会事務局に行けば閲覧することが不可能ではない」状態です。申立書のハードコピーは■■■■先生に預けてあります。それを「後援会にあったものとして見ることができます」。
 申立書が提出されたことを知っているのは,申立書で調査を要求した当時■J学生と,AP(群馬高専専攻科)■の■■■■くん,■■■■先生です。「調査があったら応じてほしい」と依頼する体を取っています。
 申立書の概要は,雑賀洋平学科長の,おもに■■■■講師と■■■■助教に対してのハラスメント行為についての申し立てと,学科長にハラスメント行為を受けた学生への調査の要求です。
 実は,学科ウェブサイトの卒業生へのメッセージ
http://www.ice.gunma-ct.ac.jp/topics/#Topics2014-15
 の前半2パラグラフは,申立書前文とほぼ同じです。読めばわかります。


■人権救済の申し立て
 ■■■■年2月26日に,卒業した■J学生が,雑賀学科長からの被害の救済を校長に申し立てました。13名からの聴取したものであり,内容に相違がないことについて13名の学生の署名があります。
 この申立書は,■■■■先生立ち会いのもとで提出されたと記憶しています。
 この申立書の内容も、私たち学生は「知ることができます」。申立書のコピーが後援会に提出されています。その申立書のコピーは,聴取学生の署名がないほかは原本と同一です。この申立書も,「後援会事務局に行けば閲覧することが不可能ではない」状態です。申立書のハードコピーは■■■■先生に預けてあります。それを「後援会にあったものとして見ることができます」。なお,この申立書と年末の申立書を突き合わせると,年末の申立書の「伏せられた個人名」もほとんどわかります。
 この申立書の文面は相当強烈です。苦手な方はご覧にならないほうがよいと思われます。
 この申立書についても,今のところ校長は対応していません。少なくとも,申し立てた ■J学生のうち,学校から調査・聴取された人はいません。
 また,26 日に校長は,学科長に誓約書を書かせる旨の発言をしたそうですが,これには次の疑念があります。
 1.仮にそれが書かれたとして,その内容を知る第三者が存在しません(少なくとも,申し立てた■J学生の中に誓約書の存在を知る人はいないようです)。
 2.その誓約書に書かれたことを履行しなかった場合にどのような対応がなされるかもわかりません。
 3.そもそも誓約書が存在しているのかわかりません。
 4.つまり,誓約書で「何を誓約させられたか」を知る者がいないのですから,それに反する行為をしていることを誰も確かめられません。また,それが存在したとして,暴言やハラスメント行為をした場合の対応に関する条項がなければ,抑止力として機能しません。さらには,誓約書が存在しない可能性もあります(誓約書云々のやりとりに関して,校長は記録をとることを拒否しています)。
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したがって,基本的には何も変わりません。むしろ,前年度は■■先生が抑止力になっていましたが,来年度は抑止力になる人がいなくなります。
 来年度,申し立てるべき先は,
 ・学生相談室:室長は■■■■先生,相談員に■■■■先生
 ・後援会事務局(後援会はすでに学校を信用していません)
です。授業中の暴言や,ハラスメント行為を受けた場合は,記録をとって上記に報告してください。
 また,校長が動かないという「異常事態」です。


■ 校長からの文書(資料6)の補足
 校長からの文書(資料6)どおり,聴取を受けたのは■■■■講師と■■■■先生,それと雑賀学科長です。
 申立書で求めた「ハラスメントを受けた学生への調査」はされていません。これについて,■■■■講師は抗議をしましたが「必要ない」と一蹴されました。理由は,「聴取された学生が■■■■の味方をするから」です。これに関して文書での回答を求めていましたが,校長には反故にされました。この事実は,「調査があったら応じてほしい」と依頼していた学生さんに■■■■講師が謝ったときに,それらの学生が知ることになりました。そこから「伝え聞く」ことができました。
 調査の報告は校長から「口頭」で受けました。■■■■先生は報告を受けていません。校長は本件に関して,できる限り記録を残さないようにしています。
 学科長への注意は1月22日に行われたとのことですが,学科長はその直後,1月26・27日のいずれかに,専攻科で指導教員を変更したいと申し出た■J学生に圧力をかけ,同輩の前で罵倒しています(これは2月の「■J 学生による申立書」からわかります)。
 校長は,学生相談室の進言を無視しています(資料6の6パラグラフの文末「……ところです」という表現は,やる意思があると見せるだけで実際にはやらないことをあらわす常套句です;「勉強しなさい」に対して「今勉強しようとしているところなんだよ!」のやりとりを同じようなことです)。また,「必要に応じ」については,「校長は必要ないと判断しているので対応しない」を含意していることを見抜けるでしょう。
 ハラスメントについて,校長が「学生相談室に相談するように」とあることから,「すでに学生相談室は頼りにならない」を私たち学生は読み取りました。相談先は,後援会事務局か高専機構本部しかないということになります。


■ 校長からの文書(資料6)に何が書かれていないか
 ハラスメント行為があったかどうか。これは「校長の望む結果(=ハラスメントはなかった)」が結論できないために,「断定できない」といって結論や対処を先送りする方法であると思われます。割に重要なことは,「ハラスメント行為は,受け手がハラスメントと感じた時点で成立する」ということです。セクハラの事例を考えれば,基本的に行為者の意図は関係ないことがわかると思います。
 学科長から被害にあった教員・学生への対応。「申し立てた教員(つまり■■■■先生)への説明」以外には何もなされていないことがわかります。調査,救済,ともにです。実際されていません。
 2015年2月26日に当時■J学生が提出した「人権被害救済の申し立て(資料3)」についてはひとことも触れられていません。これについては対応していないことがわかります。
 今後同様のこと(ハラスメント)が起こった場合学校はどのように対処するのか。「再発防止のために
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学科長を指導した」のは「予防措置」であり,その想定を超えた事態が起こりうることは考慮されていません。想定されていないか,今後も「厳重注意」で済ませる意図があるのでしょう。
 この校長からの文書(資料6)はほかに誰に配付されたのか。他学年・他学科の学生には配付されているのか。最大の当事者は旧■J学生であり,ほかにも電子情報工学科学生には無縁の話ではないはず。


■ 状況を整理すると
問題は2つ。
1. 学科長がハラスメント(と疑われる行為)を働いていること
2. その状況に,責任ある立場の校長が実効的な対応をとらないこと
です(■■■■先生が、友人の弁護士に相談したところ「2.」も問題になる,というか,放置したので2. の問題が発生しているとのこと)。
それで,
 ・学科:問題は把握しているが相手が当学科の学科長なのでどうにもならない
 ・学校:なかったことにしようとしている
 ・学生相談室:あきらめている(2015年度はどうかはわかりません)
 ・後援会:学校の出方をうかがっている
です。後援会は,1月の時点で抗議して校長に軽くあしらわれたので,学校を信用していません。また,2月の■Jの申し立ても当然把握していて,これへの対応を窺っています。ですので「出かた待ち」です。学校が動いたら,または,学科長がまたハラスメントを起こしたら,後援会が動きます。
先の■■■■先生の友人の談によると,あとは,
1. 文部科学省に通報
2. 弁護士を立てて法的手段
3. マスコミに告発(公益通報というのだそうです)
でしょうということでした。

いずれにしても,私たちや後輩たち、また教職員の方々が平穏に過ごせることが約束されればよいのですが,学科長は厳重注意された直後に学生を恫喝しているので,不安が残るところではあります。


■ ■■■■先生より
・研究室は施錠しましょう
電子情報工学科棟の全研究室は,番号錠です。一度開錠した後,開放にもできます。学科長は,研究室が施錠されていないと勝手に入ってきます。年度当初はほとんどの研究室が開放になっていましたが,学科長が我が物顔で入ってくるのでほとんどの研究室が施錠されました。ですので,研究室は常時施錠をおすすめします。みなさんの卒業研究に支障がでるおそれがあります。

・雑賀研究室の環境
雑賀研究室は今までPCは持ち込みでした。本来は,教員に配分される研究費(1年あたり,標準で 30~40万円+数万円×学生数)からこういった物品を購入していくのですが,学科長はそれを今まですべて自分の旅費につぎ込んでいました(海外出張とか自慢していたでしょう)。ですので実は,学科長の研究室は,本来税金でもって行われる学生さんの研究を学生さんの私費でやらせていたということなので
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した。
・嫉妬に注意
学科長の行動パターンで目に余るのが「嫉妬に駆られた行動」です。優秀な/成果をあげた学生さんが,気に食わない/意に沿う行動をしないときに,学科じゅうに「あいつはバカだ」などと触れ回るほか,教員室に連れ込まれて「面談」で恫喝,卒業研究等の場合は指導教員も攻撃されます(わたしの疲弊と失調の原因の一つはこれだと言われています)。不調であれば恫喝され,好調または優秀ならば嫉妬され攻撃されるという,どうしようもない状態になっています。
- 編入学試験で旧帝国大学に合格,その学生は以前研究室配属を断っている→学科じゅうに「あいつは大学でやっていけない」と触れ回る
- IVRCで銀賞受賞:あとは上記と同様のことを…,というか思い出したくない
- 指導学生が研究発表会で受賞:あとは上記と同様のことを…,というか思い出したくない
- H■■ ■J学生(たいへんに優秀;ET ロボコン出てます)に頻繁に声をかけるも,籠絡に失敗→「あいつは思っているより優秀でない」を触れ回り始める
- H■■ ■Jは警戒されているようすなので多少は被害は少なくなりそうですが,編入学で世間的にレベルの高い大学に合格を決めたとか,卒業研究が好調だとかいう状況になったら(そうなることを期待するわけですが)同時に「嫉妬に駆られた攻撃」から身を守らないといけません。自分だけでなく,担任・指導教員も標的になります。
 ああ,やはり「思い出したくなくなる」のですね。だから訴え出る気力すら起こらない,というか,訴え出ようと思い出そうとすると恐ろしくて嫌になってきます。被害に遭ったほとんどの人が,確かにそうなっていました。
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【当会注:トップの天下り西尾校長(当時)が腐り切っているために学校側が何ひとつ頼りにならない絶望的な状況がうかがえる。そのため、アカハラ被害者が事件を持ち込む先の代替候補として、後援会・高専機構本部・文科省・マスコミなどが挙げられている。しかしその後、このいずれもが学校側のアカハラ隠蔽に加担するか、少なくとも告発を黙殺した。結果的には、アカハラ被害者はどこに持ち込んでも無駄だったということになり、怒りを禁じえない。唯一取れた手段は、被害者自ら証拠を保全し、自腹で弁護士を付けて訴えることくらいだったろう。今なお体質改善が図られない群馬高専で横行するハラスメント・いじめに対する最大の自衛は、このような学校にそもそも入らず、関わらないようにすることに尽きる】
【当会注:文中の被害教員による証言では、優秀な学生や教員に対する雑賀洋平の異常な嫉妬癖について言及されている。ところで雑賀洋平の経歴を見ると、学部では私立の東京理科大に通い、大学院から名門国立の東工大に入っている。雑賀洋平の嫉妬と執着の傾向から推察するに、恐らくかつて大学入試で国立大に落ちてしまい、滑り止めで東京理科大に入ったのではないかという話がある。そうした経緯で蓄積された有名国立大への尋常ではないコンプレックスが、有名国立大への編入者や有名国立大出身の教員に対する執拗で粘着質なハラスメントの原動力となっていたのではないか、という説が囁かれている。出自で勝手に嫉妬の対象にされる国立大関係者はもちろん、真っ当な東京理科大関係者にとっても迷惑千万な話である】



【記録資料4】西尾校長(当時)からの4J・5J保護者宛説明文書

【当会注:2015年度初め、西尾校長から電子情報工学科新4・5年生の保護者宛に親展で送られてきた文書(表題宛先の数字以外は同一内容)。上掲の記録資料3『群馬高専のハラスメントについて』内で、たびたび「校長からの文書(資料6)」として言及されているもの。ここでは新4年生保護者宛てのものを掲載する】


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            電子情報工学科4年生の保護者の皆様へ

 日頃より本校の学校運営にご理解、ご協力をいただき、感謝申し上げます。
 この度は、電子情報工学科における教育指導に関わって、学生及び保護者の皆様にご心配をかけていることをお詫び申し上げます。
 まず、このことに関するこれまでの経緯をご説明します。平成26年12月24日付けで、電子情報科工学科(ママ)の教員からハラスメントについての申立書が提出されました。事案の性質にかんがみ、詳細について触れることは差し控えさせていただきたいと思いますが、主たる内容は、学科長が当該教員及び同学科の他の教員1名、及び複数の学生に対し、ハラスメントとみなされる行為を行っていることを指摘し、それへの対応を求めるものです。
 このことを受けて、学校としては、電子情報工学科以外の教員2名及び事務職員からなる組織を設け、申し立てを行った教員、申し立てによりハラスメントとみなされる行為を受けているとされた他の教員及び学科長に対し、事実関係確認のためのヒアリングを平成27年1月9日~14日の間で実施しました。その結果は、1月16日に調査報告書の形で校長等に報告されたところです。
 この報告内容を踏まえ、申し立てを行った教員及びハラスメントとみなされる行為を受けているとされた他の教員に対する学科長の言動については、ハラスメントに該当するものとは断定できないとしても、相手方の受け止め、相手方との関係性等への配慮に欠けるところがあり、改善を図っていただく必要があると判断し、1月22日、学生主事同席の下、校長から学科長に対し、厳重注意を行いました。
 また、学科長の学生への対応についてですが、学科長としての責任を果たそうとする意図は理解するものの、個々の学生の状況等を踏まえつつ、より丁寧な指導を行うという部分に努力すべき点があると考え、今後の指導における改善を併せ求めました。さらに、個別に名前の挙がった学生については、学生相談室とも連絡を取りつつ、必要に応じ、対応してゆくこととしたところです。
 これらのことについては、申し立てを行った教員に1月23日にお伝えしました。
 学科長は、今回のことを重く受け止めていますが、学校としても、引き続き、その言動における改善状況を注視し、学生への教育指導に問題が生じないよう、留意してゆく所存です。さらに、学校の教職員全体についても、意識啓発に努めてまいりたいと考えています。何とぞご理解をいただき、お子様には、安心して新学期からの勉学に励むよう、ご指導いただければと考えます。
 なお、このことに限らず、ハラスメントとみなしうるような言動がなされたと思われた場合は、遠慮なさらず、学生相談室等に御相談いただくことをお願い申し上げます。
 また、授業が始まりましたら、学生の皆さんに対しても、本件について、別途説明することとしていることを申し添えます。

                           平成27年4月1日
                           群馬工業高等専門学校長
                            西 尾 典 眞
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【当会注:西尾校長によるこの「説明」文書の破綻満載ぶりは、上掲の記録資料3『群馬高専のハラスメントについて』内で散々に突っ込みが入れられているとおり。要するに、ハナから「アカハラとは断定できない」と言い放って決定事項にし、雑賀洋平には「アカハラ“とみなされるような”言動はやめようね」と茶番劇のような「注意」を行って全てを終わらせてしまったのである。すでに多数の教員・学生らに惨憺たる被害が出ているにも関わらず、被害者への補償はおろか謝罪すらも行われず、加害者の雑賀洋平へは何ら処分がなされず、学内外への公表も行われないなど、ぞんざい極まりない隠蔽揉み消し対応ぶりである。学校として行ったという「調査」も、当の被害学生らには一切聞き取りを行わないなど、そもそも調査していないも同然の代物である】


【記録資料4.5】西尾校長(当時)から5Jへの説明録音

【当会注:2015年4月10日、西尾校長が電子情報工学科新5年生のクラスに来て、雑賀洋平による「アカハラとみなされる行為」への「対応」を説明した際の録音記録

●2015.04.10西尾校長から5Jへの説明録音前半 ZIP ⇒ 2015.04.10z5jo.zip
●2015.04.10西尾校長から5Jへの説明録音後半 ZIP ⇒ 2015.04.10z5j.zip

*****150410録音反訳*****
(録音開始)
……親展ですね、保護者の方に直接<聞き取り不能>ところ、果たして文書をお送りしましてですね、すでにあの保護者の方からあのー、話を聞いているひともいるかと思いますけど、皆さんの中にですね、えー電子情報工学科におきましてですね、えー教員及び学生に対して、まあ残念ですけどもハラスメントとですね、みなされる行為が行われておりましてですね、安心して学べる環境がですね、確保されてないんじゃないかということをですね、心配されているひともいるという風に思っております。
で、実は、えーですね、学校としてですね、昨年12月に、教員から、ある教員からですね、ハラスメントに関する申し立てを受けました。で、これを受けましてですね、事実関係の把握に努めましてですね、その結果、少なくともですね、ハラスメントとみなされるですね、行為を行っているのではないかと、指摘を受けたですね、これはあの、もう申し上げます。(雑賀)学科長です。につきましてはですね、えーその言動において、改善を図っていただくべき点があるべきものと考えました。
えーそのことを受けましてですね、私から、えー指導を行いました。でですね、指導を受けた側もですね、そのことをえー重く受け止めております。なおあの、5Jのみなさんはですね、確かあの、みなさんが4Jの時にですね、えー学生に対して授業中、チョークを投げたということがあったというふうに、えー聞いております。
でそしてですね、このことにつきましてはですね、あのみなさんあのー、学生会連絡会を通じて、言っているにも関わらず投げたと、いうふうなことがあったかと思います。実はあの時のタイミングというのはですね、まだその学生会(ふふっと笑う)連絡会からですね、行って次の手続きが進行している途中だったので、まあある意味では、まあ言葉は悪いんですけども(笑いながら言う)、間に合わなかったじょう、事態になったんですけども、実は、私がですね、えー学科長にお話をしたときには、本人確かに投げましたと、いう話がありまして、それはもうあってはならないことだということでですね、えーそのときに厳しく注意いたしました。
で、学校としてはですね、えー当然ですね、学科長が今回、あの今回のことを重く受け止めて、改善をするとおっしゃっているのでですね、えーそれをですね、えー改善を図られることを期待しつつですね、ただですね、引き続き、あの学科のですね、他の先生方ともですね、えー協力しながらですね、えーご協力いただきながらですね、えー今後のですね、状況を、えーきちんとですね、注視していきたいというふうに考えております。
ですから、あのー、とりあえずですね、みなさん、あの安心してですね、勉学に励んでいただきたいと思います。で、もしですね、あのなにかえー今後でですね、えー困ったこととかですね、心配なことがありましたら、まず担任、ですね。それから、学生相談室もあります。ですから、学校はですね、えーこういう問題があったと、今ちょうど改善がなされる途中であると、その状況をですね、しっかり見てます。ですから、何かあったら、おっしゃってください。またそのときはですね、我々は対応したいと思います。できるだけ、そういうことがないことを祈っておりますがですね、もしあれば、対応しますしですね、えーそういうことでですね、えー繰り返す中でですね、えー状況というのは改善していくことになると思います。えーそのことをですね、今日はみなさんにお話してですね、ご理解をお願いしたいと思います。
えー、ただ今の件について、もし何かこの場でありましたら、話を少し。あの、なかなかあの、えー事案が事案だけに、細かい、あのー、実はあの、保護者のみなさんにですね、えー送った文書の中でも、えー詳細についてなかなかあのお話しできないというのはあったんですけどもですね、できるだけですね、の情報はお伝えしたつもりではあります。なにか、ございますか?
(沈黙)……よろしいですか? とにかく、あの、学校としてはあの、きちんと見てます。何かあったらですね、よろしくお願いします。で当然あの、私も引き続きですね、えーちゃんと関心をもって見ていきたいと思います。じゃ、よろしいですか?(担任:はい。)じゃ、よろしくお願いします。(西尾校長退出)
(録音終了)
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頭一つ抜き出た長身と顔つきが特徴的の群馬高専前校長・西尾典眞(にしお よしちか)。信州大学HP(http://www.shinshu-u.ac.jp/topics/archive_data/2011/01/iso14001-6.html)より。その悪魔もかくやというレベルの所業の数々は、https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/2633.htmlにて簡潔に説明したとおり。2018年春に文科省を定年退職し、満額の退職金を抱えて野に姿を消した後の行方は、杳として知れない

【市民オンブズマン群馬事務局からの報告・この項つづく】

*****<関連記事間リンク>*****
○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録①…ログ・タイムテーブル・当時の概況・西尾校長の説明
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3361.html

○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録②…被害教員による『ハラスメントに関する申立書』
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3362.html

○2021年9月11日:雑賀洋平による群馬高専J科アカハラ事件の記録③…被害学生らによる『人権・被害救済の申し立て』
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3363.html

○2021年9月12日:【記録資料番外編】群馬高専における深刻な諸問題の2021年9月現在に至る経過まとめ
https://pink.ap.teacup.com/ogawaken/3364.html
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