食べもののなかで最も好きなものは?と問われれば、僕は果物、フルーツと答えるだろう。
果物は何でも好きで、今はリンゴが主だが年中何かしら食べている。
熱帯を旅していて、聳えているヤシやバナナの木を見ると心が浮き浮きしてくる。
初めてインドネシアのバリ島へ行ったとき、ハイビスカスの赤い花の虜になったが、サヌールのホテルで目を覚ましベランダへ出ると、テーブルに皿の上に果物が並んで置いてあった。そのなかに、初めて見る、ザクロを小さくしたような紫味を帯びた茶色の丸っこいのがあった。
ちょっと硬い皮を無理やり剥くと、甘い香りとともに中から柔らかい白い果肉が顔を出した。果肉はミカンのようにいくつかに分かれていて、その1個を取り出して口に放り込んだ。すると、プリンとした感触から甘味と酸味が絶妙に混じった果汁が口のなかを満たした。ライチをさらにコクのある味に、あるいは加工調理されていない野性味を持った粘質上の杏仁豆腐のように感じた。今まで食べたどの果物よりも美味しいと思った。それが、マンゴスチンだった。
デンパサールの街を歩いていると、通りのところどころで果物を売っている店に出くわし、その果実の彩りと種類の豊富さは僕を浮き浮きさせた。
インドの熱い街中では、喉が渇けば瓜に似た水分の多い野菜のような果物を齧ったり、タイの田舎ではココナツの汁を啜ったりして、歩きまわった。
熱帯の果物はどれも美味しかった。そこらじゅうに果物があるだけで、僕は熱帯に浮かされるのだった。果物だけ食べていければとすら思った。熱帯に住んで、毎日バナナやヤシの実を食べていたら飢え死にはしないだろうと夢想した。
* 栄養の源、果物
最近はずっと、年に1度の市の無料の健康診断を受けている。
そこで数年前、血糖値が少し高いですよと診断された。
僕は、甘いものは嫌いじゃないがそんなに食べていないし、食事には気を配るようになっているので、原因が思いつかない。問診で、看護師に昨日は何を食べましたか、と訊かれたので、思い出して食べたものを並べて言ってみた。
すると、あなたは果物を食べすぎですよ、と言われた。
僕は柑橘類が大好きなので、温州(冬)ミカン、夏ミカン、グレープフルーツなどは年中欠かさなかった。大体朝(昼頃だが)起きたら、リンゴかグレープフルーツを1個食べ、夜は季節の果物を何かしら食べていた。
果物も糖分です。1日の目安はこのくらいです、と看護師は言いながら、各果物の絵写真による小学生にもわかる絵表を渡された。それによると、バナナは1回にとる量は1/2房、1日に1房。リンゴや柿は1回に1/4個ぐらい、1日に 1/2個程度の量だ。
これでは、食べた気にならない、第一、切って残りを別の日に食べていたら新鮮味がなくなるではないですか、と言ってみたが、相手にされなかった。
それまで、果物はビタミンが豊富だし、多く食べていいことはあっても体に悪いとは思いもよらなかった。それで、しぶしぶ果物は少し自重することにした。
しかしである。そのことがあってしばらくして、フルーツ、果物だけを長年(7年以上)食べている人がいるということを知った。熱帯に住んでいる人ではなくて、日本に住んでいるちゃんとした元東大教員である。
この人は、米やパンはもちろん、水や酒も飲まず、フルーツ、果物以外一切口にしないというのだから、羨ましいというか立派である。果物だけをとって、どう身体が反応するかを自分の身体で実験しているというのである。
それでどうなったかと言うと、痩せはしたが、血糖値は正常だという。
そのまま真似ることはできないが(その人もそう言っている)、そもそも僕も果物が血糖値を上げるという説には半信半疑なので、このような人がいるのは心強い。
* バナナの5角形の謎
先日、スーパーで青いバナナに目がいった。
前からちょっぴり気になってはいたが見逃していたもので、普段いつも売っている黄色いバナナと違い、さっき木からもぎ採ったばかりのように青々としていて、野性味あふれるずんぐりと角ばった体形である。
名は「カルダババナナ」と言い、フィリピン産、調理用と書いてある。
食べたことがないので、やはり食べてみないといけないと思い買って帰った。
100グラム38円で、4房で180円程度だから、普段のポピュラーなバナナより少し高い程度である。1房の長さは13~15センチで、重さは105~120グラム程度である。
バナナにしてはやけに角ばっているなあと思い、さわりながらよく見たら5角形だった。同じ方向に何本(房)も伸びている姿は、まるで柱状節理のようだ。たしか、柱状節理も5角形があったはずだ。
普段注意してバナナの形状を見ていなかったが、普段のバナナも確かに少し角ばったところがあるが、ほぼ丸と思い込んでいた。すぐに普通のバナナを確認したら、やはり5角形だった。いや~、この年までバナナが5角形とは知らなかった。
しかし、バナナの実はどうして不安定で奇数の5角形なんだろう。
とはいっても、考えてみると自然界に5角形がないではない。ヒトデもそうだ。
5という数字は素数で、何とも不安定な気がするが、花の花弁には3枚、5枚など奇数が多くみられる。梅、桃、桜などの花木(かぼく)のほとんどが5枚である。
ではバナナはなぜ5角形かを調べてみたが、植物学に疎いので難しい。
バナナはバショウ科なので、1枚ずつ大きく葉が伸びる単子葉である。この単子葉類には3枚の花弁を持つものが多い。これらの花の構造は3を基数とし、花の外側から外花被片(萼(がく)片)3、内花被片(花弁)3、おしべは内外3本ずつで計6本、めしべは1本である。
バナナを切って断面を見ると、子房は3室になっている。で、本来ならば6角形であろうところが、バナナは内花被片が1枚欠けていて、つまり退化して5角形になったようなのである。
* やはりカルダババナナは生で
さて翌日、朝食(昼食でもあるのだが)のサラダにと、主役のカルダババナナを食べるために、まずは皮をむいた。
これが固いのである。爪をたてないと皮がはがれない。皮と果肉が執拗にくっついているのだ。皮と肉を分けられるのを嫌がっているようだ。仕方がないので、皮と果肉がくっついたまま先から下へ裂くことにした。(写真)
すると、指がべとついた。バナナから出た粘液で、まるでガムかゴムのような粘りが付いたのである。獰猛な熱帯の感触が息づいている。
やはり、野性味たっぷりのバナナだ。
何とか皮をむいて、輪切りにして野菜サラダに混ぜた。果物を煮たり焼いたりして食べるのは本意ではない。このカルダババナナは青いときは生では美味しくないと言われているが、熱帯の果実である。美味しくないはずがない。
さあと、口に入れて食べてみた。すると、やはりいくら果物好きの僕でも、美味しいとは言えない味である。いや、食感はあっても味がないのだ。
う~ん。愛しているのだけれど、好きだという言葉で出てこない、という気持ちになった。
甘さを感じるには若すぎたのだ。何事も時期、タイミングというのがある。
やはり、もう少し日にちを置いて、黄色くなってから食べてみよう。そうすると、きっと思いもよらない美味しい味に変化しているに違いない。
*
<追伸>
あれから数日して、黄色くなったカルダババナナを食べてみた。もちろん、生のままで。
皮をむかずに、まず真ん中あたりを横に切った。断面は、青いときは皮と果肉がくっついて境界が曖昧であったが、だいぶん果肉との境界もくっきりしてきて形の輪郭がわかる。
紛れもなくはっきりとした5角形だ。これは、やはり植物の柱状節理だ。
皮も、抵抗されることなくすんなりむける。
味はといえば、甘みが格段に増して、もう別人になっていた。コクのあるモンキーバナナを大きくした感じである。
青いカルダババナナは、成長・変身・熟成する。いつしか青い生娘から、すっかり黄色い熟女になっていた。
果物は何でも好きで、今はリンゴが主だが年中何かしら食べている。
熱帯を旅していて、聳えているヤシやバナナの木を見ると心が浮き浮きしてくる。
初めてインドネシアのバリ島へ行ったとき、ハイビスカスの赤い花の虜になったが、サヌールのホテルで目を覚ましベランダへ出ると、テーブルに皿の上に果物が並んで置いてあった。そのなかに、初めて見る、ザクロを小さくしたような紫味を帯びた茶色の丸っこいのがあった。
ちょっと硬い皮を無理やり剥くと、甘い香りとともに中から柔らかい白い果肉が顔を出した。果肉はミカンのようにいくつかに分かれていて、その1個を取り出して口に放り込んだ。すると、プリンとした感触から甘味と酸味が絶妙に混じった果汁が口のなかを満たした。ライチをさらにコクのある味に、あるいは加工調理されていない野性味を持った粘質上の杏仁豆腐のように感じた。今まで食べたどの果物よりも美味しいと思った。それが、マンゴスチンだった。
デンパサールの街を歩いていると、通りのところどころで果物を売っている店に出くわし、その果実の彩りと種類の豊富さは僕を浮き浮きさせた。
インドの熱い街中では、喉が渇けば瓜に似た水分の多い野菜のような果物を齧ったり、タイの田舎ではココナツの汁を啜ったりして、歩きまわった。
熱帯の果物はどれも美味しかった。そこらじゅうに果物があるだけで、僕は熱帯に浮かされるのだった。果物だけ食べていければとすら思った。熱帯に住んで、毎日バナナやヤシの実を食べていたら飢え死にはしないだろうと夢想した。
* 栄養の源、果物
最近はずっと、年に1度の市の無料の健康診断を受けている。
そこで数年前、血糖値が少し高いですよと診断された。
僕は、甘いものは嫌いじゃないがそんなに食べていないし、食事には気を配るようになっているので、原因が思いつかない。問診で、看護師に昨日は何を食べましたか、と訊かれたので、思い出して食べたものを並べて言ってみた。
すると、あなたは果物を食べすぎですよ、と言われた。
僕は柑橘類が大好きなので、温州(冬)ミカン、夏ミカン、グレープフルーツなどは年中欠かさなかった。大体朝(昼頃だが)起きたら、リンゴかグレープフルーツを1個食べ、夜は季節の果物を何かしら食べていた。
果物も糖分です。1日の目安はこのくらいです、と看護師は言いながら、各果物の絵写真による小学生にもわかる絵表を渡された。それによると、バナナは1回にとる量は1/2房、1日に1房。リンゴや柿は1回に1/4個ぐらい、1日に 1/2個程度の量だ。
これでは、食べた気にならない、第一、切って残りを別の日に食べていたら新鮮味がなくなるではないですか、と言ってみたが、相手にされなかった。
それまで、果物はビタミンが豊富だし、多く食べていいことはあっても体に悪いとは思いもよらなかった。それで、しぶしぶ果物は少し自重することにした。
しかしである。そのことがあってしばらくして、フルーツ、果物だけを長年(7年以上)食べている人がいるということを知った。熱帯に住んでいる人ではなくて、日本に住んでいるちゃんとした元東大教員である。
この人は、米やパンはもちろん、水や酒も飲まず、フルーツ、果物以外一切口にしないというのだから、羨ましいというか立派である。果物だけをとって、どう身体が反応するかを自分の身体で実験しているというのである。
それでどうなったかと言うと、痩せはしたが、血糖値は正常だという。
そのまま真似ることはできないが(その人もそう言っている)、そもそも僕も果物が血糖値を上げるという説には半信半疑なので、このような人がいるのは心強い。
* バナナの5角形の謎
先日、スーパーで青いバナナに目がいった。
前からちょっぴり気になってはいたが見逃していたもので、普段いつも売っている黄色いバナナと違い、さっき木からもぎ採ったばかりのように青々としていて、野性味あふれるずんぐりと角ばった体形である。
名は「カルダババナナ」と言い、フィリピン産、調理用と書いてある。
食べたことがないので、やはり食べてみないといけないと思い買って帰った。
100グラム38円で、4房で180円程度だから、普段のポピュラーなバナナより少し高い程度である。1房の長さは13~15センチで、重さは105~120グラム程度である。
バナナにしてはやけに角ばっているなあと思い、さわりながらよく見たら5角形だった。同じ方向に何本(房)も伸びている姿は、まるで柱状節理のようだ。たしか、柱状節理も5角形があったはずだ。
普段注意してバナナの形状を見ていなかったが、普段のバナナも確かに少し角ばったところがあるが、ほぼ丸と思い込んでいた。すぐに普通のバナナを確認したら、やはり5角形だった。いや~、この年までバナナが5角形とは知らなかった。
しかし、バナナの実はどうして不安定で奇数の5角形なんだろう。
とはいっても、考えてみると自然界に5角形がないではない。ヒトデもそうだ。
5という数字は素数で、何とも不安定な気がするが、花の花弁には3枚、5枚など奇数が多くみられる。梅、桃、桜などの花木(かぼく)のほとんどが5枚である。
ではバナナはなぜ5角形かを調べてみたが、植物学に疎いので難しい。
バナナはバショウ科なので、1枚ずつ大きく葉が伸びる単子葉である。この単子葉類には3枚の花弁を持つものが多い。これらの花の構造は3を基数とし、花の外側から外花被片(萼(がく)片)3、内花被片(花弁)3、おしべは内外3本ずつで計6本、めしべは1本である。
バナナを切って断面を見ると、子房は3室になっている。で、本来ならば6角形であろうところが、バナナは内花被片が1枚欠けていて、つまり退化して5角形になったようなのである。
* やはりカルダババナナは生で
さて翌日、朝食(昼食でもあるのだが)のサラダにと、主役のカルダババナナを食べるために、まずは皮をむいた。
これが固いのである。爪をたてないと皮がはがれない。皮と果肉が執拗にくっついているのだ。皮と肉を分けられるのを嫌がっているようだ。仕方がないので、皮と果肉がくっついたまま先から下へ裂くことにした。(写真)
すると、指がべとついた。バナナから出た粘液で、まるでガムかゴムのような粘りが付いたのである。獰猛な熱帯の感触が息づいている。
やはり、野性味たっぷりのバナナだ。
何とか皮をむいて、輪切りにして野菜サラダに混ぜた。果物を煮たり焼いたりして食べるのは本意ではない。このカルダババナナは青いときは生では美味しくないと言われているが、熱帯の果実である。美味しくないはずがない。
さあと、口に入れて食べてみた。すると、やはりいくら果物好きの僕でも、美味しいとは言えない味である。いや、食感はあっても味がないのだ。
う~ん。愛しているのだけれど、好きだという言葉で出てこない、という気持ちになった。
甘さを感じるには若すぎたのだ。何事も時期、タイミングというのがある。
やはり、もう少し日にちを置いて、黄色くなってから食べてみよう。そうすると、きっと思いもよらない美味しい味に変化しているに違いない。
*
<追伸>
あれから数日して、黄色くなったカルダババナナを食べてみた。もちろん、生のままで。
皮をむかずに、まず真ん中あたりを横に切った。断面は、青いときは皮と果肉がくっついて境界が曖昧であったが、だいぶん果肉との境界もくっきりしてきて形の輪郭がわかる。
紛れもなくはっきりとした5角形だ。これは、やはり植物の柱状節理だ。
皮も、抵抗されることなくすんなりむける。
味はといえば、甘みが格段に増して、もう別人になっていた。コクのあるモンキーバナナを大きくした感じである。
青いカルダババナナは、成長・変身・熟成する。いつしか青い生娘から、すっかり黄色い熟女になっていた。